異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
28話
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突如として現れた見知らぬ魔族と天族。
ポルックスの方は外見がロボットという他の魔族と比べてもひときわ異質なものだし、ティアレナに関しては北郷も天族を見るのは初めてであるため、その2人の正体がわからなかった。
そして、北郷自身はこの時本当に必要としている仲間がいないために、江山を喪った喪失感から恩人ともいえる2人にほとんど意識が傾かなかった。
「霖…」
江山の遺体を抱き寄せて、北郷は涙を流している。
北郷は顔を見上げて、アンテョラミィに対峙するポルックスの方に手を伸ばした。
「…?」
振り向くポルックス。
それと同時に、アンテョラミィが動く。
「させませんわよ!」
それに対して、ティアレナが即座に反応して、聖剣を召喚しアンテョラミィに向かっていった。
立ちふさがった天族に、アンテョラミィは無言でその標的を変え、ティアレナと激突する。
2つの刃が交差して、鍔迫り合いとなった。
「…天族か」
「そういう貴方は、魔族というよりも死神ですわね。相手にとって不足なし、ですわ!」
「ほざけ、クロノスの駒如きが」
鎌と剣がぶつかり合う。
忌々しい創造神の配下に邪魔されたアンテョラミィは、珍しくその振るう鎌に力を込める。
だが、死神にとっては雑魚でしかない智天使のティアレナは、いつの間にか湯垣にかけられていた強化魔法によりその力において拮抗した。
「ッ! 強化魔法…侵入者の置き土産か」
「はっ! どちらが侵入者ですって? ここはクロノス神の創造せし世界、貴方のような異物は呼ばれもしないのにきて良い場所ではありませんわよ!」
2人の激闘は続く。
その喧騒から距離を置いた場所で、北郷はポルックスの身体をつかむ。
振り向いたポルックスに対して、北郷は泣面で懇願した。
「頼みが、ある…! 霖を…彼女を…連れて行ってくれ! 俺の仲間の、所に…早く…!」
「……………」
ポルックスが北郷の腕の中に目を向けると、そこには生体反応の尽きた江山が抱えられていた。
真っ赤に染まった背中には、見るも無残な傷がある。
そして、矢が突き刺さっていた。
矢は、運が悪いことに背中から肺に達している。どちらも致命傷で、すでに手の施しようがない。
北郷のいう仲間というのが誰を指すのか、ポルックスにはすぐに理解できたが、彼の元に連れて行ってもすでに死人となった江山を救う手立てはないだろう。
それに、湯垣は現在別の敵と戦っているはずである。そこに怪我人を連れて行くことはできない。
ポルックスは首を横に振った。
「申シ訳アリマセン。モウ、彼女ハ…」
「…うそ、だろ…」
ポルックスの告げた言葉に、北郷は目の前が暗くなっていく。
手の施しようがない。そう告げられて、うなだれる。
その背中には、北郷が召喚した矢が突き刺さっている。
あの時止めなければ、彼女の首は刎ねられていた。
だが、それでも。
その突き刺さる矢を見ると、北郷は涙と後悔が止まらなかった。
「霖…俺の、所為で…!」
北郷はもう、肉体的にも精神的にも立ち上がれなくなった。
どうあれ、彼らは勇者の前は一介の高校生として平和な世界に育ってきた子供でしかない。
目の前で親しい人が殺されて、それをすぐに乗り越えて立ち上がれなど出来るはずもないのだろう。
ポルックスはせめてと、湯垣からティルビッツを通して託されていた薬を取り出して手渡す。
「貴君ノ仲間デアル、湯垣殿ヨリ託サレタ薬デス」
「ゆ、がき…湯垣!?」
その名を聞いた瞬間、北郷の目に光が戻ってきました。
湯垣が託した薬。それを聞いた時、北郷はそれを奪う勢いで受け取ると、その瓶の中身を確認する。とはいっても、見たところで彼にはわからない。
陸奥から一度も見ていないが、それでもどこかで支えてくれている仲間の名前。
その薬が何であるか、そんなことに意識など回らなかった。
湯垣が託したこの薬がどういう意味を持つのか。
北郷はこれでも湯垣とはそれなりの付き合いで人となりを理解しているつもりでいる。
彼はふざけているものの、クラスメイトのことは、大事な仲間のことは決して見捨てない、そういう奴である。
その湯垣が託した薬なら…。
北郷は瓶を開けると、江山に差し出す。
それを見て、ポルックスは止めようとする。
「無理デス。彼女ハ、モウ…」
治癒魔法ではどうにもならない。死んでいる。
そう暗に伝えようとしたが、北郷は聞く耳を持たずに江山の口元に小瓶をつける。
「頼む…湯垣…霖…!」
あの話を聞いた後に、彼女に何もできないまま死なれる。
そんなこと、あってたまるかと。
北郷は小瓶の中身を江山に飲ませようとする。
「勇者殿」
だが、江山には飲み込むことはできなかった。
ポルックスが、北郷の方に手を置く。
残酷だが、はっきりと伝える必要がある。
このままでは、湯垣に託された薬を死人に使ってしまう事になる。
それでは誰も浮かばれないからと、ポルックスは北郷を止めようとする。
北郷は、江山の口からこぼれてしまう中身に、唇を噛み締めた。
ここまで来て、それはないだろう…!
