異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

25話

 アウシュビッツ群島列国の皆さんと別れた自分は、お借りした自動航行してくれる艦艇に乗り、陸奥を追ってソラメク王国の南部海岸地帯へとやって来ました。
 色々ありましたが、とりあえず無事に陸奥のもとに到着できて一安心です。
 港から外れた場所にて船を降ります。
 自動で操作されるこの艦艇は、このままアウシュビッツ群島列国まで帰っていくこととなっているので、特に放置しても問題ないと聞いています。
 船を降りて、久方ぶりの丘に立ちました。ヨホホホホ。
 艦艇は勝手に動き出すと、そのまま南へと帰って行きました。
 ヨホホホホ。これまでありがとうございました。
 一礼をして、船を見送ります。 


 さて、御手杵をなくしたのでカクさんに何か新しい槍を作ってもらわなければなりません。
 そのためには、何とかして交渉の材料を用意しなければならないのですが…。
 さて、どうしましょうか。
 とりあえず、街に向かう事にします。
 荷物と言えるものは無いに等しいです。むしろ槍と衣装と、出発前より失って軽くなったものがあるくらいですね。
 今はアウシュビッツ群島列国の方に借りた、というか頂いた衣装を身につけていますので、学ランというか第二次世界大戦期の海軍の士官みたいな服を着用しています。面も今被っている烏天狗の面と手持ちではもう1つ般若の面だけですし、アウシュビッツ群島列国の方にこれまた頂いた杖を腰に下げていますけど、手荷物と言えるものはないです。端末とかもネスティアント帝国に置いてきましたし。強いて言うならば、いつの間にかついてきていた天族の方くらいでしょうか。
 その方は、今は自分の肩に座っています。
 すっかり元気になったご様子で、大人しくはなりましたがその美貌は映えるものとなりましたね。ヨホホホホ。まあ、美しいといえば美しいです。
 今はなぜか般若の面を背中に乗せていますけど。
 さすがに被らせる事はできませんよ。普通の面ではありませんから。
 何をしたいのかと尋ねれば、どうやら天族の方は面が自分の強さの源と勘違いしたようでした。
 ヨホホホホ。残念ですね〜。違いますよ、ヨホホホホ。


「ここが人族の街ですの?」


「正確には街の外れですね。ソラメク王国の南部海岸地帯はかなりの大規模な交易拠点と聞いております。これから街に向かおうと思うのですが、宜しいですか?」


 肩に乗る方にとりあえずの目的地を告げると、天族の方は踏ん反り返りながら頷いて早速指図を出してきました。


「なら、まずは湯浴みができる宿に向かいますわよ。もう浄化魔法は懲り懲りですわ」


 無一文ですけどね。
 宿には向かおうと思いますが、とりあえず陸奥とカクさんたちに合流してからです。
 申し訳ないのですが、天族の方に風呂を堪能していただけるのは後回しになるでしょう。
 そのことを伝えると、天族の方は露骨に残念がる表情を浮かべました。


「そ、そんなぁ…」


「ヨホホホホ。きっとすぐに入れますので、もうしばしの辛抱をお願いいたします」


「能面。変態。ケチ。キモい。奇術師。マヌケ」


「ヨホホホホ。まだまだ足りませんね〜。もっと罵ってください、自分にとっては褒め言葉です」


「ほ、本当に気持ち悪いですわ…」


 今度はドン引きしました。
 表情豊かなのは結構ですが、天族の方の残念振りは止まることを知らないようです。
 ヨホホホホ。カクさん並みにおちょくり甲斐がありますね。
 自分はまずは港町を目指す事にして、進行方向を定めて歩き出します。
 まずはカクさんのところに向かうとしましょう。




 ところが、港町に入ると何やら天族の方がそわそわし始めました。
 憑代の聖術を用いている天族の方は、現在白い翼の映える鳩さんに変化していますが、自分には気配で識別ができます。はたから見れば、軍服姿の道化師が鳩を連れているようにしか見えません。擬態は完璧です。ヨホホホホ。
 肩に乗っておられるので、鉤爪にこもる力具合とかで、その変化はけっこう分かりやすく感じています。


