異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

7話

 鬼崎さんに有り難いお説教を頂いた後、双子騎士の案内で皇女様の元に着くと、そこにはすでにケイさんと海藤氏が皇女様とともに居ました。ケイさんも特に問題なく目を覚ましていたようです。
 そんなケイさんは、げっそりとやつれた3人を見て、言おうと思っていた文句を思わず飲み込んでしまいました。鬼崎さんの説教を2度も受けた事を海藤氏から聞くと、むしろ同情する目に変わりました。


 そういえば、この6人の中で鬼崎さんをよく怒らせるのは大抵自分ら3名ですが、ケイさんも何度か叱られたことがありましたね。ケイさんは苦情こみの言葉よりも、鬼崎さんの説教の方がはるかに大ダメージになる事を承知している数少ない人物です。
 数少ないというのは、鬼崎さんがあのように本気で怒ることが滅多にないからですね。そう考えると、1日のうちにすでに2回も説教を受けている自分たちはなかなかの逸材ということになりますな。
 カクさんと副委員長は確かに逸材ですね。ヨホホホホ。


「お待ちしておりました」


 開口一番、召喚初日で建物を一つ壊して見せたトリオこと自分たち3名に、皇女様が優雅な気品溢れる一礼をしました。
 確かに、待たせましたよね。ヨホホホホ。…いえ、本当に申し訳ないです。
 迎えに来た双子騎士達は皇女様を待たせていることにご立腹の様子でありましたけど、自分達が鬼崎さんの説教を延々を受けてやつれた頃には、腹の虫も収まりむしろ哀れみの目を向けてくれるようになりました。


 まあ、それだけボロボロになりましたね。喧嘩直後よりも説教直後の方がカクさんと委員長には大きな疲労となったようです。2人とも目が死んだ魚状態ですね。
 自分も人のこといえませんけどね。ヨホホホホ。


 そんな中で、さすがに少し疲れた様子の鬼崎さんが首を横に振りました。外観的な様子では全くその疲労をうかがわせていません。あそこまで長い間、よりにもよってというか毎回のこのメンツ相手に説教をしたというのに、すごい人です。


「皇女様は気にしないでください。…あれ? 物部もののべ君達は?」


 部屋の内部を見回しながら、鬼崎さんがふとした疑問を口にしました。


 物部君、というとCクラスのクラスメイトの1人ですね。
 本名は物部もののべ可夢偉かむいくん。Cクラスのクラスメイトの1人で、たしか自分のすぐ前の席にいたクラスメイトです。
 彼も異世界召喚を受けた際には教室にいました。
 そういえば、女神様の説明では異世界より勇者を召喚した3つの物好きな国には、1国につき6人掛ける事の2グループずつ召喚されたとの事でした。ネスティアント帝国も例に漏れず、もう6人のグループが召喚されているはずです。
 状況と鬼崎さんの質問から察するに、ネスティアント帝国に召喚されたもう1つのグループが、物部君を含めた6人ということなのでしょう。多分、自分が散々煽りまくったり2人が必死で喧嘩したり、仲良く鬼崎さんにとっ捕まって2度も説教を受けていた間にここに来ていたのでしょう。


 鬼崎さんの質問に答えたのは、皇女様ではなく海藤氏でした。


「物部君達なら、さっきフェルドマン将軍達と一緒に出て行ったよ。出発する前に何ができるのかを確認したいからって、腕試しをしたいんだって言って。多分、もう城から出て行ったと思うけど」


「海藤様のおっしゃる通りです。皆様は皆様で揃ってから、もう一度現状の説明をしたかったのでお二人にも残ってもらっていました」


 海藤氏の言葉を補い、皇女様も答えました。
 ケイさんはやや不満げな表情ですが。
 いや〜、仮に気にくわないとしても今のはそういう意味じゃないと思いますよ?
 1人無言で可愛らしい嫉妬を醸し出しているケイさんはともかくとして、皇女様は特に海藤氏にその手の気を抱いている様子は見受けられませんね。
 鬼崎さんもケイさんのことはスルーして、というか気づいていない様子で2人の言葉を聞いて、納得したように頷きました。


