魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

炎獄の蛇帝 前編

「じ、仁さん。仁さん起きてください、朝ですよ〜……」


 仁の名前を呼び、体を揺さぶる彼の名は時雨。
 元は冒険者に飼われていた奴隷だったが、旅館下のダンジョンで仁に助けてもらって以来、この旅館で働いている。


「……なんだ、時雨か」
「は、はい時雨です……。あの、お外は真っ暗ですけど朝ですから起きてもらえませんか……?」
「分かったよ、今起きるから揺さぶるな……」


 吐く息が白くなる寒い朝、温かい布団から出るのは躊躇うもの。仁もその例に漏れずうとうと微睡む中、ゆったりした動きで布団を出……ない。


「すまん、やっぱ二度寝する」
「仁さ~ん! 起きてくださいよ~、起きてくれなきゃ怒られるのは僕なんですから~!」
「うるっせぇな……起きればいんだろ起きれば……」


 今度こそ仁は布団から起き上がり、眠たいまぶたを擦る。隣を見れば、女物の着物を纏い、肩甲骨まで伸ばした黒髪を縛ることなく垂らした時雨が、目にうっすらと涙を浮かべていた。


「で、なんでお前さんが俺を起こしに来たんだ。朝飯が出来たから呼んで来いとでも言われたか?」
「言い方こそ違いますけど、だいたいそんな感じです……。他のお客さん達が起きる前に僕達は食事を済ませなきゃダメですから、眠いのは分かりますが食堂に行きましょう仁さん……」


 目に涙を浮かべ、上目遣いに見上げる時雨に仁は小さく溜息を吐く。
 はっきり言って時雨は美少年だ、そしてその美少年の中でも可愛いの部類に入る。幼く女性的な顔立ちと長い黒髪、大きな瞳と薄桃色の唇。一度一緒に風呂に入った仁でさえ、時折時雨しぐれが男であることを疑ってしまう。今のように女物の着物を着ていると、尚更女の子に見えて仕方がない。


「な、なんですか……?」
「いや、女物着ててもあんまり違和感が無い……。いやすまん間違えた元気になったようで良かったなと思ってな」
「その間違いはあまりにも酷いと思います……」
「それよか、なんで女物の着物着てんだよ」


 やはり女物の着物は恥ずかしいのか、時雨は頬を薄く朱に染めて、体を隠すような仕草をとる。


「う~……好きで着てるわけではありません……。燈さんがここには女物しかないから、今はこれで我慢してほしいって……」
「あ~、この旅館には俺以外の男がいないからな。仮に俺が従業員だったとしてもサイズが合わんだろ、仕方ないことと思ってそれ着て働け。それよか飯出来てんだろ? ならさっさと行こうぜ、冷めちまう」
「仁さんが起きないからじゃないですか~……」


 時雨と二人食堂に向かうと、中からは魚の焼けたいい匂いが漂ってくる。暖簾を潜って中に入ると、仁と時雨以外は既に全員集まっており、遅れてきた仁に文句がぶつけられる。


「仁様遅ーい! 燈が作ってくれた料理が冷めたらどうするのさ!」
「悪かったな碧、でも燈の料理は冷めようが美味いじゃねぇか。いやそういう問題じゃないか……」
「大丈夫ですよ仁様、用意は今できたところです。ご飯とお汁、よそいますね」
「ああ、ありがとう燈」
「仁様は私の隣にどうぞ」


 テーブルの手前側左端に座るサタンが、隣の椅子を軽く叩き仁を誘う。仁は誘われるままにサタンの隣に座り、時雨は仁の右側に座った。


 席の配置は手前がサタン、仁、時雨。その反対側に白亜、雷華、碧。テーブルの横、サタンと白亜の間に燈の席がある形となっている。


 燈が二人分のご飯と味噌汁を持ってくると、仁と時雨の前に置いていく。今朝の献立は鮭の塩焼き、卵焼き、白米とわかめと豆腐の味噌汁、日本の家庭でよく見るような和食が並んでいる。


