魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

転生者 後編

 誠は剣を強く握りしめ、サタンに向かって駆け出した。その彼を援護すべく、リオナは魔法で無数の火球を作り放つ。


 五メートル……三メートル……一メートル……
 ついにその刃が届くという距離まで詰めた誠は、地に伏す程に身を低くすると、一瞬でサタンの後ろに回り込み、身体を捻りながら左切り上げを放ち右脇腹を狙う。


 サタンの前方からは、誠の体で隠れていた火球が迫り、後ろからは誠が剣を振りぬこうとしている。更には他の逃げ道を塞ぐように、左右や上からも火球がサタンを襲う。


 燃ゆる火球、煌めく刃、どちらもサタンにとっては脅威と成り得ない。当たれば少し痛い程度の攻撃でしかない。だがその程度だとしても、やはり痛みは不快。故に、サタンは退屈そうに魔法を放ち応戦する。


「【 氷獄の氷槍壁スピアル・コキュートス】」


 次の瞬間、サタンを囲うように巨大な氷槍が出現する。花開くように全方位へと突き放たれた氷の槍。誠はそれを剣で受け止めるも、後方へと突き飛ばされる。
 だが誠が退こうとも、リオナが放った火球は止まらない。火球は氷の槍を溶かし、サタンに当たると確信していた二人。だがその予想は容易く裏切られる。


「なにっ!?」
「炎が、凍った!?」


 火球は確かに氷の槍へとヒットした。されども、それは氷を溶かすことなく、逆に一瞬で火球の方が凍り付く。
 炎が凍る、という有り得ない光景を目の当たりした誠とリオナは驚愕の声を上げるしかなかった。


 火球を凍らせ、誠を退けたその氷槍は、役割を終えたと言うように礫となって空気に溶ける。


 そしてそんな異常現象を起こした張本人であるサタンは、退屈そうな、落胆したようなため息を吐く。


「この程度ですか……? この程度の実力で、私に挑みに来たのですか……?」


 その声は段々と怒気を孕み、後半になるにつれ放つ威圧感が増ましていく。その圧力は、仁ですらも息を呑む程に重々しい。


「表舞台に出ない魔王なら倒せると思いましたか? 自迷宮に籠るのは弱さの証と思いましたか? 愚かですね……愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か、愚か!! 正に愚の極み! あぁ腹立たしいことこの上ない! たかだか人の国を積極的に襲うか否かで魔王としての強弱を決められるなど、馬鹿にするにも程がある!」


 響く怒声、怒りに歪む顔、鋭い眼光は睨むだけで人を殺しそうな程だ。
 こんな戦い、さっさと終わらせてしまおう。サタンがそう思った時、悲痛な叫びが耳に届いた。


「なんで……なんで足が再生しないの!?」


 それはフォドラの叫びだった。誠の指示でルルカに再生魔法をかけていたフォドラ、だが何度唱えても、何度唱えても、ルルカの傷は治らない。


 応急処置として太腿を縛りはしたものの、その出血は止まらない。
 とめどなく流れる血とともに、ルルカの顔が青くなるのが分かる。早く、早く治さないと……! そう焦ったところで結果は変わらない。フォドラの魔法ではルルカの傷は治らない。


 焦り、不安、困惑。そんな感情がフォドラの胸を締め付け、遂には叫び声をあげるまでに至ったのだ。そしてその様子を見て、幾らか溜飲の下がったサタンは、一人微笑みを浮かべる。


「ふふっ……」
「お前……いったいなにをした!!」


 現状に理解の追いつかない誠の狼狽振りが、サタンにはおかしくて仕方がなかった。
 ああ、無知な挑戦者はいつ見ても面白い。そしてそんな敵の想定を超えるのはいとも容易く、狼狽える様は愚かしいの一言に尽きる……。


「なにをした、ですか……。別に大したことはしていません、ただここに、この空間に、人類種を対象とした回復系統の魔法を阻害する結界を張っている。ただそれだけのことですよ」


