異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

21話

 戻ってくるなりケイさんとカクさんが投げつけてきた二つの鈍器は、自分に直撃しました。
 思わずぶっ倒れます。


「湯垣君!?」


 海藤氏は自分の心配をしてくださいます。
 優しいですね。やはり海藤氏はこういう方なのでしょう。
 まあ、自分は平気なのでどうということはありません。


 回復魔法を使用してぶっ倒れ状態から脱却をして、起き上がろうとしたところ、後頭部をケイさんが踏みつけてきました。
 よって、地面に押し戻されます。
 しかも顔面が力余って地面に埋まりました。


「一生埋まってろ、変態」


「湯垣君!?」


 あの話を聞いてから、何となくわかります。
 どうやらケイさんは、海藤氏に対して抱く恋心が身を結ばず何も進展しない関係に苛立ちが募り、その発散を自分に向けているようです。
 なるほど。自分に対する風当たりの強さの根幹はそこですか。
 …仕方が無い方ですね。ヨホホホホ。子供みたいなワガママですが、副委員長だけでも大変なカクさんにこの役を押し付けては倒れそうですし、自分でよければ受け皿にでもしてください。
 マゾヒスト、ですか? 自覚は無いのでわかりませんが、ひょっとしたらそうかもしれませんね〜。ヨホホホホ。


「海藤、鬼崎は?」


 カクさんはあからさまに副委員長と自分を無視して、海藤氏に尋ねました。
 自分がケイさんに踏みつけられている事態には、関わるつもりは無いようです。


「2人なら車の方にいるよ。それよりも、アキちゃん。湯垣君を踏みつけるのはやめてあげなよ」


「…ッ! こ、この…くそったれ!」


 海藤氏の言葉にケイさんは怒って、自分に最後の八つ当たりとして思いっきり踏みつけてから装甲車の方に逃げました。
 あーあ、ケイさん可哀想。
 単なる勘違いとはいえ、村から帰ってきた自身を除け者にして、無関係な上に変態の自分の方を心配する海藤氏を見れば曲解するのは致し方の無いことでしょう。


「アキちゃん!? …その、大丈夫?」


 そして海藤氏は全く分かっていないと。
 呼び止めようとした声は彼方に飛んでいき、困った様子でなぜか自分の方に声をかけてきました。
 いやいや、ここはケイさんの方に行って下さいよ。何で埋まってる方を気にするんですか?
 一応、自分は大丈夫ですから。
 海藤氏、今あなたが心配するべき相手は装甲車の方に走って行った不良少女の方ですよ。


 そんな自分の感情を汲み取ってくれたのか、カクさんが海藤氏に声をかけました。


「海藤、とりあえず鬼崎を呼んできてくれ。こいつは俺がどうにかしておく。お前らに話しておくことができたからな」


 いや、自分を無視して単純に海藤氏に呼びに行ってもらうためだった様子です。
 しかし、カクさんの口調は真面目なものです。村で何かを見つけたことは間違えないでしょう。
 自分の予測では、人っ子一人いませんけど。


 海藤氏は迷いましたが、結局カクさんに強引に説き伏せられて装甲車の方に向かいました。
 そのタイミングを見計らい、自分は地面から顔を出します。


「デュルシシシシ」


「気持ち悪い奴だな」


 辛辣ですね、カクさんは。


 それはともかく、何かあった様子のカクさんです。


「何かあった様子ですね。如何かなさいましたか?」


「それは2人が来てから話す」


「教えてもらえませんか?」


「2人が来てからだ」


 カクさんは拒否しました。
 ならば仕方がありません。村に何があったのか、この目で確かめるとしましょう。
 というわけで、立ち上がりカクさんの横を通り抜けて2人が来た方向へと歩き始めます。
 しかし、自分の方をカクさんがつかんで止めました。


「勝手な行動は止めろ」


「では教えて下さい」


 即座に返します。
 しかしカクさんは肩から手を離しませんし、教えてもくれません。


「離してもらえませんか?」


「ダメだ。2人が来たら教える」


「…強情ですね」


 カクさんが村で何を見たのか。
 真相は、海藤氏と鬼崎さんが来てからになりそうです。
 自分としては早く知りたいと言いますか、この目で確かめたいという気もしますけどね。ヨホホホホ。


