異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

3話

 中庭に出てみると、そこには数人の女騎士たちが何かを囲うようにして集まっていました。
 たしか、アリアンさんの大隊の騎士さん達ですね。数は6人といったところでしょう。
 興味がわいたので、近づいてみます。


「ヨホホホホ。皆さん、その様なところでどうなされたのですか?」


「誰だ!」


 話しかけるなり、その方にいきなり剣を振られてきました。
 やすやすと躱すと、他の人たちも気づいたらしくこちらを向いています。
 そして、剣を振るった方も含めて自分の被る能面を見るなり、いつもの様に驚きとか困惑とかビックリとか混じった悲鳴をあげました。
 しかしそれもわずかな間です。
 アンネローゼさんの救出の件、そして復興事業に協力したということまで含めてネスティアント帝国の皆さんは勇者である自分たちを好意的に受け入れてくれる様になっていました。
 そんな中で、この異世界にもない能面を被る奴を見れば、合点がいったようです。


「湯垣か。すまん、突然の事で驚いた」


 剣を振ってきた方を含め、全員が冷静な表情に戻りました。
 ついでに剣を振ってきた方は剣を収めて頭を下げます。


「お気になさらず。もとより驚かせた自分に非がありますので。ヨホホホホ」


 いきなり刃物を振られても仕方のない外見をしていることは自覚しています。別に怒ったりしていません。
 気にしていないことを伝えると、その方は頭を上げました。


「やはり、異世界人は器が広い。まったく、偏屈な大隊長も少しは彼らを見習って欲しいと思うよ」


 そして、早速上官であるアリアン大隊長の文句を垂れました。
 愚痴ですか。確かに年齢を重ねた分頭の固いところの多い方ですからね、アリアンさんは。


 この方はアリアンさんの纏める近衛大隊『イラストリアス』の第二中隊長を指揮しているエリザベートさんです。
 頑固者の大隊長に頭を悩ませることの多い副官の1人で、ゲルマン系の外見的特徴が多いネスティアント帝国だとかなり珍しいアラブ系の外見的特徴、浅黒い肌と黒髪を持つ人族の女騎士さんです。
 白人が揃う中だとかなり目立ちますが、ネスティアント帝国には人種差別思考といったものは存在せず、彼女達の雰囲気などには肌の色などで区別するとかいう意識はほとんどない様子ですね。
 そもそも常に虐げられて何度も滅亡の危機に瀕している人族に、人族内でそういう思考が流行る風潮がないというのが大きいかもしれません。


 エリザベートさんはひと回り周囲の若手騎士達より歳が上なので、まとめ役とかを自然と担う姉御肌の持ち主です。
 そのため問題ごとの片付けをすることも多く、最近では大隊長の恋煩いのおかげで余計に心労が重なってしまっている様子です。それをお互いにフォローしあうもの同士ということから、自分とは知り合いました。
 エリザベートさんは相手の印象を外見や表面的な態度とかよりも、人柄で判断する傾向が強いようです。さすがに自分の能面はなれていませんが、苦手意識を持たずに気さくに接してくる皇宮内では数少ない方の1人です。


「アリアンさん、また何かしたのですか? ひょっとして、海藤氏が関わったりしていますか?」


 海藤氏が関わると暴走する事がたまにあるというアリアンさんが何かをやらかした際、無関係でなければ手を貸した方がいいかもしれません。
 そう考えて尋ねた自分に、エリザベートさんは首を横に振りました。


「いや、この件は深刻ではない。以前の頑固だけが難点だった大隊長がよくやってくれたことだからな、対応は手慣れているさ」


「そうですか。それならば余計な口は出さだとも大丈夫ですね」


 必要のない手出しや助力は逆に相手の心労につながりかねません。
 エリザベートさんが手慣れていると言うのであれば、手出しは無用ということでしょう。慣れているとか、よくある事といったワードが出ればむしろ手出し無用と受け取ることにしています。
 対して、大丈夫とか心配無用とかといったワードならば、手をいつでも貸せるようにするのが自分の判断基準です。ヨホホホホ。


「愚痴をこぼしたくなった際には、いつでも相手になりますよ。ヨホホホホ」


「勇者達はみんな年端もいかぬこともだと聞いているのだが、ケイや鬼崎、君なんかは大人びたところを感じる事があるな」


「ヨホホホホ。貴女のような美人に大人びていると言われるとは、照れますな」


「ハハ。世辞も上手いじゃないか」


 エリザベートさんが気さくな笑みを浮かべます。
 聞く人によっては年のことで馬鹿にされているとか感じる方もたまにいるものですが、エリザベートさんの場合は自分たちのような若造達に暗に年上を指摘されても気にしないどころか年上である扱いに喜ぶ事もあるようです。
 その辺りが彼女の中隊の隊員達に慕われる所以でしょうね。


