無い無い尽くしの異世界生活

花屋の息子

カイバクの夏

 それから雨季が終わり、麦の芽が出揃う春が過ぎ、俺は四歳になった。
 なったからどう変わると言う事も無いとは思うが、少しは畑仕事を手伝えるほどに体力も付いてきたと自分では思っている、それでも戦力扱いして貰えるは来年からで、今年は良く見ても三軍のベンチくらいかな。
 そこから更に季節はめぐり夏の初め、俺が感じた地球の作物認識と、この世界で生育している作物との違いについて、俺の主観になるが少し話そうと思う。
 世界と言ったが、この町から出た事が無いから全てに当てはまるかは解らないんだけど、まあこの町でも良いか、主食に食べるエン麦は地球のエン麦とは別物と言えるモノだった。
 乾季の終わりに種をまき、雨季に生育したそれは春になると根本に水を張る、雨季までなら同じものと言えたかもしれないが、水田のように水を張った畑を見ればそれはもう別の作物だとしか言えない。
 そのまま春の半ばまで水を張り、夏に向けて水を抜いて畑を干していく、晩春に稲の様に穂が垂れたエン麦の実が初夏に向かうに連れて黄金色に実る、そして、今まさに収穫真っ只中と言う訳だ。


「パパ、今年はいっぱい?」


 このエン麦モドキの正式名称は知らないし、豊作という言葉も知らない俺が持っているボキャブラリーでは、この質問しか出来ない。


「そうだな、カイバクの実入りも良い今年は豊作だな」


 やっと名前が聞けたエン麦モドキの正式名称は、「カイバク」と言うらしい。
 ここは子供らしくはしゃいでおくよ。


「わ~い、豊作だ~」
「お~い、お前たち豊作で忙しくなるんだ、浮かれてないで手え動かせ、この畑は今日終わらせるぞ、そのつもりで動けや~」


 祖父からの檄が飛ぶ、その祖父にしても豊作の所為か、いつもより顔がほころび気味で声が高めだ。
 カイバクの収穫は、日本の米の収穫そのままと言った感じで、俺も小学校の頃に体験学習でやった事があるが、鎌で株元を切ったら藁で括る、括った物をハゼと呼ばれる干し棒に掛けて乾燥させるのだ。
 それにしてもこのカイバクは、実以外ほぼ稲にしか見えない、若干葉や茎は麦寄りだが生育環境や収穫時の穂などは稲に似ている。
 そんな事を思いながら作業をして、昼までには半分以上刈り終えた。
 そもそもの馬力が地球人と違うよな!
 中腰での作業は、子供の俺にはあまり堪えないが、大人たちは別のようで腰を伸ばしては叩いている。


「じーちゃん帰ったら、腰揉んで上げる~」
「エド帰ったらなんて言わずに、昼飯までちいっと腰に登ってくれや」


 俺からの提案は却下だったようだ、夕方まで我慢できないし揉む方にしたら多分力がなさ過ぎて、揉んだところで効かないと判断された。
 畦道の草むらに横になった祖父の背中に登ると、「そこもう少し強くだ、もう少し上までだ」と指示が出される。
 祖母が「ご飯だよ」と呼びに来るまでの10分程度、祖父の背中をフットマッサージし続けましたとさ。


「ハンナ午後からはハゼ掛けに入ってくれ。リースとエドは、ばーちゃんの所までじーちゃんと父ちゃんが刈ったカイバクを運ぶんだぞ」


 祖父から午後の作業の指示を受けながら、昼食を取る大盛りサラダとオートミールは変わらないが、この時期スープが変化する、それが少し懐かしいワカメなのだ、ただ当然のように異世界では味が似ているだけでモノがまるで違う。
 こちらのワカメモドキは森に生えている、ビロ~ンと海草のように木から垂れ下がっているキノコで、少しでも懐かしい物が食べられたのだから、けして細かくは無いのだけど細かい事は気にしない事にした。
 午後の作業は子供には一苦労で、乾いていない藁籾の重い事と言ったら、これが腕に来る。
 少しの量なら軽いのだが、それでは祖母の作業が止まってしまうため大量に運ぶと重くてしんどい、畑を見た時に、刈るのは左へ進み乾すのは右側と、ハゼ自体は畑の右隅にあるのだから、後になるほど遠くなっていくのもキツさに拍車をかける。
 片隅に寄せるのは理由がある。カイバクの収穫を終えた畑には二期二毛作で、次の作物が蒔かれるのが一般的に行われる畑の使いかたで、畑の半分にカイバクを蒔き、もう半分に豆や野菜などを蒔く、二期目のカイバクは、春まき小麦のイメージに近いかもしれない。
 二期目のカイバクは領主に税として納める分で、これを作らないと税が納められなくなるww。
 二毛目の夏野菜は、この世界でも実物が多く作られる、フェーネルと呼ばれる空洞が無い中まで肉が詰ったパプリカや、ヒトアと呼ばれるミニトマトのように鈴なりに実るタマネギが多く作られる、この二つは保存性が良いので夏に作って一年間食べるのだ。
 作業も夕方近くには、ほぼ終わりこれから3日ほど乾燥させて脱穀になる。
 めったに無いみたいだけれども、万が一雨が降りそうなら納屋に避難させないと大変な事になる、このカイバク吸水が、ものすごく良いのだから雨水を吸い込んだら、また数日は干し直しをしなければならない。
 まあこの辺りは夏の降水量が少ないので、雨で脱穀が出来ないなどと言う事は、あまり無いみたいだけど全く降らない訳では無いから、気を抜いて朝起きたら雨なんて笑えない事も偶にはあるようで、どこの家も刈り終えたカイバクが心配と、家長さんは眠れない夜を過ごすらしい、明日どころか一週間先まで天気が分かる天気予報を、今更ながらにスゲ~と思うし異世界にも欲しい。
 さて、三日後の脱穀が楽しみだ。
 と言いたいところだか、明日から早速に夏カイバクを播くので、その前準備をしなければ作業が進まない、ゆっくり休んでカイバクの乾燥を待つ訳にはいかないのがつらいな。
 この世界に週休二日制のホワイト企業なんてそもそも存在しない、まあ日本も明治くらいまで休みの日なんて無かったのだから、そんなに不思議でも無いんだけど。
 さあ明日も働くぞ。

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