異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

5話

 










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 アウシュビッツ群島列国。
 神聖ヒアント帝国を筆頭とする南方大陸と、強大なる二大軍事大国が両立する東方大陸の間の海峡の島々を中心に国土を有する、海洋国家である。
 この国家の政治形態は、道州制を採用した各島ごとによる連合国家と言える形態である。外交権と軍事力のみを中央の政府が掌握しており、各島ごとにはそれぞれの法律や治安維持組織が存在しており、小さな国家の集まりとも言える封建制が多い人族の国家の中で、変わった政治形態を採用している国であった。


 各島ごとの州を束ねる中央政府。
 アウシュビッツ群島列国の中心部である政府のトップの役職である総統に就任しているのは、6年に一回実施される各島の知事による投票によって選出されたいわゆる知事の代表である。
 そして、現在のアウシュビッツ群島列国の総統を務めているのは、元レイゲナ島知事であり、軍人でもあったスプルーアンスだった。


 湯垣がアウシュビッツ群島列国の提督でありスプルーアンスの幼馴染でもあるハルゼー率いる艦隊と協力してフォーマルハウトを撃退した翌日のことである。
 スプルーアンスの元に、1人の魔族が人族に擬態して訪れていた。
 魔族の名はマイア。魔族皇国元帥の一角であるアルデバラン麾下の将帥の1人で、エルナトの率いる第二師軍の副官でもある魔族である。ハルゼー艦隊を魅了し洗脳し、ソラメク王国との開戦を目論んだ天族ティアレナとほぼ同時期にこの国に入ってきた。
 彼女がここに来た目的は、神聖ヒアント帝国を通じて要請のあったソラメク王国のアンタレス軍の動向についての情報を捻じ曲げて伝えるためである。
 ガヴタタリという異世界の侵食者が魔族皇国に飛来した事から、主であるアルデバランの思惑から外れた場所で、マイアは人族に異世界から来た勇者を駆逐してもらう策略を巡らせていた。


 スプルーアンスを前にして自ら魔族であることを明かしたマイアに対し、スプルーアンスは警戒と同時に大きな疑問を抱いた。
 魔族であることを人族の前で明かすことなど、大きな理由があるのではないか、と。
 結果、スプルーアンスはマイアの話に耳を傾けてしまう。
 それにより、マイアはスプルーアンスへの接触に成功する。


 マイアがスプルーアンスに齎した情報は、いくつかある。
 1つ目は神聖ヒアント帝国の使者としてきたのが何故魔族なのかということ。
 本当は神聖ヒアント帝国を魔族が完全に乗っ取り傀儡国家としている形なのだが、マイアはそれを人族と魔族の講和の第一歩とした国家であるという体で説明した。
 それですぐにスプルーアンスが納得するはずはなかったが、ここでマイアはガヴタタリの存在と魔族皇国に対する襲撃についての情報をもたらす。
 ガヴタタリの襲来は事実であり、伝承とほぼ一致するその内容はそれを知らないスプルーアンスの耳に真実として入った。
 相手に自身の正体など自らの手札を先に開示すること、相手の知らないであろう事実を織り交ぜることにより信憑性をもたせることで、マイアはスプルーアンスの信用を得る。そこに嘘を滑り込ませることで事実とねじ曲がった認識をスプルーアンスに抱かせていく。
 スプルーアンスは用心深い男ではあるが、マイアの術中に徐々にはまっていってしまった。


 マイアがスプルーアンスに対して告げた神聖ヒアント帝国の実情は、異世界の侵食者という存在に種族の垣根を超えて協力し対抗しようとしている国家という事。
 しかし魔族に対する人族の禍根は根深い恐れがあり、神聖ヒアント帝国に対する包囲網が敷かれるなどして彼の国が孤立するのを防ぐために、今まで隠匿していたという事にした。
 実際は協力など絵空事の魔族の一方的な支配を受けている国ではあるが、異世界の侵食者という存在を神聖ヒアント帝国の密偵を用いて集めていた情報を開示する事により、スプルーアンスにこの話を信じ込ませた。
 そしてスプルーアンスが信用したところに、本命となる話題を持ち込む。
 人族が召喚した勇者の中に、異世界からの侵食者がいるという情報である。


