異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
12話
…これでは、敵としては到底見れませんな。ヨホホホホ。格下に慈悲を受けても不愉快かもしれませんが、自分はアルデバラン様の腕を差し出しました。
「ヨホホホホ。腕を付け直しましょう。近づきますが、宜しいですか?」
自分の突然の提案に、アルデバラン様は驚いた表情に変わります。
「何じゃ? お主、敵に情けをかけるのか?」
その問いには、首を横に振ります。
敵とはいえ憎しみ合うしかできないなんてことはないですし、敵を好きになるのもまたあってもいいことだと思います。味方に嫌いな方がいてもおかしくないですからね。
それに、自分に与えられている職種は治癒師です。命を奪うのではなく救うための職種である以上、自分は癒す相手、助かる相手がいるならば敵味方なんて細かいことにはこだわりません。
「ヨホホホホ。自分は治癒師の職種を授かる身。怪我をしている方がいれば、癒すのは義務ですから」
「何と…」
警戒していると言いますか、ある程度疑うそぶりを見せていたアルデバラン様ですが、自分の言葉に何か感じるものがあったのか近づいてきました。
ここでだまし討ちされても…まあ、それはそれということで。蘇生魔法仕込んでいますし、大丈夫でしょう。ヨホホホホ。
頭おかしい、と? そんなのわかりきったことではありませんか、今更ですよ。ヨホホホホ。
「癒すのが義務、か…。ワシもお主の腕を奪った。お主が自力で奪ったワシの腕じゃ、治す謂れなどなかろう」
アルデバラン様は、向こうにとってはメリットしかない提案のはずなのですが、渋々といいますかあまり乗り気でなさそうです。
敵の施しを受けることに乗り気でないというよりも、命を削り合い奪った手柄と言いますか、戦った証をなかったことにしようという事に対して快く思わないような感じですかね。
どちらにせよ、腕を治される事に対しては嫌悪しておらずとも、納得いかない感じです。
乗り気でない状態で治しても後味が悪い気がしますので、ここはお世辞を交えつつ別の形で納得いただけるように誘導してみます。
ヨホホホホ。治癒師は患者のわだかまりまで消去していくすべがありますとも。…いや、ないですけどね。
アルデバラン様に近づき、その体まで触れる位置まで来たところで治療に入ります。
ここで奇襲、とかいうとまた面白いかもしれませんがアルデバラン様はそんな事はしませんでした。ヨホホホホ。まあ、これも1つの形という事にしましょう。
アルデバラン様の腕を無くした肩に、一度は切り離された腕を当てて治癒魔法を発動させます。
みるみるうちに腕が繋がり、その傷口は消えて行きました。
「おお…」
今日心身といった様子でその光景をアルデバラン様が見ています。
続けて回復魔法を発動させてなくしたものを補充していきます。
せっかくですので、自分が叩き込んだ発勁による影響に対しても治癒魔法と回復魔法を使用しました。
これでアルデバラン様は全快となります。
「おお…これは、すごいな」
アルデバラン様は、女神様より授かった自分の治癒魔法の効能に目を見張っていました。
ヨホホホホ。魔族の方にも有効とは、女神様には本当に頭が上がりません。
「如何でしょう? あらかた治ったと思いますが」
確認するように肩を回し、体の様子を確認するアルデバラン様。
一通り確認し終え、自分の方を向いて満足げな笑みを浮かべました。
「うむ! 何ら異常はない、まことに助かったぞ!」
「ヨホホホホ。それは何よりです」
ついでにお世辞も付け加えましょう。
これで自分に対する情けをかけられたという印象も少しは薄れると思いますので。
「貴女の御美しい身体が傷ついたままというのは、やはり男として見過ごせませんから。下心あってこその治療ですので、恩義に感じる必要はありませんよ。ヨホホホホ」
口調と面と最後の余計な笑い声さえなければ口説き文句ともなるでしょう。
それをぶち壊すための三要素ですが。
しかし、アルデバラン様は何故か色素のない白であった頬を突然赤くしてしまいました。
「う、美しい…? わ、わしが、美しい…」
「…おや?」
あれ?
何故ですか? 何でそこで赤くなるのですか?
