異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

12話

 部屋の扉をノックする音が聞こえました。
 はて、こんな刻限にどちら様でしょうか?
 ヨホホホホ。暗闇で見れば白式尉の3倍怖い生成の面。どんな反応をするのか楽しみです。


「どちら様でしょうか」


 扉の前まで来て尋ねます。
 ちなみに、驚かせたいので無駄に扉の近くにおります。
 ヨホホホホ。では、どんな反応でしょうか。


 ノックの主は、扉越しに答えました。


「私、勇者さまがたの身の回りのお世話を申しつかっております、侍女のアリスと申します。お食事のご用意ができましたので、ご案内いたします」


 侍女さんでした。
 そういえば、食事の時に呼びに来ると言っていましたね。ヨホホホホ。
 疲れているカクさんを起こすのは悪いので、自分だけで行くとしましょうか。あとでカクさんの分も持っていけるように許可ももらわなければならないですね。


「どうぞ、開いてますよ」


 わざわざ扉の前でそんなことをいう理由はただ1つ。


「失礼致し–––––ヒャアァ!?」


 メイドさんを驚かすためです。ヨホホホホ。
 扉開けたらいきなり生成の面を被っている変態奇術師がいるのです。悲鳴を上げない方がおかしいでしょう。 
 腰を抜かしてしまいました。
 おやおや、悪ふざけが過ぎましたね。


「う、うう…だ、誰か…助けて…」


 しかも、涙目になってしまっています。
 よく見たら侍女さん、自分たちと大差ない年頃のメイドさんでしたし。
 アキバにいるようなタイプではありません。ロングスカートの中世の王城で働いているような使用人の格好をしています。
 自分はこっちのメイドさんの方が好きですね。


 ヨホホホホ。頭のネジが折れている自分の趣味なんぞどうでもいいですね。
 それよりもまず、怯えている彼女の誤解を解かなければ。
 お前のせいだろ、ですか。ヨホホホホ。反論のしようがありませんね。
 ここまで怯えさせるつもりはなかったのです。少し驚いてくださればよかったのですが。


 先ずは落ち着かせるために手を差し伸べます。


「ヨホホホホ。驚かせて申し訳ありません」


「い、いや…助けて!」


 あらら…まるで効果がありませんね。
 侍女さんはより怯えています。
 なんとか落ち着いてもらえないでしょうか。


「ヨホホホホ。自分、怪しいものではありません。信じてもらえないかもしれないのですが…」


「助けて! 誰か!」


「ちょちょちょちょ、信じてもらえないとは思いますけど、自分怪しいものでは…」


「キャアアアアァァァァァ!」


「侍女さん、落ち着いて下さい–––––イィ!?」


 半狂乱になった侍女さんの反撃に、自分は自業自得ですがそれを甘んじて受ける事となり、バタバタと大きな音を立てて押し倒されました。
 なんとか宥めようとしますが、ヒップドロップを受けてマウントを取られた挙句に強烈なパンチの応酬を食らいます。


「落ち着いて–––––グェ!?」


「いや、いや、いやぁ!」


「こ、これ以上は…グア!?」


 その時、都合悪くバタバタという慌てるような足音が聞こえてきました。
 悲鳴を聞いて駆けつけたのでしょう。
 気配的に、怒らせてはいけない筆頭の方です。


「アリスさん! 一体何が…いや、本当に何があったの!?」


 やってきたのは、やはり鬼崎さんでした。
 そして、鬼崎さんが見た光景は悲鳴をあげながら生成の能面を被った不審者(自分です)を完全に抑え込んで腹パンチを繰り出し続けている侍女さんの姿でした。
 鬼崎さんは、面が変わろうともすぐに自分のことに気づいたようです。


「…ゴメンナサイ。貴方はそういう趣味だったのね」


「…勇者様…グスッ…」


 鬼崎さんの声に、侍女さんは悲鳴を収めて振り向きます。 
 その泣き顔を見た瞬間、ひどい誤解をしている鬼崎さんの顔色が変わりました。
 ちなみに、自分には反論する余力もないです。
 ですが、これは同時にまずい事態だという本能が警鐘を鳴らしていました。


「ヨ、ヨホホ…き、鬼崎さん…」


「湯垣くん? アリスさんに、何をしたの?」


「いえ、殴ら–––––」


「何をしたの?」


 ま、まずいです。
 鬼崎さんの目が笑っていません。
 これは、本格的に怒っている証拠です。
 で、ですが今回自分は脅かして反撃を受けただけで大層なことは…。


 その言い訳をさせてくださる暇も与えずに、鬼崎さんはおそらく魔法を用いたのでしょう。手のひらの上に巨大な雷の玉を作り上げました。
 何をするつもりなのか、容易に察しがつきます。


