異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
1話
魔族が人族大陸に秘密裏に侵攻してきて、ネスティアント帝国が誇る巨大な城塞都市を占領、甚大な被害を城塞都市並びに隣国ソラメク王国の子爵領、そしてソラメク王国との国境に広がる渓谷地帯に与えたものの、異世界からの勇者である6人の英雄たちによってその侵略が頓挫してから、1週間が過ぎました。
…まあ、実際に物的被害を与えたのは自分たち勇者の方ですけどね。ヨホホホホ。
「皆様おはようございます。おなじみ変態仮面奇術師の–––––」
「自分で言うか、それ?」
「ヨホホホホ。カクさん、また遮ってくれましたね〜」
誰に向けたものでもない自己紹介を遮られ、同居人の方を向きます。
カクさんはため息をもらしました。
「全く、貴様という奴は…」
さて唐突ですが、現状を整理しましょう。異世界召喚を受けて最初の冒険がハッピーというよりもコメディな終わりを迎えたので、その一区切りといたしまして。
自分たちはこの異世界に少し前に突如として召喚されることとなった、日本で暮らしていたはずの高校生たちです。ヨホホホホ。
女神様により、この世界の創生の神である『クロノス神』より人族を救ってくれという勇者召喚を受け、やってまいりました。ヨホホホホ。もちろんこちらの意志や都合は完全に無視した召喚でしたけど、何はともあれうまくやっていけている現状です。
召喚されたのは、放課後の時間までを過ごしていた某高校の2年Cクラス、総勢36名の生徒です。
それをこの世界に存在する16の人族の国のうち、ネスティアント帝国・ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦・サブール王朝という3つの国がそれぞれ6名×2班ずつのグループとして召喚しました。
自分たちを召喚したのは、ネスティアント帝国という国です。
召喚から10日以上を過ぎていますが、 全員元気にやっております。ヨホホホホ。
…ネスティアント帝国のメンバーだけならば、ですが。
申し訳ないのですが、スマホが使えないこの世界だと他の仲間の安否は確認できません。
心配ですが、彼らも勇者。それに人族と敵対関係にある2つの種族のうち、魔族の方は1週間前の帝国と隣国のソラメク王国の国境で起きた騒動にてひとまず追い返してあります。目立った動きは、今のところはないですね。
サブール王朝に関しては帝国側では特に目立った動きはないといいます。天族の方もまだ人族と戦争を始める気配はないらしいです。
さて、そんな我らを召喚したネスティアント帝国ですが、これがとってもいい国です。
皇族の方も不遜な対応はしませんし、と言いますか最初に向こうの皇女様がわざわざ頭を下げて頼んできてくださったくらいです。
国民も真面目で野心の薄い…と言いますか、豊かな国力のおかげで対外侵略の必要性がない国です。帝国の人たちは常に仮想敵国を魔族皇国と定めています。かつての様に魔族の侵攻にさらされた時は魔族大陸を隔てる海洋に接しているため最初の戦場となる立地なので、国民性も復興慣れしていると言いますか、とにかく真面目で勤勉で協調性もある、まあ時折固すぎて息抜きが必要ではと見ている側が感じてしまう気風となっております。
そして、我々を召喚したネスティアント帝国の第一皇女であり、次期皇帝(ネスティアント帝国の帝政は性別を問わず常に長子が皇帝位を継ぐこととなっている)のリーゼロッテ・ヴァン・ネスティアント皇女殿下はその国民性を体現した様な誠実な方です。
立憲君主制国家なので、あまり腹黒いことをする頭を持つ必要がないことも彼女を清廉潔白な性格にした教育方針に影響があるのでしょうね。
魔族に囚われてしまっていたアンネローゼさんとは歳が近く近衛をしてもらっていたこともあったそうで、2人の仲は大変よろしく、二度と会えないと考えていた親友との再会に感動していらっしゃいました。
いや〜、2人の美女のキャッキャウフフは眼福でしたな〜。ヨホホホホ。
隣でその姿を顔を赤くして見入ってしまった海藤氏はケイさんに、気色悪い視線を向けていた自分はカクさんに思いっきり殴り飛ばされて、帰還早々にまたも皇宮に被害を与えてしまいましたけど。鬼崎さんに4人揃って説教を受けたのは言うまでもありません。
…いえ、本当に反省しています。あれは、確かに軽率でした。いつもの悪ふざけグセが表に出てきてしまいましたね。
しかし、皇女様は本当に喜ばれていました。最終的にアンネローゼさんを助けたのはカクさんと副委員長です。…いえ、どちらかというと鬼崎さんですよね。戦闘参加してなくても、最終的にあの人のおかげで助かりましたから。カクさんと副委員長はアンネローゼさんそっちのけで喧嘩していたと言いますし。
…ごめんなさい。城塞都市壊したの、結構自分も関わっています。救出には成功したものの、その後に丸一日の間、鬼崎さんに3人揃って説教されました。
とにかく皇女様は大層喜ばれまして、功労者である勇者たちをたたえて国をあげた祭りを開催しました。
ヨホホホホ。ケイさんは躊躇いなくワイン飲んでましたね。さすが不良です。
それからというもの、結構人間関係に変化が現れてきましたね。
例えば、カクさんと皇女様&アンネローゼさん。最初こそカクさんに引いていたアンネローゼさんもなんだかんだ言って皇女様を通してカクさんと和解し、距離が縮まりました。で、皇女様は皇女様でカクさんに感謝とともに明確な好意を抱く様になり、この数日はカクさんが2人に連れまわされてますね。ヨホホホホ。仲睦まじいことで、よろしいことです。
後は、命がけでケイさんを助けた海藤氏ですかね?
