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小さな魔法の惑星で

流手

四十四. 鬼退治

 彼女は慌て、そして、飛び起きた。
 夢には至らずとも、あれから時が流れているのは明白だったからである。空の色に変わりはないが、周囲の喧騒がどこか遠かった。
 続けて、彼女が完全に伸びていたと自覚したのは、覚醒してから二秒ほど数えてからである。そして、覚えていたのは吹き飛ばされたところまで。寝起きのそれとは違う、得体の知れない空白が、敗北の証だとばかりに記憶の一部を占領していた。
 本当に一瞬出来事だったのである。

「っ……」

 完全に意表を突かれたと苦々しく唇を噛む。無様にも満足に受け身すら取れず、結果、気絶までしてしまっているのだから、ぐうの音も出ない。
 認めざるを得ないのだろう。……敗北したと。

「だからなんだっていうの?」

 ざわつく心をを落ち着かせようと小さく呟く。納得などできるわけがなかった。
 結果はどうであれ、ファニルはまだ生きているのだ。命は燃えている。つまり、まだ終わっていない。

 具体的にはどれくらいの時間が経ったのだろう。そして、相手は止めを刺しに来なかったのだろうか。
 疑問は次々は浮かび、再び敗北の実感をなぞるように、ファニルにそれを知らしめては逃げるように移り変わる。

 自軍はどうなっているのだろうと気になったのは、更に少しの時間が経ってのことだった。それも、ちらりと見知った顔が浮かんだ程度である。

「……っ!」

 ──ズキンッ! 

 突如、始まりを告げるかのような稲妻が頭を駆け抜け、それからしばらくはその鈍痛で地へ伏してしまう。割れるような──とはよくいったもので、悶絶すること必至だった。
 頭を、打ったのだろうか。痛みに慣れるまでは姿勢をそのままで、努めて冷静に掌で頭をなぞってみる。続けて体、そして手足も。血は出ていない。小さな傷はそこそこあるものの、重傷といえるようなものはないだろう。

「ふむ。どうやらお目覚めのようですな?」
「……っ!」

 痛む頭を堪え、反射的に武器を探す。しかし、周囲にそれは見当たらなかった。
 不意討ちを食らったような形であったにせよ我ながら迂闊すぎると悔やみつつも、ファニルは声の主を睨み付けた。

「慌てるのは無理もないにせよ、声の一つくらいは覚えておいてもらいたいものですな。ファニル君」

 そして、──君らしくもない、とそう付け加える。
 言われてみれば、確かに聞き覚えのある声に違いない。そう、確か……あれは遥か昔……? いや、違う。つい先日だ。

「ラウンデル……様、でしょうか?」

 少し考えた後にようやく答えに行き着く。そんなによく見知った人物ではないので、咄嗟の認識が及ばなかったのは仕方ないが、仮にも指揮官である。
 確かめるようにその姿を認めると、ラウンデルは少し目を細めた。

「如何にも。では、記憶の混乱はもう大丈夫のようですな」
「はい。少し迂闊でした」

 未だ痛む頭を押さえながら、ファニルはなんとか声を絞り出す。
 その様子にラウンデルは頷き、そして、更に目を細めた。

「一体、相手はどなたですかな?」

 その返事も待たずして、ラウンデルはまるで得物を探すかのように戦場を観察し始めている。ファニルは口の中で舌を転がす。そして、悟る。
 恐らくは、自分が動いていた時より状況は悪化しているのだろうと。

 一通り落ち着いてくると、次に気になるのは隊長を始め、自分の隊がどうなったかだ。一度は流してしまったものの、所属している隊の状況くらいは知らないでは済まされないだろう。とはいえ、自分の隊、と呼ぶのは些か抵抗がある。
 開始から纏まりがないどころか、まさかの一度も合流できていないのだから。
 悔しいのは、仕方なかったとはいえ、個人プレイの果てであるこの姿をラウンデルに見られたことだ。

「キュロロと、そう名乗っていましたが」

 名を口にし、改めてその姿を思い出してしまう。何をされたのかわからないが、止めを刺しに来ないというのがまた腹立たしい。

 ──もし逃げたくなったら、いつでもそうしてくれて構わないわ。

 挑発であったのか、その言葉の真意は計り損ねるが、今こうして生きていることを思えばそういうことなのかもしれない。

「キュロロ? ふむ」

 そんなことを考えているうちに、ラウンデルが一つ頷く。
 わかったのか、そうでもないのか曖昧な反応で済まされたようだ。そんな者は眼中にない、と。そういうことだろうか。
 そうであれば、どのようにして彼女自身が敗れたのかを伝える必要はないのだろう。

「……劣勢に思いますが?」

 会話を繋ぐように切り出してみる。無言ではいられないと思ってしまったのは、どこかで自分が役立たずではないということを主張したかったが故のことなのかもしれない。

「確かに。あまり良いとは言えそうにないですな。して、クラレッタは現れましたかな?」

 ところが、ファニルはまたもやその会話に少しのズレを感じてしまう。
 これは、聞かれたことだけを答えるほうがいいのだろうか。やはり、こちらからは切り出さぬほうがいいのだろうか。

