異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
14話
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空に日の出の光がかかり始めた頃、陸奥はソラメク王国の南部海岸地帯へと到着した。
当てがわれた船室に備えてあったソファーで一夜を過ごした北郷は、日の出とほぼ同じ時刻に目が醒める習慣がついている。
その割に寝るときも面をつけていたかつての部屋の相方を思い出すと、今更ながらに本当に湯垣の素顔をというものを知らないことに改めて気づく。
1度、寝ている間に面を剥がそうとしたこともあるが、まるで察していたかの様に手を伸ばした瞬間に湯垣が目を覚ましたことで断念した。
考えてみれば、北郷は湯垣ともかれこれ1年以上の付き合いになるのだが、湯垣のプライベートに関する情報をほとんど知らない。
北郷の知る湯垣といえば、勉学は非常に優秀であり試験においては常に学級内でもトップクラスの成績を保持しているという事から、かなりの努力家であるという印象を受ける。終始ふざけた態度をしているものの、彼の成績は目に見えない努力を怠らない事を表している。運動神経も高く、物覚えが良い上に非常に器用であり、大抵の事は人並み以上にこなしてしまうためにそのふざけた態度に目をつむれば高いスペックを有している。その器用はあらゆる面で優れており、生徒会の人手が足りずに助っ人を頼んだ時など有能揃いの生徒会メンバーですら10人がかりでも3日はかかる生徒総会用の資料の作成をたった1人、それも半日で完璧に片付けてしまうほどであった。あの時は北郷だけでなく生徒会メンバー全員が唖然としたほどである。
それに、彼は基本的に他人の頼みごとを決して断らない。無茶な依頼をされようが、平然と飄々としたその態度を崩さずにこなしてしまうので、あの面を外してもう少しまともな人格をしていれば間違えなくその高い能力を正当に評価されているだろう。
人格はともかくとして、彼の思考もまた同じ高校生とは時折思えないほどに達観したものがあるときもある。今回の異世界召喚も湯垣の出す意見は混乱していた北郷を含めた他のメンバーを落ち着かせてくれるものが多かった。彼の意見を採用した結果、ネスティアント帝国には中途半端な立場を取ってしまっているが、今ではその立ち位置のおかげでいきなり重荷を背負う事なく現状を知る事に努める事ができているし、クラスメイトを突如として異世界に召喚したことで当初は悪印象を抱いてしまっていた帝国の人たちの事も落ち着いた視線で見る事ができている。少なくともネスティアント帝国はとても良い国である事は知る事ができた。湯垣がいなければ上手くいかなかったと思う場面も結構ある。
湯垣自身は自らを器用貧乏と称しその異常に高い能力や親切な性根を正当に評価される事を何となく嫌っている様子で、褒めても結構素直には受け止めてくれない。
それと、喧嘩は基本的に止めには入らずむしろ扇動する、忽然と姿を消しては勝手な行動をとる、面と向かってバカにしようが怒鳴りつけようがひらひらと交わされる、面白いからと周囲に被害が出る事を厭わずに無駄に人の事を怒らせる、一泡ふかせようとするたびに逆にやり返される、扉の前に立っては出てくる相手を能面で驚かせて面白がる、などなど人としてどうかと思うレベルでの欠点も多数存在する。
ただ、湯垣は自らの身の上に関してはほとんど語る事がない。
北郷の知る湯垣の身の上話といえば、彼には三つ上に1人と同い年に双子の従姉妹がいるということのみである。湯垣自身の親兄弟の話は一切聞かない。それ以前に、クラスメイトどころか学年の中でも彼がどこの中学出身かという事を知る生徒すらいないのである。その高い能力と親切な人柄から交流関係は結構広い様だが、北郷を含めた誰にも身の上話をした事はないらしい。教師は身元がはっきりしている事を承知しているためか特に何も言わない。
とはいえ、教師も守秘義務がある。面と向かって湯垣の個人情報を教えて欲しいと言っても、担任や顧問を始め誰も取り合ってはくれなかった。
そんな風に秘密が多い湯垣だが、特にそれを知らなくても彼との付き合いはできるし不自由もないので気にはならない。
そういえばと、北郷は多くが混乱するであろう異世界召喚の際に最初に出会った女神から湯垣が多くの情報を得ていたことに今更ながらに疑問を感じる。
あの性格だし、こういった状況に置かれても案外混乱しないたちなのかもしれないが、それにしても随分と湯垣は冷静だった。
身元はしっかりしていると思うが、なにぶん北郷は湯垣の過去を知らなすぎる。
もしかしてこういった経験があるのでは?という疑惑を抱いてしまう。