 人族の国家が召喚した勇者は、合計で36名。
 だが、ネスティアント帝国とジカートヒリッツ社会主義共和国連邦に召喚された勇者の事は情報がまるで入ってこない。
 そんな中、ネスティアント帝国の勇者の活躍がアウシュビッツ群島列国にも届いていた。
 転移魔法を駆使して人族の領土を征服しようとした魔族の軍勢を退けた英雄譚として。
 これにより、ネスティアント帝国とソラメク王国にて、勇者は絶大な信頼を勝ち取る事に成功する。


 だが、それに対してマイアはそれが異世界の侵食者の手による扇動であると、スプルーアンスに告げる。
 マイアの言葉を信用してしまったスプルーアンスは、どういう事だと詰め寄った。
 それに対して、マイアはこういった。


 –––––勇者に紛れ込んだ異世界の侵食者が仕組んだ罠である。


 マイアによれば、その魔族の侵略行為は皇主の意思を逸脱した一元帥の独断専行であるとの事。
 現皇主は人族と天族との和平を望んでおり、ともに異世界の侵食者に立ち向かうために同盟を模索しており、人族を害する意思はないという。
 これに反対して暴走し、人族の領域を侵したアンタレスは地位を剥奪され、幽閉状態となったと。
 実際には、この侵略そのものが皇主の意思であり、アンタレスも降格と謹慎処分のみで幽閉などされていない。皇主に人族との和平を模索する意思など微塵もない。
 だが、マイアはそれを捻じ曲げた事態として伝え、スプルーアンスに嘘を吹き込み続ける。


 この侵略行為そのものは人族の勇者により阻止されたものの、その勇者たちは異世界の侵食者の手先となってしまっているという。
 彼らは自我こそあれど、その侵食者に言葉巧みに騙されていると。
 そして、その侵食者は魔法も使わず、詐術と演技で人々を洗脳してしまう危険な存在であると。
 2つの国の勇者に対する感情は、その侵食者が民衆を煽っていると。
 そして魔族の手から救われた彼らはその侵食者にだまされ、知らぬうちに手先と化してしまっていると。


 実際の詐欺師はマイアの方だが、スプルーアンスはマイアの嘘を信じてしまう。
 こうして勇者に紛れ込んだ異世界から来た侵食者、湯垣と名乗る仮面の男が黒幕であると仕立て上げられてしまった。
 話を信じ込んでしまったスプルーアンスはマイアの提案であるともに異世界の侵食者を討つという話に同意をして、神聖ヒアント帝国の艦隊を領海に招き入れる事を承諾した。
 こうしてアウシュビッツ群島列国は知らぬ間に魔族の手先の国家の1つとなってしまう。


 その後帰還したハルゼーは、スプルーアンスに湯垣の協力で天族のティアレナの魅了から解放された事と魔族の大軍を撃退できたということ、そして神聖ヒアント帝国が魔族の傀儡となってしまっていることに関する報告を持ち帰ってきた。
 だが、マイアに騙されたスプルーアンスは親友でもあるハルゼーの報告を信じることができず、ハルゼーもまたその異世界の侵食者にだまされたと勘違いをしてしまい、彼を幽閉してしまう。
 これにより神聖ヒアント帝国が魔族の傀儡であることを伝える口が1つ減るとともに、アウシュビッツ群島列国は知らぬ間に自分たち人族を救うために召喚された勇者との敵対の道を歩むことになってしまう。
 湯垣に救われ、その為人ひととなりを直に感じたハルゼーはスプルーアンスが騙されていることに気づくものの、スプルーアンスは聞く耳を持たなかった。
 ハルゼーの艦隊は異世界の侵食者とされた湯垣に騙され洗脳されてしまったということになり、彼らの証言はことごとく握りつぶされることになる。
 マイアの計画通りに、アウシュビッツ群島列国は勇者との敵対の道へと進むことになる。


 そして神聖ヒアント帝国からルメイの率いるコロラド騎士団の艦隊が到着したところで、スプルーアンスはマイアに言われるがままに、アウシュビッツ群島列国の領海に足を踏み入れた湯垣を討伐するべく、ツヴァイク島に向かう海上に多くの傭兵海軍を差し向けた。
 傭兵を使ったのは、中央政府の海軍がフォーマルハウトとの戦闘で小さくはない損害を被り立て直すのに時間が必要になったからである。
 こうして、アウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の連合海軍は出来上がった。