「そうですか」


 皇女様の口ぶりも早めに本題に入りたがっていますし、ケイさんや副委員長といった飽きっぽい人たちはその話を聞いただけで長話はいいから早く行きたい!的な表情になってきています。
 鬼崎さんも反論はないようですし、自分もこの世界の現状云々抜きにされては異世界召喚された目的もへったくれも思いつきませんので異論はありません。


 満場一致の様子なので、皇女様は頷いてから立っている4人にも椅子を進めてきました。


「皆さんもどうぞ、お掛け下さい」


 鬼崎さんが皇女様と向かい合う位置に座り、その左側にカクさんと自分が、右側に副委員長が座りました。副委員長の隣にはケイさんがいます。
 異世界人が座ったのを確認してから、皇女様も席に着きました。


「鬼崎様にもほとんど説明しないままでしたし、そちらの方々にはまだ何も説明できていませんので、最初からでもよろしいでしょうか?」


 着席してから、早速口火を開いたのは皇女様です。
 自分たちと鬼崎さんの方には、ほとんどの説明がなされていません。それもそのはず。
 何しろ建物喧嘩で壊しただけですからね、我らトリオに至っては。ヨホホホホ。
 物部君達がいた時にすでに相応の説明を聞いていたであろうケイさん達の方は、なんだかんだ言いつつも皇女様の言葉に頷いてくれました。


「面倒な…トリオは自業自得というものだ。二度手間をする必要は–––––」


「僕は…別に構わないよ」


「…ま、カズがいいなら別に付き合ってもいいけど」


 なんだかんだ言っても、やっぱりケイさんは海藤氏一筋なんでしょうな。
 自分たちも説明を欲していますし、2人の賛同もありがたいことです。


「……………」


 まあ、若干1名寝ていますけど。
 怠けのクイーンは流石ですね。カクさんから上手に隠れつつ、バレないように姿勢を維持して寝ています。
 カクさんに見つかると面倒なので、自分も会話に参加して気をそらさせることにしましょう。


「湯垣、皇族の前だぞ。そのふざけた面をとれ」


 カクさんは気づいていません。
 むしろ、自分の方に絡んできました。
 カクさんの手をさらりとかわして、否定の意思を告げます。曲げられませんから。


「カクさん。自分にとって面というのは顔です。顔面の皮を剥げと言われておいそれとうなずくことはできませんね〜。ヨホホホホ」


「貴様というやつは…」


 溜息をついたカクさんは、やっても無駄であることを知っているので、それで諦めて引き下がりました。
 普段ならばそれで終了なのですが、帝国の方々はそこで引き下がってはもらえませんでした。
 カクさんが諦めると入れ替わるように、皇女様の後ろに控えていた片眼鏡をかけているいかにもインテリな雰囲気を醸し出している金髪の青年が待ったをかけました。


「お待ち下さい、勇者様。さすがに氏素性知れぬ上に素顔を隠すような輩を皇女様と同じ部屋におくわけにはまいりません。湯垣、といったか? 顔を明かせ」


 カクさんに向ける言葉との間に格差を感じます。
 確かに、怪しさだけは満載ですからね、自分。ヨホホホホ。怪しいだけで、実際は大したことない存在なのですがね、ヨホホホホ。
 自分に対しては高圧的に臨むその青年の方を向き、自分は再び拒否の意を示します。


「ヨホホホホ。これこそ自分の素顔です。誰の面前であろうとも、むしろ帝国の皇女様の御前であるからこそ、面を取ることができないのであります。ヨホホホホ」


 聞こえによっては完全にバカにしている態度で答えた自分に、その青年は目を細めました。


「無礼な輩め。皇族たる殿下に対し、そのような非礼許されると思っているのか!」


 机を叩き、身を乗り出して顔を近づけ、インテリに似合わず声を荒げて迫ってきました。
 自身に対する対応とあまりにも違いすぎる上に、召喚という名の拉致をしておきながらという怒りが湧き上がったのでしょう。カクさんと、さらには我関せずを通す雰囲気だったケイさんも眉間に皺を寄せて反論しようとしました。