「もう一度だけ訊くね。何をしたの?」


「そ、それは…」


「アリスさん逃げて!」


「は、はい!」


 アリスさん退避完了しました。
 目標、頭のネジが飛んでいる侍女を襲い泣かせた変態仮面奇術師です。
 使用弾頭は雷の玉を魔法で生成したもので、人1人を死に至らしめるどころか、この部屋丸ごと黒焦げにできますよ。
 ヨホホホホ。…これ死んだわ。


「食らいなさい、天罰です!」


「ヨホォ!?」


 …自分には、弁護士がおりません。
 ヨホホホホ。ヨホホホホ…ホ。(ガクッ)




 事の顛末を話しますと、鬼崎さんは自分に対して極大の雷の玉をぶつけてしまい、自分とカクさんの泊まっていた部屋の玄関を大破させました。
 カクさんは不思議なことにこの一連の騒動では一切目をさますことがなく、黒焦げになった自分は城の警備兵に引っ立てられて、鬼崎さんと侍女さんとともに皇女さまの元に連行される事となり、騒ぎを聞きつけた海藤氏とケイさんも合流して、事件の報告をすることになりました。
 侍女のアリスさんが驚いて悲鳴をあげてしまったものの、襲われたわけではなかったので大丈夫だと説明をしてくれたおかげで、何とか自分の容疑も晴れました。
 一方で鬼崎さんは早とちりで部屋を壊し自分を黒焦げにしてしまったことに深く反省をしており、皇女さまに謝ってました。
 自分にも謝りましたけど、まあ別に怒っていませんし。許すも何もないので大丈夫ですよ、気にしないでください。ヨホホホホ。と答えました。


「遥は悪くない。悪いのは全部そこの頭のネジが3本は吹き飛んでいる欠陥奇術師だろ」


 ケイさんもしっかりと鬼崎さんの擁護に回ってくれたので、一応の収束は見ています。
 正直、無視できない被害なんですよね…。皇女さまと財務大臣のアルブレヒトがそう言いたいという顔をしていましたけど。
 それでも皇女様は鬼崎さんの謝罪を受け入れ許してくださいました。
 誰が悪いかなど明白でしょう。


「事の始まりはこの変態がそのふざけた面で驚かそうとしたからだろう。要するにそこの変態が全面的に悪い…というか、何で何枚も面があるんだよ。どこから持ち出した?」


「……………」


 体が痺れて動けません。
 ヨホホホホ。確かに、元をたどれば自分の責ですよね。


 するとケイさんが自分の面に手を伸ばしてきました。


「今なら素顔、晒せるんじゃ–––––」


 それを拒絶するように、机に突っ伏して回避します。
 面は顔です。剥がされるわけにはいきませんよ〜。ヨホホホホ。


「…ダメだ、こいつ」


 ケイさんはそれだけで諦めてくれました。
 まあ、ケイさんも何度も挑戦してそれでもダメだったということを経験していますので。
 しかし、どうしてみなさん揃いも揃って自分の面を剥ごうとするのでしょうか。…そんなに気持ち悪いですか? 悪いですよね〜。ヨホホホホ。


「オレはもう部屋に戻る。今日はさすがに疲れたからな…」


「ええ。おやすみなさい」


「…ああ」


 ケイさんは鬼崎さんに見送られつつ、部屋へと戻って行きました。
 残ったのは皇女様と侍女さんと鬼崎さんと自分です。
 とはいえ、今回の件については収束したことですし、皇女様も鬼崎さんも疲れているという事で、今日はもう休む事にしようという流れとなり、解散となりました。
 侍女さんを連れて皇女様が部屋を後にします。


「さて、私も戻ろうかな」


「鬼崎さん、ちょっといいですか? 何、すぐ済みますよ」


 皇女様が去り、鬼崎さんのみとなります。
 それを見計らい、自分は鬼崎さんを呼び止めました。


「え?」


 鬼崎さんは突然呼び止められた事に若干驚いています。
 心当たりがないからなのでしょう。それもそうですよね。


「…まさか」


 鬼崎さんが何か思い当たったらしく、自分を守るように自身の体を抱き寄せて、訝しげな視線を向けてきました。
 えーと…鬼崎さんが何を考えているのか手に取るように分かります。
 壮大な勘違いをしていますね。自分は恨んでも怒ってもいないと伝えたはずなのですが、それ以前に呼び止めた理由は自分たちを監視している連中がいるということを念のために伝えようとしただけなのですが…。
 …面白そうなので乗っかる事にしますか。


