カフェで織り成す異世界生活

ノベルバユーザー202214

第4話 【最高峰の味】



「探索に行く前に軽く食事でもどうだい?」
「いいですね」
「道中に食べれるようなものもこしらえますよ。どうぞ中へ」

 マスターが微笑みながら皆を店の中へと促す。断る理由もないため一同はそれに従う。


「さて……」

 マスターはカウンターの中、キッチンへと移動すると何やら考え込む素振りを見せる。

「どうしたんですか?」

 吉田がその様子を見兼ね声を掛ける。

「いやあね、たぶん1週間くらいの食料はあるんだけど。仕入れも出来ないし、改めて考えるとどうしたら良いかって……」

 やはり現在考えうる中で第一に出てくるのが食料問題だ。店ごとの転移のため、店内には1週間分の食料が残ってはいるが、逆に言えばそこが生命線ということ。
 なるべく慎重に使うべきではあるが、ここは……

「どちらにせよ1週間以内に町村を見つけなければ、いくら食料を節約したところで……ってことですね」

 新庄が悩ましげに言う。

「そうですね。なるべく早急に……」

 周もそれに同調する。

「じゃあ見つけられることに賭けて今日は奮発しちゃいましょうか!」

 せめて気持ちだけでも前向きにとマスターは調理を始める。
 マスターが調理している間、他のメンバーは探索に行く人選について話し合う。
 当然、全員が同じように動くわけには行かない。しばらくはここ『カフェ 岩波』が拠点になる。マスターもあまり離れたくないだろうということを考慮する。

「半分半分くらいが望ましいかな」

 新庄が言う。

「探索に3人、ここに4人で良いんじゃない?」

 続けて唐田。

「なるべくどっちにも能力持ちは組み込みたいですね」

 周も混ざる。
 古賀は「適当に決めてくれ」と言い残し、店の奥の席で寝そべっている。

「能力的に古賀は探索チームの方に組み込みたいですね。もしもの時の対人戦とか、人以外の何らかの生物がいた場合にも使えると思います」
「人以外の生物って言うと……ドラゴンとかって可能性もあるのかな?」
「はい、ドラゴンとか、あとゴブリンとかも有名ですね」
「じゃあ古賀くんは決まりだね。あと僕的には若林くんも探索チームに入ってもらいたいね」

 新庄の意図は分かっている。未開の地を探索する上で知識はあるに越したことはない。元の世界での異世界という概念がどこまで通じるかは分からないが、無知の者が探索するよりは断然良いだろう。

「分かりました。古賀、俺、あと1人はどうしましょうか?」
「んー……あまり考えたくはないんだけど、最悪の場合、例えば古賀くんと若林くんの能力でも対処仕切れない状況になった時にチームが全滅するのは避けたいから……もしもの時に逃げれる、戻ってこれる唐田さんがいいんじゃないかなって思うんだけど。どうかな?」
「確かに、テレポートなら臨機応変に対応できますね。唐田が良ければだけど……」

 周は唐田の方に目をやる。

「いいよ。私もこの世界どうなってるのか見てみたいし」
「ありがとう。じゃあそれでいこう。探索に行くのが古賀くん、若林くん、唐田さん。ここに残るのが僕、佐々木さん、吉田さん、岩波さん、で決まりだね」


「さあ、できたよ!大したものは作れないけど、どうぞ食べて」

 一通り段取りが整った所でマスターが料理をそれぞれに運ぶ。
 基本はカフェであるため材料の関係もあり、そこまで凝った料理は出来ないが、パスタやトースト、パンケーキ等は他と比べてもかなりうまい。
 今回運ばれてきたのはナポリタンだ。
 上品なケチャップの香りが店内に充満する。
 いつの間にか古賀もカウンターに着いている。この匂いには流石に逆らえないのだろう。
 状況が状況だからなのだろうか。なんだかいつもより、格段とうまそうな匂いが立ち込めている気がする。
 遠慮せずフォークで巻いて口まで運ぶ。

 すると思わず動きが止まった。それは周だけでなく、全員が同様のことを感じ取ったからだ。

   『うますぎる』 
 
 そう、うますぎるのだ。
 確かにマスターの腕は悪くない。軽食を済ませるためにわざわざここに食べに来る客もいる程だ。
 だが、それは所詮はカフェというレベルでの話。ここまでの味は未だかつて味わったことがないまである。

 世界で一番うまい食べ物は何か?と問われれば、今マスターのナポリタンを食した人間ならば迷わずこれと言うだろう。
 それほどにマスターのナポリタンは洗練され、卓越していた。

「マスター……これ……」
「店長……いつの間に……」
「え!? うそ! 何か失敗した?」

 予想外の反応にマスターは慌てふためく。

「いやマスター、絶品だよ」
「明らかに今までと違います。材料変えたんですか?」

 新庄、佐々木も褒め称える。

「い……いつも通りのはず……だけど……」

 何かおかしい。ある日突然料理が飛躍的に上達することなんてあるものか。
 ある日突然……
 周はハッと何かに気が付く。同時に新庄も身を乗り出す。

「マスター、何か感じることはありませんか?」
「文字というか、ここらへんに何か浮かんでたりとかは?」

 周と新庄がマスターに問う。

「あ! 浮かんできた! え~……と『調理師/キッチンマスター』って書いてある!」

 やはりだ。突然異常なほど料理の腕が上達する、今の状況から考えてマスターのそれも何らかの能力が発動したものと推測された。
 実際その通りだった。
 おそらく発動に条件がある場合はその条件を満たすことで本人にも知覚されるのだろう。

 マスターの能力は『調理師/キッチンマスター』。発動条件はキッチンに立つか料理を作ること、といった具合だ。
 一見他の4人と比べると地味な能力に感じるが、そんなことはない。

「これもしかしてどんな食材でも超絶品に仕上げられるんじゃないですか?」

 周が言った。

「可能性はあるね。探索に行った時に何か食べられそうなものも探してきてもらわないといけないね」

 吉田がナポリタンにかぶり付きながら言う。

「はい。思わぬ所で希望が見えてきました」

 それに周が答える。

 異世界に食材があると仮定した場合、それらが口に合う料理に仕上がる保証は一切なかった。
 それが少なからず、これからもうまい料理が食えるかもしれないという方向に転がった。
 むしろ早く未知の食材を使ったマスターの料理を食べてみたい。そう思わせるほど平凡中の平凡であるはずのナポリタンが常軌を逸脱した味をしていた。

 一同はすぐにナポリタンを完食する。
 マスターはついでに道中食としてサンドイッチをこしらえてくれた。
 今すぐにでも食べたいがそれを何とか我慢する。

 いよいよ異世界探索が始まる。
 道中何があるか分からない、食料はなるべく慎重に扱わなければないことは承知の上だ。

 周、古賀、唐田は居残り組に見送られながら、異世界の地を1歩ずつ進む。

「こっちは任せてくれ」

 新庄が余計な心配をしないようにと気を利かせる。
 わざわざ言わなくても新庄の能力ならば問題ないだろう。
『道化師/クラウン』は相当特殊で強力なものである。そのことに周は気付いている。だからこそ安心してホームを任せることができるのだ。

「行ってきます」

 もしかすればこれが最後の挨拶となるかも知れない。それは皆分かっていたが口にするものはいない。
 そうならないように全力を尽くすのだ。
 例え何があろうとも、乗り越えて見せるという覚悟をすでに抱いていたから。 

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