異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

18話

 








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 日が中天を過ぎる頃、陸奥はソラメク王国の南部海岸地帯の港に到着した。
 上陸を果たした一行は、陸奥にネスティアント帝国海軍の4個大隊とエレオノーラ・フォン・ルーデンドルフ少将を残して、ソラメク王国を北上する事となる。
 目指す目的地は主に2つ。
 外務次官とその一行はソラメク王国王都であるミュラヘンに向かう。
 そして北郷とリズ皇女をはじめとする近衛の二個中隊に財務大臣のアルブレヒトを加えた一行は、ソラメク王国領、旧ネスティアント帝国国境子爵領跡地復興区を目指す事となる。
 その目的は表向きとしては財務大臣のアルブレヒトとリズ皇女によるネスティアント帝国の城塞都市の復興情勢の視察と、外務次官が取り付ける予定となっているソラメク王国との同盟締結に際し魔族戦にて行方不明となった両国の臣民を悼む記念碑への参拝にある。記念碑は子爵領の跡地の中に建っているというので、子爵領に到着した後はアルブレヒトたちと別れてしばらくは子爵領の跡地に留まることとなっている。


 そして、もう1つの目的は子爵領から北郷のみに聞こえてくる助けを呼ぶ声の正体を探る事である。
 とはいえ、こちらの目的は北郷の何の根拠もない感覚の正体を探るという、北郷自身も信用できていない事の調査である。北郷にとってはわがままを言っているようなもので、本来はこのような大所帯で来る事柄ではなかった。
 当初はこの事を相談して同行を了承した湯垣と2人でくる予定だったのだが、勇者がネスティアント帝国を無断で離れるという事態はまずいために、出向の許可を得るためにリズに北郷が相談したのがきっかけである。
 その際にリズがあっさりと許可を出してくれたまでは良かったのだが、案内役にアンネローゼが名乗り出たのをきっかけとしてなぜかリズまでも同行すると言い出した。
 案内役も何も要らないと北郷は言ったのだが、それに対してはリズもアンネローゼも断固として拒否の意思を示し、同行を強行採決してしまった。
 北郷はリズに対して分不相応で異なる世界に住むもの同士、本来ならば許されるような事ではないと承知しつつも異性としての好意を抱いている。リズも同様であり、2人はまだ清い間柄ながらも、周囲の面々にはバレバレだが、ネスティアント帝国には隠して両思いの恋人となっていた。
 そんな北郷が湯垣がいるとはいえアンネローゼとともに旅をする事に可愛いやきもちを妬いてリズが反対した事は、北郷もわかっている。だからこそ、アンネローゼも同行しなければ解決だろうと北郷は考えていたのだが、2人はその案を結託して頑なに拒否した。
 北郷はなぜ合理的な解決法を採用しないのか、理解ができなかった。はっきり言って、人の感情を全くわかっていない堅物の北郷らしい見解だろう。
 それはさておき、リズはネスティアント帝国の第一皇女であり、虚弱体質や早逝といった一部の例外を除き、長子が常に皇帝位を継承する慣わしであるネスティアント帝国の次期皇帝でもある。そんな大事な立場にある方を勇者2人に加えて長らく侍女兼護衛を務めてきた元近衛であることからそこらの一般兵よりも遥かに腕も立つアンネローゼが同行しているとはいえ、そのような旅に理由もなく行かせる事を了承する事はできないという事で、財務大臣のアルブレヒトが復興区の視察という名目を立て、さらには近衛二個中隊に加えてネスティアント帝国海軍4個大隊を護衛とした一団までに旅の面子は膨れ上がってしまったのだ。
 北郷は確証もない自己の都合にこれだけの人数を巻き込むわけにもいかないと言ったのだが、まさかの湯垣までも面白いからという理由で賛同に回ってしまい、孤立無援となって承諾するしかなくなったのである。
 膨れ上がった一行は、こうして出来上がった。


