ブラザーシスター★コンプレックス
№09 『魔物との遭遇』
シンギタイ山の雪は溶け、日中が温かくなってきた春。
俺の師匠であるジーク兄さんは、剣の修行へと旅立ってしまった。武の民は武器を使わず自らの身体のみで戦う部族だと勝手に思っていたが実際は違うらしい。武の民は己を鍛えているのであって剣術や弓術、魔術はまた別の話何だとか。
そして、ジーク兄さんはその中の一つである、剣の道を選んだ。勿論俺も選ぶなら剣術だと思う、だって異世界ファンタジーなら聖剣とか魔剣使ってみたいもんな。いい年したおっさんが何言っているんだとか思うかもしれないが、そこは察してほしい。
旅立つ前ジーク兄さんに何故、剣術を学ぶため村を出るのか俺は聞いたことがある。
「実は、ただの憧れなんだよね。剣で戦うの。『剣王伝説』って物語知らない?」
「いえ、知らないです。どんな物語なんですか?」
「どんな魔物も魔族も魔王でさえ、己と剣だけで戦い、常に勝利を収め、英雄になり皆から『剣王』と呼ばれる話なんだけど。僕さ、その剣王みたいになりたいんだよね、剣を極めた人の頂点。恥ずかしいから皆には内緒だよ?」
「剣王ですか、ジーク兄さんならきっとなれますよ」
無邪気に目を細めた笑顔はこの日以来見ていなかった。
*****
もうあの会話から三ヶ月たったのか。
ジーク兄さんが旅立った今、俺は一人修行場で武十二ノ型を黙々とこなしていた。毎日自分の限界までセット数を増やして追い込み、身体がもう動かないって思えるぐらいまでなったら、次は残った魔力を≪身体放出≫で使いきる。
やる気や目的など、とうに忘れて、ただ理由もなくそれが習慣と化していた。
だって、それしかやる事無いんだもん。
シンギタイ山なんて何もない田舎も良いところだし。男性陣は修行に明け暮れ、女性陣は村で洗濯から料理にその他は編み物で服を作っている。
楽しみと言ったら、たまに修行場に遊びに来るアイリスとの会話ぐらいだ。あれから、アイリスとは会うたびに徐々に話すようになり、未だに口数は少ないものの、何とか意思の疎通は出来るようにはなった。
今日は来ていないし、遊びに来る日はランダムであることから、どうやらアイリスは気分屋らしいが。それでも話し相手が居る事は俺にとって嬉しい限りだ。
取り合えず今日のノルマである武十二ノ型が終わり、残すところ≪身体放出≫で魔力を使いきれば今日の修行は終了だ。大の字に伏せながらパンプした身体を休めていると、近くで足音がする。
噂をするとなんとやら
「おはよう! アイリス!」
シーン………
………あれ? 返事がないな。いつもなら小さい声でもおはようと返ってくるのに…… と、足音の方へ首を動かすとそこにはアイリスではなく――― 得体の知れない何かが居た。
軽自動車ぐらいの黄緑色の身体、足は六本あって前足の二本だけ鎌のように鋭く、まるで昆虫のような目は以上に大きく、こちらを見据えている。シュルシュルと音を立て、目の下で動く口元からはネットリとした液体が垂れていた。
あっ…… これ、ヤバイ奴や。
直感でそう感じた、まぁ誰でもそう感じると思う。俺は疲れた身体など気にもせず≪身体強化≫を使い飛び起きると、本能のまま一目散に大人達が集まっているだろう修行場へと逃げ出した。
「何だあれは!? 勘弁してくれ!」
俺の叫びに近い問いかけには誰も答えてくれず、ただ後ろから俺を追いかけてくる音だけが聞こえる。得体の知れない虫? いや、前の世界じゃあんな虫見たこともないし、あの大きさは無い。ナイナイナイ! 造形から尋常じゃない恐怖を感じた。
きっと大人達なら…… いや、師範代である父ならどうにかしてくれるだろう。不甲斐ないがしょうがない。あんなん無理だもん! 父を頼りに全速力で足を動かす。