帰り道はすこぶるギクシャクしてました。
それも1週間を通じて、2人の仲の修繕された様子です。
むしろ、同室で色々とあったみたいですね。もっと仲良くなった様にも見えます。その影響もあってか、ケイさんは以前よりも、丸くなった感じがします。
ま、何があったかを覗いたり聞いたりするほど自分は無粋ではありません。
変なものでも食ったか、と? やっぱり、そう思います? 自分らしくないですかね? 
やったほうがいいですか? …ですよねー。やりませんよ。さすがにね。
副委員長と鬼崎さんの方はなんだかんだでうまくやっています。
こちらも皇女様とは仲良くなってますし、最近では副委員長とカクさんが喧嘩をしない様にと鬼崎さんが自分にも協力を求めて世界をまたいだガールズトークの場を守りつつの、皇女様とカクさんの仲を深める機会を作るという立ち回りをしています。おかげでこの1週間は皇宮の破壊もほとんど無く、セバスチャンさんは落ち着いた日々を送れていたようです。
苦労人同士ということで、意外と双子騎士やアルブレヒト氏といった異世界のイケメンとも意気投合している様ですが、こちらの会話は何とも花が欠けるものが多いらしく、アリスさんやセバスチャンさんに聞いた話によれば仕事や気苦労の愚痴を零し合う会合になっているのだとか。
自分も一度参加しましたけど、特に苦労も抱えてませんし、個人ごとに愚痴を聞くことはしますけど、あの会合の参加資格はない様です。
アンネローゼさんの救出を依頼した依頼人である近衛の大隊長の美人縦ロールエルフ、アリアン氏は海藤氏の武勇伝をケイさんに聞いては興奮していると言います。同じ相手に惚れたもの同士、ライバルであるとともに惚れた相手のいいところを褒め合う会談に燃える様ですね。
アルブレヒト氏は城塞都市の件で結構忙しい様です。復興事業をソラメク王国とともに急ピッチで進めているようですね。
自分は時折、勇者の名を用いて街に出ては募金集めをしたり、労働者に紛れてせめてもの罪滅ぼしにと復興事業に参加したりしていました。
落石事故が起きて多数の重傷者を出した際に治癒魔法を行使して怪我人を救ったことで見事に正体がばれましたけど。ヨホホホホ。
この世界で見られない面で顔を覆っていれば、面を変えた程度ではばれてしまいますか。面は既に帝国民に割れてしまっていますね。
もちろん、他の勇者には内緒で動いてますよ、ヨホホホホ。
自分が復興事業に貢献したことで散々な被害を出したものの、帝国の方々と王国の方々も腹の虫を収めてくれた様です。甘楽甘楽。一件落着というものですな。
そんな感じで、この一週間はかなり平穏に過ごしていました。
…まあ、全くの平和ではないようで、召喚直後に比べればとても落ち着いていますが、何回か皇宮で爆発騒ぎとか起こしてましたけど。ヨホホホホ。
セバスチャンさんの苦労が偲ばれます。
なら止めろよ、と? いえいえ、見てると面白くて煽りたくなるのです。止めてはつまらないでしょう。面白ければいいんですよ。ヨホホホホ。
カクさんが自分の新たにつけている面を見ながら、ため息をまたこぼしました。
これで何度目ですかね?
烏天狗の面から、今度は延命冠者の面に変更しています。これで復興事業に忍び込んでいました。
「何でしょう?」
「いい加減面を取れ」
「ヨホホホホ。そればかりは出来ない相談というものですよ」
「…ダメだこいつ」
ため息をつきながら、カクさんは立ち上がりました。
服装はすでに整えてあります。
そういえば、今日は皇女様に朝食の席に招かれているそうでしたね。
…自分ですか? いや〜、恥ずかしながら皇女様に苦手意識を持たれている様なのですよ、自分。ヨホホホホ。
基本的には好き勝手に出歩いてますので。別に寂しいとかいうことはありませんから。
昨日は鬼崎さんの魔法の特訓に付き合いましたね。
…5、6回ほど誤射を受けましたけど。
「ヨホホホホ。いってらっしゃいませ〜」
「貴様は予定があるのか?」
「無いですよ。まあ、城の騎士の皆さんの訓練の合間に奇術を披露するか、鬼崎さんの魔法の練習に付き合う、小遣い稼ぎに非公認の医者をする、やることといえばその程度でしょうか」
「待て、なんだその不穏な行為は」
「騎士さんの訓練中の怪我の手当て程度ですよ。治癒師ですから」
鬼崎さんと協力して、カクさんと皇女様がうまくいく様にとあれこれ舞台用意とかの裏工作を進めたりもしていますけど。
鬼崎さんに緘口令を敷かれているため、それは口には出しません。口は固いですから自分。ヨホホホホ。
嘘つけ、と? ヨホホホホ。さっき嘘をつきましたよ。口は非常に軽いですよ、自分。ヨホホホホ。
「しかし、貴様の奇術はつくづく便利なものだな」
「自分なんかに構わず早く行ってあげてくださいな」
「言われなくてもわかっている」
