魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

小さな嘘

 サタの湯、食堂。今ここでは十五人の女性達が、恥も外聞もなく、ただひたすらに、がむしゃらに食事を頬張っている。


 短くて数週間、長くて数年、あの場所で拉致され弄ばれて来た彼女達。


 そんな彼女達にまともな食事が与えられるはずもなく、飯とも呼べぬ残飯、硬い寝床、繰り返される陵辱。それらを経験したマリア達にとって、今この場、この食事こそが生に感謝するほどの至福に思えた。


「悪かったな燈、帰宅早々大量の食事を用意させて」
「問題ありません仁様、要望があれば即座に応えるのが私の務めですので」


 宿に戻って直ぐに、サタンと共に大量の食事を作ってくれた燈に軽く謝罪の言葉を述べる。仁に頼まれたからか、はたまた既に準備していたからか、料理の支度は早かった。


「仁様仁様、私も調理に参加したんですよ? なにか言うべきなんじゃないですか?」
「そうだな。ありがとう、サタン」


 自分から強請ねだったものの、仁から素直に感謝の言葉を聞けると思っていなかったサタンは、思わず面食らう。サタンのその表情から、彼女が意外に思っていることを察した仁は、不機嫌そうにいつもの仏頂面を晒す。


「俺が素直に礼を言うのが、そんなに意外か?」
「そうですね、ちょっと意外でした。さっき燈には謝りましたよね? ですので、てっきり私にも謝ってくるのではと思いましたね」


 言われて気づき、仁はバツが悪そうな表情でサタンから顔を逸らす。そしてサタンは逆に、珍しいものを見れたと言わんばかりにニコニコとした笑みを浮かべている。


 元々誰かを頼ることが少なかった仁、だからと言うべきか、他人にお礼を言うことが殆ど無かった。今でも、誰かに頼みごとをすれば、礼を言うこと以上に謝ることの方が多い。


 その主な理由は他人との距離感にある。人を傷付け、恐れられ、避けられてきた仁には、サタン達のように近い距離感で親切に接してくれる相手に、若干の申し訳なさがあるのだ。そのせいでありがとうという言葉よりも先に、すまない、悪い等の謝罪の言葉が出てしまう。


「お礼の言葉が出たってことは、それだけ仁様との距離が縮まったってことですね」
「なんでそうなる……」


 自分で思うよりも浮かれていたのか、サタンは思わず口を滑らせる。


「だって仁様、親しくなった人にしかありがとうと言わないじゃないですか」


 今にも溜息を吐きそうな呆れ顔をしていた仁の顔が、いきなり険しいものになった。その表情で自分の失言に気付いたサタンは、慌てることなく言葉を繋げる。


「そういえばこれは言ってませんでしたね。実は私、あの世界で仁様を一年程・・・観察していたんです。だから仁様のことはある程度は理解しているんですよ」


 ニコニコとした笑みを浮かべたままサタンにそう言われ、仁はそれ以上言及することが出来なくなる。


 サタンの発言の真偽を確かめる術が無いのもそうだが、何故サタンが自分を選んだのか、その謎が解けたために余計言及し辛いのだ。


 サタンがチラリと燈を見る。それだけでサタンの意図を理解したのか、仁に気付かれない程度に小さく頷いて、話題を逸らす。


「仁様、彼女達をここで療養するのは構いませんが、その後はどうなさるのですか?」
「……暫くはあの村の掃除をさせる。今後はあの村が地界での拠点になるからな、ある程度は綺麗にしておきたい」


 詳しく追及したところではぐらかされる、仁はそう結論付けて燈の問いに答えた。そしてそのついでとばかりに、仁も自分の中の疑問をいくつかサタンに投げかける。


「サタン、俺達の敵である天使や勇者ってのはどんな奴らなんだ?」


 天使や勇者が敵だということは知らされているのだが、それらがどういった存在なのかを仁は教えられていなかった。見た目的な特徴、数、その他諸々の情報が仁には無い。


 サタンは顎に手を当てて、思い出すようにしながら歯切れ悪く答える。


「どんな、と言われると難しいですね……。勇者は善神が選ぶため特徴は一切分かりませんし、天使共とは何百年と殺し合ってませんから、姿形が変わってない保証がありません。あ、でも仁様の知る天使同様白い梟の羽が生えてます」


 やや口調が荒くなっているのは、それだけ善神や天使を嫌っているということだろう。


「天使共は自分達こそ最優の種であるとのたまい、人間に擬態することはありませんので見れば直ぐに気付くと思います」


 話しているうちに、過去の天使達との戦いを思い出すサタン。徐々に苦々しい表情になっていく。


「そして善神ですが……アレは善神とは名ばかりの外道です。戦場には最後の最後まで出向かず、部下の死をいとわず、勇者を使い捨てる、そんな外道です」


 戦争なんてそんなものだろ……。仁がそんな風に思っていると、サタンが「それに……」と言葉を続ける。


「別世界から勇者を選ぶのは、善神本人なんです。前回の大戦でも、魔神が一番相手にしたくない相手を勇者としてこの世界に召喚してました」
「成る程。一つ聞くが、そいつは死んだ奴も召喚できるのか?」


 仁の質問に、サタンは首を振りながら分かりませんと答える。


 それ自体はサタンも懸念していたことではあるが、確かめる術がない。
 死者転生の魔法自体はこの世界にもあるものの、異世界の死者を転生させたという話は聞いたことがないのだ。


「まぁ、死人が呼ばれないことを祈るしかないな」
「そうですね」


 淡白な返事とは裏腹に、サタンの顔には影が差していた。


「まぁいいさ、俺は修行に行ってくる。今日の担当は雷華だったか?」
「雷華でしたら、多分裏で掃除をしていますね。後で声をかけておきますから、仁様は先に下で待っていてください」
「そうかい、じゃあ頼む」


 燈に見送らながら、仁は食堂を後にした。
 仁の背中が見えなくなったのを確認した燈は、サタンの方に向き直る。その顔は、少し険しい。


「サタン様、何故仁様に嘘を……」
「私にも知られて都合の悪いことがあるということです。ですから仁様の監視期間については一年で通します、いいですね?」


 燈を見るサタンの視線は冷たく、仁にこのことを話せば処分されると、安易に想像させるような殺意交じりの視線だった。


 その視線を前にして、燈は冷や汗をかきながら、口の中が乾くのを感じる。サタンの実力、性格を知っている燈にはその殺意が本物であることは嫌でも分かる。


「御意……」


 掠れた声で、絞り出すように了承の意を示す。
 その返答に満足したのか、サタンの視線から殺意は消え、いつもの笑みが戻る。


「分かればいいのです。さぁ燈、彼女達の食事がそろそろ終わりそうですし、寝床とお風呂の準備をしましょうか」


 サタンが何を隠そうとしているのか、燈は分からない。けれども、それがとても重要なことで、仁の過去に関わることであることは容易に想像できた。


 安易にそのことに触れることはできないと頭を切り替えて、風呂と部屋の準備のために燈は食堂を後にする。

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