もうすぐだ。森を抜け開けた場所にたどり着く、父達の修行場へ。
そこに頼りになる父はおろか、大人一人居なかった。一人ただキョロキョロと何かを探している少女――― アイリス以外は。
これが本当の噂をするとなんとやら、一番のバッドタイミングでの登場だ。
「アイリス!? 皆は?」
「ウォルカ。良かった、無事で。皆探してたんだよ。魔物が近くに現れたらしくて………」
アイリスの言葉が途切れる、俺の後ろの存在に気づいたようだ。アイリスを後ろに、振り返るとそこには先程の黄緑色の昆虫がよだれを垂らして立ち止まっていた。前足を地面に刺しながらシュルシュルと音を立てて。
「ウォルカ…… あれ、何?」
「俺も知りたかったが、多分アイリスが言っていた近くに現れた魔物じゃないかな……」
「うそ……」
アイリスは口元を両手で押さえると、震えるながら呟く。無理もない俺でも怖いんだ、アイリスなら尚更だろう。
頼りの大人達が居ないのも想定外だが、アイリスが居る事の方が更に想定外だ。これでは、俺だけ逃げることも出来ない。当たり前だが修行をしてない少女のアイリスでは、すぐに追い付かれるからだ。
こうなりゃヤケだな。俺は≪身体強化≫に更に≪身体強固≫をかけ、身構えた。
「アイリス、時間を稼ぐから村まで戻って皆を呼んできて!」
「駄目だよ。死んじゃうよ……」
「このまま何もしなくても死ぬだけだ。さぁ早く! 頼むから行ってくれ!」
俺が大きい声を出したからか、アイリスは震え戸惑いながらも、小さく「うん」と返事をすると村の方へと走って行った。さて、カッコつけてしまったからには俺も覚悟は決まった。
どうせやるなら勝ちに行くか。あれに勝つ想像がつかないけど。
「すぅ……… うぉおおおおおお!!!」
身を震わせながら吠えると、高鳴る鼓動を感じながら俺は魔物へと突っ込んでいった。
俺の師匠であるジーク兄さんは、剣の修行へと旅立ってしまった。武の民は武器を使わず自らの身体のみで戦う部族だと勝手に思っていたが実際は違うらしい。武の民は己を鍛えているのであって剣術や弓術、魔術はまた別の話何だとか。
そして、ジーク兄さんはその中の一つである、剣の道を選んだ。勿論俺も選ぶなら剣術だと思う、だって異世界ファンタジーなら聖剣とか魔剣使ってみたいもんな。いい年したおっさんが何言っているんだとか思うかもしれないが、そこは察してほしい。
旅立つ前ジーク兄さんに何故、剣術を学ぶため村を出るのか俺は聞いたことがある。
「実は、ただの憧れなんだよね。剣で戦うの。『剣王伝説』って物語知らない?」
「いえ、知らないです。どんな物語なんですか?」
「どんな魔物も魔族も魔王でさえ、己と剣だけで戦い、常に勝利を収め、英雄になり皆から『剣王』と呼ばれる話なんだけど。僕さ、その剣王みたいになりたいんだよね、剣を極めた人の頂点。恥ずかしいから皆には内緒だよ?」
「剣王ですか、ジーク兄さんならきっとなれますよ」
無邪気に目を細めた笑顔はこの日以来見ていなかった。
*****
もうあの会話から三ヶ月たったのか。
ジーク兄さんが旅立った今、俺は一人修行場で武十二ノ型を黙々とこなしていた。毎日自分の限界までセット数を増やして追い込み、身体がもう動かないって思えるぐらいまでなったら、次は残った魔力を≪身体放出≫で使いきる。
やる気や目的など、とうに忘れて、ただ理由もなくそれが習慣と化していた。
だって、それしかやる事無いんだもん。
シンギタイ山なんて何もない田舎も良いところだし。男性陣は修行に明け暮れ、女性陣は村で洗濯から料理にその他は編み物で服を作っている。
楽しみと言ったら、たまに修行場に遊びに来るアイリスとの会話ぐらいだ。あれから、アイリスとは会うたびに徐々に話すようになり、未だに口数は少ないものの、何とか意思の疎通は出来るようにはなった。