 皇女様の話によれば、帝国からの情報提供を受けたソラメク王国が、魔族に乗っ取られた子爵領の奪還と魔族の討伐をするべく、500名の兵士と多数の対魔族並びに攻城兵器を揃えた軍勢を子爵領へ向け送っているとのことです。
 皇女様は戦闘が始まって半月は立ったはずなのですがと言ってましたが、結局討伐軍は1人も帰ってきていないそうなのです。城塞都市にの駆け込む人はいなかったそうですし。


 この辺りには二つほど近くに村があります。
 まだ農業は忙しい時期ですし、人の気配があってもおかしくはないのですが、昼にもかかわらず街道には人の気配は一切ありません。


 それは、不自然な、そして不気味な静けさでした。


「…あまり気分のいい静かさじゃない。ここは早めに離れたほうが良さそうだな」


 カクさんが村の方向を見ながらそうつぶやきました。
 そこに装甲車が近づいてきます。
 皆さんが来たようですね。
 装甲車が止まり、中からケイさんを除く3名が降りてきました。


「…チッ」


 そして、カクさんは副委員長の顔を見るなり、さながら挨拶代わりのように舌打ちをしました。
 どんだけ仲が悪いのですか、この2人は?
 そして、それを無視すればいいものを耳聡く副委員長は拾うのです。


「…ムッツリすけべ」
  
「フン…死ね、猿女!」


「死刑執行」


 早速ハンマーとナイフを構えた2人が飛び出します。
 これでは何のためにここに集まったのかわかりません。
 分かりませんが、自分はとりあえず2人を煽る事にしましょう。


 そう判断した時でした。
 かち合う寸前だった2人の間に鬼崎さんが即座に割り込み、カクさんから取りあげた刀を振り、2人に峰打を食らわせた。


「ぐっ!?」


「いっ!?」


「やめなさい」


 そして、倒れこんだ2人に冷たく一言。
 …煽る前に喧嘩は収められました。
 鬼崎さんは容赦なく2人の首根っこを掴みあげて起き上がらせると、装甲車の方に連行しました。


「お2人にはまだ、説教が足りないようですね。来なさい」


「き、鬼崎…」


「黙って」


「は、はい…」


 カクさん折れるの早いですね。


 煽っていたら、確実に自分もあの仲間入りを果たしていたでしょう。
 間一髪だったのかも知れませんね。ヨホホホホ。
 説教は1時間は続きそうなので、その間自分たちは待機となりました。
 そこに、一足遅れて装甲車からケイさんが降りてきました。


「何やってんだよ、あいつらは…」


 ケイさんは呆れ交じりにため息をこぼします。


「そうだね…」


 海藤氏も『もう色々と諦めたよ、2人のあの関係には』と語っている複雑な目でケイさんの言葉に頷きます。
 いくら海藤氏にベタ惚れとはいえ、さすがにこの空気の中で乙女チックな思考を働かせられるほどケイさんは器用では無いので、2人の微妙そうだった空気は完全に元に戻りつつありました。
 人生万事塞翁が馬というやつですね。ヨホホホホ。


 さて、カクさんも離れたことですし、自分は村の方に行くとしましょう。
 そう判断して歩こうとしたところで、今度はケイさんが声をかけてきました。


「おい、能面。どこ行く気だ?」


「ヨホホホホ。村の方ですよ」


「勝手に動くな、間抜け。それについてはこれから話す」


 すると、意外なことにケイさんも自分が単独で村に行くのに反対してきました。
 …何かあるのかも知れないですね。
 何らかの事情があると感じた自分は、足を止めてケイさんたちのいるの方に戻りました。


「アキちゃん、何かあったの?」


 海藤氏も気になる様子です。
 ケイさんは一度溜息を零してから、村で何を見たのかについて自分と海藤氏に話し始めました。


「村には、誰もいなかった」


 ケイさんは、まず結論から話した。
 それに関しては自分も薄々感づいています。気配が全くありませんから。
 寒気がするほどの人気のなさというやつでしょうか。ケイさんたちの向かった方向にある村からは、植物以外には虫の1匹に至るまでまるで気配を感じなかったのです。
 さすがに、それは不自然すぎる事態です。何度も気配を探ろうとしましたが、見つけられませんでした。
 確証を持って言えます。
 あの村は、確実に何かがおかしいと。