「…いや、あるはずもないか」
さすがにそれは考えすぎだろうと、その疑惑を拭い去った。
湯垣は冷静であったが、こういった事態に陥るのは明らかに初めてという感じであった。異世界よりの帰還方法もまるで皆目見当がつかない様子でもあったし、さすがにこの仮説は考えすぎだろう。
リズとアンネローゼはまだ眠っている様である。
帝国の人たちもさすがに船旅に慣れていない皇女を到着したからといってこの朝早くから起こしには来ない様子であった。
北郷は立ち上がるとなるべく全裸で寝ている2人のもぐるベットには目を向けない様に努めつつ、扉に手をかける。
ひとまず、湯垣と話がしたかった。
あいつと話せば何かつかめるかもしれない。そう思ったからである。
北郷には結構心のどこかで湯垣の事を頼りにしている一面が存在しているし、それを自覚している。
それに同性同士でなおかつ同じ世界に住んでいたもの同士でもある。
リズやアンネローゼの事は確かに信頼してもいるし、リズに関しては自覚できるだけの好意も抱いている。
それでも北郷にとって頼りになるという面では、湯垣の方が信頼が置ける。
2人を起こさない様に船室を出た後、北郷は湯垣のいるはずの船室へと向かおうとした。
しかし、扉を開いたところでその扉をノックしようとしていた全身甲冑姿の人物と鉢合わせしてしまった。
「!?」
頭全体を覆い隠す兜を身につけている人物に見慣れていない北郷は、早朝という事もありその姿を見たとき思わず驚いてしまった。
北郷の記憶が確かならば、この人物はネスティアント帝国海軍の少将であり陸奥に乗艦しているネスティアント帝国海軍4個大隊の司令官でもある、エレオノーラ・フォン・ルーデンドルフだったはずである。
兜で完全に顔を隠しているため確証はないが、その姿の印象は十分に強い。
「失礼した。皇女殿下はまだお休みか?」
ノックしようとしていた手を引き、エレオノーラは北郷の出会い頭に驚くというかなり失礼な態度も気にする事もなくそう尋ねてきた。
どうやらリズの安否が心配だった様である。
当然だが、ヘタレの北郷である。昨晩はリズにもアンネローゼにも指一本触れてはいない。
それに、昨晩は特に危険もなかったはずである。寝ている間に彼女たちの身に何かがあれば北郷の刀は持ち主にその危機を知らせるようになっているし、今朝は姿こそ確認していないというか精神的にできなかったが2人の規則正しい静かな寝息も確認している。船室の前には近衛大隊『イラストリアス』所属の騎士が常に3人ずつの交代で見張りについているし、艦内も近衛とエレオノーラの部下である海軍が夜中も巡回している。彼らからも特に異常を知らせるような形状がなったりとかは聞いていないし、扉の前の護衛の近衛騎士も昨晩は何もなかった様子である。
「ああ、2人とも船旅に慣れていないのかぐっすりと寝ている。あまり無理に起こさないほうがいいと思うが、心配なら直接確認してくれ」
北郷は自分にはとてもできないことなので、直接の確認はエレオノーラにしてもらおうと思ったのだが、エレオノーラは北郷の言葉を聞くと首を横に振った。
「いや、ご無事ならばいいのだ。ご確認も勇者殿の方ですればいい。私はこれで失礼する」
「いや、まっ…行ってしまったか」
陸奥に乗っている海軍を束ねる立場なのでかなり忙しいのだろう。
エレオノーラは確認だけ済むとさっさと船室から立ち去ってしまった。
全身甲冑姿しか見た事がないので、北郷はエレオノーラの素顔を知らない。
それが何となくだが湯垣と一瞬だけ重なって感じてしまう。
だがその考えはすぐに霧散した。
質実剛健と言えばいいのか、わずかな言葉を交わす程度の間柄ではあるがエレオノーラの人柄は実直でとても真面目であり、他者にも自分にも厳しいタイプに思える。
北郷自身は、人よりは多少相手の本質を見抜く目は持ち合わせているつもりでいる。
特に自分に近い堅物気質の人間であればなおさらである。
そう考えると、あらゆる面ではた迷惑な湯垣と、真面目一辺倒のエレオノーラでは顔を隠している以外の共通点はないだろう。
自分の頭に一瞬浮かんだ馬鹿げた考えを振り払い、北郷は当初の目的通り2人を起こさずその姿を目に入れないように気を払いながら部屋を後にする。
堅物で知られる北郷は、恋愛関係は奥手とはいえ流石にその辺りはわきまえる紳士である。本人の許可を得ようとも、異性の裸体を視姦するなどという思考は彼には存在しない。
そして、何かと理由をつけては気を落ち着かせるために能面を被って飄々としている変態に会いに行こうなどという、ヘタレでもある。
「…おい、まだ寝ているのか?」
湯垣の部屋の扉をノックしても返事がなかったため、声を一応かけてから扉のノブに手をかける。
