異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

11話

 達人は水面に立ち足の裏より水中の敵にめがけて振動を放つことも可能。発勁を極めれば、如何な人外相手にも己の肉体1つを武器に抗うことができます。
 師にはこう言われたのですが、自分は達人とは程遠いものです。
 残念ながら、自分は未熟者ですので水面に立つことも発勁を飛ばすことも足から放つこともできません。
 まともに立てる足場がある場所で、ようやく両手のいずれかより相手に触れて直接打ち込んで成功します。
 なので、海が戦場というのは自分にとって最も魔族にダメージを与えられる可能性のある発勁を封じ込められたも同義ということになります。
 防護魔法を用いれば足場は確保できるのですが、海を戦場とし魚のように海中を泳ぎ回るような相手と渡り合うには不利な面が多すぎます。
 まず、海中に落ちないようにするだけでも一苦労です。


 しかし、現状はどうでしょうか。
 アルデバラン様に海中に引きずり込まれて、とっ捕まって、おまけにパンチをくらいました。
 おかげで肋骨はへし折れるわ、肺の空気は失うわでえらいことになっています。


 しか〜し!
 自分には女神様に授けられた回復魔法と治癒魔法があります。
 そのため、怪我は速攻で治せますし、酸素も供給できます。
 水中戦は一応ですが、可能なのです。治癒師の特権である回復魔法を用いれば。体温もこれで回復できますからね。ヨホホホホ。
 治癒師はパーティーの生命線であり、支援専門といいますか救護専門の立ち位置だと思っていましたが、どっこいかなり戦闘もこなせる(武器がないと何もできませんが)職種のようです。
 まだまだ改良と研究の余地が山のようにある異世界召喚による勇者補正と職種ですね。戦い方のバリエーションが増えるのは、ひいてはクラスメイトたちの生存確率の上昇にも繋がりますので手を抜くことはできません。ヨホホホホ。
 そして、強敵の存在もまた仲間の危険に直結します。特に今回の場合、アルデバラン様には陸奥に行かれるわけにはいきません。この場にて足止めを行います。
 まあ、自分の戦力などたかが知れていますが、回復魔法使いたい放題の自分の場合、持久戦には向いていますので、勝てとか追い払えとか言うなら無理でしょうが足止めしろというのであれば得意分野にあたります。それならば結構立ち回りも工夫の余地がありますので、多少であれば可能となります。


 治癒師の特権である回復魔法には、敵の油断を誘うという効果もあります。
 今回もまともに強烈な一撃を受けた自分に油断して、次の拳を引いています。アルデバラン様は自分が倒れたとは思っておらず、もう一撃を嬉々として加えようとしていますね。離すつもりはない様子です。
 …あれ? なんか、想定していたものと違いますね。ここは倒したと思い込み油断して隙を見せてくれる場面ではないのでしょうか?
 かなり強烈な一撃がまともに入ったのですよ!? 何でまた同じのを嬉々として打ち込もうというのですか!?
 まさか、自分が倒れていないことを見破ったということでしょうか。
 面で顔を隠しているので表情は読み取れないはずなのですが、カクさん曰く仕草がわかりやすいとのことでしたので、無意識に起こした行動がばれた要因になったのかもしれません。
 となればアルデバラン様の観察眼は恐ろしいものでしょう。ますますカクさんたちの元に行かせるわけにはまいりません。


 幸い、この攻撃は溜めがそれなりに長いので、その隙をつきます。
 防護魔法で足場を展開し、アルデバラン様の眉間へと狙いを定めて飛び膝蹴りを敢行しました。


「ぬお!? 何じゃ、お主、動けたのか! ワハハ、これは驚かされたぞ!」


 アルデバラン様はどうやら自分が意識を失っている、最悪死んでいることを承知の上で、それでも嬉々として拳を食らわせようとしていたようでした。
 驚いたとか言いながら、簡単に膝を受け止めてしまうあたりは強敵と言わざるおえません。


「ヨホホホホ。自分としましては意表をついた一撃を難なく受け止められることに己の非力を再認識しております。いやはや、さすがは魔族の将軍ですな」


 ここで膝から発勁を放てるのであれば結構な衝撃となり驚かせられたのかもしれませんが、自分は残念ながら未熟者にて膝よりの発勁は打てません。
 嫌味とか皮肉ではなく、敵を讃える賛辞としての言葉を言いつつも、格下の自分としましてはここで押しを弱めるわけにはまいりません。
 すぐに反撃の機会を逸し、そのまま潰されかねませんので。必死でくらいつこうと思います。
 立ち回りとしては結構格好悪いですが、相手が圧倒的な強者なので仕方ないということにしてほしいものです。ヨホホホホ。


