魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

買い出しと調査 後編

 時はクトゥリアを訪れる前まで遡る。
 サタンが燈に、仁とマリアと共にクトゥリアへ潜入してくるよう指示した際、以下のようなことを追加で伝えたのだ。

「今回バアルに入国手段を用意してもらっていますが、その他にも裏ギルドに人攫いの依頼を出すように伝えてます。勿論対象は燈とマリアの二人、そして燈のみを無傷で捕らえるよう依頼を出しています」

 サタンの言葉に燈は顔を顰める。攫う対象が二人で、両方が女性。そして片方のみを無傷で捕らえるよう依頼した場合、もう片方に対して何をしても良い・・・・・・・と、暗に伝えているようなもの。

 何故そんなことを依頼したかはさておいて、それを伝えたという事は、その人攫いに抵抗せずに捕まれという事なのだと燈は理解する。
 なので燈は率直に尋ねる、何故そんなことをするのかと、何が狙いなのかと。すると、サタンからは驚くような答えが返ってきた。

「なんてことはありません、仁様を怒らせたいのですよ。ついでに、燈に見てほしいのです、仁様の本当の戦い方を」
「戦い方、ですか……。いえ、それよりもなぜ仁様を怒らせたいのです? サタン様はいったいなにを狙っておられるのですか?」

 自分の主の不可解な行動に、思わず不安の声が漏れる。サタンはその不安に気付いているのかいないのか、不敵な笑みを浮かべる。

「私の目的? そんなもの決まっています、仁様に魔神としての成長していただき、あの聖神を殺してもらうことに他なりません。そして仁様が魔神として成長するには怒り、憎悪、恐怖、そして信仰が必要なのです」
「何故それらが必要に? ただ戦闘や魔法の訓練を積むだけでは不十分なのですか?」

 魔王であるサタンと違い、一悪魔である燈は魔神の存在について詳しくない。サタンからも、魔王の上位存在であり、神を殺せる唯一の悪魔ということしか教わっていないのだ。

 サタンは燈に、神がどうやって生まれ、生きるために何が必要かを語り出す。

「そも神という存在は、人々の願いによって生まれます。飢饉、干ばつ、水害等々、人の力ではどうにもならない災害や不幸に見舞われた時、多くの人々が祈り、世界はその祈りに応え神を産む」

 神とは偶像、概念。人々の願いが、想いが形作る虚構の存在……のはずだった。

「そう、本来はただの人々の妄想でしかない神。だがこの世界では、それが肉体を持ってしまった……」

 徐々に冷たくなる言葉と瞳。燈ですら見たことない、サタンの氷のような怒りの表情に背筋を凍らせた。

「失礼、感情的になってしまいましたね。話の続きですが、肉体を持ったその神は食事や睡眠を必要としません。代わりに、人々の信仰と畏怖が必要となるのです。神が神として存在するためには、恩恵を与えて信仰を、天罰を与えて畏怖の念を抱いてもらわねばその存在を保てないのです」
「なるほど……。では魔神も人々の願いから?」
「いいえ、魔神とは我々悪魔の神。それはつまり、悪魔達の祈りや願いによって生まれたということ」

 人々の願いや祈りによって生まれた神、聖神。彼は人類種の悲願である悪魔達の殲滅を聞き届け、天界の天使達を引き連れて幾度となく悪魔達と戦争を繰り返している。その過程で生まれたのが魔神。

 その魔神の誕生は劣勢だった悪魔達の状況を、拮抗状態へと持ち直した。だがしかしそこが限界、一度劣勢に陥った悪魔達が戦況を有利にするのは難しく、最終的には両神瀕死の重傷を負っての痛み分けという決着に至った。

 そして重症の聖神は失った力を取り戻すべく、定期的に生贄を捧げるよう天使達に命令し眠りについたのだ。
 それに対し魔神は、瀕死のこの体では神として存在するのが困難だと判断し、自分の力全てを魂と共に取り出し、他の肉体へと継承することでその存在を保っていた。