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 アウシュビッツ群島列国海軍の提督であるハルゼーは、スプルーアンスに起きた事態に、なんとかして湯垣にこのことを伝えられないかと、部下であるエドワードを呼んだ。
 エドワードはフォーマルハウトとの戦闘に臨んだ艦隊とはしばらく会っていなかった。出陣時に指揮する船が故障していたため、待機していたのである。
 そのおかげで彼は騙されたとされているものたちと違い幽閉されることもなく、無事でいた。
 侵食者にだまされたとされ閉じこめられたハルゼーの元を訪れたエドワードは、ハルゼーにマイアの方が嘘をついており、湯垣は正真正銘の勇者の1人であると告げられる。
 湯垣と会ったことがないエドワードは半信半疑であったが、ハルゼーの必死の訴えに嘘ではないことを感じ取り、湯垣に接触して欲しいというハルゼーの言葉に従うことにする。


「つまり、神聖ヒアント帝国の使者を名乗るあの魔族が嘘をついていると?」


「ああ。旦那は俺たちを命がけで助けてくれた。異世界の侵食者だのデタラメをほざいているのは、その魔族だ。神聖ヒアント帝国の連中に聞けばわかるはずだ」


「……………」


 エドワードは直接マイアにあったことがなかったため、彼女の話が唐突すぎることに疑問を感じている1人である。
 半信半疑ながらも、会ったこともない魔族の言葉よりも、長年慕っている上官の言を信用して、エドワードは件の勇者が来るというツヴァイク島に秘密裏に向かうことにする。


 だが、当然のようにハルゼーと親しかったエドワードには、マイアの方が監視をつけており、その動向はすぐにばれてしまう。
 マイアの連絡を受けたエルナトは、ツヴァイク島に急ぐエドワードを夜の海にて襲撃した。




 勇者が向かっているというツヴァイク島に小舟で急いでいたエドワードだったが、日が沈んだ頃に穏やかな海に異変を感じ取る。
 魔導機関を停止して、警戒するエドワードの上空から、漆黒の鎧に身を包んだワルキューレの亜種である魔族、エルナトは剣を抜いた。


 〔所詮は人族。ここまで来てもまともに位置さえ把握できないか…〕


 脆弱な存在を嘲りながら、エルナトは急降下した。


「なっ!? 魔族–––––」


 エルナトの襲来に気づいたエドワードが銃を構えようとしたが、圧倒的にエルナトの方が速かった。
 瞬く間に急降下で襲来したエルナトは、剣でエドワードの構えた銃をたやすく両断し、驚くエドワードの首を締め、その体を片手で持ち上げた。


「あぐ…!」


 魔族の圧倒的な力にねじ伏せられ、エドワードは意識を失う。
 エドワードに利用価値を見出したエルナトは、エドワードの命を取らずに、その場から意識を失ったエドワードを抱えて離脱していく。
 近くの海域に行方不明となった仲間を探して天族の軍勢が近づいていたので、彼らに見つからないように可能な限り静かに離脱していった。
 そのまま南方大陸の方に向かう。
 都合のいい人質を手に入れたエルナトは、さらなる策謀を巡らせていく。










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 ツヴァイク島にガヴリールが率いる天族の軍勢が訪れたことを知ったマイアは、スプルーアンスに提案を持ちかけた。


「天族が、ツヴァイク島にいるだと?」


「はい、総統閣下。座天使ガヴリールの率いる一軍です。理由はおそらく、勇者に紛れでこの世界に侵入した仮面の侵食者が拉致した同胞の救助でしょう」


 神聖ヒアント帝国の情報網を駆使して、すでにマイアたちはティアレナがハルゼー艦隊を魅了を用いて支配したこと。それを使いソラメク王国との開戦を画策したこと。しかしその魅了を湯垣によって解除され、さらには湯垣について行きソラメク王国に向かったことを知っている。
 当然、ソラメク王国で何が起きたのかも情報を収集していた。
 だが、ハルゼーたちを操っているのはあくまでも湯垣ということになっている。
 故に、ティアレナには別の役を与えてスプルーアンスにさらなる誤解を持たせることにした。