カクさんが出て行きました。
…まあ、自分は他の勇者たちに比べて誰かと会う予定とかあまり無いですからね。
この外見です。気色悪がられても仕方ないでしょう。
むしろ変態扱いされる方が落ち着きますな〜。ヨホホホホ。
…さてと。カクさんが出て行ったので、自分も自分のやる事を果たしますか。
復興事業に参加したのは、もちろん情報収集も兼ねています。
召喚初日に自分たちを監視している様にも見えた間者の皆さんと、ソラメク王国に関係があるのかといった点ですね。
あれこれ聞きまわりましたところ、ソラメク王国では勇者が召喚された事はほとんど認知されていないそうでした。今回の事件によって大いに認知されたと言います。
それならば手がかりなしで済んだのですが、こんな情報を得たのです。
とある労働者のおじさんから聞いたのですが、そのおじさんの友人に召喚初日にネスティアント帝国からソラメク王国方面に帰ってきた人がいたのですが、なんでも関所で諸国を渡り歩くという面では旅人として不審感は無いものの数が少ないために珍しいという曲芸師の一団を見かけたというのです。奇術を休憩時間に披露していたら、それで思い出したと言います。
南方大陸に多い人種だったらしいのですが、子供連れだっだというのと、ネスティアント帝国の言葉を流暢に喋っていたので記憶に残っているのだとか。
…怪しいですね、その一団。
友人から聞いた話なので実際に見たわけでは無いそうなのですが、詳しく聞いてみたところネスティアント帝国とジカートリヒッツ社会主義共和国連邦とソラメク王国とヨブトリカ王国とオラキス公国があるというこの大陸とは別の大陸にいる人であるというのは確かだそうです。
それを踏まえて、おじさんはこう言いました。
「単なる俺の憶測だけどな、神聖ヒアント帝国の人間かもしれねえな。南の大陸にある古い国なんだが、大きな諜報機関が存在しているって噂なんだ」
そして、おじさんからこの様な有益な情報も得られました。
案外、その仮説が合っているのかもしれません。
神聖ヒアント帝国という国は人族側にとって最も歴史の古い国の1つと言われているそうです。
昔がどうであれ、今はいまでしょう。人族とて潔白な歴史だけという事は無いでしょうから、警戒しなければならない事は多々あります。
後は向こうがどう動くかという事でしょう。
せめて、帝国の勇者たちには影響が及ばない様にしたいところですが…その勇者が自ら首をつっこむ可能性が大ですね。ヨホホホホ。
全く、裏の世界の事は裏方に任せて日の当たる世界で生きていけばいいのに、なにを自ら–––––失礼、口が悪くなってしまいした。うーん、やはりというべきか、気をぬくと口が悪くなりますね。大変申し訳ないです。
神聖ヒアント帝国に関しては、個人的に動いてその正体を見極める方が良さそうですね。別に怪しいというだけで密偵さんが神聖ヒアント帝国所属という証拠も何も無いですし。違うかもしれないので。
そうと決まれば、まずは何から始めましょうか。
扉を開いていざ情報収集といきます。
…と、扉の前に副委員長が立っていました。
「どうかなさいましたか?」
「…邪魔」
開口一番、そう言われました。
邪魔というからには、この部屋に用があるのでしょうか。
副委員長がわざわざこんな部屋に何の用があるのでしょうか。時には「ガリ勉の匂いがする。ウザ…」とかコメントするくらいにカクさんの事を毛嫌いしている副委員長がカクさんの部屋に来るなど、何かの緊急事態かもしれません。
面白そうなので、何をするのか観察してみましょう。
「上がります? お茶出しますよ」
通り道を開けて、カクさん不在の隙に副委員長を招き入れます。
副委員長は頷くと遠慮なくというふうに上がってきました。
部屋に入った副委員長は、まず室内を見回します。
堅物のカクさんと自分の使用する部屋です。私物の類を持ってこれなかったというのもありますが、娯楽を必要とせずほぼ休息が睡眠に使用している空間のために非常に殺風景となっています。
飾り物といえば、自分が立て掛けている能面くらいでしょうか。
「…つまらない」
「ヨホホホホ。まあ、男2人ですからね。華やかさに欠けるのは否めません」
淹れた緑茶に、苦味を和らげ香りを保ちつつも舌当たりを女子高生向けに仕上げる特注の薬を生成してついでに加えます。
それを部屋の中央に置いている地図やノートが置かれた机のところに持っていきます。
「緑茶です。ヨホホホホ」
「…大義」
机に並べていた椅子を引いて副委員長を誘導し、ついでにカクさんが並べた資料などを机の上から動かして置きます。
副委員長は差し出されたお茶を一口軽く含みました。
そして、何かに驚いた様に目を少し見開きました。
「…あんまり、苦くない」
「薬物入れましたから」
ドゴッ!
