異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

4話











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 湯垣が立ち去った後、残された方は何とも言えない沈黙に包まれた。
 湯垣が去り際に放った言葉により、北郷と土師も喧嘩をする気も失せてしまい、お互いに無言で何となく終戦を迎えることとなった。
 湯垣の狙いがこれだったと気付いてはいたのだが、気づいたときには狙い通りにされており、気を回されたのだと、北郷は複雑な心境となった。


 〔あの奇術師のことだから、どうせどこかで見ているのだろう…〕


 北郷もあの奇術師との付き合いが1年を超える。さすがに湯垣がふざけた態度を崩さずとも思慮深く思いやりに溢れた人物であるというのは、既に知っている。北郷でさえ混乱と苛立ちの中にあったこの理不尽な異世界召喚という名の拉致において、湯垣は不満も不安もぶつけることなく場を整えてくれた。
 冷静になる機会を与えられたことに、普段から注意ばかりしている己の心境が馬鹿らしく思えてくる。
 素顔を隠している分、どうにも何を考えているのかわからなくなる時があるが、それでも今の土師に謂れのない八つ当たりをして喧嘩を始めた自分よりはずっとまともな対応だった。
 北郷は深く反省をし、同時に冷静さを取り戻した。
 あの怠けの者の土師にこの場を任せるのは危険である。
 目を覚まさないでいる他の者のためにも、ここは自分が引き受けるべきと北郷は判断をして、努めて冷静に目の前にいる集団を見据えた。


「……………」


 中央で守られるようになっているドレス姿の女性は、唖然としている様子。
 それを守るように両隣に立つ2人の全く同じ顔の騎士は、外見は完全な不審者である湯垣が消えたことにより若干緊張を解いているが、女性を守る姿勢はまるで崩していない。
 そして、下っ端と思われる残りの銃を構える兵隊たちは、姿を消した湯垣を探して周囲をキョロキョロと見渡していた。
 彼らの関心は、湯垣に向いてしまっているようだ。あの不審人物がいきなり消えたとなれば、周囲を警戒したくなる気持ちは北郷にも分かる。かつてそういう感覚に陥れられたことが多数あった。
 だが、湯垣は暗殺者のような真似をすることはない。
 どうやら一団は湯垣のことを敵と勘違いしている節もあったので、早めにその誤解を解くべくこちらから声をかけることにした。


「その…あいつは敵とかじゃないから。とりえずこっちの方を向いてもらえないか?」


 不器用なりに言葉を砕いて声をかけたつもりだったが、2人の騎士が表情を変えて剣を持つ手に力を込めた。


「「貴様–––––」」


「お止めなさい!」


 今にも切り掛かりそうだった中、中心部にいた女性が声を響かせた。
 凛とした声は、部屋の中によく響いた。音の大きさは双子の騎士が上回っていたはずなのだが、女性のその一声には有無を言わさぬ力強さがこもっていた。
 そして、それを聞いた双子の騎士は即座に剣を納め、女性に対して膝をついた。


「…お騒がせして申し訳ありません」


 呆然としてしまった北郷の意識は、数秒の間を置いて発せられた女性の静かな声により引き戻された。


「あ、ああ…」


 普段の北郷ならばこのような動揺を見せることはないのだが、この時ばかりは返事も何とも曖昧というか情けない声になってしまった。
 そういえば、と。北郷がここに来る前に会ったあの胡散臭い女神と名乗る者に聞いた『ネスティアント帝国』という名前を思い出す。
 たしか、湯垣も彼女たちを見て『ネスティアント帝国の方々』と言っていたはずである。
 察するに、彼女たちがその国の関係者ということになるのだろう。
 聞いたこともない国名だが、それは同時にここが異世界だという戯言が真実であるという認め難いことを裏付ける証拠の一つでもあった。


「うっ…」


 その時、湯垣が北郷たちの喧嘩に巻き込まれないように避難させていたクラスメイトの1人、海藤が目を覚ました。
 焦点の定まっていない目をこすりながら、夢のようであった、しかし妙に現実味を感じたあの白い空間から起きた海藤。
 ぼやけた視界に彼が最初に映したのは、見知らぬ場所でも武器を携えた帝国の一団でもなく、隣で眠っている幼馴染の不良少女だった。


「…! アキちゃん!?」


 一瞬、その寝顔が永遠のものとなる錯覚に見舞われた海藤は、急いで富山の名前を叫んで肩を揺らした。


「し、しっかりして!」


「落ち着け、海藤」


 パニックになりかけた海藤に声をかけたのは、北郷である。
 誰よりも先に目覚めた北郷は、すでに全員の命に別状がないことは確認していた。
 無論、富山のことも確認済みである。


