魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

最初の1歩

 もう一つの死体を、蛇の頭が丸呑みにする。それを咀嚼することなく嚥下し胃に収めた瞬間、燈は苦い表情をした。


『不味いですね……。煙草と酒、後はクスリでもキめてましたか? 吐き出しそうな程に不味いです』


 久々の人間との戦闘。多くの人間を食らえると心躍らせていた燈は、目に見えてテンションが下がる。
 悪魔達にとって人間とは、食糧であると同時に強化剤なのである。そのため、多く食せる機会は可能な限り逃したくない。


 だがここの人間は吐き気を催す程に、不味い。そんなものを多く食してしまえば、本当に吐いてしまう。そう思うと諦める他無いため、燈のテンションが目に見える程に下がるのだ。


 魔神が人間の恐怖で成長するように、悪魔達は人間を食らうことでその強さを増す。つまり、上級悪魔である燈や雷華達は、それだけ沢山の人間を食らってきたということになる。


『はぁ、人間というのはどうしてこうも体を壊すようなものを好むのでしょうか、理解に苦しみますね……』


 味は確かに不味いものの、食えば食うほど強くなるからと、悪魔としての本能が人間を食うことを強制させる。今の燈は、人間の死体を見れば食わずにはいられない状態にあった。


『これだけの数いれば、当たりが幾らかいそうな気はしますが、それを引く前に吐くのは目に見えてますね……。仕方ないので、全部燃やしますか。死体が残らない程に』


 見渡せば、百を超える盗賊達。悲鳴を聞きつけぞろぞろと現れた彼らは、その手に武器を持ち、深紅の鎧、深紅の蛇体じゃたいの燈を見上げていた。


 盗賊達の先頭に立つのは二人の男達。片方は二メートルを超える筋骨隆々の巨漢、もう片方は目をバンダナで覆っている長髪痩躯そうくの男性。巨漢は斧を、痩躯は長剣をそれぞれ構えている。


「こりゃまた随分と巨大な蛇よな、捌けば数日は食うに困らんぞ」
「貴様、悪魔すらもその腹に収める気か。そんなんだから暴食のヘインリウスなぞと言う二つ名がつくんだぞ」


 ヘインリウスと呼ばれた巨漢は、燈の姿に場違いな感想を述べ、痩躯の剣士、ブランウェルは呆れた顔でヘインリウスを諫めた。


『私を食料として見たのは、あなたが初めてです。ですが残念、あなた方が私を食することはありません。だって、全員今から死ぬんですから!』


 燈対盗賊百人との激戦が始まった。数では圧倒的に不利、いくら上級悪魔の燈でも、この人数差は厳しいのではないか、そんなことを仁は思う。


 その大乱戦の様子を、サタン達は離れたところから眺めていた。


「サタン、あれ助けに行かなくていいのか?」
「まぁあの程度の人数でしたら問題ありませんね、Sランクの冒険者も四人程ですし。家屋を破壊しない縛りがあっても燈でしたら問題ないでしょう」


 Sランク四人。これは上級悪魔一体を討伐するのに最低限必要な人数であるとサタンは言っていた。
 今の状況はそれプラス九六人、仁の不安はより一層大きくなる。隣にいたサタンにもそれが伝わったのだろう、小さな溜息を吐いてこう言った。


「仁様が多人数を相手取るとき、気を付けていたことはなんですか?」
「唐突な質問だな……。俺が気を付けていたのは二つだ。止まらないことと、一撃で相手の戦意を奪うこと。目、鼻、金的。一撃で相手の動きを制限できる攻撃をして、脅威を確実に減らしながら自分に有利な状況を作れば、多人数を相手にしても案外勝てるもんだ」


 それが出来るのは仁様ぐらいだと思います。呆れた顔でサタンはそう言って、次の質問を投げかける。


「では相手が銃他、飛び道具を持っていた場合はどうしますか?」


 思はぬ質問に仁は少し考える。仁が相手にしてきたのは、あまり歳の変わらない悪ガキが殆どだ。そんな相手が銃火器を持っているわけもなく、飛び道具と言えば精々近場のものを投げるくらい。