表現を間違えましたね。
苦味抑える以外には副作用も何もないので、製薬魔法で作った『調味料』と称するのが正しいものですが、副委員長からは容赦ない一蹴りを脛に加えられました。
そして、さも当たり前の様にもうひとくち含みます。
「…また来た時、淹れとく様に」
「畏まりました。ヨホホホホ。お気に召した様で何よりです」
治癒魔法でさっさと立ち直っていた自分は、ご注文頂いたのでお客様になった副委員長に仰々しい一礼をして、部屋にこの『苦味抑制薬』と名付けた一品を量産して常備する事にしました。
ちなみに、鬼崎さんの好みは無駄な手を加えない苦味のある緑茶、カクさんは紅茶派、海藤氏はなんでも文句なく受け取り必ず美味しいというので趣向不明、ケイさんは出したらブチ切れて自分に出された熱々のお茶をぶっかけてきます、皇女様はココアが大好物、アルブレヒト氏はお茶全般が苦手と言った感じですね。
いつ調べたというのは、この一週間で調べました。方法は部屋に招いたり、食事時の様子を観察したり、聞き込みをしたりして集めました。
ヨホホホホ。皇女様や鬼崎さんはたいそう気に入ってくださいます。
…単に趣向に合う飲み物を出してるだけなんですけどね。
どうせならと水にもこだわることはあります。
帝都にはいい水が仕入れられる事もありますから。城塞都市(名前忘れています)の自分が転落した川の水とか、すごく良質な軟水ですし。
一度鬼崎さんの日課であるランニングに付き添って、そのコースにて見つけた水場の水とかも試したりしていますね。
鬼崎さん、毎朝起きたら4キロ走っていたそうです。
ヨホホホホ。すごい体力と継続ですね〜。勇者補正を得てからは物足りなくなったので距離を10倍以上にしているそうです。
…ほぼフルマラソンですよ、その距離。
副委員長はさすがにケイさんが走らせる車では無理でも、多少騒がしくても寝ていられる精神の持ち主なので、鬼崎さんの早起きに対しては起こされるわけでなければ文句の1つもないそうです。
カクさんも早起きなので、やはり部屋替えをさせて面白い展開に…はしませんよ。海藤氏とケイさんがいますし、あのペアを崩さなければ自分の同居人が鬼崎さんになってしまいます。
何でしょうか。それは非常に困ります。
なぜかって? 鬼崎さんですよ。背が高くて、モデルみたいな誰もが見惚れる体型で、顔も綺麗で、面倒見が良くて、性格も良くて…料理音痴という点を除いて素晴らしい方ですよ。自分みたいな変態と一緒にしてはいけませんよ。危険ですから。
それに、自分は鬼崎さんを怒らせる頻度が多いですから。皇宮が穴だらけになってもいいというなら構いませんが、それはさすがに帝国の方々も反対するでしょう。
今の部屋割りは、かなり理想的ですね。ヨホホホホ。
副委員長がもうひとくち緑茶を飲み、ふうと息を漏らします。
疲れたため息でも、悩みのため息でもなく、満足げな吐息でした。
そも、怠け者の副委員長に疲れと悩みなど無縁–––––いえ、悩みはありましたね。副委員長のシンボルとも言えるコンプレックスが、1つの大きな悩みとして。
…豊胸促進薬も作れるのですが、黙っていましょう。カクさんとの喧嘩がつまらない幕引きになってしまいそうなので。
しかし、緑茶の味は気に入っていただけた様ですね。
眠たげな目は閉じられていますが、寝てはいない様です。
「…ねえ」
ふと、声をかけられました。
副委員長が自分から声をかけるのはなかなかに珍しいことです。何かあったのでしょうか。
目を閉ざしている副委員長に尋ねます。
「どうしました?」
「…惚れ薬、作れない?」
「…はい?」
すると、副委員長に耳を疑う様なことを言われました。
思わず尋ね返してしまいますが、答えは一緒でした。
「惚れ薬。ラブする薬。ない?」
「いや、作れる事には作れるのですが…」
なんといいますか。
鬼崎さんの時も驚きましたけど、なぜ副委員長が惚れ薬を欲しがるのでしょうか?
恋に多感になっている人たちは別にいるのに、今の所その兆候が見られない方からばかり惚れ薬の注文が来ている気がします。
皇女様とから、アリアンさんとか、ケイさんとか。
本来、惚れ薬というものはこの手の人たちが頼んでくるべきもののはずなのですが、どうして今度は副委員長なのでしょうか?
副委員長にも、虜になってほしい相手がいるということなのかもしれません。
…何でしょうか。この何もかも怠ける人にそんな相手ができるとは思えないのですが。
「…頂戴」
副委員長は手を差し出してきています。
薬を要求していますね。
用途がどうであれ、注文されたからには作りますけど。
というわけで、以前鬼崎さんにも作って差し上げたものと同じ、効果は一週間で飲んだ者が最初に目にした異性の虜となる銀色の健康に悪そうな惚れ薬を小瓶1つ1人前作って、副委員長に差し出しました。
受け取った副委員長はその色に一瞬驚いた様子でしたが、効果を説明すると不気味がるのもめんどくさいといういつもの様子となり、薬を受け取りました。
用途に関しては、問いません。
「…何に使うのかは問いませんけど、その瓶1つ分をまるまる使わなければ効きませんからお気をつけくださいね」
「OK。大義」
そう言うと、副委員長は珍しくウキウキとした表情を浮かべながら、やけに上機嫌となって部屋から出て行きました。
夢が膨らむ魔法の薬は好評の様ですね。
と、扉の先で話し声が聞こえます。
これは副委員長と、鬼崎さんの声ですね。
出会い頭で話が弾んだ様です。
副委員長は大抵人と関わるのを面倒くさがりますが、意外にも鬼崎さんや海藤氏に関しては邪険に扱わず、むしろ快く受け入れている様にも見える受け答えをします。
そのためか、鬼崎さんと副委員長はかなり仲のいい友達同士となっています。
…説教では手を抜かれないのですがね。
2人の会話の内容は聞き取れませんでしたし、盗み聞きをする趣味もありません。…有りません。ありませんよ。ありませんから。ありませんって。