 驚愕と怒りに唇を噛む誠を嗤って見つめながら、サタンは言葉を続ける。


「そもそも、貴方達は前提が間違っています。何故敵陣のど真ん中にいて、味方の回復をさせてもらえると思っているんですか。それとも、いままでそうだったから、ここでも大丈夫と思いましたか? 甘いですね、嗤ってしまいます」
「ふざけた真似を……!」


 真は怒りを飲み込み、頭を巡らせる。サタンはこの空間に結界を張っている、そう言った。であれば、ここから出てしまえばルルカの治療が可能のはず……。
 だがそこまで考えたところで、ある疑問が頭に浮かぶ。それはここから外に向けての転移が可能か否か、だ。


 この空間内での転移は可能、これはフォドラが証明している。されども回復阻害の結界を貼る魔王が、この可能性を見逃すか?
 数秒の思考。誠が出した結論は、ルルカの命が尽きる前に三人で魔王を倒す、というもの。


 可不可を問う間など無く、出来なければパーティが全滅する、それだけだった。


「フォドラは治療を中断、僕らの援護を頼む! リオナは接近戦に切り替えて僕と共に魔王と戦闘! 賛否は聞かない、ここで倒さなければ……僕らは死ぬだけだ!」
「分かったわ!」
「……っ、はい!」


 いい判断だと、素直にそう思う。逃げることも、治すことも叶わぬと判断するや否や、即座に治癒役を戦闘に加わるよう指示を出して、自分を倒す作戦に切り替えたのは、素直に褒めるべきかもしれない。
 だがしかし、たった一人加わったところでそれが不可能である現実は変わらない。こんな退屈で、ただただストレスばかりが積もる遊戯は、さっさと終わらせよう……。


 そんなことを思いながらサタンはほんの少しだけ、意識を戦闘モードへと切り替える。


「くだらない……。まだ実力差が分からないのでしたら、もういいです、さっさと殺してあげますよ……」


 瀕死の状態で倒れるルルカに指を向け、すっ……と指を撫で上げる。
 その動作と魔力の動きに誠が気付いた時にはもう遅い。すぐ近くにいるフォドラに指示を出す、その寸前……




 ザンッ────




 軽快で、それでいて穏やかな切断音。


 床から生えた、氷で出来たギロチンの刃。


 宙を舞うのはルルカの首。一回転、二回転と回り、床に落ちると更に二転。止まると広がる赤い水溜まり。


 誠達は一瞬、何が起きたか理解出来なかった。否、理解を拒否したのだ。今さっきまで生きていた仲間が、窓枠の埃を払うかのような手軽さで命を落とす。そんな現実を認めたくなかったのだ。


「ほら、もう一人死にました」


 馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべるサタン。その笑みは、人の命を塵とも思わず、羽虫を潰すかのように躊躇無く奪う、狂気じみた笑に見えた。


「呆けるのは構いませんが、死にますよ?」
「ッッッ!!」


 今度は誠に指先を向け、振るう。首を撫でる冷たい魔力を感じ、すぐ様誠は身を屈める。それに遅れて、頭上を氷の刃が通り過ぎていく。


「ふふっ、咄嗟の回避、賞賛致しましょう。ですがいつまで避けられますか?」


 サタンがその細指を縦に横にと振るう度、氷で出来た刃が発生する。誠はそれを直前で回避するも、その数と速度に距離を詰められないでいた。


「フレイム・ブラスト!」
「フレイム・ランス!」


 攻撃が誠に集中している内にと、リオナとフォドラがサタンを挟むように移動し炎属性の魔法を放つ。
 回避しようと、防ごうと攻撃の手は緩む。その隙を誠が付ければまだ勝機はある。そんな二人の思惑を、サタンは軽く嘲笑う。