 以後は互いに力を取り戻す度に大規模な戦争を起こし、引き分けで終わるというのを繰り返している。

「では仁様が魔神として成長するためには悪魔達の信仰と畏怖が必要だと?」
「悪魔の神と言っても神は神、信仰や畏怖は別段悪魔からに限定されているわけではないのです。つまり人類種からでも構いません、だからこそ私は時雨君やマリアさん達を引き入れることに許可したのです」
「神の生まれと生存に必要なものは分かりました。では怒りや憎悪は何に必要なのですか?」
「それもまた仁様の魔神としての成長に必要なものですね。願いや祈りによって神は生まれると言いましたが、魔神はそこに怒りや憎悪と言った悪感情も混ざって生まれています。ですので信仰や畏怖は外から、怒りや憎悪は内から魔神としての成長を促すのです」

 そこまでの説明を聞いて、サタンの意図を理解して再度、燈の背に寒いものが走る。
 サタンがやろうとしているのは、仁が庇護下に置こうとしている者達をわざと危険に晒して、仁自身に助けさせようというもの。

 それはある意味、仁に対する裏切り行為。自分の目的のために仁を利用する、彼の心を傷つける行為……。

 サタンがそれを話したのは、燈にそれを手伝わせるため。自分の計画を知る協力者がいれば、よりスムーズに計画が進む。そのために、燈にこのことを話したのだ。

「燈は勿論、手伝ってくれますよね?」

 有無を言わせぬ威圧感。それは強く強く燈の心臓を鷲掴み、断ることを許さない。

 呼吸困難に陥ったかと思うような息苦しさに襲われながら、必死に平成を装い肯定する。

「勿論です、サタン様」
「ふふ、助かります。あ、このことは仁様には秘密ですよ」

 バラせば消すと、暗に告げる。目的の邪魔になるのなら、長く連れ添った部下すら消しさる。その冷酷さが、今の燈には恐ろしい。

 だが燈としても、人間の安全を優先して自分の命を危険に晒す気は毛頭ない。

「話が長くなってしまいましたね、準備を急ぎましょうか燈。仁様が待ちくたびれてしまいます」
「はい……」


 ────────


「申し訳ありませんマリアさん、私共の都合で危険な目にあわせてしまって」

 マリアを仁の創造つくったメイド服に着替えさせ、人目を避けるようにしながらエルクの待つ馬車へと向かう。

 泣きじゃくって、未だ涙枯れないままの彼女の肩を抱きながら、燈は謝罪の言葉を口にする。助けられる力があってのに助けなかった、それを許されるとは思っておらず、許されたいとも思わない。

 本来人間と敵対し、欺き、殺し、食らう。それが、悪魔。今のように人間と並んで歩いていることこそ、異常なのだ。

──なのに何故でしょうか、なんなのでしょうか、この胸にわだかまる感情は……。人間を助けなかったぐらいで、なにを苛立っているのでしょう。仁様が魔神を継いだことによって、私にもなんらかの影響を及ぼしているのでしょうか……──

 判断するには材料が足りない、と思考を一時中断してマリアの警護に専念する。それと同時、思考を切り替えて仁が向かった娼館を思う。

 仁の援護に迎えるよう場所をサタンから聞いた際、そこでどんなことが行われているかを耳にした。
 仁の性格を触り程度でも知った今、燈は仁がそこに向かうことに反対したかった。何故なら、彼がその娼館での行為を目にすれば、きっと魂は魔神と深く混ざり合う。

 魔神の完成へ近づくこと、それ自体は喜ぶべきことなのかもしれない。だが過ぎて暴走、破滅へと向かっては本末転倒というもの。燈は今、それを願うことしかできない。

──仁様、どうか怒りに我を忘れることなきようお願い致します……!──


 ────────


 燈たちを襲撃した男に案内され、仁は目的の娼館へと辿り着く。レンガ造りの洋館で、外装は全て黒塗り。扉の上に掲げられた紫の看板には赤い文字で蛇蝎だかつ館と漢字・・で書かれていた。

