異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
30話
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子爵邸どころか、子爵領を吹き飛ばして登場した土師は、目の前に目的の魔族を見つけた。
狙撃手の遠距離攻撃魔法により生み出したミサイルミサイルミサイルの山。レーザーの束。それらを出し惜しみなく、リベンジの挨拶代わりにということで魔族めがけて叩き込んだ。
土師の職種である『狙撃手』が扱う魔法は、北郷の『武士』に近い物がある。銃器類を主に召喚するのだが、扱う本人の創造性によりその威力は大きく変動する。
そして、土師自身は気づいていないが湯垣により強化魔法も付与されていたことにより、その威力は勇者補正を加え強化魔法が加わったことにより、段違いのものとなっていた。
それに、土師は難しく考えるのを面倒くさがる習性がある。もはや性格を通り越して習性と化している中で、土師は魔法に関して使えるならいいやと感覚頼みの扱いをするので、理詰め思考が強い北郷よりもその性質について詳しく理解していると言える域に達していた。
それが重なったことで、魔法で構築された魔族の鎧は打ち砕かれれのである。
…そのついでに、あくまでもついででありただの余波だが、ソラメク王国の貴族である子爵邸は見るも無残な姿となった。
先ほど相対した時は自爆覚悟の最後の一撃でさえ魔族の鎧に傷1つ付けられなかった際と比べると、その効果は段違いである。
「…ッ!」
その魔族だが、今は落下して尻餅をつきながら、驚いた目で土師を見ていた。
魔族の心情もわかるだろう。
何しろ、自爆して果てたと思っていた勇者の1人が無傷の状態に回復して(服は戻っていなかった様子で今は別の物を着ているが)また現れたのだから。
しかも、攻撃が以前とは段違いに、的確に魔法により構成される魔族の鎧を貫ける様に強くなっているのである。魔法で構築されたものに対して攻撃を通す芸当を会得するには、最低でも数カ月を要するというのがこの世界における常識である。困惑するのも無理は無い。
なのだが、土師はといえばそんなことどうでもいいというか、関心が全く無い様子である。
鎧を打ち砕いてリベンジを果たせたのであれば、後はとうぜん北郷の無様を笑うことに意識は転換される。
土師は後ろにズタボロとなっていた北郷の存在に気づくと、わざとらしく口元に手を当ててクスクスと笑いだした。
「プフッ…ヘタレ。 バカ(笑)」
その言葉を聞いた瞬間、北郷の意識が一気に覚醒した。
額に青筋が立ち、鬼の様な形相に打って変わる。
「おいこら、待てよ怠慢」
まるで何事も無いかの様に立ち上がり(実際には頭に血が上って痛みを忘れてしまっているだけでたり、怪我は一切治っていないが)、味方であるはずの土師に対して背中から引き抜いた太刀の刃を容赦なく振り下ろした。
だが、それはひらりと回避される。
そしてその斬撃は、軌道上にいた魔族を巻き込もうとした。
とっさに交わす魔族だが、もうその存在を2人は無視し始めていた。
「くそっ、チョコマカと!」
「ウザい。死ねよ、ここで引導渡してやる」
「叩き切ってくれる!」
北郷がまたも太刀を振るう。
それに合わせる様に土師は滑り込むと、すでに壊れている顔面めがけて至近距離で召喚した拳銃を撃った。
もはや2人の目に、敵であるはずの魔族は映っていなかった。
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〔何がしたいのだ、こいつらは…?〕
