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小さな魔法の惑星で

流手

五十. 炎上

 ──直ぐに出発する。

 その言葉の後、振り返ることもなく耽美な街を後にした。あれほどまでに様々な感情を呼び起こされたにも拘わらず、滞在したのはほんの一時である。
 その全容を知ることもなく、甘い香りに別れを告げるのは、些か隣にいる彼女には悪いと思うものの、それでもそうするしかなかったと理解はできた。もちろん、彼女だって同じだろう。後は気持ちの問題である。

 また戻ってくることにはなるのだろうが、どうなるかはまだわからない。ともかく、今は早々と求めていた情報……ではないにせよ、仲間の窮地を知ることができたのだと喜ぶべきなのだろう。
 しかし、人の縁とはどこに繋がっているかわからぬものである。少し遡れば全くの他人と今こうして肩を並べ、共に敵地を目指しているのだから。

 それでも、長旅の疲れもあり本音を言えば……強いて言えば、体力の回復も兼ねて少しばかりの息抜き程度は楽しみたかったものではある。
 満喫、とまではいかずとも、その雰囲気を味わうだけで心身の疲労はある程度解消されたはずだ。
 とはいえ、別に取り立てて不満があるわけではない。
 何より、早くフリットに会いたい、という気持ちが勝っていたのも事実であるからだ。

 ナツノはちらりと横を見る。もしかすると、隣を歩くエステルだって同じ事を考えているのかもしれない。今でこそしっかりと前を向いているが、街を出たばかりの時は流石に何度か振り返っていたようにも見えた。
 ……やはり、少し悪いことをしたのだろうか。彼女には、この街が目的なのだと伝えていたのだから。

 つまるところラザニーとは、それ程までに魅惑的な街であるのだ。異邦人である自分ですらそう感じるのだから、ずっと前から知っている彼女たちからすれば、それはもう比べ物にならないのかもしれない。いや、そもそも比べるべきですらないのだろう。

「そういえば知ってるー? ラザニーに龍と鬼が出たっていう噂があるらしいけどー」

 グランバリーへの道中も半ばへと差し掛かろうとした時、少し前を歩く背中から唐突に声が発せられ、ナツノとエステルは思わず顔を見合わせた。
 それは、誰に言っているという感じでもないのだが、二人には何故か不思議と自分たちに向けての言葉のように聞こえてならなかったのである。

「龍? 龍がいるの?」

 自分が試されているとまでは思わないが、彼のその言動に少しの違和感を感じてしまう。時折感じるこれの正体は何だろうか。それでいて、聞き返さずにはいられないのは、その言葉であるが故のことだろうか。
 そんなことを考えていると、街を見て回れなかったことが再び少し悔やまれてしまう。
 とはいえ、今も現場にトウカがいるわけでもないことはわかっているので、一旦は意識しないように努めるしかない。

「いる、というよりはさー、いた、みたいだねー。どうして急に出てきたんだろうねー」

 そんなことを知ってか知らずか無邪気に、驚いたねー、とまるで雲でも掴むかのように手を大袈裟に天へと掲げている。
 それには返事をすることなく、ナツノはちらりとフィアッカを見た。

 彼はどこかつかみどころがない。この噂にしてもそうだ。それ以上のことを知らないようで知っているのではないか。また、知っているようで知らないのではないかと思わせるような態度が、逸るナツノを惑わせている。

「あのラウンデルが嗅ぎ回っていたようね。どうやら、本国への報告はしなかったようだけど……」

 フィアッカの話を聞いたミレディが、少し物憂げに顔をしかめる。

「案外頼りないな、慧眼も。その場にいながら街に被害を出すなんて。そりゃ報告もできないだろう。今頃何か言い訳でも考えているんじゃないのか」

 そう言うリビエラの声には少しの感情が乗っている。これは……怒り、だろうか。

「……それは違うぞ。でも、だ。ラウンデルでも、被害を出してしまったと考えるべき、だ」
「それに、彼は今ダンガルフ落としの真っ只中よ」

 ラドーはそれだけぶっきらぼうに言い放つと、眠そうな目を思い切り擦った。ミレディが言葉を続けるが、リビエラはまだどこか猛々しい。

 ──本当にトウカなのかな?

 そんな彼女たちを傍目に見たがら、ナツノはシリウスに問い掛ける。彼の言う鬼はメアリードであることは間違いないだろう。それは実際に彼も目にしている。
 しかし、龍はわからない。何故なら名前は一切出ていないからだ。あくまでもメアリードもナツノもトウカを知らないために、彼が勝手にそう推測しているに過ぎない。トウカである証拠もない。
 そこでふと、メアリードの言葉を思い出した。

「そういえば、僕たちはグィネブルのほうから来たんだけど、簡単にマーキュリアスに入れるんだね。実はこっちにくるのは初めてで、てっきり検問でもあるのかと考えていたんだけど」

 ナツノが言うと、皆が揃って不思議そうな顔をする。

「検問?」

 その空気を察したエステルが直ぐにフォローを入れる。

「グィネブルといっても、アマルタの奥地なの。だから、少しこちらに慣れていなくて。ね、おかしいのかな?」

 エステルが後ろを歩くリビエラを振り替える。

「ああ、枯れた地か、それはご苦労なことだ」

 アマルタ、という単語に理解を示したのか、それで納得したようでそれ以上は誰も口にしなかった。
 その様子を見届けると、ナツノは考える。

 何故、メアリードはグランバリーの砦を口にしたのだろうか。特に気にもしなかったが、大地の区切り以外に両国を明確に分かつものはないように感じる。ならば、取り分けてその場所を口にする必要はない。通過しなくていいわけだからだ。
 となると……

 ──グランバリーで何かしてたのか!