あるに決まっているだろ、と? 無論、ありますよ。面白そうな話は平然と盗み聞きしますよ。ヨホホホホ。
とはいえ、今回は盗み聞きはしません。
2人の会話は数分で終了したようです。
すると、副委員長は部屋から遠ざかっていきましたが、鬼崎さんは部屋の前に止まり、扉をノックしてきました。
おや、今度は鬼崎さんの様ですね。
では、おもてなしの準備をいたしましょう。
「ヨホホホホ。カクさんは不在ですよ。どうぞ、お入りくださいませ」
今度は苦味抑制薬を入れない緑茶の準備をしつつ、扉の向こうに声をかけました。
…まあ、実際に物的被害を与えたのは自分たち勇者の方ですけどね。ヨホホホホ。
「皆様おはようございます。おなじみ変態仮面奇術師の–––––」
「自分で言うか、それ?」
「ヨホホホホ。カクさん、また遮ってくれましたね〜」
誰に向けたものでもない自己紹介を遮られ、同居人の方を向きます。
カクさんはため息をもらしました。
「全く、貴様という奴は…」
さて唐突ですが、現状を整理しましょう。異世界召喚を受けて最初の冒険がハッピーというよりもコメディな終わりを迎えたので、その一区切りといたしまして。
自分たちはこの異世界に少し前に突如として召喚されることとなった、日本で暮らしていたはずの高校生たちです。ヨホホホホ。
女神様により、この世界の創生の神である『クロノス神』より人族を救ってくれという勇者召喚を受け、やってまいりました。ヨホホホホ。もちろんこちらの意志や都合は完全に無視した召喚でしたけど、何はともあれうまくやっていけている現状です。
召喚されたのは、放課後の時間までを過ごしていた某高校の2年Cクラス、総勢36名の生徒です。
それをこの世界に存在する16の人族の国のうち、ネスティアント帝国・ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦・サブール王朝という3つの国がそれぞれ6名×2班ずつのグループとして召喚しました。
自分たちを召喚したのは、ネスティアント帝国という国です。
召喚から10日以上を過ぎていますが、 全員元気にやっております。ヨホホホホ。
…ネスティアント帝国のメンバーだけならば、ですが。
申し訳ないのですが、スマホが使えないこの世界だと他の仲間の安否は確認できません。
心配ですが、彼らも勇者。それに人族と敵対関係にある2つの種族のうち、魔族の方は1週間前の帝国と隣国のソラメク王国の国境で起きた騒動にてひとまず追い返してあります。目立った動きは、今のところはないですね。
サブール王朝に関しては帝国側では特に目立った動きはないといいます。天族の方もまだ人族と戦争を始める気配はないらしいです。
さて、そんな我らを召喚したネスティアント帝国ですが、これがとってもいい国です。
皇族の方も不遜な対応はしませんし、と言いますか最初に向こうの皇女様がわざわざ頭を下げて頼んできてくださったくらいです。
国民も真面目で野心の薄い…と言いますか、豊かな国力のおかげで対外侵略の必要性がない国です。帝国の人たちは常に仮想敵国を魔族皇国と定めています。かつての様に魔族の侵攻にさらされた時は魔族大陸を隔てる海洋に接しているため最初の戦場となる立地なので、国民性も復興慣れしていると言いますか、とにかく真面目で勤勉で協調性もある、まあ時折固すぎて息抜きが必要ではと見ている側が感じてしまう気風となっております。
そして、我々を召喚したネスティアント帝国の第一皇女であり、次期皇帝(ネスティアント帝国の帝政は性別を問わず常に長子が皇帝位を継ぐこととなっている)のリーゼロッテ・ヴァン・ネスティアント皇女殿下はその国民性を体現した様な誠実な方です。
立憲君主制国家なので、あまり腹黒いことをする頭を持つ必要がないことも彼女を清廉潔白な性格にした教育方針に影響があるのでしょうね。
魔族に囚われてしまっていたアンネローゼさんとは歳が近く近衛をしてもらっていたこともあったそうで、2人の仲は大変よろしく、二度と会えないと考えていた親友との再会に感動していらっしゃいました。
いや〜、2人の美女のキャッキャウフフは眼福でしたな〜。ヨホホホホ。
隣でその姿を顔を赤くして見入ってしまった海藤氏はケイさんに、気色悪い視線を向けていた自分はカクさんに思いっきり殴り飛ばされて、帰還早々にまたも皇宮に被害を与えてしまいましたけど。鬼崎さんに4人揃って説教を受けたのは言うまでもありません。
…いえ、本当に反省しています。あれは、確かに軽率でした。いつもの悪ふざけグセが表に出てきてしまいましたね。
しかし、皇女様は本当に喜ばれていました。最終的にアンネローゼさんを助けたのはカクさんと副委員長です。…いえ、どちらかというと鬼崎さんですよね。戦闘参加してなくても、最終的にあの人のおかげで助かりましたから。カクさんと副委員長はアンネローゼさんそっちのけで喧嘩していたと言いますし。
…ごめんなさい。城塞都市壊したの、結構自分も関わっています。救出には成功したものの、その後に丸一日の間、鬼崎さんに3人揃って説教されました。
とにかく皇女様は大層喜ばれまして、功労者である勇者たちをたたえて国をあげた祭りを開催しました。
ヨホホホホ。ケイさんは躊躇いなくワイン飲んでましたね。さすが不良です。
それからというもの、結構人間関係に変化が現れてきましたね。
例えば、カクさんと皇女様&アンネローゼさん。最初こそカクさんに引いていたアンネローゼさんもなんだかんだ言って皇女様を通してカクさんと和解し、距離が縮まりました。で、皇女様は皇女様でカクさんに感謝とともに明確な好意を抱く様になり、この数日はカクさんが2人に連れまわされてますね。ヨホホホホ。仲睦まじいことで、よろしいことです。
後は、命がけでケイさんを助けた海藤氏ですかね?