 もちろん、異世界であるという面からの可能性も考慮しています。
 あくまでもネスティアント帝国の皇宮では犬猫、虫の存在が確認できたので、虫がいるのはむしろ当然という地球での認識と同じ考えのもとで立てている推測です。
 ここは異世界。異世界に住まう虫が人の村に1匹も生まれないという特性を持っていたとしてもおかしくは無いでしょう。それに関しては、地球における認識を持ち込んで当てはめようとするほど堅苦しい感性の持ち主ではありませんから、自分。ヨホホホホ。


 ただ、あの村の、周囲の村々の静けさは明らかにおかしい、不気味な静けさであると感じたのは事実です。
 何より、城塞都市の見える方向から気配こそ距離がありすぎるために感じないものの、何と言えばいいのでしょうか。とても不気味で、胸糞悪い–––––失礼、口が汚く申し訳ありません。不気味で大きく禍々しいと言えばいいのでしょうか、何やらよからぬものということだけは漠然とわかる嫌な感じが漂ってきているのです。


 村々の異常は、この周辺で何かが起きているということに他ならないのかも知れません。
 そういえば、魔族の誘拐犯がどうやって大陸に潜入したとかについてもまるでわかっていないと聞いていますし。
 よからぬ勘といいますか。あまり良い兆候ではないと思います、自分は。


「アキちゃん、どういうこと?」


「どういうこともない。村には誰1人、村人の姿がなかった」


 うまく理解できていないのか、確認するように尋ねた海藤氏に、ケイさんは見てきた内容を端的に伝えました。


「村には人がいなかった。家の中にも、どこにもだ。けど、家の中は人のいた跡があった。飯が放置され、仕事を放り出したように割れた薪が庭に転がり、斧は切り株に残されて、窓や扉に鍵は全くかかっておらず、暖炉の火が消えていない家も幾つかあった」


「何、それ…?」


「まるで、『神隠しに遭った村』みたいだったな」


 ケイさんの表現と言葉から、村人のいない村の様子が想定できました。
 海藤氏も同じ様子です。
 なるほど、神隠しですか。上手い表現ですね。


 人気のない閑散とした村ですが、家屋の中には直前まで人がいたはずの痕跡が多数残されており、集団引っ越ししたという感じでもない状態。
 まるで、日常から人を丸ごと消したという感じでしょう。
 それは、まさに神隠しにあった村という表現の似合う光景でした。


 ケイさんは装甲車の方に足を向けます。


「とりあえず、乗れ」


 海藤氏と自分に指示を出して、装甲車に乗り込むケイさん。
 自分と海藤氏も置いて行かれる前にと装甲車に乗り込みます。
 心なしか、ケイさんが何か焦っているようにも思えます。
 確かに、この不気味な静けさに包まれた地にいつまでも残りたくはないでしょう。


「なんか、嫌な静けさだ。ここは早めに離れたほうが良い」


 ケイさんに操作された装甲車が、動き始めます。


 鬼崎さんは後ろの方で2人に説教をしている最中のようですが、その口調は何故かいつの間にか止まっていました。
 ケイさんと同様に、カクさんも村の現状を見てきた1人です。その件についてカクさんが何かを言ったのかも知れません。
 それに、自分もケイさんの意見には賛成ですね。
 あまり、この辺りに長居することはよろしくないと思います。


「…北郷君、詳しく聞かせて」


「ああ、代わりに–––––」


「説教は帰ってから、必ずするから。履き違えないで」


「わ、わかった…」


 …カクさんの方はこちらの3人ほどシリアスな空気に飲まれている様子ではないみたいですね。
 鬼崎さんも説教を中断したので、相応の事態ということとして受け止めたものと思われます。


 ケイさんは車のハンドルを村々を無視して城塞都市の方向に向けました。
 城塞都市の方からは何か漠然とですがよからぬ何かを、関わるのはやめておいたほうが良いという空気を感じますが、あの都市には帝国軍もいます。
 ネスティアント帝国に依頼を受けている勇者である以上、あの城塞都市を確認しないわけにはいきません。
 それに、村人がいるかも知れませんし。
 どちらにしろ、あの城塞都市に近づく必要はあります。


「あの城を目指す」


「分かった」


「了解しました。ヨホホホホ」


 ケイさんの方針に海藤氏と自分はうなずきます。
 ケイさんは装甲車を城塞都市に向けて走らせて行きました。

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