「まさか、そういうことなの!?」


 副委員長が見たら嫉妬しそうな胸を強調しているように見える格好をしながら、顔を赤くして問う鬼崎さんに対し、自分は生成の顎をさすりながら変態の醸し出す雰囲気を纏いながらジロジロと舐めまわすような視線を向けます。まあ、ふざけているだけですけど。
 大抵ろくなことにならないからやめろ、と? そんなオチを恐れていては、自分が自分でなくなりますので。ヨホホホホ。変態仮面奇術師なんて呼ばなているのは伊達ではありませんとも。


「イシシシシ…そういうことですよ鬼崎さん」


「え!? ま、まさか、本気なの!?」


 あ、鬼崎さんが本格的に信じ込み始めました。
 これ以上は怯えさせてはいけないというのがある意味鉄則と言いますか、自分の中のおふざけの線引きでもあるので、顎に当てていた手を振って否定します。


「あ、これは単なる冗談ですよ。…いや、怖い思いをさせてしまったのであれば申し訳ないのですが」


「そんなこと分かってます」


「!?」


 すると、鬼崎さんに予想外の返しを食らいました。
 あ、あれが演技だったということですか…。
 すごいですね。役者になれそうなくらいでしたよ。自分、思いっきり騙されましたから。


「ヨホホホホ。これは、見事に一本取られましたね」


 額に手を当てて、素直に負けを認めました。
 いや〜見事にとられました。普段はとってばかりの側なのですが。
 鬼崎さんは、勝ち誇った笑みを向けてきました。


「私だって、やられっぱなしではないですから」


「ヨホホホホ。いや…お見事。今宵は耄碌したようですね…」


 久しぶりに血なまぐさい経験をしたためでしょう
 頭のネジが狂ってしまったようです。
 いえ、普段からへし折れていますけどね。ヨホホホホ。


 密偵の件を伝えるのは後でもいいでしょう。


「それで、何の用?」


 尋ねてきた鬼崎さんに、自分は今回の第二の目的である方の、カクさんとの情報共有と同様の件について鬼崎さんに伝えることにしました。
 職種や何ができるかということの現象に関しては、それなりの急務でもありますので。


 これらの件について、鬼崎さんは了承してくださいました。


「なるほどね。私はあの女神さんの話に関しては半信半疑だったから、詳しくは聞けていないの。職種については教えてもらったけど、それ以外は…ごめんなさい」


「ヨホホホホ。構いませんよ。それらについては自分が詳しく聞いておりますから。他の方については職種が判明すればそれでいいので」


 やはりというべきか、女神様の話の際にば大半の方が信用をせずにまともな説明を受け付けていなかった様子です。カクさんや副委員長は性格からそういうことを怠っているでしょうから。
 鬼崎さんも同様となると、おそらく海藤氏やケイさんも似たような状況と思われます。
 まあ、自分がそれなりに聞いていますので大丈夫でしょうな。


 とはいえ、歴史に関しては皇女様から必要な箇所はそれなりに聞いているでしょう。
 主要な議題として扱うものとしては、やはり『職種』でしょうか。
 カクさんとの比較検証を少し実施していますが、『治癒師』と『武士』でもかなりの差異がありましたからね。『武士』も魔法を扱うことが可能でしたし。てか、カクさんチートでしたし。
 蘇生魔法使う奴に言われたくない、ですか? 確かに蘇生はチートかもしれませんけど、必ず蘇らせられるわけではないですし、ゲーム感覚ならば普通になければ困る必須スキルといいますか、地味であって当然という感覚の強く残るような仕様の魔法だと思いますが。
 ゲームではなく異世界、ですけどね。ヨホホホホ。


 とりあえず、鬼崎さんも自身の職種に関しては聞いているとの事です。
 もしかしたら、鬼崎さんはケイさんと仲もいいですし、他の人たちの職種も聞いているのかもしれません。
 自分を見事に黒焦げにして見せた魔法に関しては、鬼崎さんもやはりというべきか本来知っているはずがないのに勝手に使えたとの事でした。


「あの時は気が動転していて…ごめんね、本当に」


「ヨホホホホ。その件はもう大丈夫ですよ。それより、鬼崎さんの職種について教えていただけないでしょうか? 自分を見事黒焦げにして見せた雷を考えると、魔法に特化した仕様だと思いますけど」