何ですか? もしや、容姿を褒められることがなかったおかげで口説きに対する耐性が皆無、そのためここまで風情をぶち壊す自分からの賛美さえも照れてしまうということなのですか?
…魔族は容姿そのものが千差万別なので、美しいと言われなくとも無理はないかもしれませんね。
自分は魔族の慣習を知らないので、よくわかりません。
分かりませんが、アルデバラン様の様子がおかしいというのはわかります。
「暮直…お主は、ワシが美しいと思えるのか?」
上目遣いでアルデバラン様がそんなことを言ってきました。
マズイですね。何かよからぬものに当てられてしまっています。視野がおかしくなっています。
あてたの自分ですけど。ヨホホホホ。
笑い事ではありません。
ここは穏便に行きましょう。
自分はカクさんや海藤氏のような誑しではなく、恋愛要素皆無の傍迷惑煽り魔の能面変態奇術師なのです。
大丈夫。お世辞をいくら言っても風情を壊すこの容姿と口調ならば誰1人陥落しません。したとしたら、それは年下だったら何でもいいわと言わんばかりのマッチョゲイマスターくらいでしょう。少なくとも女性が陥落することはありません。
ヨホホホホ。
「アルデバラン様。貴女の肌も、貴女の顔も、貴女の瞳も、貴女の髪も…その全てが御美しいです。自分の美貌を信じてください。イシシシシ…」
うわー。
うわーうわーうわーーー。
ないですよね、これは。ヨホホホホ。
「な、ななな!? そ、そんなに、良いのか…?」
ポンと、真っ赤になるアルデバラン様–––––って、ちょっと待てい!
何してるんですか、アルデバラン様! 何褒められただけで顔赤らめているんですか!?
思春期の中学生かい!などというツッコミをしたくなります。
うっとりとした目を向けられましても…。
と、ここまで来て合点がいきました。
いえいえ、そもそも前提が間違っていましたね。
自分なんかに褒められて嬉しがっているアルデバラン様。
なるほど、フラグとかではなくもっと褒めてとねだっているのでしょう。
なんですか、脅かさないでくださいよ〜。
思春期の中学生かってツッコミが盛大なブーメランになって返ってきましたね。
ならばもっと褒めましょう。
「ヨホホホホ。アルデバラン様、貴女はとてもお美しいですよ」
「ほ、本当にか?」
「勿論ですとも。その魅力を並べろとい–––––」
「暮直ぁ!」
ガブリンチョ。
肩に噛み付いてきました。
「モグモグ…お主は本当にいい奴じゃな! あと、美味いぞ!」
「ちょちょちょ!? アルデバラン様、今の話を–––––」
「ガブリ!」
「ハンギャア!?」
思わず素っ頓狂な言葉をあげてしまいましたよ。
ヨホホホホ。まあ、結果オーライということで。
治癒魔法、使いますか…。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
ネスティアント帝国に召喚された勇者の1人である北郷 佳久、通称『カク』というあだ名で通っている青年は、今は帝国のためではなく己の独りよがりな事情の元で動いていた。
陸奥の艦橋から眺める夜の海。
彼が今向かっている先は、ネスティアント帝国の西に隣接する隣国であるソラメク王国の南部海岸地帯である。
最終的な北郷の目的地は、そこからさらに北上したネスティアント帝国との国境に位置するソラメク王国の領土、旧子爵領地であり、1週間以上前に起きた勇者として魔族との初めての激戦が行われた地でもある。
誘拐された帝国軍人であるアンネローゼを救出する際に、不思議な呼び声が北郷の耳には届いていた。それはまるで助けを呼ぶ声だった。
音ではない。不思議な感覚。
それはアンネローゼを助け出したのちに止んでいたのだが、最近になって再び聞こえてくるようになったのである。
それが誰の、そしてどこからの呼び声か、北郷にもわからない。
だが、はっきりとしているのは、それが子爵領の領主邸宅があった場所からしているということと、前回はアンネローゼからの助けを求める声だったのに対して今回はかなりの数の声が聞こえるということ、そしてその声に応じなければ確実に後悔するという予感である。
何の根拠もないが、誰かが呼んでいると、北郷は感じていた。