「ケイも鬼崎も眠っているだけだ。怪我もなければ命に別状もない。じきに起きるからそっとしてやれ」


「佳久君…」


 その言葉を聞いて、海藤は安心したように大きく息を吹いた。
 そこに来て鬼崎を無視したことに気づいて申し訳なく思い、思わず項垂れてしまう。
 どうしても、こういう事態になると海藤は幼馴染を優先させてしまう節があった。


 相変わらずというか、普段は無言で消極的な性格、よく言えばおとなしい印象の強い海藤の様子に軽く溜息をついてから、北郷は改めて帝国の一団に向かい合った。
 2人は海藤に任せれば大丈夫だろう、という判断に基づいている。
 彼は目覚めたばかりだし、ここは自身が引き受ける必要があると当然のように北郷は考えている。何より、湯垣に託されたという責任が北郷にはあった。
 夢とは思えない感覚、光景。
 明らかに常軌を逸脱した身体能力。
 言語が通じる事に関しては優先順位も低いし放置することとして、北郷はここにきて認める必要があると判断していた。


 〔どうやら、本当に異世界のようだな…〕


 否定しようにも、否定する材料がない。
 代わりに、次々と現実だということを突きつけられるような証拠が浮かぶ。
 それに、女神の言葉にも合点が行く事柄を体感させられた。
 湯垣は明らかにここが異世界であることを受け入れている様子であった。
 定期テストにおいて、毎回トップ争いをしているライバルでもあるあの湯垣がさっさと認めて順応しているというのに、自分がこのざまではラチがあかないと。
 そう考えた北郷は、不本意なれどあの女神の言葉を肯定し、ここが異世界であることを認めることにした。
 そうして思考を切り替えたのであれば、次の行動は早い。
 北郷は女神の解説を思い返し、この召喚が意図的であること、ここがネスティアント帝国であるという事、召喚されたこの世界において信じがたいことではあるが自分たちは超人であることなどの項目を確認する。
 それらを踏まえた上で、召喚した側であるネスティアント帝国の人たちに対して何を尋ね、何を答えればいいかの候補を上げる。
 まず、意図的な召喚である以上、彼らの正確な目的を知る必要がある。
 内容によっては、力を貸せないものもある。ここは日本でなければ、魔法という超常現象のはびこる世界。言質を取られて仕舞えば何があるかわからないからだ。安易な承諾はできない。
 このため、怠惰な土師には、北郷は話し合う役目を譲るわけにはいかなかった。
 目の前の帝国の一団は全部で7人。女神の説明を信用するならば、一騎当千の力を持つという自分たちと交戦することも辞さないとなると、目の前の一団の人数は少なすぎる。
 そこから、彼らの目的が交渉によるものであると北郷は推測した。
 女神の説明が正しければ、ネスティアント帝国という国の国民性は義心が強く対外野心が薄い。制度は立憲君主制を採用しており、議会は身分を問わない能力主義で構成され、建国からの歴史が短い若い国でもあることから腐敗もまだほとんどない状態の理想的な国だという。
 仮に屈服させてコマに加えようというのであれば、向こうにとっては未知の世界から来たであろう北郷達に対してこの少人数で臨むことはないだろう。
 それに、あの女性。年齢はおそらく北郷たちと大差ないだろうが、双子の騎士の対応などからしてかなりの高位身分にいるものと推測される。その彼女が危険も顧みず、『勇者様、ご無事ですか!?』と、彼らにとっては得体の知れない轟音を聞き、真っ先に自分たちの身を案じて駆けつけてくれた。
 それだけで、彼女の為人ひととなりはある程度つかめる。北郷という人物は、次期生徒会長を伊達に目されているわけではない。彼には確かな人を見る目もあった。
 その北郷が、信用できると、目の前にいる帝国に一団を判断していた。
 騎士たちもまた、何よりも彼女の身を案じている。こちらに敵意を向けて来たことは、彼女に対する忠誠の表れなのだと、北郷は感じていた。
 おそらく、信用できる相手だと考えている。
 嘘を吐かれる可能性もあるが、北郷はある程度目の前の一団を信用し、言葉を交わしてみることにした。
 異世界に召喚されたばかりの自分たちは、とにかく情報に乏しい。女神の説明では不明瞭な部分も多く、また北郷は白い空間にいた時には女神をことを疑っていたこともあり、あの場では情報収集を怠ってしまっていた。
 後悔している暇があるなら、巻き返す行動を取る。北郷は、意識を切り替えて改めて帝国の一団に向き直った。
 先ほどは何の違和感もなかったのだが、目の前にいる人達の見た目が見た目だけに会話の前に再度確認する。