 しかし、青年が敵意を向けているのは自分のみのようです。
 彼らに好き勝手に反論させては、皇女様にまで被害が伸びかねなかったので、自分は即座に対応する事にしました。
 2人が机を叩く前に、それを制するように言い返します。


「ヨホホホホ。許されるとは思っていませんが、面に関しては譲れませんとも。手討ちになさいますか?それとも…」


「よく言ったな。ならば容赦なく手討ちに–––––」


 青年が懐から銃を取り出し、自分の額に向けてきました。
 ヨホホホホ。この人、意外と面白いかもしれませんね。
 そんなのんきなことを考えながら、引き金に指が置かれるのを見ています。
 自分は面白いのでこのまま撃たれてみようかなとか思いましたけど、さすがに看過できなくなったのかカクさんが青年に掴みかかろうとしてきました。


「貴様、いい加減に–––––」


「控えよ、アルブレヒト!」


 しかし、カクさんの言葉を遮るように力強く部屋の中に響いてきた声が、青年の引き金を引こうとしていた手を黙らせました。


 声を出したのは、皇女様でした。


 よほど予想外だったのでしょう。
 アルブレヒトという青年は一瞬何を言われたのかわからなくなったようで言葉を失いましたが、それが皇女様から発せられたものだと気付くとすぐに反論しました。
 よく見ると双子騎士も驚いています。よほど珍しいことなのですね、皇女様が声をここまで張り上げるのは。貴重な体験のようで何よりです。ヨホホホホ。


「で、殿下!? いえ、そのような事は–––––」


「控えよと言っている! さもなくば出て行け!」


「お待ちを殿下! 私は–––––」


「貴様はネスティアント帝国第一皇女たる私が、顔を見せられないというだけで異世界より呼ばれし勇者を跳ねる狭量なる皇族というつもりか!恥を知れ、愚か者!」


 一度食い下がろうとしたアルブレヒトですが、皇女様のなんとも雄々しい有無を言わせぬ言葉に、銃をしまい首を垂れました。


「も、申し訳ありません!」


 怒鳴ろうとしていたカクさんは、既にあっけにとられています。
 よく見れば鬼崎さん達もですね。
 まあ、定着しつつあったイメージが音を立てて崩れつつある光景です。自分も例外ではありませんから。ヨホホホホ。
 さっきまで威圧していたアルブレヒトという人が、すっかり縮こまっていますしね。


 一方で、皇女様はまだ腹の虫が収まらないようです。
 いや、自分も別に怒ったとかないといいますか、切れてるアルブレヒト氏の様子見て面白がっていたので、なんだか悪い気がしてきました。
 こういう場合は自分、大抵シュンとなっている人に対して追い打ちかけて面白がるのですが、さすがに今回は口を挟めませんね。


「アルブレヒト。私に謝ってどうする? 貴様が無礼を働いた相手は別にいるだろう」


「そ、それは…」


 アルブレヒト氏が、また躊躇しました。
 仮面かぶった謎生物に謝れというのは、いくら皇女様の命令と言えど出来ませんよね。
 分かりますよ。ヨホホホホ。謎生物がまさに自分ですから。


 ふむふむ。
 ここでいいことを思いつきました。
 ちょうど皆さんの視線が自分から完全に外れてますし、自分の席は端っこですし。
 誰にも見られてないので今のうちに姿くらませるとしましょう。
 そしてアルブレヒト氏の様子をつぶさに観察しましょう。
 このままでは皇女様相手に折れてしまいそうですし。
 振り向いたら、いつの間にか消えてましたという事態。そんな事態に直面したインテリがどのような混乱ぶりを見せるのか、楽しみで仕方ありませんな〜。ヨホホホホ。


 本音言いますと、自分さえ消えてしまえばすんなり話を始められるというわけでして。
 こんな奴いたら絡みたくなるでしょう。絡まれないようにすればいいのです。
 というわけで、それポンッと。