 そして、自分も同意見です。
 確かに、自分もあまり良い雰囲気には思えませんね。
 街の中に、何かを感じます。
 普通に活気溢れる街のはずですが、目の前に広がる世界の一部がえぐり取られているような、そんな錯覚を覚えます。
 地下…ですかね? この異質な気配の源は。
 自分はそう思ったのですが、天族の方はキョロキョロと落ち着かないように辺りを見渡しています。
 間抜けな鳩さんの絵面みたいですが、その視線は地下というよりも周囲の地上に向けてのものです。どうやら、自分とは感じるものが違う様子です。
 それが何であるかは、天族の方本人しかわかりません。自分はエスパーでもメンタリストでもありませんので、細かい心情を読み取る事はできないのです。


 いえ、それよりも先の発言は失言でした。
 言葉に出していないとはいえ、鳩さんのことをマヌケ呼ばわりしたのは申し訳ないです。
 少なくとも自分よりはマシですよね。鳩さんは無邪気で可愛らしいですから。たまに学習していない面も見えますけど。
 お前が鳩を語るな、と? ヨホホホホ。確かに、自分ごときに語れるのはドジョウ先生のみです。全国の鳩さんに謝罪いたしましょう。聞こえないでしょうが。ヨホホホホ。


 鳩さんとドジョウ先生は少し脇に置いておきまして、自分も気配の元を探るべく集中します。
 すると、近くの茂みに地下から漂う何かとは別物の、巧妙に隠れていた魔族の気配を感じ取りました。
 ヨホホホホ。数は2体ですが、その近くには人が2人いるようです。
 その人たちの気配も、なんか人族とは違いますね。強いて言うならば、異世界から来た勇者のような感じがします。
 誰かが観光にでも訪れているという事なのでしょうか。
 魔族と一緒に? ソラメク王国に? 何の用でしょう?
 しかし、わかる事はその魔族の方の気配が、特に片方の方の気配が破茶滅茶に強い気配を持っているということです。巧妙に隠していますが、一度感じ取って仕舞えばわかります。
 確実に元帥格の魔族さんが一体います。もう一体も、シュラタン氏並みの力があるように感じます。はっきり言って、万軍の兵隊魔族よりもはるかに脅威の存在です。
 なぜこんなところに魔族と勇者だと思われる方という異色の組み合わせがいるのかは不明ですが、推測くらいなら立ちます。
 1つ、魔族か勇者が人質となっている場合です。
 2つ、何らかの理由があり、魔族の方と勇者が手を組んでいる可能性です。
 おあつらえ向きの気配を、自分は地下から感じていますし、世界が切り取られているような不可解な気配もあります。事件の匂いがプンプンしていますね〜。
 こんな状況ならば、魔族とおそらく勇者の方が手を組んで捜査に当たっていたとしてもおかしくはないでしょう。自分でも優先順位はつけますから。


 人質の可能性も否めませんし、カクさんの気配は街を立ったのかここには無いようですから、事件にせよ人質にせよ別の状況にせよ、彼らと合流するべきでしょう。
 この街に危機が訪れているとすれば、放っておけません。陸奥も港にはありますし、ネスティアント帝国の方も少なからずここにいるようですので。
 まずは天族の方に了承を得ることにします。


「もしもし、少々宜しいですか?」


「ふえ!? な、何よ!」


 辺りを見渡していた天族の方は、いきなり声をかけられたためか大声をあげました。若干苛立ちも含まれていますし、驚かせてしまったようです。
 自分は異色の組み合わせが茂みで気配を隠しているので接触を図りたいことを伝えると、天族の方は頷きました。


「なるほどね。さっきから感じるこの嫌な気配は、魔族がいたからということかしら。よくやりましたわ能面! 奇襲攻撃でまとめて潰してしまいなさい!」


「無理ですね〜」


「何でよ!?」


 コントみたいなやりとりですが、実際無理です。
 勇者の方は知りませんけど、魔族の元帥格の方は間違えなく自分たちの存在と、その皆さんを自分たちが認識していることを感づかれてしまっています。この距離で、なかなかにやる方ですな。
 なので、奇襲攻撃はできません。
 そもそも攻撃などするつもりもできる力も無いのでどのみち却下ですけど。ヨホホホホ。


 天族の方は鳩の姿で遠慮なく大声をあげています。
 今は街はずれですので誰にも聞こえていないでしょうし、声がしても最悪自分が腹話術を行使しているとか思われるだけで済むと思います。しかし、これほど騒がしい鳩さんとなると、姿を偽っている意味が無いとも思うのですが。
 一応、街に入る前には可能な限り静かにするようにお願いするつもりです。
 腹話術の保険として声真似でもしましょうか?


