異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
26話
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土師 若菜。
異世界に勇者として召喚されることになった高校生達。
2年Cクラスに所属する彼らの一員である彼女は、この異世界に来る前はそのクラスで副学級委員長という役柄にあった。
といっても、とにかく怠惰な土師の場合、学級委員としての仕事はほとんどをなんでもできる優等生で有名な学級委員長である加賀見 総馬に任せきりになっていた。
学校名物の1つに数えられるほどの堅物である生徒会役員、2年生徒会副会長を務める北郷と同じ中学の出身である土師は、しかし北郷とは正反対とも言える性格であり、そのため中学時代からとにかく馬が合わず喧嘩ばかりしてきた仲である。
土師に『北郷のことをどう思う』と尋ねれば、答えるのがめんどくさいと回答を拒否するか、『ガリ勉』という答えを返す。2つに1つであろう。
土師の場合、とにかく何事にも怠けるという性格をしている。
そのためか、異世界召喚という事態においても他の班員に比べて明らかに興味そのものを抱いていない様子だった。
女神の話も自分の職種が『狙撃手』ということ以外はどうでもいいこととして一切の興味も抱かずに聞き流した。
土師は自分の境遇と現状にさえ無関心だった。
だが、自分でもわからない感情に今は突き動かされている。
海藤 和臣。
異世界に召喚される以前は、ろくに会話さえしなかったような単に名前と顔を知っているだけのクラスメイト。
どうしようもなく根暗で、性格的にも明らかに不釣り合いな不良少女を幼馴染にもつ前髪の長い運動音痴。土師の中にある海藤の情報はこれだけだったはずである。
だが、海藤というクラスメイトは、北郷に似ているところがあった。
唯一の同中出身の北郷は、土師とは基本的に何もかも噛み合わない間柄である。何事にも興味を抱かず、ただ怠慢である土師にとってなぜか無視出来ない存在。とはいえ、快く思ったことなど一度としてない。
毎回毎回絡んでくるから鬱陶しいことこの上なかった。
いつしかというか、最初から土師は北郷に売られに喧嘩はどんな時でも買い取っている。先ほどの起き上がるなり人のコンプレックスを言いたい放題言って、挙句いつも北郷が利用しているあだ名、怠け者の土師でもブチ切れてしまう『猿』というワードを言い放った魔族に関しては、北郷と喧嘩しながら城塞都市に突撃しただけあり気が立っていたため無視出来なかった。
普段の土師であれば、北郷以外から『貧乳』や『猿』と言われようとも切れることは滅多に無い。切れるだけめんどくさいと考える、筋金入りの怠け者だからである。
やれ『働け』だの、やれ『怠けるな』だの、やれ『まな板』だの、やれ『猿』だの、いつもいつも絡む度に言ってくる北郷のことは本当に嫌いだから。本当に嫌いだからこそ、売り文句を無視出来ない。
どれだけ怠け癖があろうとも、どれだけ怠けたい時であろうとも、土師は北郷との喧嘩には常に普段の怠け癖から縁遠い全力を出していた。
北郷はそれでも何度でも絡んでくる。執拗に。
海藤は、何事にも怠けてしまう土師に話しかけてくる珍物である。
土師に話しかけてくれるものなど、数えるほどしかいない。土師の記憶通りならば、今同行している土師含めの6人組以外でまともに会話をする間柄といえば加賀見くらいであった。
話しかけてくるのは鬱陶しい。
誰にでもそう考えてしまう土師だったが、不思議と海藤ともう1人の鬼崎というクラスメイトだけはそんな感覚がしなかった。
何というか、話すことが億劫に感じる土師にとってすら、彼らとの会話は北郷のように神経を逆なでされることも無い心地いいものだった。
海藤だからなのだろうか。
海藤が富山のことをかばって魔族の攻撃を受けて瀕死の重傷を負った時、土師自身のわからないくらいに突然大きな感情が湧き上がった。