そして、彼はその声を無視できず、かつては同じクラスメイトで、今は共に戦う仲間である湯垣に事情を話し、ネスティアント帝国の許可ももらって、その根拠もない助けを呼ぶ声に導かれて動いている。
その際に、ネスティアント帝国の次期皇帝であり第一皇女でもあるリズを初めてとした多数のネスティアント帝国の人たちも巻き込むこととなった。
当初は誰がどう見ても変態の外見と口調をした湯垣と2人での道程となるはずだったのだが、リズに話をした際にいきなり自分もついていくと言い出し、ならばと彼女の護衛を務める双子の騎士までも同行するといい、アンネローゼも行きたいと言い出して、気づけば北郷の想定を大きく超える人数となってしまっていた。
その上、走って行く予定だったのだが、同じクラスメイトであったネスティアント帝国に召喚された勇者仲間の1人である村上 定将に彼の職種である『提督』の召喚魔法を行使してもらって巨大な戦艦まで用意してもらった。
根拠もないわけのわからない感覚の正体を探るという我ながらバカバカしいと一蹴したくなる旅に多くの人たちを巻き込んでしまっている。
北郷の心境は、何もないに越したことはないが、それでもこれだけ巻き込んで何もなければどうなるという複雑なものとなっていた。
「…佳久様?」
ベットから身を起こしたリズが声をかけてきた。
何の因果か、北郷の船旅中の泊まる部屋はリズに当てがわれた最上級の部屋だった。
帝国の人たちは誰1人反対しなかった。1人反対した人はいたが、彼女まで同じ部屋を利用することになって、北郷は帝国の年頃の男女を同室にさせる危険とかを考えない思考回路に疑問を呈したくなっている。
今も、毛布で隠している下のリズの体は生まれた身の姿をしている。
全裸でなければ寝られないというが、北郷にとっては目に毒だった。
「リズ…頼むから服を着てくれ」
2人きり、またはアンネローゼを含めて3人だけの時は北郷のことを下の名前で呼ぶリズのことをなるべく見ないように窓の外に広がる夜の海の景色を眺めながら、北郷は懇願するように言う。
というよりも、懇願である。
いかにリズに対して自覚が芽生えだした好意を抱いている北郷でも、さすがに全裸で隣に寝られるのは無理である。
ベットが一組しかないこと、リズが全裸でなければ寝られないということと驚愕の連続により、北郷の精神的な疲労は音を立てて重なり続けている。
皇宮で過ごしていた同室の相手、湯垣との気楽な夜が懐かしく思えてしまう。
湯垣はいつの間にか1人部屋を確保していた。
今、まさに陸奥とそれに乗る皆を守るために強力な魔族と一騎討ちをしていることなどつゆ知らず、北郷は1人でいると考えている湯垣のことをうらやましいと感じていた。
最悪、床がソファで寝ればいい。
そう考えていた北郷だったが、リズの一言で決意が揺らぎを起こした。
「佳久様…やはり、貴方の本来の日常から引き離した私の事を、嫌っておいでなのですか?」
「待て、それは違う!」
断固として否定し、リズの方を振り向く。
同時に、思わず見てしまったギリギリのところを隠しているもののリズの眩しい裸からすぐさま目をそらす。
その顔は、真っ赤になっていた。
「か、勘違いしないでくれ…。俺は、もうそのことを恨んでなんかいない。初めて、本当に人を好きになれるリズと出会えたこの世界が、何よりリズのことが…あ、あ…」
慣れないセリフに、北郷の声は詰まった。
それでも、真っ赤な北郷の顔と途中までは紡がれた北郷の言葉から、彼が言おうとしていたことを察したリズもまた、顔を赤くした。
「よ、佳久様…」
「うう…」
恥ずかしすぎる。
富山のことを散々に思っていたが、いざ自分の身に降りかかるとその素直になれない感情を大いに理解できた北郷は、沸騰する頭の片隅で、富山のことを真剣に応援してやろうと考えていた。
「…ふふ」
「…はは」
恥ずかしさから顔を真っ赤に染める2人であったが、いつしか目が合い、そして顔を赤くしたままお互いに自然と笑顔になっていった。
「私はとても幸せです。佳久様」
「君が幸せなら、俺も幸せだ。リズ」
…ただし、ここまで言っておきながら北郷は全裸のリズが横になるベットに入る勇気まではなかった。