「仕方が無いのでザマス。私は所詮戦闘能力は皆無の治癒師ザマス。あれほどの魔族の御方ともなれば、勝負にすらならないのでザマス」


「ちょっと、それは私の真似かしら!? 声は確かにうまいけど、私の口調はそんなのではありませんわ!」


「おほほほほ〜。ワタクシ、声真似は得意なのでザマスよ」


「止めなさい! お止めなさい! 私の声で、その口調はお止めください!」


 天族の方からの猛反対により、保険となる声真似は断念させられました。
 声だけは聞き分けられないほどに似てますけど、口調がまるで違いますので。それが天族の方にとっては不愉快きわまりなかったらしく、嘴で突かれたりするほどに反対してきましたので、さすがに自分も元の声に戻しました。


「ヨホホホホ。貴女はどうしますか?」


 魔族と天族は不倶戴天と敵同士と聞いています。
 この2つの種族が手を取り合う可能性はほとんど無いと聞きます。接触を図りたいところですが、勇者と件の魔族の方が敵対している場合はともかくとして、なんらかの理由から手を組んでいる状況であった場合には、天族の方を連れて行った場合に無用な戦闘に発展する可能性があります。
 天族の方が魔族相手に食ってかかる場合と、天族の方に魔族が突っかかってくる場合の二通りが考えられます。
 そういえば、まだ天族の方の名前を聞いてませんね。今更なので、特に尋ねようとは思いませんけど。ヨホホホホ。


 さて、接触する際、魔族の方が自分の肩に乗る鳩さんに化けている天族の方を素直に鳩と認識してくれるのであれば良いのですが、天族とばれた場合はよろしく無い状況に陥る可能性が高いです。
 何しろ、魔族と勇者。天族にとっては、言って仕舞えばどちらも敵です。自分たち勇者もまた、魔族だけでなく天族の脅威からも人族を守護するために呼ばれたので、天族も味方というよりは敵ですから。
 それでも接触を図ろうと考えているのは、その危険を冒すに値するだけの重要な案件の可能性があるからです。
 ひょっとしたら、カクさんたちはこの街を立ったというよりもなんらかの厄介な事態に巻き込まれている可能性があります。否定できません。
 そうなると、彼らが何らかの情報を持っている可能性もありますので。


「とりあえず、まずは彼らと合流します」


 鳩さんは頷くだけにしました。
 さすがに魔族がいると分かった時点でむやみやたらに騒ぎ立てるのは得策では無いと判断してくれたようです。
 ヨホホホホ。落ち着いていただけるのであれば、僥倖です。


 魔族の方が自分の存在に気づいていることを承知の上で、接触を図るべく近づいていきます。
 すると、すでに自分の存在に気づいていた魔族が、茂みから立ち上がって自分の視線の先に姿を現しました。
 それにつられるように、近くにいた勇者と魔族の皆さんの視線もまた、自分の方に向きます。


 最初にその魔族の方を見たとき、第一印象として浮かんだのは、ロボットでした。
 立ち上がった姿は3メートル以上ある人型ですが、その体を覆うのは金属光沢を湛えた無機物の外装で、およそ生命らしさを感じさせない装甲に覆われています。
 頭部にあるのは、6つのサイコロの目のように並んだランプで、それが意思を示すように点滅を繰り返しています。


 魔族の方につられるように、2人の人が立ち上がります。
 こちらはクラスメイト、つまり勇者と思われる方々ですね。
 服装こそこちらの世界の装束らしきものに着替えていますが、2人の顔には見覚えがありました。


 2人もまた、能面というトレードマークを顔としている自分のことを即座に認識したようで、いきなり立ち上がった魔族に驚く表情から、自分のことを認識して驚く表情に変わりました。


