儚い雪に埋もれる想い

雪莉

記憶喪失が不愉快

美空は、何か言い返そうとした。が、突然百瀬が大きな声をあげ、顔を輝かせたのでそれは出来なくなった。



「そうだっ。ネタがないなら、僕が面白いことを話せばいいじゃないですか。何でこんな重要なこと、思いつかなかったのだろう」
 



 先ほどから左右の眉同士が、くっつきそうなくらい真剣に考えていたようだった。

それがこんな事だったなんて、美空は思いもしなかった。それと同時に幾分か知恵を絞ったら、こんな答えにたどり着くのか不思議に思った。 


それも、今までしていた顔は変顔に見えなくもない。



「色々考えてくださるところ悪いのですけど…。私、あなたの生活から足しになった話なんて、聞きたくない」


 「やられたら、やり返す」という言葉の通り、容赦なく切り離す。


「っ……」



濁ったうめき声で、ほぼ拒絶されたともいえるこの状況を、百瀬は子犬のようにしょんぼりしている。


原稿をもらえない挙句の果て、心臓を突き刺すようなその言葉を言われた百瀬。さすがに能天気な彼でもショックらしい。


 すると、その子犬に餌付けをするように美空は、こう慰めかけた。


「勘違いしないでほしい。個人的に伽耶が、面白い話を私のために考えてくれることは嬉しい。けど、仕事の足しのために、そんなことさせるのは絶対にイヤ。それと、私の小説のすべては、自分で感じて、体験して、触れ合ってきたものから成っているの。記憶喪失者がなにいっているの、って思うかもしれない」



 記憶喪失者。


 美空は高校二年の冬の記憶が、全くと言っていいほどなかった。

全くと言っても授業内容などは、はっきりと覚えている。だけど思い出が、学校に通っていたという感覚がない。



 ただ十七歳の誕生日に、愛する人が自殺したという事。今は昔話に近いが、美空の家が豪邸だった頃にある使用人が失踪していることしか知らなかった。


 記憶がないということは、美空が一番気にしているところだった。


欠点というべきだろうか。



いつもの美空は、そんな自傷的な事は絶対に口にはしないだろう。


別に口にしていないだけで、思ってはいる。


というか、普通の人と比べれば自虐的で、マイナス思考と言われる部類の人間だ。


だが性格上、被虐的に思っていても、口にはできない。



ただ、それだけの事だ。

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