勇気というより、臆病者、もしくはヘタレと称するべきかもしれない。
「ヨホホホホ。腕を付け直しましょう。近づきますが、宜しいですか?」
自分の突然の提案に、アルデバラン様は驚いた表情に変わります。
「何じゃ? お主、敵に情けをかけるのか?」
その問いには、首を横に振ります。
敵とはいえ憎しみ合うしかできないなんてことはないですし、敵を好きになるのもまたあってもいいことだと思います。味方に嫌いな方がいてもおかしくないですからね。
それに、自分に与えられている職種は治癒師です。命を奪うのではなく救うための職種である以上、自分は癒す相手、助かる相手がいるならば敵味方なんて細かいことにはこだわりません。
「ヨホホホホ。自分は治癒師の職種を授かる身。怪我をしている方がいれば、癒すのは義務ですから」
「何と…」
警戒していると言いますか、ある程度疑うそぶりを見せていたアルデバラン様ですが、自分の言葉に何か感じるものがあったのか近づいてきました。
ここでだまし討ちされても…まあ、それはそれということで。蘇生魔法仕込んでいますし、大丈夫でしょう。ヨホホホホ。
頭おかしい、と? そんなのわかりきったことではありませんか、今更ですよ。ヨホホホホ。
「癒すのが義務、か…。ワシもお主の腕を奪った。お主が自力で奪ったワシの腕じゃ、治す謂れなどなかろう」
アルデバラン様は、向こうにとってはメリットしかない提案のはずなのですが、渋々といいますかあまり乗り気でなさそうです。
敵の施しを受けることに乗り気でないというよりも、命を削り合い奪った手柄と言いますか、戦った証をなかったことにしようという事に対して快く思わないような感じですかね。
どちらにせよ、腕を治される事に対しては嫌悪しておらずとも、納得いかない感じです。
乗り気でない状態で治しても後味が悪い気がしますので、ここはお世辞を交えつつ別の形で納得いただけるように誘導してみます。
ヨホホホホ。治癒師は患者のわだかまりまで消去していくすべがありますとも。…いや、ないですけどね。
アルデバラン様に近づき、その体まで触れる位置まで来たところで治療に入ります。
ここで奇襲、とかいうとまた面白いかもしれませんがアルデバラン様はそんな事はしませんでした。ヨホホホホ。まあ、これも1つの形という事にしましょう。
アルデバラン様の腕を無くした肩に、一度は切り離された腕を当てて治癒魔法を発動させます。
みるみるうちに腕が繋がり、その傷口は消えて行きました。
「おお…」
今日心身といった様子でその光景をアルデバラン様が見ています。
続けて回復魔法を発動させてなくしたものを補充していきます。
せっかくですので、自分が叩き込んだ発勁による影響に対しても治癒魔法と回復魔法を使用しました。
これでアルデバラン様は全快となります。
「おお…これは、すごいな」
アルデバラン様は、女神様より授かった自分の治癒魔法の効能に目を見張っていました。
ヨホホホホ。魔族の方にも有効とは、女神様には本当に頭が上がりません。
「如何でしょう? あらかた治ったと思いますが」
確認するように肩を回し、体の様子を確認するアルデバラン様。
一通り確認し終え、自分の方を向いて満足げな笑みを浮かべました。
「うむ! 何ら異常はない、まことに助かったぞ!」
「ヨホホホホ。それは何よりです」
ついでにお世辞も付け加えましょう。
これで自分に対する情けをかけられたという印象も少しは薄れると思いますので。
「貴女の御美しい身体が傷ついたままというのは、やはり男として見過ごせませんから。下心あってこその治療ですので、恩義に感じる必要はありませんよ。ヨホホホホ」
口調と面と最後の余計な笑い声さえなければ口説き文句ともなるでしょう。
それをぶち壊すための三要素ですが。
しかし、アルデバラン様は何故か色素のない白であった頬を突然赤くしてしまいました。
「う、美しい…? わ、わしが、美しい…」
「…おや?」
あれ?
何故ですか? 何でそこで赤くなるのですか?
何ですか? もしや、容姿を褒められることがなかったおかげで口説きに対する耐性が皆無、そのためここまで風情をぶち壊す自分からの賛美さえも照れてしまうということなのですか?