「湯垣、君…?」


「御知リ合イ、デスカ?」


 2人の勇者の1人、東田ひがしだ 愛華あいかさんのつぶやきに、魔族の方が反応を示しました。
 魔族の方に、東田さんもまた自分に向けた視線を外さずに頷きます。
 魔族の方の言葉と東田さんの反応を見る限り、両者は敵対関係にあるわけではなさそうですね。
 緊張か、それとも敵視からか、鳩さんの自分の肩を掴む鉤爪に力が入ってきました。
 自分は彼らから5メートルほどの距離を開けた場所に立つと、その場で大仰に腕を回して片足を半歩下げつつ、仰々とした一礼をしました。


「ヨホホホホ。お久しぶりですね。東田さん、本間さん。覚えておられないかもしれないですが、自分、2年Cクラスの湯垣です。会うのは召喚された日以来でしょうか?」


 そう言って顔を上げます。
 久方ぶりに再会したクラスメイトは、2人とも言葉を失い、小さく震えています。


「ほ、本物…なの…?」


「やっと…!」


「?」


 何かを言っているようですが、途切れ途切れのためによく聞き取れません。
 しかし、その表情などから察するに2人はかなり深刻な何かを抱えている様子です。
 さすがに無下にはできませんので、顔を上げて近づこうとしたところで、出しかけた足を止めました。


「……………」


 そういえば、初対面の方もいましたね。
 ここは自己紹介をするべきでしょう。
 自分はロボット魔族の方に向いて、再び大仰な仕草の目立つアホくさい一礼をして、お馴染みの口上を並べて名乗ります。


「お初にお目にかかります、魔族の御方。私、名前を湯垣ゆがき暮直くれただと申します。顔に関しての無礼はご容赦いただきたく。自分の仲間である班員たちからは変態仮面奇術師、または欠陥マヌケ回復職とも呼ばれている身です。名前よりも、面をかぶった頭のネジの壊れて修復不能となった人間といった認識のもとによるあだ名で呼んでいただいた方が、自分としましてもありがたい事です。以後、お見知り置きを」


 通常であれば、自分の馬鹿げた自己紹介を聞いた初対面の方は返答に困るか、呆れて物も言えないという表情を浮かべるものです。
 たまに容赦無いツッコミを入れてくる方もいます。主にケイさんなどです。
 時には遠慮なく遮ることもあります。これはカクさんですね。
 しかし、魔族の方の示した対応は、そのどれにも当てはまらないものでした。


「ワタシハ、畏レ多クモ魔族皇国79元帥ノ地位ガ一角ヲ皇主ニ授カル将帥、名ヲ『ポルックス』ト申シマス」


 普通に名乗り返して、わざわざ礼までしてくださいました。
 ヨホホホホ。ポルックス氏と言いましたね。彼は自分のふざけた自己紹介を気にもせず、平然と答えを返しました。今まで多くの方の前で披露してきました。爆笑されることもありましたが、丁寧に返されたことは初めてかもしれないです。
 笑い飛ばしたアルデバラン様といい、魔族の方の感性は人族のそれとは違っているのかもしれません。


「これはご丁寧に。ポルックス氏は元帥でありましたか」


「コノ階位ハ、魔族ニ置イテ定メラレタ地位。人族ノ勇者デアル貴殿ガ従ウ義務ハアリマセン。砕ケタ口調デ接シテ頂イテモ、大丈夫デス」


「ヨホホホホ。敵対者であろうとも、高い地位にある方には相応の敬意を払うことこそ謙遜の美徳でもあります。勇者としてではなく、一個の人としての考えに基づくものですので、ポルックス氏の方もお気になさらずとも結構です。ヨホホホホ」


「了解シマシタ」


 一先ず、ポルックス氏と初対面の当たり障りの無い言葉を交わします。
 その間に感動の再会の空気をそっちのけで魔族と対話していた自分に、いい加減にしろという感じで東田さんが声をかけてきました。
 感動の再会と洒落込みたいのもわかりますが、それはなんとなくカクさんが経験しそうな気がしましたので、自分はその波にのることはいたしません。
 クソ野郎、ですか? ヨホホホホ。それも何を今更といった感じでは無いですか〜。自分が回路の腐敗しているクソ野郎であることはご存知の通りです。ヨホホホホ。
 混乱する事態であっても、こうしてふざけた者がいたとすれば、冷静になり紡ぐ言葉を選べる精神的な余裕と時間的な余裕が生まれるでしょうから。
 東田さんもまた、立ち直る余裕ができた様子です。