 すると、エリザベートさんと自分ばかり談笑しているところに、エリザベートさんといた他の騎士の皆さんの1人が声をかけてきました。


「あの、失礼ですが…勇者様と中隊長は仲が良いのですか?」


 初対面ですから、気になりますよね。
 自分は現在、能面をかぶり帝国に借りた装束に身を包む不審者ともいえる格好をしているのですから。
 皇宮内で勇者について認知され、その中でも目立つ外見をしているので特に認識されているという現状がなければ、完全な不審人物ですから。
 騎士さん方も初めて会う相手が上司と親しげに話をしていれば、気になるというものでしょう。


 エリザベートさんは部下の言葉に振り向くと、そういえば紹介も何もしていなかったなと言い、自分のことを彼女達に紹介してくださいました。


「そういえば、言ってなかったな。彼がアンネローゼの救出に尽力してくれた勇者の1人、『治癒師』の湯垣ゆがきだ。見た目はこんなだが、人柄は保証する」


 エリザベートさんの紹介の後、自分も毎度のように手を大仰に回して腰と胸に回しながら片足を引きつつ深くその場にて頭を下げました。
 そして毎度のことながら、口にしている自己紹介をします。カクさんがいないので、さえぎられる心配もありません。


「初めまして、近衛大隊『イラストリアス』所属の近衛騎士の皆様方。私、名前を湯垣 暮直と申します。顔に関しての無礼はご容赦いただきたく。私の仲間たちであるクラスメイトからは傍迷惑な煽り魔、もしくは妖怪能面変化とも呼ばれている身です。名前よりも、面をかぶった頭のネジがあったかどうかも怪しく思える変態という認識のもとによるあだ名で呼んでいただいた方が、自分としましてもありがたい事です。以後、お見知り置きを」


 毎回のふざけたとしか言いようがない自己紹介ですが、遮られずに名乗りを上げられるというのはなかなかの快感です。騎士の皆様から白けた視線が突き刺さりますが、そんなこと百も承知というものですとも。ヨホホホホ。
 姿勢を元に戻すと、騎士の皆様から半歩引かれました。


 そんな騎士様たちの正常な反応と、延命冠者の面の影響から笑っているようにしか見えない、実際笑っている自分を交互に見たエリザベートさんは、手のかかる弟のやらかした跡を見て呆れと可愛さの混じる複雑な苦笑いの表情を浮かべながら自分の肩に手を置いてきました。


「ま、まあ…本当に人柄は信用できる奴だ。怪我をした際は頼めば治してくれる」


 しかし、全く信用できないという視線を突きつけられてしまいます。
 ヨホホホホ。当然の反応ですな〜。
 近衛騎士の皆さんは揃って美女ぞろいなので、そんな彼女達に冷たい視線を向けられるのもまた、これはこれで良いものですな〜。


「ヒョッヒョッヒョッ」


「そういう笑い方するから誤解を生むのだろうが…」


 呆れながらため息をつきつつも、尊敬される上司、頼れる姉さんという関係ばかり多かったエリザベートさんにとって軽口の叩きあえる自分との会話は結構気晴らしができる関係と言えるようです。


「そういえば、皆様はこちらで何を?」


 最初の質問に戻りました。
 するとそこに来てようやく皆さん思い出したらしく、近衛騎士さんの1人が何かを抱えてこちらに近づいてきました。


「この子が、怪我をしていたのです」


 そこにいたのは、足を怪我した鳩でした。
 可愛らしいという感想とともに、皇宮に忍び込む鳩に驚きです。
 自分は早速、その勇敢というか天然というか、とにかく皇宮内に忍び込んで見せるという芸当により面白い光景を見せていただいた鳩さんに治癒魔法を行使しました。
 みるみる鳩さんの怪我をした足と羽が治ります。


 治癒の千里眼は怪我を見逃しません。
 ついでに、その鳩さんを抱えて持ってきた騎士さんの手にあった傷も治癒しておきました。


「えっ…?」


 困惑する騎士さんの手の中で、鳩さんが羽を広げます。
 元気になったようですね。


「良かった…」


「これが勇者の魔法か…」


「流石じゃないか」


 自身の手についていた傷まで治されて困惑する騎士さんを除いた他の騎士さんとエリザベートさんが感心したように声をあげます。
 気に入っていただけたようですね、鳩さん。