帰り道はすこぶるギクシャクしてました。
それも1週間を通じて、2人の仲の修繕された様子です。
むしろ、同室で色々とあったみたいですね。もっと仲良くなった様にも見えます。その影響もあってか、ケイさんは以前よりも、丸くなった感じがします。
ま、何があったかを覗いたり聞いたりするほど自分は無粋ではありません。
変なものでも食ったか、と? やっぱり、そう思います? 自分らしくないですかね? 
やったほうがいいですか? …ですよねー。やりませんよ。さすがにね。
副委員長と鬼崎さんの方はなんだかんだでうまくやっています。
こちらも皇女様とは仲良くなってますし、最近では副委員長とカクさんが喧嘩をしない様にと鬼崎さんが自分にも協力を求めて世界をまたいだガールズトークの場を守りつつの、皇女様とカクさんの仲を深める機会を作るという立ち回りをしています。おかげでこの1週間は皇宮の破壊もほとんど無く、セバスチャンさんは落ち着いた日々を送れていたようです。
苦労人同士ということで、意外と双子騎士やアルブレヒト氏といった異世界のイケメンとも意気投合している様ですが、こちらの会話は何とも花が欠けるものが多いらしく、アリスさんやセバスチャンさんに聞いた話によれば仕事や気苦労の愚痴を零し合う会合になっているのだとか。
自分も一度参加しましたけど、特に苦労も抱えてませんし、個人ごとに愚痴を聞くことはしますけど、あの会合の参加資格はない様です。
アンネローゼさんの救出を依頼した依頼人である近衛の大隊長の美人縦ロールエルフ、アリアン氏は海藤氏の武勇伝をケイさんに聞いては興奮していると言います。同じ相手に惚れたもの同士、ライバルであるとともに惚れた相手のいいところを褒め合う会談に燃える様ですね。
アルブレヒト氏は城塞都市の件で結構忙しい様です。復興事業をソラメク王国とともに急ピッチで進めているようですね。
自分は時折、勇者の名を用いて街に出ては募金集めをしたり、労働者に紛れてせめてもの罪滅ぼしにと復興事業に参加したりしていました。
落石事故が起きて多数の重傷者を出した際に治癒魔法を行使して怪我人を救ったことで見事に正体がばれましたけど。ヨホホホホ。
この世界で見られない面で顔を覆っていれば、面を変えた程度ではばれてしまいますか。面は既に帝国民に割れてしまっていますね。
もちろん、他の勇者には内緒で動いてますよ、ヨホホホホ。
自分が復興事業に貢献したことで散々な被害を出したものの、帝国の方々と王国の方々も腹の虫を収めてくれた様です。甘楽甘楽。一件落着というものですな。
そんな感じで、この一週間はかなり平穏に過ごしていました。
…まあ、全くの平和ではないようで、召喚直後に比べればとても落ち着いていますが、何回か皇宮で爆発騒ぎとか起こしてましたけど。ヨホホホホ。
セバスチャンさんの苦労が偲ばれます。
なら止めろよ、と? いえいえ、見てると面白くて煽りたくなるのです。止めてはつまらないでしょう。面白ければいいんですよ。ヨホホホホ。
カクさんが自分の新たにつけている面を見ながら、ため息をまたこぼしました。
これで何度目ですかね?
烏天狗の面から、今度は延命冠者の面に変更しています。これで復興事業に忍び込んでいました。
「何でしょう?」
「いい加減面を取れ」
「ヨホホホホ。そればかりは出来ない相談というものですよ」
「…ダメだこいつ」
ため息をつきながら、カクさんは立ち上がりました。
服装はすでに整えてあります。
そういえば、今日は皇女様に朝食の席に招かれているそうでしたね。
…自分ですか? いや〜、恥ずかしながら皇女様に苦手意識を持たれている様なのですよ、自分。ヨホホホホ。
基本的には好き勝手に出歩いてますので。別に寂しいとかいうことはありませんから。
昨日は鬼崎さんの魔法の特訓に付き合いましたね。
…5、6回ほど誤射を受けましたけど。
「ヨホホホホ。いってらっしゃいませ〜」
「貴様は予定があるのか?」
「無いですよ。まあ、城の騎士の皆さんの訓練の合間に奇術を披露するか、鬼崎さんの魔法の練習に付き合う、小遣い稼ぎに非公認の医者をする、やることといえばその程度でしょうか」
「待て、なんだその不穏な行為は」
「騎士さんの訓練中の怪我の手当て程度ですよ。治癒師ですから」
鬼崎さんと協力して、カクさんと皇女様がうまくいく様にとあれこれ舞台用意とかの裏工作を進めたりもしていますけど。
鬼崎さんに緘口令を敷かれているため、それは口には出しません。口は固いですから自分。ヨホホホホ。
嘘つけ、と? ヨホホホホ。さっき嘘をつきましたよ。口は非常に軽いですよ、自分。ヨホホホホ。
「しかし、貴様の奇術はつくづく便利なものだな」
「自分なんかに構わず早く行ってあげてくださいな」
「言われなくてもわかっている」