そして、中身を減らした小瓶に目を向ける。
〔霖…頼む!〕
その薬を自らの口に含む。
それを見て、ようやく考え直したのだろうと判断したポルックスは、声にしようとしていた事実を突きつける言葉を飲み込み、肩から手を離す。
だが、北郷はポルックスの思惑とは裏腹に、薬を口に含んだ状態で江山の唇に自身の唇を重ねて、その喉に薬を直接流し込んだ。
「何ヲ–––––ムム?」
何をしているのかと、問おうとしたポルックスの言葉は止まった。
喉の奥に薬を流し込まれた江山の死体に変化が起きた。
淡い緑色の光が、江山の身体から発せられる。
すると、背中にあった生々しい傷が、まるで人族どころか魔族の生命力に達するほどの勢い、いやそれ以上の速さと精度で傷痕も残さずに消えていく。
そして、信じられない事にポルックスの目の前で、薬を飲んだ江山の心臓が再び動き出したのである。
「コレハ…」
ポルックスは、当然だが蘇生魔法を信じていなかった。
だが、目の前で確かに死んでいた江山が生き返ったのを目の当たりにした。
〔マサカ、本当ニ蘇生魔法ガ存在シテイタトハ…〕
奇跡と呼ぶにふさわしい光景を目の当たりにしたポルックスの目の前で、江山の目がゆっくりと開かれる。
「よし、ひさ…」
「ッ! 霖!」
江山の声を聞いた北郷は、すぐに反応しした。
そして、彼女が確かに目を開いて生きている姿を見て、表情を崩していき、今度は嬉し涙を流しながら江山にまた抱きついた。
「霖…良かった…本当に、良かった…!」
「佳久…ああ、暖かいな…」
まるで彼女の身に降り注いできた不幸を賄うかのように訪れた、小さくそして尊い奇跡。
種族も違うし、住む世界も違う存在。
それでも、ポルックスの中には不思議と感動と言えるような思いがこみ上げる光景だった。
「ポルルン!」
「勇者殿!」
ポルックスたちに一足遅れて、六人部とエレオノーラが駆けつける。
そして、感動的な光景を見るなりエレオノーラは顔を赤くして、六人部は焦りから青くなっていたはずの表情を一転させた。
「ゆ、勇者殿…さすがにここで、そういうのはどうかと思うが」
「ヒューヒュー! ナイスっす、カクカク! さすがのプレイボーイ振りっす!」
ピクッ。
北郷の顔が、その六人部とエレオノーラの言葉に反応して泣面から真っ赤になっていく。
江山を助ける事に必死になっていたとはいえ、動けないことをいい事に抱きつくわ、キスするわ、思い出したら悶えてくるような言葉も言っていたし…北郷は今更ながらに自分の行いと、そして江山に抱きついている状態に直面することができて、いろいろな感情が湧きあがって混ざり合って、そして大いに沸騰してしまった。
〔な、何しているんだ、俺はぁ!?〕
リズという想い人がいるくせに、湯垣なんて1人で戦っているかもしれないのに(実際にずっと1人で戦っています)、そのなかで何をしていたのか思い返す。
〔さ、最低だ…〕
恋人がいるくせに他の女子に抱きついてキスして、本当に最低の奴がする行いばかりしていたと、北郷は深く後悔する。
まずい。顔を上げることができない。
この状況で顔を上げては、確実にこの感動の場面を破壊する自信がある。
「佳久…」
江山は、生き返ってくれたのは本当に嬉しいが、ここは突き飛ばして欲しいと北郷は強く願った。
江山に突き飛ばされれば、何とかこの状況から抜け出せる。自分から抱擁を無理に解いては、ここにいる全員を敵に回す気がしたからである。六人部だけはわからないが。
なのだが、江山はその北郷の願いを無視して、というか気づかぬままに、少しだけ引いた直後に今度は江山の方から北郷の唇にキスをした。
「ッ!?」
もはや、北郷の脳内は完全にオーバーヒートしてしまい、何もできなかった。
わずかな間の、唇を重ねるだけのキスだった。
だが、その効果は絶大で、北郷の顔はもう目が回るような混乱ぶりとなっていた。
周囲に目を向ければ、エレオノーラは顔を赤くして目を背けているし、六人部は思いっきり楽しんでいるようだし、ポルックスはティアレナに加勢しようとそもそもこっちを見ていない。
感動のなかで大混乱する北郷だったが、周囲の人たちにとってはこの雰囲気を破壊するブチ切れかねない、そして混乱する北郷にとってはまともになれる救いの手と言えることが起きる。
爆発音とともに、ティアレナが吹き飛ばされてきた。