「すまん、先に確認しておく。俺たちの言葉は理解できるか?」


「…はい。それは問題ありません」


 答えた女性の言葉もまた、北郷たちにも理解できる言語だった。
 ただし、日本語には聞こえない。日本語ではないはずなのだが、内容は何の違和感もなく理解できる言語である。
 北郷はこの異質な事態を、女神にこちらの世界の言語を刷り込まれたのだろうと解釈することにした。
 何はともあれ、言葉が通じるのであれば問題ない。北郷は日本語で話しているつもりなのだが、まるで出た言葉が相手の耳に届くまでに勝手に翻訳されるようで、向こうにもこちらの言葉が理解できる様子だった。


「……………」


 背中を向けていても分かる存在。
 北郷は我関せずを貫く土師に怒鳴りたくなったが、それこそ時間の無駄であると考えて今回はこちらも無視して帝国の一団との会話に集中する事にした。
 少なくとも、北郷はここにいる彼らは信用なると判断している。
 つい、先ほどは異世界という認識も否定していたためにあのような態度を取ってしまったが、器物損壊も含め謝罪するとして、まずは自己紹介から始めることにした。


「申し訳ない。少々動転していたものでな。不遜な態度をとったことは謝る」


 彼らに対して頭を下げると、双子の騎士は居心地悪そうな表情を浮かべて、剣を収め女性の後ろへと退いた。
 銃を構えていた兵士たちも銃口を下ろし、女性に対して道を譲るように左右に下がる。
 話し相手は彼女が務めるようである。
 顔を上げた北郷は、今度は彼女と向かい合って名前を名乗った。


「俺は北郷佳久という」


「北郷様、ですね。私はネスティアント帝国第一皇女、リーゼロッテ・ヴァン・ネスティアントと申します。まず、配下と、そして私自身の非礼な態度に、謝罪を申し上げます」


 配下の非礼は双子の騎士、自身の非礼というのは湯垣を見て驚いたことを言っているのだろう。
 北郷は首を横に振った。


「俺も初対面では似たような反応をしてしまったしな。咎める資格はない。あいつの顔を見て驚くのは当然だろう。まあ、外見はあれだが根はいい奴だ」


 湯垣に対する謝罪も勝手に許したが、そもそも湯垣の場合は驚かれることを楽しんでいる。別に怒ってなどいないはずだろうと、北郷は考えている。


「…それで、彼は?」


「いちいち気にする必要はない。そのうち戻ってくる」


 いい加減な返答かもしれないが、正直なところ北郷も湯垣がどこに消えたかなど皆目見当がつかない。こうして手品を駆使してよく姿をくらますが、ふらりと気まぐれに帰ってくるまでは何処を探しても絶対に見つけられないのである。
 1年以上の付き合いになるので、流石に堅物の北郷でも湯垣の行動にはため息ですませる事柄が多くなっていた。いちいち馬鹿正直に付き合っていたら、身がもたない。
 皇女は直接謝りたいのか納得いかない様子だったが、再度北郷が無駄であることを伝えると了承した。


「分かりました。残念ですが、彼に謝るのはまたの機会としましょう」


「謝る必要は無いがな」


「代わりにカクカクが謝っとけばイイ」


 皇女に対して謝る必要自体ないということを念を押して伝えたところで、それまで我関せずを貫いてきた土師が、突然割り込んできた。
 怠慢で気怠げな、存在するだけで周囲のやる気を奪う害虫。
 そんな評価を常日頃から抱いている北郷としては、このタイミングで割り込まれるのは不愉快以外の何物でもなかった。
 その上、『カクカク』などと呼ばれれば苛立ちもする。
 相性がどうしても合わない者同士は、相手にするだけ無駄だから互いに不干渉を貫けばいい。よく北郷と土師は周囲にそう言われるが、当人たちとしてはこいつだけは無視できないという不倶戴天の敵同士であった。
 馬鹿にされるようなことを言われて、プライド高い北郷が切れないはずはない。
 せっかく気を利かせた湯垣が2人のケンカを仲裁したばかりだというのに、そんなことも忘れて北郷は躊躇なく皇女から視線を背けて土師の方を向いた。