カクさんが出て行きました。
…まあ、自分は他の勇者たちに比べて誰かと会う予定とかあまり無いですからね。
この外見です。気色悪がられても仕方ないでしょう。
むしろ変態扱いされる方が落ち着きますな〜。ヨホホホホ。
…さてと。カクさんが出て行ったので、自分も自分のやる事を果たしますか。
復興事業に参加したのは、もちろん情報収集も兼ねています。
召喚初日に自分たちを監視している様にも見えた間者の皆さんと、ソラメク王国に関係があるのかといった点ですね。
あれこれ聞きまわりましたところ、ソラメク王国では勇者が召喚された事はほとんど認知されていないそうでした。今回の事件によって大いに認知されたと言います。
それならば手がかりなしで済んだのですが、こんな情報を得たのです。
とある労働者のおじさんから聞いたのですが、そのおじさんの友人に召喚初日にネスティアント帝国からソラメク王国方面に帰ってきた人がいたのですが、なんでも関所で諸国を渡り歩くという面では旅人として不審感は無いものの数が少ないために珍しいという曲芸師の一団を見かけたというのです。奇術を休憩時間に披露していたら、それで思い出したと言います。
南方大陸に多い人種だったらしいのですが、子供連れだっだというのと、ネスティアント帝国の言葉を流暢に喋っていたので記憶に残っているのだとか。
…怪しいですね、その一団。
友人から聞いた話なので実際に見たわけでは無いそうなのですが、詳しく聞いてみたところネスティアント帝国とジカートリヒッツ社会主義共和国連邦とソラメク王国とヨブトリカ王国とオラキス公国があるというこの大陸とは別の大陸にいる人であるというのは確かだそうです。
それを踏まえて、おじさんはこう言いました。
「単なる俺の憶測だけどな、神聖ヒアント帝国の人間かもしれねえな。南の大陸にある古い国なんだが、大きな諜報機関が存在しているって噂なんだ」
そして、おじさんからこの様な有益な情報も得られました。
案外、その仮説が合っているのかもしれません。
神聖ヒアント帝国という国は人族側にとって最も歴史の古い国の1つと言われているそうです。
昔がどうであれ、今はいまでしょう。人族とて潔白な歴史だけという事は無いでしょうから、警戒しなければならない事は多々あります。
後は向こうがどう動くかという事でしょう。
せめて、帝国の勇者たちには影響が及ばない様にしたいところですが…その勇者が自ら首をつっこむ可能性が大ですね。ヨホホホホ。
全く、裏の世界の事は裏方に任せて日の当たる世界で生きていけばいいのに、なにを自ら–––––失礼、口が悪くなってしまいした。うーん、やはりというべきか、気をぬくと口が悪くなりますね。大変申し訳ないです。
神聖ヒアント帝国に関しては、個人的に動いてその正体を見極める方が良さそうですね。別に怪しいというだけで密偵さんが神聖ヒアント帝国所属という証拠も何も無いですし。違うかもしれないので。
そうと決まれば、まずは何から始めましょうか。
扉を開いていざ情報収集といきます。
…と、扉の前に副委員長が立っていました。
「どうかなさいましたか?」
「…邪魔」
開口一番、そう言われました。
邪魔というからには、この部屋に用があるのでしょうか。
副委員長がわざわざこんな部屋に何の用があるのでしょうか。時には「ガリ勉の匂いがする。ウザ…」とかコメントするくらいにカクさんの事を毛嫌いしている副委員長がカクさんの部屋に来るなど、何かの緊急事態かもしれません。
面白そうなので、何をするのか観察してみましょう。
「上がります? お茶出しますよ」
通り道を開けて、カクさん不在の隙に副委員長を招き入れます。
副委員長は頷くと遠慮なくというふうに上がってきました。
部屋に入った副委員長は、まず室内を見回します。
堅物のカクさんと自分の使用する部屋です。私物の類を持ってこれなかったというのもありますが、娯楽を必要とせずほぼ休息が睡眠に使用している空間のために非常に殺風景となっています。
飾り物といえば、自分が立て掛けている能面くらいでしょうか。
「…つまらない」
「ヨホホホホ。まあ、男2人ですからね。華やかさに欠けるのは否めません」
淹れた緑茶に、苦味を和らげ香りを保ちつつも舌当たりを女子高生向けに仕上げる特注の薬を生成してついでに加えます。
それを部屋の中央に置いている地図やノートが置かれた机のところに持っていきます。
「緑茶です。ヨホホホホ」
「…大義」
机に並べていた椅子を引いて副委員長を誘導し、ついでにカクさんが並べた資料などを机の上から動かして置きます。
副委員長は差し出されたお茶を一口軽く含みました。
そして、何かに驚いた様に目を少し見開きました。
「…あんまり、苦くない」
「薬物入れましたから」
ドゴッ!