そして、気づけば北郷と一緒に魔族が逃げだ方向に向けて走り出していたのである。
北郷以外に対してはろくに怒ったことの無い土師であったが、今の感情は明らかに怒りだった。
何に向けているのか、怒ることに慣れていない土師にとってはまだわからない。
だが、再度あの魔族に出会うことがあれば、土師は自身を抑えることができない気がしている。
〔草の根をかき分けてでも探して、ぶっ飛ばしてやる〕
何事にも怠けの姿勢を崩さない土師は、自分でも自分の感情が理解できないまま、真剣にあの魔族を探していた。
土師の職種である『狙撃手』。
この職種は、文字通り狙撃に特化した遠距離戦のエキスパートである。
召喚できる武器は銃器類だが、それを用意する必要もあまり無い。
土師は目を閉じる。
集中すれば、この城塞都市の全容と、そこにいるあらゆる敵対者の存在が認識できる。
…なぜか城塞都市から馬車に乗って壁をぶち抜き落下していった変態がいたが。
考えるのもめんどくさいし、土師にとってはあいつが生きていようが死ぬことになろうが別にどうでもいいので、むしろ死んでくれた方がうざいのが消えて満足するくらいなので、無視する。
自殺志願者にかまけているほど、土師は心優しく無い。というより、事象に首をつっこむのがめんどくさいので基本的に何もしない。
さて、『千里眼・把握』と呼ばれるこれが何を意味するのかといえば、文字通り狙撃に用いるのである。
狙撃手の魔法は、感知と転移に特化している。攻撃手段は問われない。
敵の位置を見定めた土師は、銃器ではなく弾を直接召喚した。
銃を構えるのも、引き金を引くのもめんどくさい。
めんどくさいから、直接弾を召喚して転移させる。
転移させる方向は、もちろん把握した数多くの魔族の兵士たち。
「…ん」
土師が魔法を発動させた直後、対魔族用にこしらえた魔力暴発特殊弾は、転移魔法を介して無数の魔族の体に突き刺さった。
「イギ?」
「ウィ?」
「グオ?」
人族に当たれば強烈な痛みを伴う、下手をすれば死ぬ銃弾。
しかし屈強な魔族にとって体内にそんな異物が入ったところで何とも無い。
そう考える魔族は圧倒的に多い。
実際、単なる鉛玉であればそれでも間違えでは無い。
だが、これは土師が作り上げた特別な弾である。
むしろ、ろくな魔力の無い人族に当たれば銃弾に撃ち抜かれた程度で済むものの、魔力を多く保有する魔族が受ければ急所を外すことになろうともそれは致命的なものとなる。
体内に存在する魔力を強制的に沸騰させ、暴発させる。
身体強化の魔法を基礎として屈強な肉体を行使するものがほとんどの魔族にとって、魔力の暴走は致命的なもの。人間に当てはめれば、一瞬にして体内の血液が蒸気に早変わりしたのと同じである。
つまり、異常な膨張。強化の魔法も解除させられた魔族の肉体が耐えられるはずもなく、弾を受けてしまった数千に登る魔族たちは、次々に悲鳴とともに爆発し始めた。
「グキャア!?」
「ブヒィ!?」
「グオッ!?」
「イギイァ!?」
城塞都市の中に、大量の悲鳴と爆発音がこだましていく。
その地獄を生み出した本人は、ため息をひとつこぼしただけだった。
「めんどい…」
刀をふるい、槍を振るう土師の仲間に比べて、全く動かずに敵を問答無用で駆逐していき、なおかつ誰が攻撃したかも理解させずに葬り去る。
土師の職種である『狙撃手』は、怠け者で魔族とはいえ殺戮を行ったという事実にさえ無関心でいられるほどの、彼女の性格に沿った選ばれたと言える職種である。
そんな土師だが、ため息をつきながらもまだ怒りは収まっていない。
先の攻撃で、目標だった魔族を捉えることはできなかった。
それがどうしてから無性に腹がたつ。
親しかったというわけでもなかったが、話してめんどくさくもなく、鬱陶しくも無い。
そんな海藤が目の前であんな目にあわされたからこそ、自分はこんなに怒っているのか?