「今日も美味そうだな、いただきます」


 仁の後に続き、全員が口々にいただきますと言うと、目の前の朝食に箸を伸ばす。ただ一人を除いて……。


「どうした時雨、食わないのか?」
「い、いえ! いただきます!」


 慌てた様子の時雨は手前にある箸を取ると、鮭の身を一口サイズに切ろうとする。だが箸を使い慣れていないのか、その持ち方はぎこちなく、握る右手内で箸がクロスしている。その上力を入れ過ぎているのか、皿の上で鮭の身や箸が滑っている。


「箸、使えないのか」
「時雨は、ここに来て初めて箸を使った、らしい……」
「すみません……」
「別に謝るようなことじゃない。それよか早く食わなきゃいけないんだろ? 今回は俺が食わせてやるから箸はまた練習しとけ」


 仁の言葉を聞き、サタンと燈が驚愕とともに目を見開かせながら二人を凝視する。
 仁はサタン達の視線を受けながら、時雨の皿を手元に寄せると、器用に鮭の身を解して箸で一口分掴み、時雨の口元に運ぶ。


「ほら口開けろ」
「あ、えと……」
「男に食わされるのは嫌かもしれねぇが我慢して食え」
「ち、違います! ちょっと驚いただけです、それに申し訳なくて……」
「そんなの気にしなくていいからさっさと食べろ、俺が食えねぇ」
「は、はい! いただきます……」


 時雨は髪を耳に引っ掛けると、差し出された鮭の身を口に入れる。時雨が箸から口を放すと、今度は白米を一口分掬って口元に持っていく。
 一口、また一口と食べ進める時雨と、食べさせる仁。そしてそれを見つめるサタンと燈の顔は、まるで尊いものを見るかのような穏やかで幸せそうな顔をしていた。


「あ、あの、僕に食べさせるばかりじゃなくて仁さんも食べてください……」
「そうか? なら食べるとしようか」


 時雨に促されて仁も自分の食事に箸をつける、勿論時雨に食べさせた箸でだ。仁のその何気ない行動にニヤけるのを堪えきれない二人は顔を逸らし口元を隠す。


「ん、やっぱ燈の飯は美味いな。……サタン、なんでお前震えてんだ? 燈も」
「いえ……あの……か、間接キ……」
「間接キスがどうしたよ、男同士なんだからそんなの気になんねぇだろ」
「「もう少し恥じらいを持ってください!!」」
「いきなり怒鳴ってなんだよ……」


 椅子を倒しながら立ち上がり、大声を出すサタンと燈に仁は怪訝な目を向ける。


「いいですか仁様、男の子とは言え時雨君は可愛いいんです。男の娘です」
「おまけに今は私が女性用の着物を着せていますからより可愛く見えます。その可愛い子との間接キスなんですから多少はドキドキがあってもいいんじゃないですか?」
「いやだって男同士だしな……。てか着物の件確信犯かよ」
「燈は女装派ですが私は普通に男装派です」


 男の男装とか普通の言葉のはずなのにパワーワード感強いな。そんなことを思いながら、仁は二人の話を軽く聞き流す。


「サタン様は女装の良さを分かってません、可愛い男の子が女の子の恰好をすることへの恥じらいと背徳感はとても素晴らしいものです。行為に移りやすいスカートであれば尚良し! そして今回のような着物であれば色香が増々です! やはり、男の娘には女装しかありません!」
「燈こそ分かっていませんね。男の娘とは男だけど可愛いというアンバランスさを楽しむもの、であればその男の子の部分を強調するために男装するのが鉄則! 女装のように飾れば綺麗、もしくは可愛くなる人など幾らでもいます。仁様だって女装して化粧さえすれば綺麗になれます」
「お前とんでもないこと言いやがるな」
「ですが男装でも可愛いのは素体がいいからこそ。時雨君はそのパターンです」
「無視ですかそうですか」


 熱弁する二人を止めるのが面倒なのか、話について行けないのか、はたまたその両方なのか、碧達は黙々と食べ進める。普段は自分から喋る雷華ですら黙って箸を進めている。
 仁も二人を放置して朝食を食べつつ、時雨にも食べさせる。可愛いだのなんだのと話されて気恥ずかしいのか、時雨の顔は少し赤い。