「しかし、なぜ天族が?」


「すでに盟友たる神聖ヒアント帝国の情報網よりその天族に関する情報も得ております」


「助かるぞ、使節殿。神聖ヒアント帝国の情報ならば確実だろう」


 確かに、人族最大の諜報機関を有する神聖ヒアント帝国の情報は高い価値を持つ。
 しかし、スプルーアンスはマイアが真実を言わない可能性というものを完全に見落としてしまっており、彼女の言葉を全て信じてしまう。
 マイアは、もはや多少の無茶なことでも冷静に分析し嘘と見抜けなくなるほどに支配されてきたスプルーアンスに、ここぞとばかりに嘘を吹き込む。


「我々が入手した情報では、以前にもアウシュビッツ群島列国を訪れた天族がいたようです。名はティアレナ、階位は智天使。今回の天族の軍勢の目的は、彼女の奪還でしょう」


「どういうことだ?」


「天族の動く理由もまた我らと同じく、異世界よりの侵食者を討ち果たし、クロノス神が認めし勇者たちを取り戻すためだと思われます。ティアレナもそのためにアウシュビッツ群島列国に訪れたのです」


 幸いなことに、ティアレナの攻撃による死傷者はいない。
 湯垣がどうにかして見せた結果なのだが、ハルゼーの部下たちもティアレナに対する敵対心をあまり抱かなかったことなどから、マイアはこの状況を大いに利用した。
 一先ず、ティアレナと湯垣の立ち位置の認識を入れ替えることから始める。


「おそらくですが、ティアレナの目的はハルゼー提督らの救出です。異世界の侵食者たる稀代の詐術師の湯垣に騙されてしまったハルゼー提督を救おうとしたものの、提督達には敵とみなされてしまい止む得ず抵抗、元凶の湯垣を討とうとしたものの返り討ちにあい捕虜にされてしまいました」


「なんだと!」


 だん!とスプルーアンスが机を強く叩く。
 ティアレナに操られていたのを湯垣に救われたというハルゼーの報告と真逆だが、スプルーアンスは親友ではなく魔族の使節の言を信用してしまった。
 ここで湯垣という捏造された悪役は、天族、魔族、人族全ての敵としてスプルーアンスに認識されることとなる。
 その時々で信頼を勝ち取るような戦いをしたのではなく、巧みに騙して味方という名の操り人形を増やしていくのが手口だと、スプルーアンスは吹き込まれる。


「…ならば、彼ら天族と協力できないものか?」


 そして、スプルーアンスの方からマイアが望んでいる提案をしてきた。
 二つ返事で賛同したマイアは、すぐに魔族の兵を放ちガヴリールたちに接触を試みる。
 ティアレナを救出するために来たガヴリールは嘘を見抜くことには長けておらず、マイアの捏造にまんまと騙されてしまい、魔族相手でありながらその一時の共闘の提案を快諾した。
 ティアレナを人族を扇動し数と暴力でねじ伏せて拉致した。
 マイアの言葉を信じ込んだガヴリールは、即座にツヴァイク島に来る予定となっている湯垣の迎撃を準備する。
 その時、コロラドの艦隊が湯垣と接触を果たし、騒動に発展した。
 騒ぎを聞いたガヴリールは即座に軍を率いてコロラド騎士団の救援に向かう。
 マイアの嘘に騙され、知らぬ間に踊らされることとなった駒と化したガヴリールが全員が倒れた連合海軍の艦隊とその中心部に立つ不気味な仮面の存在を見れば、マイアが伝えた異世界の侵食者の外見的特徴に合致する勇者を見つければどうなるか。
 それは簡単なことである。
 ティアレナを拉致した湯垣を見つけたガヴリールは激昂し、異世界の侵食者と信じ込んだ天族の軍勢は騙されるまいと問答無用で攻撃する。
 魔族の戦力を削ることなく勇者に対して消耗戦を強いる。
 様々な思惑でこの島々の集合国家の海域に集った者達を言葉巧みに操り、思い通りに動かしていく。
 消耗した勇者を神聖ヒアント帝国におびき出し、勇者を人族の敵対者に転落させる計画は順調に進んでいると、マイアは感じていた。


「所詮、異世界の子供でしかない勇者…フフフ、守ろうとした、救おうとした者達に石を投げつけられてもなお、その白くて薄い偽善を貫き通せるかしら?」


 コロラド騎士団を無傷で制圧した直後に、今度は天族の軍勢に襲われ、混乱しながらも戦う能面を被った勇者の奮闘を見ながら、マイアは薄ら笑いを浮かべていた。

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