 なにかを投げる時の動作は中々に大きいもので、仁は基本的に、投擲が来る前に距離を詰めるか、逆に相手より早く物を投げることを心掛けていた。だがこの質問において、サタンが望む答えがこれでないことは仁にも分かった。


 この場合の飛び道具は魔法。つまり今サタンが求めている答えは魔法を使う相手多数と敵対した際、どう立ち回るべきかであると仁は考える。


「狙われないよう動き続ける、相手より先に魔法を撃つ、フィールドごと敵を一掃する。こんなところか?」
「仁様はその察しの良さを人間関係に活用しましょう。仁様の答えは間違いではないですが正解とも言えませんね、△です」


 じゃあ正解はなんだ、と聞く仁にサタンは笑いながら答える。敵を全滅させる程の火力ですよ、と。
 その答えに仁は納得することが出来なかった。それは自分の答えたフィールドごと敵を一掃するのとどう違うのかと。正解一つ、不正解二つだから△なのかと仁は考えたがそうではなかった。


「フィールドごと一掃する必要はありません。それに今回のように、フィールド自体が目的の場合や、味方がいる場合は巻き込んでしまうので正解とは言えないのです。では、何が正解か? 敵だけを殲滅し周りへの被害を最小に抑えた魔法です。それがどういうものかは、燈が見せてくれるでしょう」


 サタンの言う『答え』、それを本当に燈が見せてくれるのならば、ここで見逃すわけにはいかない。そう思い仁は、燈の戦闘に視線を戻す。


 仁達の視線の先では、今も激しい戦闘が繰り広げられている。
 金属のぶつかり、魔法の応酬。百人を相手にしているとは思えない程、その戦闘は拮抗したものだった。


「この人数を相手に、よくここまで戦えるな! これが上級悪魔というやつか!」
「ガハハハハ! それでこそ倒し甲斐があるというもの、この戦いの後は、きっと酒が美味いことだろうよ! 勝機は我らに有り! 全員、押せーーー!!」


 ヘインリウスの鼓舞に、盗賊達は雄叫びをあげて答える。全員大なり小なり傷を負っているものの、先の一言で気力を戻し、燈へと襲い掛かる。


 盗賊達の総数は百、しかもその中にはSランク冒険者がヘインリウス、ブランウェルを含め四人も存在しているこの状況。傍から見れば燈は圧倒的に不利に思えた。


 事実燈は、体の至るところから血を流しており、蛇の体は何か所も鱗が禿げている。そんな状況であるにも関わらず、問題無いと言わんばかりに燈の表情は落ち着いている。


 燈は目に魔力を集中させ、剥がれた鱗の位置を確認する。何枚剥がれ、どこにあるのか。それを確認した燈は薄い笑みを浮かべて、胸中でこう呟いた。


 準備は完了した、と。


 意気揚々に襲い掛かってくる盗賊達を軽々といなしながら、呪文の詠唱に入る。この戦闘を終わらせる為に、敵を殲滅するために。


『散りし赤鱗せきりん、火種となって戦士を焦がせ! 殲滅の焔、【戦士達に贈る紅十字ウォーリア・デッド・レッドクロス】!!』


 燈が詠唱を唱え、魔法を発動する。燈の体から剥がれた鱗の在りか、それは盗賊達の体だった。燈の蛇体じゃたいに生えている鱗は魔力を帯びており、剥がれると近くの生物に張り付くようになっている。


 盗賊達に張り付いた鱗が一斉に炎の十字架に変化し、対象を焼き尽くす。叫びをあげる間も、反撃の隙も無い程に一瞬で盗賊達はその身を焼き尽くされ、残るのは白骨と炎の十字架のみ。


 煌々と燃える炎の十字架と、それに焼かれ続ける百の骸達。その中心には、血に濡れながら微笑みを浮かべる紅い蛇の悪魔。その光景には、見た者に恐怖を与えるような残酷な美しさがあった。