 仁自身、時雨の顔が可愛いのは理解している。体の線は細く、肌も白い、おどおどする様など小動物のそれのようだ。


 そんなことを思った途端、仁の顔が綻ぶ。
 常から不愛想な仁の笑み、それだけでも珍しいものだが今回浮かべているのは戦闘時、拷問の際に浮かべるような冷徹な笑みではなく優し気な微笑み。それは同姓の目から見ても惹かれるものがあった。


「可愛いだのなんだのと話されるのは嫌かもしれないが、多分あれはお前さんが気に入ってる証だ。許してやってくれ」


 そう言って仁は時雨の頭をそっと撫でる。柔らかな髪、さらさらとした手触りが心地よく、撫でる度にシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。


「ぼ、僕は大丈夫ですから……。あの、仁さんも僕のこと可愛いとか、思ったり、しますか……?」
「まぁ、確かに男にしちゃ可愛い顔してるなとは思うぜ?」


 その瞬間、燈が仁の後ろで小さくガッツポーズし、サタンは悔しそうな表情を浮かべる。


「やはり仁しぐ……。これは、この流れは完全に仁×時雨しかありませんね! 今後も時雨君にはもっと沢山可愛い服を着て仁様を誘惑してもらわなければ!」
「ううっ……。やはり男の娘受けは簡単には覆りませんか……」
「サタン、燈、座れ」


 名指しされた二人の背中、額に大量の汗が流れる。顔は引きつり、青ざめ、さっきまでのハイテンションは消えていた。
 魔王と上級悪魔であるはずのこの二人は今、自分より弱いはずの仁の顔を見れないでいた。それほどまでに先の仁の声は低く、威圧感のあるものだったのだ。


「仁様、おこ……」
「仁さまこわ~い」
「はいはい二人共、触らぬ神に祟り無しって言うでしょ? ボク達は食器片づけて仕事の準備に取り掛かるよ~」
「「は~い」」


 先に食事を終えた碧達が、使った食器を流しへと持って行き水に漬ける。その後、三人は食堂を出てそれぞれに仕事の準備を開始する。
 残されたのは四人。サタンと燈は倒した椅子を拾うと、横並びに置いて座り、仁は時雨を背にして二人を睨む。


「お前らがどんな趣味持ってようが俺に文句はねぇし、ましてややめろだなんて言わない。けどなぁ、もう少し周りに配慮すべきじゃないんですかねぇ?」
「「すみませんでした……」」
「百歩譲って、こんな朝から騒いでたのはいいとしよう。誰も起きてこないところを見ると魔法かなんかで眠らせてんだろ。俺が怒ってるのは別のことだ、分かるか? サタン」
「あ、えっと……。腐った話で盛り上がってたから、ですか……?」
「少し違うな。正解は、当人達の前でカプの話をしたことだ。俺はBLにも腐女子にも偏見は無い。男同士で恋愛しようが、それ見てはしゃごうがそれを気持ち悪いとは思わん。他人に迷惑かけなきゃな!」


 仁の気迫にサタンと燈、時雨が肩を震わせた。燈に至っては目に少し涙を浮かべている。


「燈」
「は、はい!」
「お前さんが時雨に女物の着物渡したんだよな? 理由を聞こうか。時雨には男物が無かったからと言ったらしいが、実際どうなんだ?」
「はい……。仁様もご存知かと思いますがここには女性しかいないため、衣類も女性のものしかありません。ですから一時いっときではありますが女物で我慢してもらおうと……。下着類も碌に無い状況ですので後々買いに行く予定でした……」
「そうか、ならそれは仕方ないこととしよう。女装姿の時雨に、興奮とは違うかもしれねぇがテンションが上がったのもよしとする。だが態々(わざわざ)似合ってるだの、可愛いだの言う必要はあったか? それに最後はもっと可愛いの着せて俺を誘惑してもらわなきゃ、とか言ってたよな? それについて弁解は?」
「興奮していたとはいえ、悪ふざけが過ぎました……。時雨君への配慮に欠けていたと思います……」
「分かってるならいい。趣味の話で盛り上がるのは仕方ないが、そういうのは趣味仲間しかいないところでやれ。興味の無いやつからしたら迷惑以外のなにものでもないからな」
「気をつけます……」