「喰らい混ざりて敵焦がせ、闇の焔は悪食なれば。【暴食の獄炎グラトニー・ヘル・フレア】」


 サタンの頭上に、直径約二メートルの黒い炎球が発生すると、リオナ達が放った炎魔法を引き付け吸収した。


 驚く二人を無視して、サタンは冷たく言い放つ。


「避けられなければ死にますので、ご覚悟を」


 サタンが指を鳴らすと、頭上の火球は二つに分かれ、リオナとフォドラに襲いかかった。


 二人とも、迫る火球をかき消そうとは考えない。自分達の魔法で容易く無効化出来るほど、弱い魔法では無いことは分かりきっていた。故に、回避を選ぶ。そしてその安易な選択が、その身に迫る死を近づける。


「フリーズ」


 たった、一言。そのたった一言で二人の足元は凍りつき、回避という選択肢を奪う。
 苦悶の表情、小さな悲鳴。迎撃も回避もできない状況に絶望する二人。火球が爆発し、標的を死に至らしめる。


 ただし、転がる焼死体は一人分だった。


「大丈夫、リオナ?」
「誠……」


 動けないリオナの前で、防御魔法を発動する誠。その体には、サタンの攻撃を必死で掻い潜ってきたであろう切り傷が、多く刻まれていた。


「あらあら、あちらの彼女を見捨ててまでその悪魔を助けましたか。彼女も浮かばれ……」
「黙れよ、魔王」


 静かな声音。されどその闘志は熱く、色濃く燃え上がる。
 先程とは違うその雰囲気に、サタンは警戒心を抱く。


「ごめんリオナ、帰っててくれ。後は僕がやる」
「な、何言ってるの誠! 四人で勝てないあの魔王に、一人で勝てるわけないじゃない!」
「その娘の方が現状を理解しているようですよ? それに、この空間からどうやって彼女を帰すおつもりで?」


 この空間にはサタンの部下の一人、豊の張った結界があり、豊が許可した者以外の転移や壁抜けを禁止している。故に、サタンはこの二人が逃げられないと確信していた。


「お前は、僕を甘く見すぎだ。時間はかかったが道は繋いだ、【逆召喚リバース・サモン】」


 誠がその魔法を発動すると、リオナの足元に魔法陣が浮かび、光輝く。逆召喚、それは定められた場所に現在所から人を強制的に送り付ける魔法であり、仲間を逃がすための魔法。


「ちっ……!」


 その魔法が発動したことにサタンも驚きを隠せず、思わず舌打ちを鳴らす。そして同時に、リオナを逃がすまいと彼女に向かって指を三本振るう。


 すると即座に氷刃が三枚発生し、リオナを切り刻む、筈だった。
 氷刃の発生途中、誠が剣を縦に振り抜き三枚全てを破壊し霧散させる。


「お前のその氷刃、作られる途中で壊されたら消滅するんだろ? 僕だって馬鹿じゃない、あれだけ振るわれればそれぐらい見抜くさ」


 光る魔法陣がより一層輝くと、リオナを召喚先へと飛ばす。
 逆召喚の直前、誠の名を呼ぶリオナに、誠は小さく微笑んで手を振った。


「さて、じゃあ死ぬ前に、軽い自己紹介の時間を貰えるかい?」
「あら、死ぬのは前提なんですね」


 冷たい視線を向けるサタン。その視線を受けても、誠は笑を崩さない。


「勿論。正直、僕じゃ貴女には勝てないし、守りたい人は逃せた。逆召喚は自分自身には使えないし、だからまぁ、後は死ぬだけかなって」


 サタンはその言葉を不信に思う。仲間を殺されたことに対する怒り、リオナを逃がせたことに対する安堵感、これから殺されることに対する諦め。そのどれもが本心・・であるために、真意が見えないでいた。