「私は『魔導剣士』って、女神様はそう教えてくれたわ」


『魔導剣士』、ですか…。
 響きと、先の魔法に関することから察するに、魔法と剣術を組み合わせた前衛と後衛をそれぞれ務めることが可能な生粋のアタッカーといったところでしょうか。


「魔法だけじゃなくて、剣も…私も剣道は嗜んでいたけれど、それでも剣を握って振るうイメージをするだけで体験したこともないような動きが次々と鮮明に思い浮かんで、体も何の違和感もなくそれをこなせる感じがする。試した事はないけれど、多分、剣でも戦えると思うわ」


 鬼崎さん自身にも、剣術の技能が刷り込まれていました。
 詳しく聞くと、剣に魔法をまとわせる芸当に至るまで知るはずもない記述がいつの間にか頭の中に埋め込まれているような感覚であるとの事。
 鬼崎さんは剣道をやってますし、剣が扱えてもおかしくはないのですが、それでも本気で相手を倒すため、戦うための職種により埋め込まれた技術は全く知らないはずの代物だと言います。
 カクさんはこれに対していい顔はしていませんでしたが、鬼崎さんは女神様がそれを少しでも我々が生き残れるようにと授けてくれたものであることを理解している様子でした。
 これならば、力に振り回されることも溺れることもないでしょう。
 さすがは鬼崎さんです。
『魔導剣士』という職種は聞くだけでチートもチートな性能があるようですが、なるほど心の強い鬼崎さんだからこそ得られた力とも言えましょう。
 ヨホホホホ。杞憂で何よりです。


「そういえば、湯垣君の場合は? 皇女様からは『防護魔法』を扱えるって聞いているけど」


「自分ですか?」


 自分の職種に関する話題に移りました。
 まあ、自分も鬼崎さんに教えてもらったことですし、もとより隠すつもりもないので。皇女様にはすでに聞き及んでいるようですから、話すことにします。


「自分は『治癒師』ですね。いわゆる回復役というやつです」


 カクさんには「貴様にだけは治療されたくない」と言われてますし、自分自身としても使い勝手がいいので気に入っていますけど、はっきり言って似合わない代物ですよね。


「回復役、か。湯垣君には結構似合ってるかもね」


 しかし、予想外にも鬼崎さんはすんなりと受け入れてくれました。
 何だか、予想していた反応と大きな差異があったので、思わずその理由を尋ねてしまう。


「…えーと、自分で言うのも何ですけどこんな変態にパーティーの生命線を預けたいと思いますか? いや、確かに自分は可能な限り皆さんを助け全員揃っての生還を果たしたいとは思っていますけど」


「そんな事ない。他のみんなは文句言うかもしれないけど、私は湯垣君が生命線を担ってくれるなら誰よりも信頼できるって、そう思っているよ」


 しかし、鬼崎さんはそんなこと思ってもいないというような表情で返してきました。
 鬼崎さん、カッコいいです…。
 しかし、自分って鬼崎さんにそんな信頼されるような存在でしたっけ?


「ヨホホホホ。有難い評価ですね。その評価に答えられるよう、自分も尽力いたしましょう」


「よろしく。私も頑張るから」


 鬼崎さんが自分を信用する理由に関しては聞かないでおきましょう。
 案外、聞いてみたら重たい内容かどうでもいい内容のどちらかです。
 ヨホホホホ。自分としてはおもしろい内容が一番ですから。つまらなかったり、笑えない内容の話はあまりしたくないですしね。ヨホホホホ。
 人生は案外短いものですから。笑って過ごす時間が多い人生の方が、楽しいでしょう?


「そういえば、『治癒師』というからには回復魔法とかができるというのはわかるけど、他には何かできるの?」


「ヨホホホホ。皇女様から聞いたのでは? 『防護魔法』も扱えますよ。他にも、支援、強化、治療、解毒、麻酔、製薬、蘇生に浄化まで、多岐に渡ります。ヨホホホホ。まあ、カクさんに魔法で作って貰ったこの槍がないと戦闘には参加できませんけど」


 転生については触れません。
 使えるというのはわかりますが、これに関しては使用していいものではない気がしますので。
 一通り可能な事を話すと、鬼崎さんはいきなり両肩を掴んできました。