『ああ、やはり終わりは一瞬でしたか……。Sランクも落ちたものですね、四人いようとも私に致命傷を負わせることが出来ないのですから』
「お疲れさまでした、燈」


 燈が戦闘を終えたのを確認すると、離れて見ていたサタンと仁が合流して労いの言葉をかける。
 さっきまで盗賊百人以上と戦闘し、赤々とした血で体を濡らした悪魔体の燈を見上げて仁は小さく呟いた。


「綺麗だな」
『あ、え……? なに、な、なにを言っているのですか仁様!? 気は確かですか!』


 仁の一言に燈は顔を真っ赤に染める。羞恥心と照れの混じった叫びをあげた燈は、巨体をくねらせながら大きく後退する。


 過去、醜い化け物と罵られたことは星の数あれど、美しいと言われたのは片手で数えて余る程。慣れない賛辞に燈は動転し、慌てふためく。


「その反応を見れば、いままでにどんな風に言われたか粗方想像がつく。けれども、俺は本当にその姿を美しいと思ってるんだぜ? 真っ赤な鎧と鱗、白い肌、紅い髪。蛇の頭も随分と可愛らしい顔してるじゃねえか。ちとデカいがな」


 仁の目を見れば、その言葉に一つとして嘘偽りが無いことが分かる。そして、無いからこそ燈は困っているのだ。
 人の姿であれば冗談や世辞として受け流せたものを、今は悪魔体。この姿で美しいと言われて、受け流すほどの心の余裕は燈に無い。


「なあ、この蛇の部分触っていいか?」
『え……? あ、はい大丈夫です……』


 仁が蛇の部分を優しく撫でる。硝子のような美しさと、なめらかな手触り。爬虫類特有の生温かさは無く、人肌を撫でたような温かさが掌に伝わってくる。


「いい手触りだな、これなら一日撫でても飽きなさそうだ」
「あ、あの……、仁様……。そろそろ離していただけると、助かるのですが……」


 撫でる手を止め燈を見上げると、もどかしいような、くすぐったいと言いたそうな表情かおをして体をくねらせていた。


「すまん、くすぐったかった?」
『そうですね、少しくすぐったかったです。蛇の部分は私の足に当たりますので』


 二人がじゃれついていると、面白くなさそうにサタンが咳ばらいをして窘める。


「ゴホン……、仁様、燈、戯れるのはその辺にしてください。燈、目的の者はいましたか?」


 サタンに注意された燈は一瞬たじろぎ、一つの小屋に二人を案内する。燈は小屋の前で変身を解いて、中へと入った。サタンと仁もそれに続いて、小屋の中へと入る。


 中を見れば、十五人の女性が足を鎖で繋がれてる。年齢は十代から二十代半ば、その誰もがぼろ布を纏い、体中に傷を負っている。中には手足を失っている者もいた。


「やはりいましたか。彼女達はあの盗賊達に攫われたり、買われたりした性処理用の奴隷達です。今回ここを襲ったのは、彼女達の救出も目的にしていたからなんです」
「成る程な。んじゃ丁度いい、ちょっとばかし実験させてもらおうか」


 そう言うと仁は一人の女性に近づき、足を拘束する鎖を掴んだ。その女性は、仁が近づいただけでも小さな悲鳴をあげ、小刻みに震える。その様子だけで、ここでどんな生活をしていたかが窺える。


 仁が鎖に魔力を流し「変換コンバージョン」と唱えた、すると女性達を拘束する鎖が、全て砂へと変わっていく。


 これにより、魔神の魔力を混ぜた物は別の物に変換できる事が分かった。


 実験の成功に気をよくしたのか、仁は小さく笑う。


「OK、実験は成功だ。さて女共、お前さん達には二つの選択肢を与えよう。逃亡か、服従か。故郷に帰りたいとここを去るなら追うことはしない。俺達の下につくと言うのなら、お前さん達の安全とちゃんとした生活を保障しよう」

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