 だがそれを除いても、ここまで来た者についての情報が得られるならばと、紹介の時間を与える。


「いいでしょう。貴方が何を企んでいるかは分かりませんが、自分から情報を吐いてくれると言うのなら、ありがたく頂戴致しましょう」


 時間稼ぎや、虚偽の情報の可能性を考慮しながら、サタンは誠の言葉に耳を傾ける。


「ありがとう、僕の名前は椿誠。中央都市のギルド、英雄の神域に所属する七天星の一人であり、こことは違う世界から来た転生者さ」
「転生者、ですか……。それが事実として、貴方は他の転生者とは随分と違うのですね」


 他の転生者、サタンはブラフ半分に、過去の転生者と比べる意味でそれを口にしたのだが、誠は別の意味合いでとったのか、笑顔が少し固くなる。


「それは、いったいどういう意味かな?」
「あら、文字通りの意味ですが?」


 はぐらかすような笑み、深く踏み込めば墓穴を掘りかねないと判断した誠は即座に引き下がった。


「食えない人だ……」
「人ではなく、魔王ですので。さて、冥土の土産という訳ではありませんが、こちらも少し情報を与えましょうか」


 サタンはそこで一度言葉を区切ると、スカートの端を摘み、恭しく礼をして、こう言う。


「私の名前はサタン、七大魔王の序列一位・・・・にございます」
「!?」


 その言葉に誠は驚き、自分の不運を呪い、少しの幸運に感謝する。
 誠が連れてきた三人は、いずれも誠自身が選んだ実力者。魔王に勝てればそれでよし、勝てずともその戦力を把握し持ち帰れればいい、そう思っていた。
 だが結果はこの有様、仲間は二人殺され、自分も今殺されようとしている。そんな状況にありながら、誠はこうも考えていた。ここに来たのが自分でよかった、と。


「ははっ、運が悪い……。魔王が七人もいたこともそうだけど、よりによってその中で一番強いのに当たっちゃったか……」
「本当に残念でしたね、ですがご安心してください。貴方達程度では第七位の足元にすら及ばせんので、結果に変わりはありませんよ」


 魔王の実力の一端、それを知れただけでも、成果はあった。あの二人の死は無駄ではなかったんだ。そう自分に言い聞かせ、誠は最後の攻撃に出る。


「それは残念だ……。ならせめて、そこの二人には死んでもらう! 【魔滅の光ホーリー・レイ】!!」


 残る魔力の全てを使い、対悪魔特化の魔法を仁と雷華に向けて放つ。眩い閃光、走る光線。下級なら即消滅、中級で致命傷。上級ですら深手になり得るその魔法を止めたのは、やはりと言うか、サタンだった。


「いったい、誰に手を出しているのですか」


 殺意の籠った声と、それに続く風船が割れるような、軽快な破壊音。悪魔二人を道連れにしようとした誠の隠し玉、【魔滅の光】。それは誰を消し去るでもなく、傷を負わせることすら出来ずに、魔王の手によって弾き消される。


「敵わないな……。今のは少し自信あったのにな、かすり傷一つ追わせられないなんて……」


 苦笑を浮かべながら膝をつく誠、魔力を使い果たした彼に、サタンはゆっくりと近づいていく。
 終わらせましょうか。誰に向けたものでもなく、退屈そうに呟いたサタンは、一切の迷いなく誠の首を切り落とす。
 転がる首と倒れる身体、それを見ながら、サタンは深い深いため息を吐く。


「退屈な時間をありがとう、弱い弱い転生者様……」


 面白味の無い戦い。仁と雷華を狙われて一瞬だけ憤ったものの、あまりに呆気ない終わりに、その怒りも冷めるというもの。
 死体は後で回収し、調べよう。そんなことを思いながら、仁達の元へと向かった。




 ──────


 中央都市のギルド、英雄の神域。西洋の城のような作りのそのギルドの一室で、柊誠・・が目を覚ます。そしてそれを待っていたかのように、ベッドの横に座る男が声をかける。


「よぉ、気分はどうだ?」
「失せろ……。僕は今、凄く機嫌が悪い……。報告なら後で行くから、さっさとこの部屋から出て行ってくれ、ジン(・・)」

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