そう困惑する魔族だが、直後に何やら動かなければ命の危険があるという感覚が走り、即座にそこから飛びのいた。
すると魔族が先ほどまでいた子爵邸の瓦礫の背後に巨大な黒い三日月状の空間の裂け目が現れ、ただでさえ少なくなっている子爵邸を大きくえぐり取り飲み込んでしまった。
〔空間を切り裂く刃だと!? バカな!〕
驚愕する魔族の前で、もはや完全に喧嘩モードに突入してしまった2人の勇者といえば、さっそく武器を手に殴り合いに斬り合いに撃ち合いにと、周囲への被害などガン無視した喧嘩を始めていた。
「この猿女! 今日という今日は許さん!」
「ウザ! しね、ボケ」
「黙れ、貧乳! その様な器のせまい性格だから貴様はいつまでも窮屈なままに成長せんのだ」
「おいコラ、待てガリ勉」
ミサイルが乱射される。
もはや被害をガン無視した行いに、魔族は思わず飛びずさる。
〔なんなのだ、こいつら? なぜそこまで動ける!?〕
女の方は何かあったのだろう。
治療と強化の魔法。魔族の脳裏にはそれが連想された。
それが正解なのだが、強化と治癒の魔法を死に体の相手に付与できるだけの効力を持つ魔法に、魔族は驚きを隠せない。
どちらかを極めるならば魔族か天族の様な人族を超える寿命を持つ種族であれば可能だが、いかに勇者とはいえ人族。その様な真似ができるものがいるとは思えなかった。
そして、男の方にも驚愕を隠せない。
あの顔面をとらえた一撃は、人族どころか並の魔族でも首がちぎれ飛ぶ威力があったはずである。死なずにいただけでも奇跡に等しいはずなのに、強化魔法を付与されている人族の召喚した勇者と渡り合っているという目の前の光景が信じられなかった。
それに、あの男が新たに抜いた太刀は空間を切り裂くという異常な機能が付与されている。
斬撃を紙一重でかわしたところで、空間の裂け目に吸い込まれる。逃れるには反撃の行程など無視して大きく躱すしかない。
武器といい、力といい、2人の勇者の戦いは異常であった。
しかも、その余波は容赦なく周囲に被害を飛ばしてくる。
「くっ!」
この部屋にはサラトガが生かして捕えていた人族が1人いる。
今は気を失っているが、幸いまだ巻き込まれてはいない。
あの2人の勇者は喧嘩に夢中で気付かれていない。
個別に対峙した際には大きな脅威ではなかった。それぞれならば各個撃破により十分制圧できる。すでにこの2人の勇者とそれぞれ個別に対峙した際にそれは証明されている。
だが、この2人の勇者の脅威は違った。この2人の勇者は、あまりにも危険すぎる。
揃って喧嘩をしたときこそ、その脅威の真価があらわになる特異な存在であった。
協力でも共闘でもなく、喧嘩をしている余波が周囲に与える被害を桁違いにしている。
一対一であれば圧倒できた相手なのに、その2人が喧嘩を始めた直後から魔族が割って入る余地は完全に失われてしまった。
〔とても同一人物とは思えない。ワルキューレの鎧を打ち砕くなど…なんなのだあの武器は?〕
ワルキューレの鎧は、魔法で構築されている。
錬成魔法と強化魔法に耐性魔法を組み入れ、使用者の魔力に合わせてその性能を発揮するこの鎧は、魔法の宿らない武器では余程の逸品でもない限り傷つけることができない代物である。
それがたやすく砕かれた。
それは魔族の異世界の勇者が破格の存在であるという認識を抱かせるには十分なものだった。
女の邪魔がなければとどめを刺していたはずの男の方も、まるで先ほどまで追い詰めていた相手とは思えない力を見せている。
力だけでなく性格といい、限度を知らない喧嘩といい、あらゆる点が危険すぎる。
この勇者は、確実にここで排除しなければ、魔族の勝利そのものに影響が出る。
そう判断した魔族は、人族特有の仲間意識を利用することにした。