だが、扉には鍵がかかってあり、入る事はできなかった。
しかも、室内からは人の気配がまるでない。
神出鬼没の湯垣のことだからいる可能性もあるし、いない可能性もあるが、この世界に来てからというもの北郷の感覚は鋭敏になっており、扉一枚隔ててある程度では確実にその先にいる人の気配をたどる事ができるようになっている。
内部の気配を探る限りは、十中八九、湯垣はいないだろう。
この船のどこかにいるはずだが、あの神出鬼没の奇術師は捜しても見つけられるものではない。この一年で嫌という程に思い知らされた事実に、捜すだけ無駄であると判断して湯垣を捜すことは諦めることにした。
船室へ戻るつもりはない。
ならばと、模造品とはいえかつての博物館で見た資料に記載していた数少ない写真と瓜二つの姿であるこの事故によって沈んでしまった戦艦を、2度はないこのせっかくの機会に目に焼き付けておこうと思い、甲板に上がることにした。
すでに陸奥では港に入るための準備が始められており、海軍の将兵が慌ただしくはじり回っては作業に励みながら、指示を叫んでいた。
北郷はなるべく邪魔にならない場所に立ち、陸奥の巨大な艦橋を見上げる。
「美しいな…」
北郷は、旧日本海軍の軍艦に関しては人並み程度の知識は持っている。
さして深い興味があるわけでもないが、やはりこうして本物と瓜二つの姿を自らの目に入れると感じ入るものがある。
思わずその姿に見とれていると、後ろから誰かが近づいてきた。
人数は2人。この気配には覚えがある。
近づいてきたのは、近衛の中隊を率いる2人の中隊長である。
今回の旅にリズの直接、というよりも帝国に仕える海軍の他に皇族の直轄として存在する軍事力である近衛騎士たちも2個中隊が同行している。
二つの中隊の所属は違うが、派閥争いのようなものはなく比較的好意的なものたちである。特に2人の中隊長は仲がいい。
1人はリズのような女性の皇族のために存在するといっても過言ではない女性の近衛のみで構成された大隊『イラストリアス』の所属である美女揃いの近衛騎士のみで構成されている中隊を率いる、ネスティアント帝国ではめったに見かけない浅黒いアラブ系の外見が特徴の女性で、名前はエリザベート。他のイラストリアス所属の騎士よりも少し年上ということで慕われている姉御気質の持ち主である。
もう1人は歴戦をくぐり抜ける実力主義の面から強面や古傷持ちが多く、きらびやかな近衛の中ではひときわ浮いているもののその実力は間違えなく帝国随一が揃っているという面々の多い大隊『ヴァリアント』所属の中隊を率いる、その強面集団の中でただ1人の優男という隊長には見えない男性で、名前はティルビッツ。一見中隊では一番弱く見えるのだが、その実力は中隊の強面集団の誰よりも強いという実力主義の大隊でその地位を勝ち取った強者である。一度北郷も手合わせをしてもらった事があるが、力では勝るものの技量においては勇者をしのぐ実力者であり、職種のみの恩恵で勇者補正がなければ北郷にすら手も足も出ない相手だったと思う。
2人は中隊をまとめるもの同士で気が合い、皇宮では湯垣と一緒に3人であれこれ言い合っていた仲である。内容は知らないが、結構仲が良かった様子だった。
その2人が背後からやってきた気配を感じ取り、北郷は振り向いた。
北郷が振り向くと、2人は同時に1メートルほど距離を撮ってその場に止まる。
どうやら北郷に用がある様子だった。
「何か?」
北郷が尋ねると、2人は一度顔を見合わせてから頷きあい、ティルビッツの方が尋ねてきました。
「北郷殿、湯垣殿の所在をご存知ありませんか? 今朝からどこにも見受けられないのです」
どうやら2人は湯垣を探しているらしい。
艦内中を探し回ったのだろう。2人とも若干焦っているようである。
最後に北郷ならば何か知っているのかもしれないと声をかけたのだろうが、残念ながら北郷もあの奇術師の行方はわからない。
ティルビッツに対して、北郷は首を横に振った。
「すまないが俺にもあの間抜けの所在はわからない。それと、探してもあの間抜けは見つからないから無駄だと思う。以上」
言いたいとこと、言うべきことを伝え、北郷は2人の前から立ち去る。
「それはどういう–––––」
ティルビッツの言葉が背中に届いたが、北郷は無視して湯垣の部屋へと向かった。
御手杵の存在が近くにない。
あの間抜けがどこに行ったのかわからないが、ただ事ではないという予感が2人の様子を見て感じ取れる。
もしかしたら彼の船室に何らかの手がかりがあるかもしれないという感覚のもと、北郷は湯垣が何かを残していないのかを探すために一度鍵をかけられた部屋へと1人で向かった。
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