「アルブレヒト。財務大臣たる貴様がネスティアント帝国の皇族の権威を汚していいと思っているのか?」


「い、いえ! それは断じて!」


「ならばやる事は1つのはずだ」


「承知いたしました! 勇者どの–––––オォ!?」


 あれだけ言われて目を向けて、アルブレヒト氏はとっても面白い反応をしてくれました。
 ヨホホホホ。その驚きっぷり、最高ですな〜。それを見るためだけにやったと言ってもいい消失ですぞ。ヨホホホホ。
 趣味が悪いと? ヨホホホホ。褒め言葉ですな〜。照れますな〜。


「ゆ、勇者どのぉ!?」


 アルブレヒト氏の声が、部屋に響きました。
 もう顔真っ青ですね。


 そして、驚いている帝国の方々と違い、空席となった椅子を見たCクラスの面々は、寝ている一名除いていつも通りの反応をしました。


「あいつは…!」


 カクさんは、毎回のことに呆れと苛立ちを込めた声を漏らしています。


「ったく、どこいってんだよ、あいつは?」


 ケイさんは、毎回のことにため息が漏れています。


「何でいなくなるのかな…」


 海藤氏。そのため息には自分こう答えますよ。
『面白くなりそうだからですとも。ヨホホホホ。』と。


「『面白くなりそうだからですよ、ヨホホホホ』とか言ってるぞ、あいつ絶対に」


 ケイさんに軽々と看破されました。
 流石ですね。推理力に長けています。


「つか、推理とか関係ない。いつもの態度見てれば分かるし」


 ヨホ!?
 ケイさん、そ、そこまで読んでいるのですか…!? 今、明らかに考えていることを看破され続けています。


 で、鬼崎さんは額に手を当てて、皆さんになるべくばれないようにして苦労をこぼしていました。


「…もう勘弁して」


 …鬼崎さん。
 いえ、本当に申し訳ありません。


「消えてしまったのは仕方がない。出てくるまで待っていたら日がくれる可能性もある。皇女様、でいいか? 話を進めよう」


「えっ? あ、は、はい…」


 ため息をついたカクさんが、促しました。
 それに応える皇女様は、先ほどまでの高圧的な態度は消えて、真面目なモードに戻っていました。
 第一印象がこれなので、我々にとってはこちらの皇女様の方がしっくりきますな。ヨホホホホ。


「それと、北郷様。私の事は、リズとお呼び下さい」


 皇女様の突然の言葉に、臣下の皆さんが目を見開きました。
 驚きますよね、それは。
 でも、アルブレヒト氏の二の舞になるのを恐れてか、口にする人はいませんでした。
 ちなみにアルブレヒト氏は、すっかり縮こまっています。さすがにかわいそうな事をしてしまったでしょうか。


 当のカクさんはと言うと、やはりそっけなく「ああ、そうさせてもらう」とかで済ませているのかと思いきや、何だか様子がおかしいです。
 少し驚いているようで、言葉が詰まっていました。


「北郷様? どうかなさいましたか?」


「ッ!」


 不思議がった皇女様が首を傾げた直後、カクさんは突然口元を片手で隠して顔を背けました。
 背を向けられたので、鬼崎さん達にも表情は見えません。
 しかし、自分には見えていました。
 …顔が、真っ赤っか。


 それだけで、何があったのかはすぐにわかりましたね。
 ヨホホホホ。カクさんは、あのような方がタイプということでしょうな。
 それならばさっきの言葉を詰まらせたのもわかります。


 しかし、カクさんはそこは堅物。何とか取り繕って不審に思われつつも平静を取り戻し皇女様に向き直りました。
 うほー。ごまかし方かわいいですね〜。こういう経験ないですな、カクさんは。
 …堅物ですし。鬼崎さんや副委員長とはそういう関係になる可能性皆無でしたからね。


「…いや、気にしないでくれ。話を戻すぞ。鬼崎たちもいいか?」


「別にいいけど」


 ぎこちない空気ながらも、こうして召喚の経緯に関する説明に入りました。

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