「貴様は黙ってろアイロン」


「…あ゛?」


 そして、北郷が土師の逆鱗に触れる言葉を平然と飛ばし、土師は土師でその一言にブチ切れた。
 両者の不穏な空気を感じ取った皇女は、自分がいきなり蚊帳の外に飛ばされたというのに会話に割り込むことができず、その上一歩後ずさる。
 関われば巻き添えを食う。それも、下手をすれば命に関わる程の巻き添えを。
 本能的に2人から距離を置く。
 彼女を身を守るべく、駆けつけた双子の騎士が皇女の前に立った。
 ただし、双子の騎士もまた、数多くの戦場で命のやり取りをしながら生きてきただけあり、この二人の喧嘩に無闇に介入するのはタダでは済まないと感じ、距離を置いていた。
 主人を無視されたことに腹は立ったものの、今の2人に話しかけるのは得策ではないという警鐘に従い怒鳴りはしない。


 一方で、2人は2人でもはや相手以外何も目に入ってこなくなっていた。
 ただでさえ地球にいた頃からはた迷惑な喧嘩、それも教師には見つからないという無駄に強い悪運により酷くなる一方だった喧嘩を全力でこの超人になれる異世界で行えばどうなるか。
 そんなこと知ったことじゃねえと、2人は全く生じるであろう被害を考えていなかった。


「今日という今日は息の根止めてやる!」


「いや、今朝も喧嘩したばかりじゃ…」


「…ギルティ」


「ゴメンなさい。避難します」


 宥めようと勇気を振り絞って海藤が声をあげたものの、勢力が小さすぎたために2人の耳には一切入ってこなかった。
 とはいえ、たとえ大きくても止められなかっただろうが。
 海藤は早々に止められないと判断して、巻き込まれないように退避する。


 一体どこから取り出したのか。北郷はバールを、土師は鉈を手にして、同時に相手めがけて飛びかかっていった。


「死ね!」


「おまえが死ねよ!」


「貴様を殺せたらな!」


「そんな日来るかバーカ!」


 常人には目にも留まらぬ速さで、二つの凶器が振り回される。
 かち合い、火花を散らし、風圧で石造りの床に亀裂が走る。
 互いの凶器がぶつかり合う余波だけで、頑丈な作りの部屋は瞬く間にきしみを上げ始めた。


「「な、なな…!?」」


 双子の騎士は軋みを上げる部屋に唖然としながらも、このままでは不味いと判断して皇女を避難させようとする。


「不味い、部屋が持たないぞ!」


「皇女殿下、こちらへ! お早く!」


「で、ですが…ひっ!?」


 まだ話の途中なので離れるわけにはいかないと、皇女は避難を拒否しようとしたのだが。
 それを遮るように、窓が先に耐えきれなくなり、大きな音を立てて破片を飛び散らせた。


「「皇女殿下!」」


 双子の騎士が同時に皇女を庇い、飛び散る破片から守るべく盾を構えて皇女を守る。
 兵士たちは混乱の中にあり、幸い発砲するものはいなかったがとても対応できない状況に陥っている。


 だが、ガラスの雨が皇女たちに突き刺さることはなかった。


「皇女様、大丈夫…?」


「やっぱりこうなりましたね〜。ヨホホホホ」


 双子の騎士が顔を上げると、そこには先ほどまで2人から離れていた海藤と、姿をくらました筈の湯垣が、それぞれ富山と鬼崎を抱えて、皇女たちの前に立っていた。
 そして、ガラスや石の破片は彼女たちには一切届いていなかった。


「あれは…魔法…?」


 兵隊の一人が、呆然とした声で呟く。
 彼らの前には、彼らを守るように見えない何かで構成された壁が立ちふさがっており、それが流れ弾のように飛来する破片を弾き落としていた。


 ネスティアント帝国は魔法を使えない人族が主要な人口を占める国であり、技術先進国ではあるが魔法に関しては完全な発展途上国にある。
 魔法にあぐらをかく貴族制を残す国々よりは優れているという自負はあるものの、いざ目の前に奇跡の形を示された彼らは、目を奪われていた。


「オラオラァ!」


「怠け者風情が、調子にのるな!」


 魔法により生み出された壁は、石造りの建物がどれだけ軋みをあげようが、被害を壁の奥まで決して届かせない。
 魔法を使えないからこそ技術革新を進めてそれを追い抜いてやるという気質がネスティアント帝国にはある。
 だが、やはり高位の世界から来た勇者の扱う魔法は、そんな彼らの魔法を否定する考えを凌駕し、魅入らせた。
 奇跡を目の前にした人は、自然と口をつぐんでしまう。


「さっさと逝けよ!」


「だまれ猿女! 今日という今日は許さん!」


「ヨホホホホ。面白いですな〜」


 …口をつぐんでしまうはずである。
 彼らは、異世界人の力と気性、二つに対して驚きを禁じえなかった。

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