 北郷は反対に回ってくれると思っていた湯垣の事を思い出す。
 思えば湯垣は鬼崎と同様に暴走する面々の後始末やフォローもしっかりと引き受けてくれるし、今回の勇者召喚では煽り魔として散々に引っかき回してくれたものの、意外と湯垣自身が直接的に壊した器物損壊は勇者の面々では海藤と並んで一番少ないのである。むしろ子爵領と城塞都市で起こった西方国境騒動による被害から現地にとってはイメージダウンしていた悪印象を払拭するために募金活動に従事したり、正体を隠して復興事業に参加しては現地で勇者の暴走するしか能のないイメージを払拭するためにいろいろと良好な噂を広めてくれたりもしたらしい。最終的に正体がばれたそうだが、治癒魔法を駆使して復興中の事故の被災者を救助したりした事で、今ではネスティアント帝国にとってもソラメク王国にとっても自分たち勇者という存在は好意的に受け入れてもらえるようになっていた。湯垣が散々に駆け回ってフォローをしてくれていたその間、次に備えて職種の恩恵を慣れるための修練とリズとのデートを楽しんでいた北郷は湯垣に対して申し訳ないという気持ちと感謝を大いに感じていた。
 当人は全く気にしていない様子であったが、考えてみれば海藤には富山というはたから見ても分かりやすい好意を向けている幼馴染と、『イラストリアス』の大隊長であるアリアンというエルフの美女がいる。北郷には両思いの間柄にあるリズがいる。異世界の勇者という同じ立ち位置にありながら、富山たちの班の男性陣の中で湯垣だけはかわいそうなほどに一切そういう事がない。北郷はこの事を本当に申し訳ないと感じていた。
 とは言え湯垣本人は日本にいた頃からあの性格の能面なので、高スペックのくせに多くの女子からは距離を置かれて、男子たちからは面白いキャラも相成り好意的に受け入れられてはいる。本人は色恋沙汰には興味がなく、僻んでいる様子もなければ気にしている様子もないので、北郷は本人がその気になるまでは下手な横やりを出さない事にはしていた。
 ともかく、湯垣は存在そのものが迷惑ではある一方で、ある意味鬼崎と並んで富山班の一行を支えてくれる存在である。本人も職種が『治癒師』ということもあり、勇者の仲間はもちろんの事、こちらの世界の多くの人も助けてきた。湯垣は「自分よりも先に仲間を死なせる事は致しません」と言い、その通りに活躍してくれている。面々はかなり彼に支えられていることも多かった。
 湯垣には言っていないが、北郷は密かにパーティーの生命線というならばそれを守るのが前衛の役目と、戦闘となれば湯垣を必ず守り抜いて見せると心に決めている。
 それなのに湯垣は自分から単独行動を取ることも多く、しかも前衛で敵と張り合うことも厭わない。器用な彼は仲間が傷つけばそれを助ける事を第一としているが、回復から戦闘に防護に最後の後始末とフォローまでこなすその負担はパーティーの中でも随一だろう。能面で素顔を常に隠しているとは言え、その負担を決して表に出す事はない。北郷は湯垣を見ているとどうしても自分が見劣りすると感じてしまう。
 もちろん、その程度で僻むような陰湿な感情は北郷にはない。むしろ、そんな仲間がいる事を北郷は誇りに思っている。
 誇りに思っているだけで手伝ったりする事はない、というかできないが、湯垣は北郷にそう思ってもらえているだけで結構楽しそうだった。
 そんな湯垣だが、今回の旅にももちろん同行を承諾してくれた。そして北郷とともに村上に借りた陸奥に乗り込んだまでは一緒である。
 部屋割りで北郷の事をおちょくり面白がっていたが、数少ない湯垣の楽しみであるその自分さえ面白ければいいと豪語する迷惑行為に北郷は切れたりはするものの力ずくで止めようとは思っていない。
 それはともかくとして、湯垣はいつの間にか陸奥から姿を消していた。
 湯垣はよく姿をくらませる。
 大抵は面白くなりそうだからという理由で姿をくらませるのだが、時には重要な何かの案件があってそれの解決のために誰にも相談せぬまま姿を消して解決することもある。
 北郷も湯垣とは1年もの付き合いになるのだ。朝にリズと同室で一晩を過ごした北郷たいして、必ず面白がって声をかけてくるだろうと考えていた北郷は、今回の姿をくらませているのがおそらく後者の理由であることと感じていた。そのくらいはわかるようになっている。


 そして、結局陸奥から一行が降りてもなお、湯垣が姿をあらわす事はなかった。
 北郷は手を貸したいと、なんとか湯垣のもとに行って1人で抱えている事の解決に手を貸したいと考えてはいるのだが、湯垣は一度姿をくらませると探そうとも決して見つける事はできない。姿を現した時には、介入の余地などないほどに案件を片付けてしまっている後である。


 上陸した北郷は、歯がゆい思いを抱きながらも湯垣の無事を祈るくらいしかできなかった。


 〔あのバカ…何で何も言わずにいなくなるのだ、毎回毎回…!〕


「佳久様?」


 歯ぎしりをしているのを見て不安に思わせてしまったのだろう。
 北郷の顔を心配そうにリズが覗き込んできた。
 それに対して、北郷は首を横に振る。


「いや…何でもない。ここからは陸路だ。出発しようか?」


 戻ったら説教だな、と北郷は密かに決めた。




 しかし、北郷たちはすぐに出発というわけにはいかない。
 何しろソラメク王国は同盟を結んだとはいえまだ他国である。
 外務次官の一行が王都に赴き許可をもらうまでは、この南部海岸地帯から出る事は難しい。
 ソラメク王国は好意的に受け入れているから時間はかからないだろうが、ここに待機する間は特にやる事がないのである。
 今頃見えない何処かで何かを背負って孤軍奮闘しているであろう湯垣の事を思うと、北郷はじっとしてはいられなかった。


「…ッ」


 北郷の態度は落ち着きがなく、かなりそわそわしている。
 武器を召喚したり、地図を確認したり、声に耳をすませたり、鍛錬をしたりくらいしかできる事がないため、歯がゆい思いをしている。


 湯垣に関してはこの頃、別の案件で成り行きからアウシュビッツ群島列国とともに魔族とどんぱちしている頃なので決して孤軍奮闘しているわけでもないし、ましてや行方不明の元など姿をくらませたというよりはアルデバランに海に落とされるという間抜けをやったためで、北郷が想像するような事をしているわけではないのだが、それを知らない北郷は歯がゆい思いをしていた。


 北郷の落ち着きのなさは態度に露骨に現れてしまっているため、リズをはじめとする一行も落ち着かない。
 そしてそれは北郷たちを迎い入れたソラメク王国の南部海岸地帯の領主たちにも波及してしまい、ただの待機のはずなのに皆さんの心労は重なる一方であった。
 この状況の元凶である湯垣は海戦の真っ只中にある。
 いかに陸奥を守るための行動の結果としてこうなったとは言え、はっきり言って海をまたいでまで迷惑をかける存在は救いようがないと言えるだろう。
 もちろん、湯垣はこんな事を知ったとしてもむしろ面白がる。
 彼自身が称するように、器用貧乏を無駄なところに活用する頓珍漢が湯垣の本質なのである。




 湯垣の現状はいざ知らず、南部海岸地帯で待機を続ける北郷一行。
 だが、陸奥到着した翌日。
 その南部海岸地帯に、本来ここにはいないはずの人達が訪れた。

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