 良からぬ予感が脳裏に浮かぶ。そういえば、何も知らずにこの惑星に来ていたようであった。

 ──そういえば、“龍の惑星”とも言っていたな。

 手探りではあるが、点と点を線で結ぶかのようにキーワードを並べてみる。しかし、結局は決定打に欠ける為、なかなか一つに繋がない。しかし、改めて自覚することはできた。
 忘れてはならない。ここは魔法の世界なのだということを。それこそトウカと思わしき龍以外にも、龍がいたっておかしくはないのだ。
 ……例え、かつてのハンザーが存在したとしても。

「なんなら探してみなよー。きっと、まだいるはずだよー」

 ナツノは黙って頷いた。

「あははー。……案外、鬼でも龍でもなく、実は魔法使いだったりしてね」

 フィアッカはそれだけ言うと、なんてねー、と高らかに笑い飛ばした。

「馬鹿馬鹿しい。それよりグランバリーは大丈夫なんだろうな。すぐに落ちるようでは話にならんぞ」

 リビエラがフィアッカを一蹴し、話が変わる。知らない者からすれば、与太話に付き合っているほど暇ではないということだろう。

「……まあ、大丈夫でしょー。誰かがなんとかすると思うよー」

 そう言うと、ちらりと彼方へ目を向ける。

──マードック、わかっているな? 俺たちは倒れてはいけないのだから。

 前を歩く背中の隙間から溢れる音を、声を、気まぐれな風が拐っていく。ナツノはその様子をただ静かに耳で感じていた。
 不安か、もどかしさか。はたまた両方か。

「……だといいがな」

 リビエラもそれ以上は特に何も言わなかった。

 エステルはそんなやり取りを傍観しながら、人知れず下を向いてはぎゅっと拳に力を込める。
 考えは今もまるで纏まらず、何とかして、消化しようと思えば思うだけ、皮肉にも勢い良く燃え上がってしまうのだ。

 彼女はここへ来る途中に、ナツノから少しだけ話を聞いていた。

 魔法のこと。
 風の精がいること。
 魔法の樹があること。

 ──リリク様も言っていた。あたしにだって少しくらいの魔力はあるって。

「……フーン、やっぱりいるんだ。魔法使い」

 そして、誰にも聞こえないように、小さくそう呟いた。

「魔法……あたしだって……使えるモン」

 そう思うのは意地なのだろうか。

 ◇

 どこかで声が聞こえた。
 ほとほと静かになってきた戦場ではあるが、まだ所々で微かに人の雄叫びが飛び交っている。真面目な、もとい諦めの悪い者がいるということだろう。……例えば、自分のような。 
 彼女は黙って唇を噛んだ。

 再び声が聞こえる。今度は先程よりも遥かにしっかりと耳まで届いた。近付きつつあるということだろう。
 確認するようにヴィルマを見ると、彼もまた同じようにこちらを向いている。まるで、来ますよ、と物語っているようにも見えた。

 恐らく彼は彼女……ファニルの身を案じているのだろう。そんな彼もまた疲れたような顔をしている。

「はぁ、来ますよ。下がっていますか?」

 半ば諦めたような声で問われているのを聞きつつも、やはり首を横へと振り言い放つ。彼もわかっているはずだ。

「いえ、任せてください」

 確かに先程まではその背に負ぶられていた身ではあるが、今では少しは回復している。動くことくらいはできるだろう。
 多少の申し訳なさを感じなくはないが、こればかりは譲れない。

「待ちたまえー!」

 ほどなくして三度目の声が聞こえ、徐々にその姿も見え始める。ついに現れたようだ。
 どこかで見た、というよりむしろ、大きな盾としっかりとした鎧にその身を包む姿はまだ記憶に新しい。

「あなたは……」

 再び立ち塞がる、いや、舞い戻ってきた獲物を睨み付けて威嚇する。
 忘れもしない。逃した獲物……つまるところ、この戦場に残してきた恥のような部分だった。

「また会ったな! 今度こそ降参したまえー!」

 性懲りもなくまだそんなことを言っているのか。そう思うと呆れとも怒りともいえる炎がファニルの感情に火をつける。

「言ったはずです。あなたが泣こうが喚こうが、私は死ぬまで手を止めるつもりはないと」

「相変わらず気味が悪いな、君は。来たまえっ! マードック君!」

 そう叫ぶと、一歩下がって盾を構える。相変わらず慎重なその様子がやけに鼻に付き、動作の一つひとつでさえも、ファニルの焔に薪をくべていく。

 何度来ようが、誰が来ようが関係ない。例え地獄の業火に身を焼かれようとも、退くつもりだけは一切ない。

 ──私は“鬼”だ。

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