「湯垣君…いい加減、こっちの話を聞いてもらえないかしら?」


 若干、苛立ちも含まれることになるのが難点ですが。ヨホホホホ。
 それはさておきまして、ポルックス氏から東田さん達の方に向き直ります。
 ポルックス氏の方は、肩の鳩さんに関してはまるで無関心の様子でしたので、正体はおそらくばれていないと思っていいでしょう。


「お久し振りですね、東田さん」


「それ、さっきも聞いた」


「…何かあったのですか?」


 自分が問うと、東田さんは本間さん、そしてポルックス氏と目を合わせてから、話し始めました。
 彼女たちの召喚された国で起きた悲惨な事件と、まだ1人生きているはずの仲間が国に残っていることと、復讐者となった人から逃げてきたことと、その末にこのソラメク王国の南部海岸地帯まで辿り着いた経緯を。
 一通り聞き終えた自分は、さすがに今回ばかりはふざけるのをやめました。


「…そんなことが、あったのですか」


 東田さんが無言で頷きます。
 特に、彼女の親友だった中井氏と香椎氏が殺された経緯を話す場面においては、かなり言葉が途切れ途切れになっていました。
 それだけ悲しい事件だったということなのでしょう。


 …他人事、ではありませんね。
 手が届かないなんて、言い訳にすらなりません。
 女神様に『治癒師』の職種を授かりながら、自分は苦しんでいるクラスメイトが同じ世界にいたのにもかかわらず、救うことが出来ませんでした。
 雪風のごとき働きをして見せると息巻いておきながら、何という体たらくでしょうか。
 東田さんはどれだけ辛い記憶であったとしても、彼らの死に様を詳細に話してくれました。
 如何に蘇生魔法といえど、そこまで死体の欠損が激しいとなると、生き返らせることはできません。特に脳を破壊された中井氏は絶望的です。
 それは、知らなかったで済ませられることではきっと無いのでしょう。
 情け無い。無能。助けを求めた仲間がいながら、自分の手はとても短かったという事です。


「…湯垣君」


 東田さんが、浮かんだ涙で目を腫らしながら顔を上げて自分の方を見ました。


「お願い、助けて…!」


 江山さんの隣にいる、東田さん。
 クラスの女子でも人気で、自分なんかよりもはるかに優れている方です。
 お前以上の底辺がいるわけ無いだろ、と? ヨホホホホ。申し訳ありませんが、今だけはシリアスな対応をさせてください。
 はい、そこ。衝撃受けないでもらえますか?


 ここまで泣きそうな思いでたどり着き、ようやく会えたクラスメイトに助けを求めています。
 自分のことよりも、復讐者となったクラスメイトを止めるために、そして異世界に強制的に召喚しておきながら、誰も悪く無い不幸の重ね合わせだというのに国を失った人たちのために、ここまでずっと誰かを頼ることもできずに来たクラスメイトです。
 そんな彼女たちが、助けを求めてきたのです。
 ヨホホホホ。たとえ神様仏様、地獄の鬼の皆様でさえもその手を取ることを許さないとしても、自分は見捨てることなどできるはずもありません。
 治癒師の職種を授かりながら、自分は彼女達の助けになることが出来ませんでした。
 ならばせめて、これ以上失うことが無いように、その声を受け入れるのが自分の、パーティーの生命線を担う者としての義務でしょう。
 自分は、東田さんに頷きました。


「勿論です。助けを請う仲間がここまで来たのであれば、自分はそれを見捨てることはいたしません」


「湯垣君…」


 自分は班員たちを先に死なせることはしないと、約束しました。
 ですが、それは班員以外の者ならば先に死んでもいいなどという考えではありません。
 手を貸すと、助けると、そう頷いたこの時より、東田さんと本間さんもまた、自分よりも先に死なせてはならない大事な方となりました。