弱者で数も貴重なのだからそういう性質を持つことが多い人族。
人質を取れば、彼らはまるで人が変わった様に動けなくなる。
それは勇者とて同じだろう。
それを利用するしか、この窮地を脱する方法はない。
何しろ余波だけで先ほど戦っていたものと同一人物が起こすものとは思えない破壊が広がっているのである。巻き込まれれば死ぬ。そう、生き物としての本能が警鐘を鳴らしていた。
魔族は急いでその人族の捕虜の元に向かった。
それはもう、命がけで。流れ弾が掠めるたびに、寿命が終わりを告げた様な錯覚を覚えたほどであった。
なんとか人族の人質のもとにたどり着く。
「う…」
都合よく、たどり着いた時に人族が意識を取り戻した。
「…騒ぐな」
「ひっ…!」
後ろから首を掴み、人族を脅す。
…どちらかというと起きたらいつの間にか勃発していた目の前の惨状に怯えており、魔族のことなど眼中にない様に見えたが。
その時、目の前に魔族でさえも驚く様な速さでパイプレンチが飛来してきた。
「くっ!」
人質は魔族に取っても生命線である。
させるかと言わんばかりに、魔族は身を挺してその凶器を受け止める。
意識が跳びのきのそうになるほどの激痛が走るが、幸い人質には怪我がない様で、魔族は内心で安堵の息を漏らした。
人族の希望である勇者の喧嘩により発生した流れ弾から、人族の敵である魔族たる自分が人質とはいえ人族を庇う。
なんとも不可解な状況に自分が何をしているのか一瞬わからなくなったが、気を取り直して無事だった人族の人質の首に爪を当てて、声を上げた。
「人族の勇者よ。この者がどうなってもいいのか!?」
「…あ゛?」
「何だと?」
「…すまなかった、続けてくれ」
だが、額に青筋を立ててこちらを睨んできた2人の勇者に睨みつけられて、思わず引き下がってしまった。
何というか、睨まれた瞬間に生きた心地がしなかった。
「あ、あわ…」
人質の人族も似た様な気分の様である。
あの2人の勇者の喧嘩を見ていると自分が間違っているのではという錯覚に陥りそうであったから、同じ感性を持つ相手がいたことは素直に嬉しく思え、安心できた。
…結論として、首をつっこむべきでなかったと思う。
もともとこの魔族は個人主義の風潮が強い魔族においては数少ない親友と呼べる存在である魔族のシュラタンからの要請を受けて参戦した。
そんな戦場で、こんな化け物の喧嘩に巻き込まれるなどたまったものではない。
人族は魔族を化物と揶揄することが多い。喋れる畜生の分際の弱小種からすれば確かにはるか格上の魔族は確かにそう映るのだろう。畏怖されるのは弱肉強食の世界においては当然の事象であるので、悪い気はしない。
だが、今のこの魔族の心情にあるのは、むしろこの勇者の方が魔族にしてみれば化け物、いや災害というべき存在だろうというものだった。
〔まさか人族に恐れを抱く日が来てしまうとは…〕
今回の侵攻作戦は、失敗だろう。
あの化け物では、魔族が何万挑んでも喧嘩の巻き添えで全滅されられかねない。
そう判断した魔族は、転移魔法による脱出を行おうとする。
とりあえず、喧嘩をしている勇者には人質さえ意味をなさないことはわかった。
その情報だけでも持ち帰らなければならないだろう。
あともう1つ。
やるなら各個撃破が望ましい。合流して喧嘩が起きたら、もう誰にも止められなくなる。
恐怖心からか目をひんむいているサラトガの首根っこを捕まえる。
「怖い…あいつ怖い…助けて…」
サラトガは…もうだめだ。再起できないだろう。
「死ね、このクソ!」
「お前が死ねよ、ムッツリ!」
「貴様、許さん!」
ザン!
…あ、またクレーターが生まれて地形が変わった。
…地形が変わった!?