表現を間違えましたね。
苦味抑える以外には副作用も何もないので、製薬魔法で作った『調味料』と称するのが正しいものですが、副委員長からは容赦ない一蹴りを脛に加えられました。
そして、さも当たり前の様にもうひとくち含みます。
「…また来た時、淹れとく様に」
「畏まりました。ヨホホホホ。お気に召した様で何よりです」
治癒魔法でさっさと立ち直っていた自分は、ご注文頂いたのでお客様になった副委員長に仰々しい一礼をして、部屋にこの『苦味抑制薬』と名付けた一品を量産して常備する事にしました。
ちなみに、鬼崎さんの好みは無駄な手を加えない苦味のある緑茶、カクさんは紅茶派、海藤氏はなんでも文句なく受け取り必ず美味しいというので趣向不明、ケイさんは出したらブチ切れて自分に出された熱々のお茶をぶっかけてきます、皇女様はココアが大好物、アルブレヒト氏はお茶全般が苦手と言った感じですね。
いつ調べたというのは、この一週間で調べました。方法は部屋に招いたり、食事時の様子を観察したり、聞き込みをしたりして集めました。
ヨホホホホ。皇女様や鬼崎さんはたいそう気に入ってくださいます。
…単に趣向に合う飲み物を出してるだけなんですけどね。
どうせならと水にもこだわることはあります。
帝都にはいい水が仕入れられる事もありますから。城塞都市(名前忘れています)の自分が転落した川の水とか、すごく良質な軟水ですし。
一度鬼崎さんの日課であるランニングに付き添って、そのコースにて見つけた水場の水とかも試したりしていますね。
鬼崎さん、毎朝起きたら4キロ走っていたそうです。
ヨホホホホ。すごい体力と継続ですね〜。勇者補正を得てからは物足りなくなったので距離を10倍以上にしているそうです。
…ほぼフルマラソンですよ、その距離。
副委員長はさすがにケイさんが走らせる車では無理でも、多少騒がしくても寝ていられる精神の持ち主なので、鬼崎さんの早起きに対しては起こされるわけでなければ文句の1つもないそうです。
カクさんも早起きなので、やはり部屋替えをさせて面白い展開に…はしませんよ。海藤氏とケイさんがいますし、あのペアを崩さなければ自分の同居人が鬼崎さんになってしまいます。
何でしょうか。それは非常に困ります。
なぜかって? 鬼崎さんですよ。背が高くて、モデルみたいな誰もが見惚れる体型で、顔も綺麗で、面倒見が良くて、性格も良くて…料理音痴という点を除いて素晴らしい方ですよ。自分みたいな変態と一緒にしてはいけませんよ。危険ですから。
それに、自分は鬼崎さんを怒らせる頻度が多いですから。皇宮が穴だらけになってもいいというなら構いませんが、それはさすがに帝国の方々も反対するでしょう。
今の部屋割りは、かなり理想的ですね。ヨホホホホ。
副委員長がもうひとくち緑茶を飲み、ふうと息を漏らします。
疲れたため息でも、悩みのため息でもなく、満足げな吐息でした。
そも、怠け者の副委員長に疲れと悩みなど無縁–––––いえ、悩みはありましたね。副委員長のシンボルとも言えるコンプレックスが、1つの大きな悩みとして。
…豊胸促進薬も作れるのですが、黙っていましょう。カクさんとの喧嘩がつまらない幕引きになってしまいそうなので。
しかし、緑茶の味は気に入っていただけた様ですね。
眠たげな目は閉じられていますが、寝てはいない様です。
「…ねえ」
ふと、声をかけられました。
副委員長が自分から声をかけるのはなかなかに珍しいことです。何かあったのでしょうか。
目を閉ざしている副委員長に尋ねます。
「どうしました?」
「…惚れ薬、作れない?」
「…はい?」
すると、副委員長に耳を疑う様なことを言われました。
思わず尋ね返してしまいますが、答えは一緒でした。
「惚れ薬。ラブする薬。ない?」
「いや、作れる事には作れるのですが…」
なんといいますか。
鬼崎さんの時も驚きましたけど、なぜ副委員長が惚れ薬を欲しがるのでしょうか?
恋に多感になっている人たちは別にいるのに、今の所その兆候が見られない方からばかり惚れ薬の注文が来ている気がします。
皇女様とから、アリアンさんとか、ケイさんとか。
本来、惚れ薬というものはこの手の人たちが頼んでくるべきもののはずなのですが、どうして今度は副委員長なのでしょうか?
副委員長にも、虜になってほしい相手がいるということなのかもしれません。
…何でしょうか。この何もかも怠ける人にそんな相手ができるとは思えないのですが。
「…頂戴」
副委員長は手を差し出してきています。
薬を要求していますね。
用途がどうであれ、注文されたからには作りますけど。
というわけで、以前鬼崎さんにも作って差し上げたものと同じ、効果は一週間で飲んだ者が最初に目にした異性の虜となる銀色の健康に悪そうな惚れ薬を小瓶1つ1人前作って、副委員長に差し出しました。
受け取った副委員長はその色に一瞬驚いた様子でしたが、効果を説明すると不気味がるのもめんどくさいといういつもの様子となり、薬を受け取りました。
用途に関しては、問いません。
「…何に使うのかは問いませんけど、その瓶1つ分をまるまる使わなければ効きませんからお気をつけくださいね」
「OK。大義」
そう言うと、副委員長は珍しくウキウキとした表情を浮かべながら、やけに上機嫌となって部屋から出て行きました。
夢が膨らむ魔法の薬は好評の様ですね。
と、扉の先で話し声が聞こえます。
これは副委員長と、鬼崎さんの声ですね。
出会い頭で話が弾んだ様です。
副委員長は大抵人と関わるのを面倒くさがりますが、意外にも鬼崎さんや海藤氏に関しては邪険に扱わず、むしろ快く受け入れている様にも見える受け答えをします。
そのためか、鬼崎さんと副委員長はかなり仲のいい友達同士となっています。
…説教では手を抜かれないのですがね。
2人の会話の内容は聞き取れませんでしたし、盗み聞きをする趣味もありません。…有りません。ありませんよ。ありませんから。ありませんって。
あるに決まっているだろ、と? 無論、ありますよ。面白そうな話は平然と盗み聞きしますよ。ヨホホホホ。
とはいえ、今回は盗み聞きはしません。
2人の会話は数分で終了したようです。
すると、副委員長は部屋から遠ざかっていきましたが、鬼崎さんは部屋の前に止まり、扉をノックしてきました。
おや、今度は鬼崎さんの様ですね。
では、おもてなしの準備をいたしましょう。
「ヨホホホホ。カクさんは不在ですよ。どうぞ、お入りくださいませ」
今度は苦味抑制薬を入れない緑茶の準備をしつつ、扉の向こうに声をかけました。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
59
-
-
70810
-
-
29
-
-
0
-
-
439
-
-
11128
-
-
549
-
-
37
-
-
1
コメント