…魔族は容姿そのものが千差万別なので、美しいと言われなくとも無理はないかもしれませんね。
自分は魔族の慣習を知らないので、よくわかりません。
分かりませんが、アルデバラン様の様子がおかしいというのはわかります。
「暮直…お主は、ワシが美しいと思えるのか?」
上目遣いでアルデバラン様がそんなことを言ってきました。
マズイですね。何かよからぬものに当てられてしまっています。視野がおかしくなっています。
あてたの自分ですけど。ヨホホホホ。
笑い事ではありません。
ここは穏便に行きましょう。
自分はカクさんや海藤氏のような誑しではなく、恋愛要素皆無の傍迷惑煽り魔の能面変態奇術師なのです。
大丈夫。お世辞をいくら言っても風情を壊すこの容姿と口調ならば誰1人陥落しません。したとしたら、それは年下だったら何でもいいわと言わんばかりのマッチョゲイマスターくらいでしょう。少なくとも女性が陥落することはありません。
ヨホホホホ。
「アルデバラン様。貴女の肌も、貴女の顔も、貴女の瞳も、貴女の髪も…その全てが御美しいです。自分の美貌を信じてください。イシシシシ…」
うわー。
うわーうわーうわーーー。
ないですよね、これは。ヨホホホホ。
「な、ななな!? そ、そんなに、良いのか…?」
ポンと、真っ赤になるアルデバラン様–––––って、ちょっと待てい!
何してるんですか、アルデバラン様! 何褒められただけで顔赤らめているんですか!?
思春期の中学生かい!などというツッコミをしたくなります。
うっとりとした目を向けられましても…。
と、ここまで来て合点がいきました。
いえいえ、そもそも前提が間違っていましたね。
自分なんかに褒められて嬉しがっているアルデバラン様。
なるほど、フラグとかではなくもっと褒めてとねだっているのでしょう。
なんですか、脅かさないでくださいよ〜。
思春期の中学生かってツッコミが盛大なブーメランになって返ってきましたね。
ならばもっと褒めましょう。
「ヨホホホホ。アルデバラン様、貴女はとてもお美しいですよ」
「ほ、本当にか?」
「勿論ですとも。その魅力を並べろとい–––––」
「暮直ぁ!」
ガブリンチョ。
肩に噛み付いてきました。
「モグモグ…お主は本当にいい奴じゃな! あと、美味いぞ!」
「ちょちょちょ!? アルデバラン様、今の話を–––––」
「ガブリ!」
「ハンギャア!?」
思わず素っ頓狂な言葉をあげてしまいましたよ。
ヨホホホホ。まあ、結果オーライということで。
治癒魔法、使いますか…。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
ネスティアント帝国に召喚された勇者の1人である北郷 佳久、通称『カク』というあだ名で通っている青年は、今は帝国のためではなく己の独りよがりな事情の元で動いていた。
陸奥の艦橋から眺める夜の海。
彼が今向かっている先は、ネスティアント帝国の西に隣接する隣国であるソラメク王国の南部海岸地帯である。
最終的な北郷の目的地は、そこからさらに北上したネスティアント帝国との国境に位置するソラメク王国の領土、旧子爵領地であり、1週間以上前に起きた勇者として魔族との初めての激戦が行われた地でもある。
誘拐された帝国軍人であるアンネローゼを救出する際に、不思議な呼び声が北郷の耳には届いていた。それはまるで助けを呼ぶ声だった。
音ではない。不思議な感覚。
それはアンネローゼを助け出したのちに止んでいたのだが、最近になって再び聞こえてくるようになったのである。
それが誰の、そしてどこからの呼び声か、北郷にもわからない。
だが、はっきりとしているのは、それが子爵領の領主邸宅があった場所からしているということと、前回はアンネローゼからの助けを求める声だったのに対して今回はかなりの数の声が聞こえるということ、そしてその声に応じなければ確実に後悔するという予感である。
何の根拠もないが、誰かが呼んでいると、北郷は感じていた。
そして、彼はその声を無視できず、かつては同じクラスメイトで、今は共に戦う仲間である湯垣に事情を話し、ネスティアント帝国の許可ももらって、その根拠もない助けを呼ぶ声に導かれて動いている。