我が目を疑う魔族。
それなど無視して喧嘩を続ける勇者2名。
「当たるか、バカ」
「バカは貴様だろうが! 頭の中身は空なのか? いや、貴様の場合はどちらかというと見栄を張る水着の中身の方が空–––––」
「絨毯爆撃で消し飛べ」
空に突如として出現する、日を遮るほどの黒い塊の絨毯。
…あれ全てが爆弾だとすれば、こんなところには居たくない。
「…まて、待て待て待て待て待て!」
それが雨あられの様に子爵領に降ってくる。
〔限度を知らないのか、この勇者どもは!?〕
「転移魔法!」
急いで魔族が転移魔法で城塞都市に転移した直後、子爵領は跡形もなく焼け野原となってしまったという。
その後、城塞都市で敗北していた親友を拾った魔族は、生き残りの軍勢を全てまとめて転移魔法で魔族皇国に撤退、勇者たちが大陸に来ない様に設置していた転移魔法陣を封印した。
エルナトというワルキューレの亜種である魔族は、負けた割に満足げだった親友と違いしばらくの間、勇者という存在にトラウマを背負うこととなる。
悪夢を時折見た。
勇者の喧嘩に巻き込まれ、細切れにされたり木っ端微塵に爆発させられたりする自分自身の末路の夢を。
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魔力も体力も空になった暴走勇者2名。
それでも喧嘩を止めない異常な事態に、アンネローゼは生きた心地がしなかったという。
確かに、絨毯爆撃はとんでもない。
その中で軽いやけどだけで済んだのは奇跡と呼べる事態だったが、彼女の心情は年甲斐もなく泣き叫びたくなるものだった。
「だ、誰か、助けて下さい…」
懇願する彼女の願いは、あと数分で叶えられることとなる。
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装甲車で鬼崎たちが合流した時、鬼崎は子爵領が焼け野原になっているのを見て、ここに街があったという事実を信じられなかったほどである。
「…ゴメン。私は地図読むのが苦手みたい。ここ、何処?」
「…子爵領の街、だよね。なんか家の燃えたあととかあるし」
呆然とする鬼崎に、海藤が地図と街の惨状を見比べながら答える。
誰がこの様なことをしたのか。
その答えは、2人の見る先にある子爵邸宅跡にて喧嘩をまだ続ける2人だった。
「いい加減にしろ、猿女!」
「うるせー、ムッツリ!」
「叩き切ってくれる!」
北郷の振り下ろした太刀が、領主邸宅の庭だった場所に大きな裂け目を作る。
「…あはは…もう、ここまでされると、ね…私にも、許容ってものには限りがあるんだよ。ねえ、わかってるのあの2人? 能面入れて3人?」
「き、鬼崎さん…?」
それを見た鬼崎の堪忍袋の尾ははち切れた。
隣の海藤は、その変化に顔が青ざめていく。
「ちょっと目を離した隙にさー、城は崩すわ、地形は変えるわ、街は消すわー…ほんのさ、数時間なんだよ…」
「…い、1時間程度じゃ終わらないかも」
「私がいけなかったんだよねー、そうだよねー…ねえ、海藤くん、湯垣くん捜してきて。その間に2人を黙らせるから」
「は、はい!直ちに!」
鬼崎たちによって涙を浮かべていたアンネローゼは無事救出され、魔族たちもいつの間にか撤退をしており、ソラメク王国の魔族討伐軍は結局行方不明のままだったものの、勇者たちは彼らや依頼主であるネスティアント帝国も絶望視して諦めていたアンネローゼの救出という大成果を上げて見せた。
「…堅物、怠慢」
「誰が堅、ぶ…き、鬼崎…さん…?」
「何な、の…は、遥…さん…?」
「来なさい」
「「い、いや…」」
「来なさい」
「「ま、待って…」」
 
「3…2…」
「「い、いきます! 直ちに!」」
エルナトさえ介入できなかった2人の喧嘩は、瞬く間に笑顔なのに全く笑っている気配がないもう1人の勇者により強制的な終息を迎えた。
大成功となった、アンネローゼの救出依頼。
その裏で出た被害に本気で怒った鬼崎さんに、勝手に突撃して散々な被害を生み出した英雄3名が丸一日に渡って説教を受けたことは、6人の勇者たちと助け出された1人の帝国兵のみの秘密である。
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