今日は来ていないし、遊びに来る日はランダムであることから、どうやらアイリスは気分屋らしいが。それでも話し相手が居る事は俺にとって嬉しい限りだ。
取り合えず今日のノルマである武十二ノ型が終わり、残すところ≪身体放出≫で魔力を使いきれば今日の修行は終了だ。大の字に伏せながらパンプした身体を休めていると、近くで足音がする。
噂をするとなんとやら
「おはよう! アイリス!」
シーン………
………あれ? 返事がないな。いつもなら小さい声でもおはようと返ってくるのに…… と、足音の方へ首を動かすとそこにはアイリスではなく――― 得体の知れない何かが居た。
軽自動車ぐらいの黄緑色の身体、足は六本あって前足の二本だけ鎌のように鋭く、まるで昆虫のような目は以上に大きく、こちらを見据えている。シュルシュルと音を立て、目の下で動く口元からはネットリとした液体が垂れていた。
あっ…… これ、ヤバイ奴や。
直感でそう感じた、まぁ誰でもそう感じると思う。俺は疲れた身体など気にもせず≪身体強化≫を使い飛び起きると、本能のまま一目散に大人達が集まっているだろう修行場へと逃げ出した。
「何だあれは!? 勘弁してくれ!」
俺の叫びに近い問いかけには誰も答えてくれず、ただ後ろから俺を追いかけてくる音だけが聞こえる。得体の知れない虫? いや、前の世界じゃあんな虫見たこともないし、あの大きさは無い。ナイナイナイ! 造形から尋常じゃない恐怖を感じた。
きっと大人達なら…… いや、師範代である父ならどうにかしてくれるだろう。不甲斐ないがしょうがない。あんなん無理だもん! 父を頼りに全速力で足を動かす。
もうすぐだ。森を抜け開けた場所にたどり着く、父達の修行場へ。
そこに頼りになる父はおろか、大人一人居なかった。一人ただキョロキョロと何かを探している少女――― アイリス以外は。
これが本当の噂をするとなんとやら、一番のバッドタイミングでの登場だ。
「アイリス!? 皆は?」
「ウォルカ。良かった、無事で。皆探してたんだよ。魔物が近くに現れたらしくて………」
アイリスの言葉が途切れる、俺の後ろの存在に気づいたようだ。アイリスを後ろに、振り返るとそこには先程の黄緑色の昆虫がよだれを垂らして立ち止まっていた。前足を地面に刺しながらシュルシュルと音を立てて。
「ウォルカ…… あれ、何?」
「俺も知りたかったが、多分アイリスが言っていた近くに現れた魔物じゃないかな……」
「うそ……」
アイリスは口元を両手で押さえると、震えるながら呟く。無理もない俺でも怖いんだ、アイリスなら尚更だろう。
頼りの大人達が居ないのも想定外だが、アイリスが居る事の方が更に想定外だ。これでは、俺だけ逃げることも出来ない。当たり前だが修行をしてない少女のアイリスでは、すぐに追い付かれるからだ。
こうなりゃヤケだな。俺は≪身体強化≫に更に≪身体強固≫をかけ、身構えた。
「アイリス、時間を稼ぐから村まで戻って皆を呼んできて!」
「駄目だよ。死んじゃうよ……」
「このまま何もしなくても死ぬだけだ。さぁ早く! 頼むから行ってくれ!」
俺が大きい声を出したからか、アイリスは震え戸惑いながらも、小さく「うん」と返事をすると村の方へと走って行った。さて、カッコつけてしまったからには俺も覚悟は決まった。
どうせやるなら勝ちに行くか。あれに勝つ想像がつかないけど。
「すぅ……… うぉおおおおおお!!!」
身を震わせながら吠えると、高鳴る鼓動を感じながら俺は魔物へと突っ込んでいった。
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