 アルデバラン様はその賛辞を曲解もすることなく素直に受け取ったようで、また豪快な笑いをあげました。


「ワハハ! 何じゃ、お主、魔族に対して賛美を送るなど面白いやつじゃのう! まだまだ戦い足りぬ、もっと楽しませるが良い!」


 生粋の戦闘狂ですね、アルデバラン様は。
 そして、サラトガ氏とは違いかなりまっすぐな性格をしているようです。
 ヨホホホホ。シュラタン殿との戦闘を思い出します。
 似て非なると言いますか、戦いに向ける情熱の質こそ違うものの、2人の魔族の熱意は似通ったものを感じますね。
 要するに、まっすぐ突き進んで体当たりしてくる、清々しい戦いを好む方のようです。
 自分としましても、ドロドロとした憎しみをぶつけ合う争いよりはこうしたスカッとするような戦いの方が好みですね。やっぱり、命のやり取りをする場にも面白いとか楽しいという感情を持って来たがってしまうのが、自分なので。
 不釣り合いとか言われましても、それが自分の性分ですから。
 曲がっている、と? いえいえ、そこは腐りきっているとおっしゃってください。ヨホホホホ。ただ曲がっているなどありきたりで普通ではありませんか。自分はそこまで全うで普通ではなく、それから大いにかけ離れた頓珍漢ですから。ヨホホホホ。


 さて。渾身の奇襲を防がれ、捕まって、賛辞を送って、笑わせてと、これで終わってはアルデバラン様には逆立ちしても勝てませんので、しっかりと攻撃もします。
 会話の最中に申し訳ないのですが、自分は誇りだとか信念だとかのある戦いを好み楽しむ英雄気質ではなく、単純に戦い、命をやり取りの中でも面白いことを求めるというだけですので。
 なので会話の最中だろうが、遠慮なしに卑怯上等という戦いもします。
 これもその一種ですね。
 飛びひざ蹴りを簡単に防がれましたが、ならばと自由な方の足を使ってかかと落としを仕掛けます。


「ヨホホホホ。これはいかがでしょうか!」


「この程度、防ぐまでもないわ!」


 しかし、アルデバラン様は平然とそれを頭で受け止めました。
 全く聞いていないどころか、自分の方のかかとの骨が嫌な音をあげます。
 まずいですね。骨をやりました。
 治癒魔法で即座に治療し、身体を捻ってアルデバラン様の膝を受け止めている方の腕を引き剥がそうとします。
 水中でもなければ機会は少ないですが、別に極める肩に関しては大差ないです。離さなければ肩を極められてしまうはずなのですが、しかしアルデバラン様は手を離すことなく逆に力ずくで引っ張りこんで来ました。


「ワシに斯様な小細工が通用するか!」


「ヨホ!?」


 あまりにも圧倒的なパワーに、なすすべもなく引っ張られて肩を極めるか足を自由にする作戦は大失敗となりました。
 それで済めばよかったのですが、アルデバラン様は容赦ない攻撃に移ります。
 引っ張りこんだ自分から手を離して、即座にその手を斧のように振り下ろし自分の顔面というか能面めがけて肘鉄を落としてきたのです。
 延命冠者の面が悲鳴をあげました。一瞬にして砕け散り、アルデバラン様の肘が顔面に突き刺さります。


「–––––ッ!」


 即座に体勢を返し、追撃から顔面を守りつつの、蛙の面を装着し直します。
 延命冠者の面は砕け散って海の藻屑となりました。結構気に入っていた面なのですが、まあ仕方ないでしょう。
 壊れた顔面に治癒魔法を施して面紐を後頭部で結びます。
 この工程を1秒足らずでこなしましたが、アルデバラン様は待ったなしでした。


「背中が留守じゃぞ、暮直!」


「ゴボッ!?」


 アルデバラン様の片手がお留守な背中を貫きました。
 文字通り、貫いたのです。
 血が溢れ出し、命の灯火が凄まじい速度で消えていきます。
 しかし、即死の一撃でなければ治癒魔法と回復魔法で即座に立て倒せますとも。
 ヨホホホホ。というわけで、ゾンビ並みのしぶとさを誇る治癒師の本領発揮です。