 漢字で書かれていることを一瞬疑問に思いながらも、月華の出身が運営しているのだろうと片付ける。

「こ、ここだ……! ここがあんたが探してる娼館だ……。な、なぁもういいだろ!? 案内は終わったんだからオレを解放してくれよ……!」

 足に大けがを負い、仁に引きずられながらも彼を目的地まで案内した男は自身の解放を願う。その願いに対する仁の回答は……。

「あぁ、ご苦労だったな。逝っていいぜ……」

 その瞬間、ズルリ……と男の首が地面へと転がり、次いでカラーンと軽快な音を立てて男の首を切断した鉄板が落ちて跳ねる。

 仁が娼館の扉を開ければ、そこは円状の広い部屋。部屋の真ん中には大きなオブジェが立っており、その向こうにはもう一枚の扉が来客を阻む。 

 赤いライトが薄く照らすその部屋に足を踏み入れ、中央に立つオブジェを目にしたその瞬間……

「……っ……は? あ、ゔっ……!? おゔぉ……ぉぇ……!!」

 恐怖と困惑に背筋を凍らせ、そのおぞましさに堪えきれず仁は嘔吐してしまう。

 そこにあるのは氷の十字架、だが勿論ただの氷の十字架ではない。高さ二メートルを超えるその巨大な十字架は、二十を超える死体を十字に並べて固定し、凍らせて作られ物。

 そしてその死体も少年少女の死体ではなく、ましてや成人の死体でもない。それは、首を捻切られた新生児達・・・・の死体だった。

 胃の内容物を殆ど吐き切った仁は、拳を握り十字架を睨む。悪趣味極まりない、死体で出来たその十字架を。

「人の悪意なら嫌という程見てきた……。だがこんなの、悪意なんてもんじゃねぇ! 狂気だ、これは悪意を超え、人が触れちゃならない純正の狂気!」

 歯が砕けんばかりに食いしばり、腰に隠した刃の鍵を取り出し胸を刺す。

 人として死に、悪魔として転生するこの儀式。この儀式により、仁は悪魔体へと変身することが出来る。刃を刺された心臓から魔力が溢れ出し、全身を包みその肉体を悪魔の姿へと変貌させていく。

 全身を包む魔力が晴れたとき、そこに表れる仁の悪魔体。それは以前の、全身灰色なのっぺらぼうの姿ではなかった。

 確かに未だ体の殆どは灰色だが、両の拳は黒く染まり、手から肩にかけて同色の線が幾何学模様を描いている。

 そしてのっぺらぼうだった顔には、ルビーを埋めたかのような紅い瞳が出来ており、額からは赤黒い二本の角が天を突く。

 以前ような体の重さはなく、全身から力は漲り視界はより鮮明になっていた。その手を、線を見て自身の姿が変わったのことを理解する。

『以前より魔神に近づいた、そう解釈しとこうか……。さて、お前さんがた。そんな姿で晒されんのは辛いだろ、今終わりにしてやるよ……』

 そう言って仁は氷の十字架に触れ、魔法を唱える。

『黒より黒きその焔、怨念燃やして憎悪を焦がせ。これは憤怒の炎なり。創造バース《浄滅の黒炎》』

 魔法を唱え、十字架を撫でる。すると十字架には黒い炎が灯り、一気に全体を包み込む。

 轟々と燃えるその黒炎は氷をものの数秒で溶かし、弄ばれた死体の数々を灰すら残さず焼き尽くす。死体の全てが燃えた後、死体を貫いていた鉄杭が落ち、軽快な音を部屋に響かせる。

 冒涜された人の死体。それを燃やしたところでなにが救われる訳でもない、なにかを救いたかった訳でもない。それでもただ、罪の無い赤子の死体が嗤われるように晒されているのを仁は面白く思わなかった。それだけだ、ただ、それだけ……。

『さぁ殺そう、自己満足のために。さぁ潰そう、俺が嫌いだから。さぁ終わらせよう、クズ共の人生を』

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