〔それとも…〕
土師は考え込もうとして、やはりとやめた。
考えるのもめんどくさい。結論なんて出さなくていい。
変なことは考えずに、この怒りの感情の赴くままにすることにした。
思考の放棄。怒っても、土師は土師。どこまでも怠ける癖が体に染み込んでいる。
それに合わせるように、彼女の体も成長することを怠けている。
土師は、これに関しては結構気にする性質であった。
あくびを漏らしながら、もう一度狙撃手としての力を行使しようとする。
対象を広げ、今度こそあの魔族を捉えようと試みる。
だが、その集中しようとした土師に、急接近する影があった。
落ちてきたのは、青白い稲妻。
千里眼を行使した瞬間に、土師は自身に最も近づいていた魔族の気配に反応して上を見上げた。
黒い翼。空駆ける人の影にも見える黒い甲冑。
カブトからは翼を生やし、背中にも黒い翼を広げる人影。
稲妻を纏うという表現が合うかもしれない。
海藤をその腕で貫いた魔族。
その全容が、空に翼を広げて浮いていた。
土師を見下ろす瞳は、爬虫類のような橙色の中に縦長の瞳孔を宿した目。
肌は白磁の彫像のように生気の無い白一色で、生命の鼓動や熱を感じさせない冷たいもの。纏う青白い雷がそれを神秘的な光景にひき立てている。
カブトの中にある顔は、作り物の美を映し描いたような、美しくもまるで温かみを感じない不気味さを宿した、微かに幼さも残る少女の顔だった。
だが、どこまでも冷たい。
肌も、顔も、目も、鎧も。
雷をまとうその魔族は、どこまでも冷たいという印象を与える。
不思議で、不可解で、不気味で。
見て仕舞えば怒りの感情をかき乱されてしまう存在。
怒り慣れてないからかこそか。
「え…」
土師は、血眼になって探していた魔族を目の前にして、動きが止まってしまった。
思考が放棄されてしまった。
〔あれは、何…?〕
理解できない。
美しくあり、儚げであり、幼げであり、そして冷たくもある。
人間では無い。人間の姿を真似ているが人間では無い。
ロボット? それも違う。ロボットにあのような雰囲気は無い。ロボットは機械であり、機構である。命令をこなす存在。あの冷たい空気は纏えない。
獣? 人間ですら無いならそれも無い。獣は生きる目をしている。爬虫類でもあのような冷たい目をすることは無い。
分からない。分からない分からない分からない。
あの瞳と目があった瞬間に、あらゆる思考が壊れていく。あらゆる感情が溶かされていく。
…まともに、対峙する姿勢が失われていく。
思考が凍結してしまった土師に、冷たい目を向ける魔族は一気に距離を詰めてきた。
勇者補正の身体能力ですら瞬間移動と見間違えるほどの突然の急降下。
土師はそれに応じようとしたが、全く出来なかった。
あの冷たい瞳から、目が合ってしまった瞬間から、動かなくなっていた。
土師に一瞬で距離を詰めてきた魔族は、躊躇なく腕を突き出す。
狙いは1つ。土師の心臓のある場所である。
いくら勇者補正があるとはいえ、強化の魔法もなければワルキューレの腕は人体をたやすく貫くことができる。
魔族は獲ったと確信しただろう。
土師は無防備だ。今から動いたところでどうにもならないはず。
そう考えたのだが、狙いを定めるために一瞬だけ土師から目が外れる。
「!」
その一瞬で、土師は謎の金縛りから解放された。
そして、ほとんど勘頼みで魔族の伸びる手に魔力に反応して大爆発を起こす魔力感応爆雷弾を召喚した。
それに魔族の手が伸びる。
魔族の腕には青白い雷、魔法で生み出している雷撃が存在する。
魔力感応爆雷弾は魔族にも見えていた。
しかし、この弾がどういうものであるかを知らない魔族は、それに構わず触れてしまう。
〔…バカ(笑)〕
土師がそう心の中でつぶやく直後に、魔力感応爆雷弾はその魔族の魔力に反応して、キノコ雲を上げるほどの大爆発を起こした。
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