その際に、ネスティアント帝国の次期皇帝であり第一皇女でもあるリズを初めてとした多数のネスティアント帝国の人たちも巻き込むこととなった。
当初は誰がどう見ても変態の外見と口調をした湯垣と2人での道程となるはずだったのだが、リズに話をした際にいきなり自分もついていくと言い出し、ならばと彼女の護衛を務める双子の騎士までも同行するといい、アンネローゼも行きたいと言い出して、気づけば北郷の想定を大きく超える人数となってしまっていた。
その上、走って行く予定だったのだが、同じクラスメイトであったネスティアント帝国に召喚された勇者仲間の1人である村上 定将に彼の職種である『提督』の召喚魔法を行使してもらって巨大な戦艦まで用意してもらった。
根拠もないわけのわからない感覚の正体を探るという我ながらバカバカしいと一蹴したくなる旅に多くの人たちを巻き込んでしまっている。
北郷の心境は、何もないに越したことはないが、それでもこれだけ巻き込んで何もなければどうなるという複雑なものとなっていた。
「…佳久様?」
ベットから身を起こしたリズが声をかけてきた。
何の因果か、北郷の船旅中の泊まる部屋はリズに当てがわれた最上級の部屋だった。
帝国の人たちは誰1人反対しなかった。1人反対した人はいたが、彼女まで同じ部屋を利用することになって、北郷は帝国の年頃の男女を同室にさせる危険とかを考えない思考回路に疑問を呈したくなっている。
今も、毛布で隠している下のリズの体は生まれた身の姿をしている。
全裸でなければ寝られないというが、北郷にとっては目に毒だった。
「リズ…頼むから服を着てくれ」
2人きり、またはアンネローゼを含めて3人だけの時は北郷のことを下の名前で呼ぶリズのことをなるべく見ないように窓の外に広がる夜の海の景色を眺めながら、北郷は懇願するように言う。
というよりも、懇願である。
いかにリズに対して自覚が芽生えだした好意を抱いている北郷でも、さすがに全裸で隣に寝られるのは無理である。
ベットが一組しかないこと、リズが全裸でなければ寝られないということと驚愕の連続により、北郷の精神的な疲労は音を立てて重なり続けている。
皇宮で過ごしていた同室の相手、湯垣との気楽な夜が懐かしく思えてしまう。
湯垣はいつの間にか1人部屋を確保していた。
今、まさに陸奥とそれに乗る皆を守るために強力な魔族と一騎討ちをしていることなどつゆ知らず、北郷は1人でいると考えている湯垣のことをうらやましいと感じていた。
最悪、床がソファで寝ればいい。
そう考えていた北郷だったが、リズの一言で決意が揺らぎを起こした。
「佳久様…やはり、貴方の本来の日常から引き離した私の事を、嫌っておいでなのですか?」
「待て、それは違う!」
断固として否定し、リズの方を振り向く。
同時に、思わず見てしまったギリギリのところを隠しているもののリズの眩しい裸からすぐさま目をそらす。
その顔は、真っ赤になっていた。
「か、勘違いしないでくれ…。俺は、もうそのことを恨んでなんかいない。初めて、本当に人を好きになれるリズと出会えたこの世界が、何よりリズのことが…あ、あ…」
慣れないセリフに、北郷の声は詰まった。
それでも、真っ赤な北郷の顔と途中までは紡がれた北郷の言葉から、彼が言おうとしていたことを察したリズもまた、顔を赤くした。
「よ、佳久様…」
「うう…」
恥ずかしすぎる。
富山のことを散々に思っていたが、いざ自分の身に降りかかるとその素直になれない感情を大いに理解できた北郷は、沸騰する頭の片隅で、富山のことを真剣に応援してやろうと考えていた。
「…ふふ」
「…はは」
恥ずかしさから顔を真っ赤に染める2人であったが、いつしか目が合い、そして顔を赤くしたままお互いに自然と笑顔になっていった。
「私はとても幸せです。佳久様」
「君が幸せなら、俺も幸せだ。リズ」
…ただし、ここまで言っておきながら北郷は全裸のリズが横になるベットに入る勇気まではなかった。
勇気というより、臆病者、もしくはヘタレと称するべきかもしれない。
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