そして、爆発音と味方を吹き飛ばしてくるという演出で感動の場面をぶち壊した張本人の死神は、ヒビの走る仮面の下の眼光から、彼らを見た。
当然、殺したはずの勇者が鬼のような形相で睨みつけている姿も目に入る。
感動の再会はそこまでだった。
「すまん、江山」
そう告げて、北郷は差し出されてきた救いの手にすがりつく。
太刀を抜き、ティアレナを含めて並んだ人族、天族、魔族、そして異世界の勇者という、世界と種族も違うのに1つの敵を前にまとまった者たちの先頭に立ち、その太刀の切っ先を突きつけた。
「…矮小なる下賤な生者ども。その目は何だ?」
馬鹿にするような嘲笑を含む響きで、死神は問う。
それに対して江山と六人部は先ほどまでの雰囲気を破壊された事に怒りをあらわに青筋を額に立て、エレオノーラは初めて対峙する死神にそれでも負けるつもりはないと目を鋭くし、ポルックスは仕える魔族皇国に仇なす脅威となるだろう存在を排斥するために戦闘態勢を整え、ティアレナは先ほどおちょくるように吹き飛ばしたことを逆恨みした個人的な感情を元として剣を構え、北郷は手も足も出なかった先ほどとは違う多くの人に支えられていることを実感して負けない確信を得て、彼らは死神と対峙する。
その目を見渡し、死神はつまらなそうに呟く。
「…クロノス神の世界に生きる下等種族が、別世界のガキを加えた程度で調子に乗るとは…実にくだらぬ。掛かってくるがよい、格の違いを示してやる」
「示せるものならば示して見せろ、いくぞ死神!」
北郷は、先頭を切って飛び出した。
1人ではない。後ろに続いてくれる仲間がいる。
1人で戦うことがどういうことか、死神に見せつけなければ気が済まなかった。
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アンテョラミィは大鎌を振り上げる。
所詮雑兵が集っただけ。何も変わらない。
そう、アンテョラミィは最初から彼らを侮っていた。 
「行くぞ死神!」
太刀を振りかざし、先頭の男が突撃してくる。
彼の仲間とかいう集まりも、それに続くように動く。
アンテョラミィは、鎌を構えそれを迎撃しようとする。
だが、そこに魔族の銃撃が来た。
避ける価値もない鉄礫など無視する。
構わず鎌を振り下ろそうとしたアンテョラミィだったが、魔族の銃弾はローブを貫きアンテョラミィに傷をつけた。
「ッ!?」
先の攻撃と威力に差があり過ぎる。
大戦期にはいなかったはずだが、アンテョラミィは魔族の正体にあたりつけた。
この威力の攻撃を平然と撃てるのは、魔族の元帥格しかいない。
そして、その隙をついて先頭の男が太刀を振りかぶって間合いを詰めてきた。
「…!」
太刀を振らせるわけにはいかない。
得体の知れない機能を備えたその武器を止めるため、アンテョラミィは鎌を構える。
だが、その隙を突くように2人の女勇者が両横より攻撃してきた。
「お前が、佳久を泣かせた!」
「ウチの楽しみ中断させて、無事で済むとか思わないでもらうっすよ!」
「くっ!」
太刀の攻撃だけは防がなければならない。
空間抉り取る攻撃は得体が知れず、むやみに攻撃を受けられない。
ならばと、アンテョラミィは2人の勇者の攻撃を受け、太刀のみを防ぐ事にする。
太刀は大鎌で防いだが、灼熱の刃を持つ刀と雷撃を纏う槍がローブを貫きアンテョラミィの体を抉り取る。
「背中もらった!」
刀の勇者はすぐに背後に回り込み、背中を切りつけてくる。
「ウチの槍はカラクリ使用っすよ!」
槍の勇者は、その槍の仕込みを発動して氷柱をアンテョラミィの内部に直接打ち込んだ。
「おのれ!」
アンテョラミィが大鎌を振り回す。
だが、その刃は男の勇者の太刀により払いのけられ、槍の勇者には届かない。
「させるか!」
「貴様!」
太刀の勇者に手をつきだし、魔法を発動させようとする。
だが、そこに魔族が銃撃を仕掛けてきた。
髑髏の面と突き出した腕に銃弾が突き刺さる。
さらに、刀の勇者の追撃が膝を切りつけた。
「うっ!」
姿勢が崩される。
そこに、太刀の勇者が太刀を振り上げる。
槍の勇者が槍を突き出す。
魔族が銃撃を放つ。
「そのようなもの–––––何!?」
「捕らえよ、束縛魔法!」
それをまとめて吹き飛ばそうとしたアンテョラミィだったが、それを阻むように無視していたはずの人族の魔法がその行動を阻害した。
