友だちといじめられっ子

咲葉

6

「おはよー」


 少女はそう言うが、いつもは真っ先に返ってくる少女の友人の声がなかった。


 教室を見渡しても、友人の姿は見当たらず、風邪でもひいたのだろう、と少女は思っていた。




 そのころ、少女の友人は、病院のベットにいた。たくさんの管や、機械に囲まれ眠っていた。そのベットのそばでは、少女は友人の母親が椅子に座っていた。


 少女の友人は、夏休みが終わる数日前の夏祭りの帰り道、事故にあった。それからずっと目を覚ましていないのだ。幸いにも命には別状は無く、医者によると、数週間もすれば目を覚ますという。





 始業式から数日が過ぎた。少女の友人は、少女になんの連絡も無しに、続けて休む事がなかった。不思議に思った少女は、友人の家を尋ねた。


「凛花なら、今、病院に入院してるよ」


 少女は、友人の兄からそう聞いた。そして、直ぐに少女は、聞いたその足で、教えて貰った病院へ向かった。少女の友人は、病室で変わらず、たくさんの管や機械と共に眠っていた。


「あ、加奈ちゃん」


 そう言った少女の友人の母親は、娘の事故後つきっきりで病院にいたからか、いやに痩せていた。


「凛花、事故に遭っちゃって。もうすぐ、二週間になるの」 


 友人の母親が、小さな声で言った。少女は、何も返せずに、ただただ友人を見つめ、茫然としていた。


 それから、少女は毎日のように、病院に通った。学校でのことを、眠ったままの友人に話した。聞こえているかは、分からなかった。
 だけど、友人が目が覚めるのを信じて、毎日話に来た。




 ある日のこと。少女は、学校終わりに友人の病室に行った。椅子に腰掛け、今日あったことを話し始めた時、少女の友人が、ゆっくりと目を覚ました。それは、少女の友人が事故にあって、三週間が経った頃の事だった。


「凛花、凛花!」


 少女は、何度も友人の名前を読んだ。友人も、それに反応したのか、少女の方を見た。そして、ゆっくり口を開いた。


「あなた、誰、ですか」


 少女は、一瞬、何を言われたのか分からなかった。少女の友人が忘れてしまったのは、少女の事だけだった。すぐに医師が来て、少女はいくつか検査を受けた。だけど、その原因ははっきりと分からなかった。




 それから二ヶ月。少女の友人は、外傷はあまりなかったため、学校に復帰した。この日も少女は、いつもより少し遅れて学校に来た。
 教室のドアを開ける直前、教室から話し声が聞こえてきた。


「ねえ、凛花。加奈の事忘れちゃったって、ほんと?」


 笑いながら言われたその言葉に、少女は開けるのを止め、聞き耳を立てていた。


「ああ、うそうそ。もう、うんざりしちゃったんだもん」


 そう答えた声は、紛れもなく少女の友人のものだった。


 少女は、頭が真っ白になるのを感じた。少女は、ドアを開けることを止め、走った。靴の踵を踏みつけたまま、全力で走った。いつもより遅く来たとはいえ、ほとんどの生徒は登校さえしていない。少女は急いで家路に着いた。
 家に着くなり少女は、制服姿のまま、部屋にこもった。


「加奈、学校行かないの?」


 少女の母親が、聞いていた。


「行かない」


 少女は、小さく返した。




 それから一週間後。少女にとっては、一週間ぶりの学校だった。


「おはよー」


 少女は、教室のドアを開けた。
 なんの変化もなく、クラスメイトは口々に挨拶を返してくれる。


「おはよ、凛花」


 いつものように、いつものように、と心の中で言い聞かせながら、少女は、友人にあいさつした。


「お、おはよう」


 少女の友人は、戸惑ったように返した。




 休み時間。また、話し声が聞こえた。


「なんなの、あいつ。忘れたってのに、話しかけるって」
「ほんとだよね。でも、加奈、これが嘘だって知ったら、悲しむんじゃない?」
「あ、最近休んでたの、この前の話、聞かれたからかもよ」
「かもねー。まあ、別にどうだっていいけど」


 大きな笑い声が響いた。その中には、少女の友人の声もあった。
 少女は、辛かった。いつから、そんな風に思われていたのだろう、と、悲しかった。


 それでも少女は、翌日も、知らないふりをしながら、少女の友人にあいさつをした。話しかけた。
 それから、何日も何日も、同じようにあいさつをして、声をかけた。


「おはよー」
「おはよ」
「次の授業、なんだっけ」
「か、科学、じゃ、なかったかな」
「あついねー」
「そう、だね」


 ⋯⋯⋯⋯


 声を掛ける内容なんて、話す内容なんて、なんでも良かった。ただ、少女は、少女の友人と話すだけで良かった。でも、その度に、自分に対する愚痴や文句が聞こえてくるのが、少女はただただ辛かった。だけど、少女は、それに耐えよう、と思った。少女は友人を、少しでも信じていたかった⋯⋯。

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