 仁のお説教が相当効いたのか、燈は目に見えて分かる程にしょげ返る。


「次にサタン」
「はい……」
「お前さん、魔王だよな?」
「はい、七大魔王の一人です……」
「魔王なら燈の上司にあたるよな?」
「はい……」
「んで? その魔王様ははしゃぐ燈を諫めるわけでもなくなにしてましたかねぇ?」
「一緒に騒いでました……」
「お前さんは悪ふざけを諫める立場にあるんだろうが、一緒に騒いでどうするよ。もう一回言うが二人の趣味を否定する気もやめろと言う気もない。けど時と場所、誰の前であるかは気にしろ、いいな?」
「「はい……」」


 魔王と上級悪魔である燈とサタン。実力差で考えれば圧倒的に彼女達の方が上だ、仁など足元にも及ばないのは明らかだ。
 だがそれでも逆ギレや、高飛車な態度を取ることなく真面目にお説教を聞くのはひとえに、仁を対等な相手として見ているからに他ならない。
 仁も同様に二人をちゃんと対等な相手として見ているからこそ、個人の趣味に否定的な言葉を投げることはないし、悪ふざけの度が過ぎれば怒る。それが相手を対等な相手として、一個人として認めるということだと思っているからだ。


「少し言い過ぎたな、すまん。できれば今後、その趣味は二人の時だけにしてほしいと思う。いいか?」
「はい、今後はTPOを弁えたいと思います……」
「右に同じく……」
「ならいい、時雨も気にしてなさそうだしな」
「は、はい! 僕は全然大丈夫です!」
「朝の忙しい時間に長々と話して悪かったな。燈と時雨は仕事に入ってくれ、サタンは今から時間あるか?」
「大丈夫ですが、何かありましたか?」
「ちょっと俺の部屋に来てくれ」


 場所は変わって仁の部屋。二人は今、部屋の中央に木製の長机を置いて、それを挟み向かい合って座っている。


「今回はサタンに頼みたいことがあって来てもらった」
「仁様が頼み事だなんて珍しいですね、なんですか?」
「地界に行きたいんだ。んで、その地界に野盗がアジトにしてる村とかがあれば案内してほしい」
「なぜそんな場所に行きたいのですか?」
「そうさな、端的に言えば奴隷だけの村を作りたいからだ。奴隷と言うと語弊があるな、正確には奴隷だった奴だけの、だな」


 何故そんなものを作りたいのか、サタンに一から説明する。
 森で人攫い達と戦った際、碧にこの場は皆殺しが正解であると言われたこと。その理由について仁なりに考えた結果、準備が足りていないという結論に至ったこと。
 その準備とは、敵の人数や武器関連の情報、襲撃の目的が攫われた人や奴隷の解放であるにも関わらず、解放した者達の住居を用意していないこと等を説明する。


「事情は分かりました。碧が鏖殺おうさつを推奨した理由も概ね間違ってないでしょう。付け加えるならば敵を自陣に誘う為というのも一つの理由ですね」
「自陣に誘う為?」
「自分の送り出した駒から一定期間連絡が来なければ、まず真っ先に殺されたことを疑います。碧から聞いてますが、数は十二人ですよね? それは全員下っ端のはずですから、諦めずに上の者を寄越すはずです。そうでなくとも、少数の偵察者は送り込んでくると思われます。アジトを吐かせるのはその時でもいい、そう判断したんでしょう。それに、あの森で戦う方が死体の処理が楽ですから」
「なるほどね」
「で、野盗がアジトにしている村ですが、確かにあります。そうですね、十時になりましたら燈を連れてそこに向かいましょう。時間まで仁様は自由にしていてください」
「分かった」
「ではまた呼びに来ます、それまでは自由にお過ごしください」

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