それは霞のようなひと時であったが、侮ったアンテョラミィに致命的な隙をもたらす。
「助かった、エレオノーラ!」
太刀の勇者の攻撃が振り下ろされる。
それは一瞬の隙があったからこそ、アンテョラミィに届く攻撃だった。
太刀が、アンテョラミィの体を斬りはらい、その肉体の一部を別次元の彼方に吹き飛ばす。
「うぐっ!?」
刃を振り下ろされれば必ず通る斬撃に、アンテョラミィもうめき声を上げる。
だが、それに2人の勇者が追随する。
「「はあ!」」
全く同時のタイミングで、2つの武器がアンテョラミィの体を貫く。
灼熱を放つ刃と、雷撃を纏う刃が、死神の身体を内より焼く。
だが、それでも死神は倒れることはない。
「ぐっ!? こんな、ところで…この!」
大鎌を振り回して、3人の勇者を強制的に引き離す。
3人の勇者はそれを無理に受けずに、すぐに退いた。
だが、その先には最後の攻撃があった。
「頼むぞ!」
「行っけぇ!」
2人の勇者の声援に押され、本来決して組むことがない敵対関係にある種族が、同時に攻撃を仕掛ける。
「コレデ」
「止めですわよ!」
「–––––ッ!?」
その攻撃も、躱せなかった。
2つの剣戟が、アンテョラミィの身体にクロス状の傷を穿った。
髑髏の面が壊され、アンテョラミィは崩れ落ちる。
〔この死神が、負けただと…!?〕
崩れ落ちるアンテョラミィは、倒れ伏す瞬間までその事実を受け入れられず。
倒れ伏した時、その事実を問答無用で突きつけられた。
ばたりと、背中から床に落ちる。
「勝負あったな、死神」
壊れた面から垣間見える顎の下、アンテョラミィの喉元に太刀の切っ先を突きつけ、太刀の勇者は告げた。
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みんなの連携が重なり、決着はついた。
北郷の前には、死神が倒れている。
その手からは鎌がこぼれ落ちており、口元のみが見えるようになった髑髏の面の下にある眼光にはすでに見るものを萎縮させる光はなくなっていた。
「勝負あったな、死神」
北郷が告げると、死神の口がかすかに動き、短い吐息を漏らした。
「我が、敗北か…」
溢れたつぶやきは、死神に突きつけられた事実。
そして、北郷たちに負けを認める宣告のようにも聞こえた。
死神は立ち上がることもできないらしく、首から下は動く気配がない。
北郷は、死神に対して死ぬ前に答えてもらいたかったことを尋ねる。
太刀を収めて、仲間たちが周囲を固めて見守る中、北郷は膝をついて死神に問う。
「一つ答えてもらうぞ。出口は、何処だ?」
死闘の割に随分と小さな要求かもしれないが、北郷たちにとっては重要な事柄である。 
北郷の問いを聞いたアンテョラミィは、鎌をこぼした方ではない方の手を上げて、北郷の背後を示した。
「出口ならば、そこにできたぞ。さっさと行くがいい」
それだけ言うと、腕を下ろす。
北郷たちが振り向くと、そこにはいつの間にか1つの扉があった。
さっきまでなかったはずなのだが、と疑問符を浮かべる北郷たちに対して、アンテョラミィは言葉を続ける。
「まもなく、この迷宮は崩れる。どうやら、何者かに主を殺されたようだ。早く行くが良い」
それだけ言うと、アンテョラミィは深く息を吐く。
アンテョラミィの怪我は深い。立ち上がることさえしばらくはできないが、その前に迷宮は崩落するという。
それを示すかのように、突然迷宮内の壁にひびが走り、揺れが発生した。
「なっ!?」
本当に崩壊するというのだろう。
ならばこうしてはいられないと、北郷は急いで扉に向かう。
「まずい、崩れるぞ! 急げ!」
江山とともに、扉まで走る北郷たち。
だが、エレオノーラとポルックスと六人部が、その扉をスルーして別の場所に走っていく。
「なっ!? おい、何処に行く!」
江山と揃って声をあげた北郷だったが、その答えは六人部が振り向いて答えた。
「ウリやんたちが下にいるっす! それ連れて行くんで、先に脱出して下さい!」
「お、おい!」
言うが早いか、すぐに走り去っていく六人部たち。
それを追うわけにもいかず、北郷は扉に手をかける。
「とにかく、早く脱出しよう。江山、急いでくれ!」
そう言って江山を急かすと、急に江山は不機嫌になり頰を膨らませた。
「佳久。なんで私のことをまた苗字で呼ぶのだ?」
「は?」
いや、今は良いだろそんなこと!