 そう息巻いていたのですが、アルデバラン様はさらなる一手を打ってきました。


「蝕め! 『付与魔法』!」


 自分が治癒魔法を発動させて怪我を瞬く間に塞いだとほぼ同時に、自分の体に突き刺さるアルデバラン様の腕から何らかの魔法が付与されてきました。
 付与魔法。自分も耐毒とかとしての付与魔法が扱えますが、敵に塩を送るような真似をアルデバラン様がするとは思えません。
 何でしょうか?
 そう思ったのは一瞬です。すぐに答えは体が示してきました。


「–––––ッ!?」


 突如としてアルデバラン様によって穴を穿たれた場所を中心に、激痛が体を走り抜けて目とか耳とかから血が噴き出してきました。
 なるほど、耐毒性を付与できるのです。直接毒を付与する付与魔法があったとしても何らおかしくはありません。
 毒を受け、瞬く間に視界は赤く染まりました。


 しかし、そこは治癒師です。
 毒を与えられたのであれば、それを浄化する魔法も心得ていますとも。
 自分には異物を選定し片っ端から排除する、浄化魔法があります。聞こえはいいですが汚れ取りが主目的な魔法です。
 とはいえこういう場面においてはとても役に立ちます。
 浄化魔法を発動させて、毒を一網打尽にしました。


「何と!? うあっ!」


 さらに、突き刺さっている腕も治癒と浄化のコンボによりまとめて引きちぎります。
 ヨホホホホ。ようやく自由になりました。サソリもどきみたいなおっさんフェイスのヘッタクソなキメラに卵を植え付けられた時の戦闘から編み出した一網打尽戦法です。ヨホホホホ。
 切り取られたアルデバラン様の腕を拾います。


「やりおるのう…」


 アルデバラン様は切られた腕の切り口を抑えつつ、自分を睨んでいます。
 敵意というよりは、好敵手に向けるような目ですが。
 ヨホホホホ。もしも好敵手と認めていただいたのであれば、アルデバラン様ほどの方に認められたということで過分な評価に鼻が高くなりますな。絶対に調子にのる自信があります。ヨホホホホ。


 とはいえ、さすがに結構苦しくなってきましたので、防護魔法で足場の柱を形成して一旦海上に出ます。


「凍れ」


 それを追って、アルデバラン様も海上に出てきました。
 足場はやはりと言いますか、氷です。
 一息ついた自分の手にはアルデバラン様の切り取った腕が、海上に上がってきたアルデバラン様の手にはすでに再生して特に必要がなくなったかつての自分の腕が握られてします。
 この何とも不思議な持ち物を携えて対峙する状況に戻った頃、すでに陸奥は遠く離れた位置にまで逃れていました。
 逃れたと言いますか、気づいてすらいないと思いますが。ヨホホホホ。放置プレイを受けています。罰と言われればそれだけのことをしでかした自覚はありますがね。ヨホホホホ。


 アルデバラン様は遠くに離れていった陸奥を一瞥し、自分に視線を戻すと愉快げな笑みを浮かべました。


「なるほど。お主、最初から船を可能な限り逃すことが目的か」


 その問いに対して、自分は首を横に振りました。
 半分正解とは言えますが、完全な正解とは言えません。
 確かに逃がすためにも戦いましたが、それと同じようにアルデバラン様の闘志にこの雑魚同然の身をもって応えようというために戦ったこともまた事実です。


「ヨホホホホ。陸奥を逃すことも確かに目的の1つではありますが、それとともにアルデバラン様、貴女の闘争に弱者の身なれど全力で応えたいと思ったというのもまた事実です。力比べというよりも治癒を用いた持久戦であることに対して物足りないというのであれば申し訳ないのですが」


 それを聞いたアルデバラン様は、満足げな、心底楽しいというような豪放な笑みを浮かべた。


「ワハハ! やはりお主は面白い奴じゃ、暮直!」


 高らかに言い放ち、それから少し声のトーンを落とします。
 其れでも表情はとても楽しげなままです。無機質な色白の肌には似合わない、眩しい笑顔ですね。ヨホホホホ。


「謙遜する必要はないぞ。確かに力量差こそあれど、お主との闘争はわずかな間とはいえとてもワシの愉悦を満たすに相応しきものがある。何しろ腕を一本取られておるのじゃ、つまらぬ闘争などあろうはずもなかろう。案ずるでない、ワシはとても満足しておる。むしろまだやりあいたいくらいじゃ」