 彼女たちの班のリーダーを務めている江山さんは、まだ六人部さんと、そしてジカートヒリッツ社会主義共和国連邦から助け出すことが出来たというウリヤノフ社会党総裁とともに、街に入っていると言います。
 ポルックス氏ともう一体いた魔族で腹心というカストル氏では街に入ることが出来ないので、ソラメク王国にて情報を集めつつネスティアント帝国に接触を図る機会を窺うために、江山さんたちは街に入ったと言います。
 東田さんと本間さんはポルックス氏が見つからないようにとの付き添いなのでしょう。早々に自分に見つかってしまいましたけど。ヨホホホホ。
 現状の東田さん達は江山さんたち街に入った組の帰還を待っているとのことですが、自分は街の方に勇者補正を得ている日本人の気配というのは感じていません。
 人が多いので自分が見逃しているという可能性もありますが、なんらかの厄介ごとに陥っている可能性は否めないでしょう。
 カクさんたちも街にはすでにいないようです。
 …街の地下からは嫌な気配が漂っていますし、少々不気味に思えます。
 不穏な気配を感じ取った自分は、東田さんに声をかけました。


「東田さん」


「愛華でいいわ。私も暮直君って呼ぶし」


「承りました。東田様」


「…全然承ってないじゃん」


 突然、東田様に下の名前で呼ぶ許可を与えられましたが、持て余します。というか苗字の方が呼びやすいので、ぶれることなくもう一度声をかけました。
 名前で呼んであげなよ、と? ヨホホホホ。それは自分ではなく東田様の身内と彼氏の役目ですよ。中井氏が亡くなった今、そのような方が現れるかは不明瞭ですが。
 何も変えないのは味気ないので、様付けに変更していますが。


 それはともかくとして、自分は陸奥の皆さんとの接触も図ろうと考えていましたので、カクさんもここに来ていることを伝えて、自分が折衝役をしてみる意向を伝えます。
 カクさんもなんだかんだ言ってお人好しですので、助けを求める仲間の声を拒むことはしないはずでしょう。


 それを聞いた東田様は、是非と了承してくれました。


「むしろ私から頼みたいくらいよ。お願い」


「ヨホホホホ。承知しました。少々お待ち下さい」


 ひとまず陸奥の方に向かおうと思います。
 街に行くために一歩目を踏み出した時でした。


 –––––!


 自分の耳ではなく、まるで心に直接届いてきたかのように、誰かの悲鳴が聞こえた気がしました。


「…今ノハ?」


 ポルックス氏にも聞こえたようで、辺りを見渡しています。
 自分も足を止めて周囲に意識を傾けます。
 無視できない。無視してはいけない。今の悲鳴は、そんな感じがしました。


「…どうしたの?」


 聞こえなかったらしい東田様が声をかけてきました。
 自分がそれに対して答えを返そうとした時、ポルックス氏が何かを見つけたようで、そちらに振り返りました。
 自分もつられてその方向を見ます。
 すると、そこには先ほどまで何もなかったはずの林の中に、ポツンと赤い鍵の刺さった不思議な扉がありました。
 どうやら、そこから悲鳴は聞こえたようです。


「何…あれ…?」


 本間さんが目をこすりながら扉を凝視しています。
 自分も同じことをしようと思いましたが、その前に扉からまた悲鳴らしきものが心に直接響いてきました。


「…どうやら、無視して良い案件では無いようですね」


 扉を見ながら、呟きます。
 今の悲鳴、そして先ほどの悲鳴。聞き覚えのある声でした。
 耳に響いてきたわけでは無いですが、聞き覚えのある声でした。自分の頭が記憶しています。


「東田様、六人部さんは、どちらに?」


 自分の問いに、東田様は一瞬迷ってから答えました。


「多分、まだ街だと思う」


 その答えを聞いて、自分の中で確信が出来ました。
 みなさん、確実にこの案件に巻き込まれていますね。
 そうとわかれば、自分は待ったなしです。
 悲鳴というならば、切羽詰まった状況でしょう。
 ヨホホホホ。先ほど立てた仲間を先に死なせない宣言、早々に破ることなど致しません。


「すみません東田様。先に片付ける案件ができましたので、しばらく留守にさせていただきます」


「暮直くん、それって–––––速っ!?」


 自分は東田様の返事を聞くことなく、扉めがけて一直線に飛び込んでいきました。
 自分と同様に声が聞こえていたのだろうポルックス氏も一緒に扉に向けてダッシュします。
 鳩さん含めて3名ですね。


「待って、暮た–––––」


 東田さんがワンテンポ遅れて出発しますが、体当たりで扉を突き破った自分とポルックス氏がその向こう側に行った直後に、扉は閉まるどころか幻のように消えてしまいました。
 そして、気づけば見知らぬ暗い森の中に出たわけです。ヨホホホホ。

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