そう言いたくなったが、なんとなく名前で呼ばなければ避難してくれない気がしたので、名前で呼ぶことにする。
そういえば、江山が殺された時には散々『霖』と呼んでいた。
「じゃ、じゃあ…霖」
「ふふ、ありがとう佳久」
気はずかしいが、なんとか言えた。
それを聞いた江山は、満足そうに頰を緩ませた。
機嫌が直った江山は、さっさと先頭でくぐり抜けた天族を追い、扉の外に出る。
そして、外から中に向けて手を伸ばす。
「佳久、戻ろう!」
「…ああ!」
北郷はその手をとって、迷宮から脱出を果たした。
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ティルビッツとウリヤノフと合流を果たした六人部たちは、すぐに上層に向かい走る。
何気なくポルックスがウリヤノフを軽々と抱え上げて他の面々と同じ速度でかけているが、不思議と違和感はない。
最初などウリヤノフを六人部がお姫様抱っこで運ぼうとした。その絵面といえば、思い出し笑いがつい溢れてしまうほどである。
「プフッ」
「む、六人部様…思い出さないでください!」
ウリヤノフが赤面して必死に訴える。
だが、それは余計に六人部の笑いを刺激するものだった。
「プハハ! いや、申し訳ねえっす。つい、思い出すと面白くて!」
「六人部様!?」
和気藹々としながら戻った一行は、すぐに扉をくぐっていく。
アンテョラミィは身動き1つせず、崩れていく迷宮の中で倒れている。
生きてはいるが、崩落すれば死神といえどただではすまない。
ティルビッツ、エレオノーラ、ウリヤノフと順番に扉をくぐる中、六人部はその死神の方を振り向く。
「…まだ何かあるのか?」
死神は視線を感じたのか、ぶっきらぼうな態度で尋ねてくる。
それに対し、六人部は訊く。
「出ないんすか?」
六人部のその問いに、死神は首を横に振った。
「…無理だ。さっさと行くがいい」
所詮は敵同士。情けがかけられる余地などないことをしてしまった自覚は、アンテョラミィにもある。
だが、六人部はアンテョラミィに近づくと、ヒョイっと軽々とその身体を抱え上げた。
「なっ、何をする気だ!?」
アンテョラミィが慌てるが、六人部は平然とした口調で返す。
「何をって、連れて行くんすよ。敵でも死にゆく人を見捨てることはできないたちなので」
勇者と言っても、所詮彼らは日本に住んでいた高校生だ。
困っている人がいるなら、手を差し伸べるのは当たり前というお節介な日本人らしい感性を持つ六人部は、敵とか味方とかいう確執があったとしても、こんな場所に誰かを残すことなどできなかった。
なので、口で置いてけとか言っているとしても、アンテョラミィを迷宮の外に連れ出すことにしたのである。
「き、貴様、ふざけるな!」
「ふざけてなんかいないっす。負けたんだから、大人しく勝者の言うこと聞くっす」
「うっ…」
反論できないことを突きつけられて、アンテョラミィはおもわず黙り込んでしまう。
そのうちに、さっさと六人部はアンテョラミィを連れて扉をくぐるのであった。
その扉が消えると同時に、ユェクピモという主人を失った迷宮『魔導の森』は、跡形もなく崩れ落ち、その姿を元のクロノス神の世界の一部に戻すのであった。
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