「ヨホホホホ。本当に闘争がお好きなのですね」


「うむ! ワシは血湧き肉躍る闘争が何よりの愉悦じゃ」


 無邪気ともいえる、愉悦を求めて満足できるものを手に入れたという眩しい笑顔を向けます。
 無機質な肌にこの表情は不釣り合いですが、不釣り合いながらの美しさ、ある種の魅力も醸し出していますね。不思議なものです。
 闘争が好きというのであれば、もうしばらく、一晩程度は凌いで見せましょう。
 ヨホホホホ。アルデバラン様はもとより陸奥の方には興味がなくなっているようですが、其れでもカクさんという勇者を目当てに再び挑みかかるということもあり得ます。
 そうなった時、皇女様の身が危険ですので。自分がここで足止めをいたしますとも。


 …それに、結構自分も楽しんでいます。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。ならばアルデバラン様、しばらく余興程度ですが自分との闘争をお楽しみ下さい。自分の方も面白く感じてきましたので、首が飛ぶまでお付き合い致します」


「僥倖じゃ。では行くぞ!」


 アルデバラン様が氷から飛び出そうとしたのに対して、自分も身構えます。


「と、その前に、この荷物を処理せねばな」


 しかし、直前になって飛び出すのを止めたアルデバラン様に対して、思わず滑りそうになりました。
 ヨホホホホ。まさかこんなベタな事で滑らせられそうになるとは思いもしませんでした。
 自分が滑落しそうになった事に、アルデバラン様は全く気付いていない様子です。


 その前に、何をするのか、気になりますね。
 そう思っていたところ、アルデバラン様は手に持っていた自分の腕の残骸を口に持って行き、何をするかと思えばむしゃむしゃと食べ始めました。
 それはもう、ホットドッグを食らうように。片手で鷲掴みにしながら。モシャモシャと。


「モグモグ…おお、何という美味じゃ! 暮直よ、お主何を食えばこれほど美味な肉付きとなるのじゃ!?」


 そして目を輝かせながら食っています。
 …美味しいですか?
 いや、確かに人肉は様々な栄養があるでしょうから、美味いかもしれません。食害を引き起こした熊などは他の獣に目もくれず人肉を求めて暴れ狂うと聞きますし、人の肉には麻薬並みの依存性があるという話も聞きます。
 事実かどうかはわかりませんが。
 …自分の腕を食われるのは別にアルデバラン様も人間ではないのですし、これも食物連鎖の一種だろうと割り切る事はできます。腕を切られても治癒魔法で再生させる事ができますから。食われても特に困る事はないんですよね。
 ただ、いかに美味しそうな笑顔で食べられても、さすがにアンパンのヒーローではないので何というか複雑な気分になります。
 そして自分は中身がこんな変態ですし、何と言いますか食べてお腹を壊さないか心配にもなります。
 気にするところおかしい、と? まあ、自分の感性はもとからどうかしてますからお気になさらず。ヨホホホホ。


 アルデバラン様は、赤く燃え上がるような力強い色を帯びた瞳を輝かせて、自分に向き直りました。心なしかその瞳に闘志以上に燃え上がる光あるように見えます。


「暮直よ。お主の治癒魔法は食われようとも再生するのであろう?」


 いきなり何の質問でしょうか?
 いや、あれだけの証拠が揃ってしまったのです。この魔族の将軍様が何を考えているのか、さすがにわかります。
 …自分の事食らう気満々ですね。


「ヨホホホホ。参ります!」


「あ、コラ! はぐらかすでないわ!」


 これ以上の内容を聞くは怖いので、焦らされていましたがこちらから戦いの火蓋を再開させる事としました。
 齧りつかれる事があったとしても仕方ないですが、お持ち帰りなんて事になるのはさすがに勘弁して欲しいですね。ヨホホホホ。
 防護魔法を用いて足場を形成しつつ、アルデバラン様に接近していきます。
 突破口はやはり発勁でしょうが、易々と通るとは思っていません。
 掌打ではなく、拳を握り殴りかかります。
 ドーピングはさすがに解除しています。アルデバラン様との実力差がありすぎる事から、使っても大差ないですから。それくらいならば使わないほうがいいですね。痛いですし、血が出ますし。回復魔法と治癒魔法があるとはいえ、相手の攻撃に対する対応がおろそかになりがちですから。


 顔面を狙った拳に対して、アルデバラン様は残っている手で正面から受け止めに行きます。
 しかし、強化魔法込みでも劣る自分がそんな攻撃を通せるとは考えていません。
 これはあくまでもフェイントです。
 拳を寸止めし、防御のために一瞬視界が遮られたアルデバラン様の空いている胴体の方に掌を突き出しました。


