カフェで織り成す異世界生活

ノベルバユーザー202214

第5話 【丘の上から】




「これ食べれるかな?」

 唐田は木の根本にしゃがみ混んでいる。その手には、見たことがないキノコが握られていた。

「いや、ん~……キノコ、は危険な気がするなぁ……」
「俺も同感だ。何も分からない状況で自然にあるものを食うなんて自殺行為だな」

 周が頭を抱えている横から古賀が言った。
 古賀は以外とクレーバーな男だ。最初こそ感情を取り乱してはいたが、今はその影もない。いささか起伏が激しいようにも感じられるが、こちらの落ち着いている方が普通らしい。
 冷静な判断を下せる人間は1人でも多い方が助かる。

「まずはどこかに人がいないと始まらないな」
「高い所から見渡せれば1発なんだけどな」
「周りに結構山っていうか、丘っぽいのはあるけど、どれも遠いんだよね」

 行く当てはないため最終的にはどこかの丘に登る必要はあるが、体力的に心配な面もある。
 なるべく早く見つけなければならないが、倒れていては元も子もない。

「……俺だけ走って行けばすぐじゃね?」

 古賀がぼそりと呟く。
 盲点とはまさにこの事だ。

「そうか……何もバカみたいに歩き回る必要なかったんだ」
「ああ、ちょっとあそこまで行って見てくるわ」

 古賀の能力は単純明快な身体強化である。元の身体能力からどれだけ強化されたのか、詳しい数値は分からないが、少なくとも5倍はくだらないだろう。

 古賀が走り出す瞬間、鈍い衝撃音が辺りを震わす。地面を蹴った音だ。特別力を入れたわけでもなく、ただ走ろうとしただけでこれである。
 この世界に人がいて、人の規格が元の世界と同じならば、もはや古賀に勝てる者はいない。それほどまでにその能力は凄まじいものなのだ。

「はっや……」

 思わず言葉が漏れる。20秒としない内に古賀は点程に小さくなった。あれだけの運動量に必要とされるエネルギーは計り知れないものだ。いや、そういう概念すら通用しないのかもしれない。運動に消費されるエネルギーの仕組みも効率も元の世界とは全く違うものであると考える方が自然だ。なにせ魔法が使えるような世界なのだから。

「……もう、着いたかな?」

 唐田が丘の方を眺める。

「さあ、着いたんじゃない? 視力は上がったけど流石にあそこまでは見えない」
「あ、やっぱり視力上がってたんだこれ」
「気付かないとかあるのかよ……」
「だって元々目は良い方だったから」
「こっちの世界来れば視力向上するのか? でも佐々木さんはメガネかけたままだったな。能力発動時に並列的にそこら辺の器官も発達するのか、発動する能力によって発達するかどうかが異なるか。可能性の話は尽きないな……」
「頭良い風の事を言うね若林くんは」

「……馬鹿に?」
「してない」

 口では否定したものの、その「してない」は「してる」方の「してない」であると周は感じ取った。分かりやすく言えば建て前ということだ。

「佐々木さん……って不思議な感じよね?」

 唐田が話題を振る。唐田と周の間柄は決して仲が良いといえるほどのものではいないが、自然と会話が出来るくらいには2人とも大人びていた。

「佐々木さんは大学生って言ってたけど、どっちの大学かな?」

 唐田の「どっち」というのは、近くにある大学の内の国立の方か私立の方か、と言う意味だ。
 近くにある大学はその2つで、国立は言わずもがなだが、私立の方もそこそこのレベルのはずだ。

「確か国立の方だ」
「聞いたの?」
「いや、前にその大学から出てくるところを見たからな」

 周の家から高校までの道中に国立大学の正門が見える場所があり、毎日通っている中でたまたま佐々木を見かけたのだ。

「やっぱり頭良いんだろうね佐々木さん」
「だろうな。こっちに来たときも冷静に理解してるようだったし」
「変な人が一緒に飛ばされなくて本当、良かった」

 唐田はふーっと息を吐く。
 それについては周も同感である。下手に取り乱したり、独断先行するような性格の者がいたなら、ここでの生活の難易度は一気に上がる。人情的にハブる訳にもいかないだろう。
 
「あ、戻ってきた」

 唐田の目線の先を見ると、古賀らしき物体が上から降ってきていた。

「おいおいおいおい……!」

 周と唐田の前に古賀が勢いよく着地する。着地というよりは落下だ。衝撃で地面がえぐれ、土煙が舞い上がる。

「っざけんなっ……!」

 周は身を低くし、半球状のシールドを張った。

「悪い悪い、本気だしたらどのくらい跳べっかなって」

 へらへらと笑ながら古賀は頭をかく。

「俺らにケガさせる気かよ! シールド張んなかったら大惨事だったぞ! なあ唐……田?」

 周の隣にいるはずの唐田の姿がそこにはなかった。
 
「お前と違ってあっちは完璧に使いこなしてるぜ」

 古賀は何故か得意気な表情を浮かべ、自らの後ろの方に向けて親指を立てる。
 そちらに目をやると、20メートルほど離れた地点で唐田が手を振っている。

「あいつ、テレポートで逃げやがった……!」
「でかくシールド張ったのに残念だったな」
「うるせえよ。ていうか、どうだったんだ?」
「どうだったって、何が?」
「目的忘れるとかあるのか。人がいそうな所あったかって聞いてんだよ」

 能力の性能を確かめるのはいいが本来の目的を果たせなければ宝の持ち腐れもいいところだ。

「結論から言うと、あった」
「あったのか!」
「なになに、村見つけたの?」

 いつの間にか唐田も戻ってきている。

「あったことはあった。それと……あれもいた」

 あれも? いた? 

 古賀が笑ながら後ろを振り向く。いや、笑っているのではなく、あれはひきつっている顔だ。
 
「嘘……だろ……」
「……え」

 古賀の目線の先にいたのは、大型ジェット機並みの大きさと思われるドラゴンだった。まだ、遠くにいるがその大きさは容易に見てとれる。

「丘の上から下の方見てたら何かが横切ってな。そっちの方見たら目が合って全力で逃げてきた」

 古賀がすっ飛んで、いや、すっ跳んで来た理由はそれのせいだろう。
 そのドラゴンは巨大な羽を羽ばたかせながら一直線でこちらに向かってきている。

「どう……するの……?!」

 唐田は焦り、1歩退く。

 あれに逃げ切れる気がしない。直感で分かるのだ。それに何故か激昂しているように見える。あれじゃあどこまでも追ってくる
 あれと対峙したら最後、どちらかの死によってしか終わりはない。

「唐田、古賀、覚悟を決めろ」
「まさか、戦う気……!?」
「よっしゃ、あれが相手なら全力を試せそうだ」
「ちょっと本気で言ってる!?」

 唐田は未だ覚悟が決まらない。

「最悪お前は逃げろ。それだけの時間は稼ぐ」
「殿(しんがり)ってやつだな」


「……っなんなの……私も、やるわ」
「勝てそうにないって判断したら逃げろ、それが条件だ」
「……分かった」

 苦悩の末、唐田はそれを飲み込む。
 そして、ドラゴンはもうすぐそこまで迫ってきている。

「さあこいや、異世界テンプレートモンスター」 




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