「元気になったようで何よりです」


 そう鳩さんに手を伸ばすと、嘴で突っつかれました。
 そして噛み付いたりしてきました。
 鳩さんは騎士さんにかなりなついてしまったようですね。不届き者の手を見逃さないとは、優秀な鳩さんではありませんか。
 微笑ましい光景に、心が和みます。
 鳩さんが怪我をしないように強化魔法を解いて、勇者補正をなくすために弱体魔法を自身にかけているので、鳩さんのくちばしが壊れる心配はありません。
 代わりに自分の手が傷つきますが、治癒魔法があるので別に気にしません。


「ヨホホホホ。立派な鳩さんですね」


 手を引っ込めると、鳩さんは騎士さんの腕の中に体を丸めました。


「く、くすぐったい…」


「随分懐かれたようだな」


「そのようですね〜」


 エリザベートさんと一緒にほほえましい光景を眺めます。


 そして、エリザベートさんと並んで似たり寄ったりの年増くさいな感想をこぼしている自分を見ていた騎士さん達の視線は、いつの間にか随分と柔らかくなっていました。


「副隊長と同じ…?」


「面の下って、セバスチャンさんくらいの年なんじゃ」


 耳聡く、彼女達の言葉も拾います。
 騎士さん達の方を向いて、延命冠者の面の顎をさすりながら癖といいますか、またふざけた態度を取り出してしまいます。


「ヒョッヒョッヒョッ。どうです、孫の嫁にでも–––––」


「阿呆か、貴様は!」


 ドゴッ!


 いきなりパイプレンチで殴られました。
 カクさんがいつの間にか来ており、自分の変態ゼリフをつぶさに拾ってすかさずツッコミを入れてきた様子です。


 しかし、勇者補正のカクさんのツッコミは並大抵の威力ではありません。
 証拠に自分の足が庭石に衝撃を伝えてヒビを走られています。
 なので騎士様方の表情は一転しました。


「「「「ゆ、勇者様!?」」」」


「頭平気か?」


 何度も見てきたことのあるエリザベートさんだけは、相変わらずの落ち着いた態度です。
 自分はカクさんが近づいていた時点で弱体魔法を解除していたので、そこまで被害は受けていません。むしろもたらしたのは庭石でしょう。
 自分は頭をさすりながらカクさんの方を向きました。


「カクさんではないですか。どうかなさいましたか?」


「「「「…(唖然)」」」」


 騎士さん達の視線を背中に受けつつ、カクさんに用件を平然と尋ねています。
 驚いたを通りこしたとしてもおかしくはない光景ですね。
 エリザベートさんだけは初めての光景ではないので、平然としていられています。


「北郷、少しは限度を知らないのか? 庭石が壊れたぞ」


「いや、それは…悪かった」


「湯垣、後でセバスに伝えておいてくれ」


「ヨホホホホ。了解しました」


「いや待て。俺が行く」


 そう言うと、カクさんはさっさとその場を去って行きました。
 きっと、騎士さん達の視線に耐えられなかったのでしょう。
 嵐のように現れて去って行ったカクさんは、結局庭石壊しただけでしたね。
 今はセバスチャンさんのところには鬼崎さんがいるので、エリザベートさんは気を利かせて自分に行くように言ったと思うのですが、まあカクさんはそう言うのを逃げずに甘んじて受け入れるべきと考えていますから。


「ヨホホホホ。さて、自分もこれにて撤収しますか」


 城塞都市がダメなら、隣国ソラメク王国の焼け野原となった子爵領の街の復興事業に参加するのも1つの手なので、そちらに向かおうと思います。
 鳩さんは元気になりましたし、その鳩さんが懐く方もいますし、ここに自分がいても何も始まらないでしょう。


 その場を去ろうとした自分ですが、鳩さんを抱えていた騎士さん方が突然呼び止めました。


「あ、あの! 勇者様!」


「はい、何でしょうか?」


「ありがとうございました!」


 振り向くと、自分を呼び止めた騎士さんが鳩さんを抱えながら明るい声でお礼を言い頭を下げてきました。
 素直な感謝というのは、何というか、むず痒いですね。ヨホホホホ。慣れないものですな。
 これならケイさんや副委員長のようにどつかれる方がまだ自分としても気が楽です。
 まあ、それを言うほど野暮な思考はしていません。
 変なものでも食べたのか、と? ヨホホホホ。そう思いますよね、やっぱり。ヨホホホホ。


「どういたしまして。お大事に。ヨホホホホ」


 自分は皇宮の方へと戻りました。

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