「むむっ!?」


 アルデバラン様が自分の初撃がフェイントである事に気づきますが、一歩遅いです。
 その掌打に込められる一撃は、鎧など苦もなく貫き相手の内部を掻き乱す格闘術の1つの到達殿と言える技の込められた一撃です。
 技術が業として紡がれた特別な一撃が発する衝撃が、自分の掌を伝わりアルデバラン様の身体へと直撃しました。


「ガハッ!?」


 発勁を受けたアルデバラン様の顔色が一変しました。
 未知の攻撃を受け体の自由が奪われた事に、無抵抗となり後退します。
 しかし、そんな隙を見逃すつもりはありません。


「ヨホホホホ。もう一撃です!」


 フェイントを仕掛けた方の手も準備万端です。
 掌を突き出し、アルデバラン様の胸を覆う鎧の上からもう一撃発勁を叩き込みます。


「カハッ!?」


 2発目の発勁を受け、アルデバラン様は声にならない悲鳴をあげました。
 やはり、魔族は未知の攻撃に弱いようです。
 とはいえ、普通の人間にやればよくて気絶、下手したら内臓の機能不全を起こしたりしますので、初見のくせに2発も受けながら意識も飛ばないのは驚嘆に値します。
 そして、それはこちらの切り札を見事に凌がれた証でもありました。


 ガシッと、アルデバラン様の腕が伸びて自分の胸倉をつかみます。


「ヨホ!?」


 発勁を2発も受けたのですから、シュラタン殿も一度距離を取りましたし、反撃されるとは思っていなかった自分もまた、対応が遅れました。


「ふん!」


「–––––ッ!?」


 直後、アルデバラン様の強力なパワーに引かれて体勢を崩された自分に、アルデバラン様の強烈な膝蹴りが腹部を貫き自分の体を木っ端のように空高く持ち上げました。
 その一撃で、確実に内臓をやられましたね。
 今日だけで何度目か忘れましたが。ヨホホホホ。


 すぐに治癒魔法を展開して内臓を修復します。
 しかし、まるでそれによる隙を狙っていたかのように飛び上がってきたアルデバラン様が、その立派な二本の角を備えた頭突きをしてきました。


「先の返礼じゃ! まだ、グワングワン言っておるわ!」


「ドエッ!?」


 角によってせっかく修復した内臓がまた壊されました。
 ヨホホホホ。グワングワン言っているのに相手を蹴り上げて頭突きして角で相手の体を貫く方なんて初めてですよ。
 本当に、この魔族の将軍様には驚かされます。


「これで、どうじゃ!」


 そのまま氷の上に真っ逆さまです。
 バキン!という氷を盛大に砕く音と、海中に突っ込む水しぶきの中で、自分はアルデバラン様の渾身の墜落攻撃を受けて悲鳴をあげることもできずに海の中に落とされました。
 ヨホホホホ。


 治癒魔法を行使して体を修復します。
 回復魔法を行使して体力を戻します。
 防護魔法を展開して足場を作り、浮上します。


「ヨホホホホ。ただいま戻りました」


「まいったか…って、何じゃと!?」


 奇術師らしく大脱出マジック直後見たく、直前までの体験を歯牙にも掛けない堂々とした振る舞いで戻ってくると、疲れ果てたように氷の上に倒れこんだアルデバラン様から驚きの声が上がりました。


「し、しぶとい勇者じゃのう…」


 疲れ切った様子で(疲労というよりは発勁によるダメージでしょうが)アルデバラン様が声を絞り出します。しかしどこか安堵も含んだような声ですね。
 あれで自分がくたばったら楽しい闘争もお開きですからね。
 …まあ、もうお互いに消耗したようなので、おひらきにしたいところですが。


「…ッ、まだ、やるか?」


「いえいえ、今宵は降伏いたしましょう。隠し玉をしのがれた以上、消耗した自分に勝ち目はありませんから」


 ヨロヨロと危なげなおぼつかない足元で立ち上がったアルデバラン様に対して、自分は両手を上げて降伏を宣言した。
 治癒魔法と回復魔法があるのでまだ戦えることには戦えますが、アルデバラン様の方は満身創痍のようですので。それに、最後の一撃は綺麗に決められてしまいましたから。


「そう、か…ワシの勝利か…」


 ふう、とアルデバラン様が一息つきます。
 ふと隻腕となったアルデバラン氏の自分が落とした方の腕を探すべく、辺りを見渡します。
 すると、自分の足元にアルデバラン様の腕が置いてありました。

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