「ホエッ!?」


 突然の事に混乱する自分に、鬼崎さんは目を子供みたいに輝かせています。
 あれ? 鬼崎さんってこんな人でしたっけ?
 なんか、そんな疑問符が浮かんだ自分に、興奮気味の鬼崎さんが目を輝かせて言ってきました。


「ほ、本当!? ねえ、薬作れるって言ったよね?」


 目の色が…目の色が明らかにいつもと違います。
 何でしょう? 製薬と聞いてここまで目の色を変えるという事は、何か目的があるという事なのでしょうか?
 しかし、何でも作れる訳ではありません。
 その事を承知していただいた上で、吟味をしてもらうと助かるのですが。


 とりあえず、目の色を変えて何かを求めている様子ですので、何が必要かを尋ねます。


「え〜…何を御所望でしょうか?」


「惚れ薬をお願い!」


 即答でした。
 間が1秒もありませんでしたよ。
 しかし、鬼崎さんからの予想外の注文にはて?と首を傾げます。
 まあ、惚れ薬ならば作れますけど…誰に飲ませるつもりでしょうか。
 …これだけ興奮しているとなると、よほどの片思いの相手がいるのでしょう。
 何だか面白そうな感じがしますので、作って差し上げましょうか。
 というわけで、それポンっとな。


 魔法を発動させて、飲んだ相手が最初に見た異性に一週間は虜になる薬を調合して、小瓶に詰めて作成します。
 出来上がった薬は、なぜか銀色でした。
 …なんか、水銀みたいですごい健康に悪そうですね。でも水銀ではありませんよ。これは保証します。


「これが、惚れ薬(仮)ですね。飲んだ人は飲んでから初めて見た異性にゾッコンとなります。効果は1週間で調合しました」


「ふえ〜…うん、ありがと!」 


 薬を受け取った鬼崎さんは目を輝かせて薬を受け取りました。
 しかし、何に使うつもりなのでしょうか?
 用途に関しては…聞いても答えてくれないでしょうね。様子を見る事にしましょう。


 えーと、満足そうな鬼崎さんにはとても申し訳ないのですが、自分の話はまだ終わっていません。
 鬼崎さんが副委員長や海藤氏、ケイさんの職種を知っているかどうかの確認が残っています。
 というわけでそれらについて尋ねたのですが、鬼崎さんは残念ながら知らないとの事でした。


「ごめんなさい。アキちゃんと海藤くんのは、私は聞いてない。土師さんは、あれからずっと寝ているし」


「そうですか…。いえ、知らないというのであれば仕方がありません」


 こちらはカクさんの職種が『武士』であるという事を聞いています。
 カクさんも副委員長相手ならばともかく、鬼崎さんであれば知られても文句は言わないでしょう。むしろ以降の方針を考えると、仲間の職種の情報は持っていたほうがいいはずです。
 お前こそ転生魔法隠しているだろ、と? いや、あれは乱用したくない魔法ですので、極力誰かの耳に入る事は避けたいのです。仲間を生き返らせるめとはいえ、転生魔法には複雑な事情が見えていますから。とにかく、使えと言われるような事態を避けるためにも可能な限り隠しているのです。決して保身だとかいうわけではありませんので。


「自分はカクさんの職種について聞いています。ヨホホホホ」


「え、本当!?」


「ヨホホホホ。まあ、この槍もカクさんの魔法で作っていただいた代物ですから」


 そう言ってから、自分はカクさんの職種『武士』についてと、今のところ使用可能な魔法に関しての情報を伝えました。


「–––––という感じですね。万能とは言えない様子ですが」


「そう、なんだ…。なんかゴメンね。湯垣君にばっかり働いてもらっているみたいで」


「ヨホホホホ。構いませんよ。海藤氏とケイさんの職種も自分の方で尋ねてみますので」


「わかった。なら、私は土師さんから聞いてみる」


 役割分担も終え、ようやく話し合う事も無くなりました。
 ヨホホホホ。夜も更けているといいますか、時刻的にはすでに日を回っています。
 今宵はこれでお開きとして、部屋で休んだほうがいいでしょう。
 鬼崎さんも特に異論はないらしく、頷いてくださいました。


「じゃあ、また明日」


「ヨホホホホ。お疲れのところ呼び止めてしまい申し訳ありませんでした」


「いいよ。私にも無関係な話じゃなかったし、惚れ薬も貰ったし。むしろこっちが付き合ってもらったくらい。じゃあね」


「ヨホホホホ」


 鬼崎さんは部屋へと戻って行きました。


 …しかし、本当にあの薬を何に使うつもりなのでしょうか?

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