 指揮官殿に対しても、いちいち苛つきを覚える自分にファニルは更なる苛つきで上書きをする。屈辱の敗戦の後で、多少気が立っているのだろう。
 ……情けないという思いも、当然ある。

「……いえ、できれば引きずり出したかったのですが」
「いやいや、引きずり出す必要などありませんな」
「何故、皆クラレッタを特別視するのでしょうか? 先程、リゼール隊のフリードと名乗る人物にも近付くな、と止められましたが」

 わざわざ告げる必要があるもは思わなかったが、返事があるかの興味本位で質問を投げ掛けてみる。
 彼女の見立てでは、半分ほどは何らかの反応があるのではないかと睨んでいた。というのも、確実にヴィルマの名前に反応をしていたからだ。

「リゼール隊……フリード? ……ほう。確かにそう言ったのですな?」
「ええ、“近付いてはいけない”と確かに言われました」

 しかし、その予想は外れたようだ。少しばかりは興味を示すような素振りをみせるものの、やはりどこか上の空である。食い付く気配はない。
 ともあれ、それほどまでに警戒をされる人物、クラレッタとは一体どんな人物なのだろうか。

「ああ、それから一つ。悪い夢は見なかったですかな? 特に……昔の、ですな」

 思い出したように、ラウンデルが顔を覗き込んでくる。まるで、瞳の奥を覗かれているような……。

 ──これは……心配ではない?

 不思議な感覚だった。
 そう、ファニルを見ながら、彼女を見ていないような。発された言葉すら、その真意が他にあるようで……。

 今度は苛立ちではなく、恐怖だった。ラウンデルが怖いとファニルは思ってしまったのである。

 ◇

 ダンガルフの喧騒は、徐々にその範囲を狭めている。そう、高所から見物していたクラレッタは判断していた。
 新たに加わる者もおらず、元気に斬り込んでくる者も見当たらない。どちらかといえば逆であり、命を散らす気はないと言わんばかりに離れていく者が目立っている。
 とはいえ、完全に撤退はせず、離れた場所で様子を窺っているというのが正しいのだろう。何かの拍子にこちらが崩れるようなことがあれば、再び息を吹き返す可能性はまだ十分に残っている。つまり、余力は残っているという見方もできるのかもしれない。

 しかし、それらを踏まえても、やはりこの戦場は既に終焉へと向かっているとクラレッタは考える。
 要は、後一押しが出来るかどうかの問題だと彼女は感じているのだ。

 広きに渡って展開されていた各地での攻防は既に狭まり、小さく限定的なものに変わっている。軍隊では珍しい部類にはなるが、傭兵のように撤退をする姿もそれなりに見受けられた。
 命を懸けてまで落としに来てはいないのだろう。それ自体はこの惑星ではよくあることだ。

「……ゼフィー、私も戦場に出ようと思います」

 今まで静かに戦局を見守っていたクラレッタであるが、ついに決意したように呟いた。
 だからこそ、今この戦いを終わらせるべきだと考えたのである。

「どうしてですか? キュロロさんに任せておくって……」

 告げられたゼフィーが少し困ったようにクラレッタに聞き返す。
 彼女には理解ができなかったのだ。どうして今になってわざわざその身を危険に晒す必要があるのだろうかと。

「とても危険だからですよ」 
「駄目です! 駄目! 危険なら尚更ですよ!」

 ゼフィーは体全体を使って反対する。彼女が声を荒げる度に、二人に周囲の視線が集中し始めていく。良く通る大きな声はよく目立つのだ。
 お忍びで行くつもりではなかっただろうが、その様子にクラレッタは困った顔で目を背ける。

「……私が! だったら、私が代わりに行きます!」

 尚も憤るゼフィーをクラレッタは優しく抱いた。

「ありがとう、ゼフィー。でもね、あなたでは到底敵いはしないわ」

 優しく、それでいて、しっかりと拒絶される。クラレッタがゼフィーへ向けて、こんな態度をみせることは今までなかった。

「どうしてですか? なにも……そんな」

 そのショックからか、続く言葉がうまく紡がれない。それでもゼフィーは必死にクラレッタの前に立ち塞がろうとする。

「どうか、私に任せてください」

 嫌な予感がするのだ。行かせてはいけないと本能が警告を鳴らしているのだ。
 キュロロもまだ帰って来ない。マードックも、イッキとフッキもそうだ。そして、フィアッカも……。

 マードックが敗れる瞬間はゼフィー本人も見ているし、マチビの報告によると、キュロロの相手は相当の手練れであったようだ。
 イッキとフッキの行方は不明だが、もし、このまま帰って来ないようなことがあれば……一体、誰が戦場でクラレッタを守ることができるというのだ。

「私は必ず帰ってきます!」

 焦りからか、返事を待たずに次々と口から言葉が飛び出していく。とにかく、止めなければとの想いが溢れだしていた。

「駄目よ。あなたにはここでキュロロを待っていて欲しいの。私の代わりに」
「嫌です!」
「ゼフィー……」

 クラレッタの、少し困ったような悲しげな声が聞こえ、一呼吸を置いた後に首の後ろへ軽い衝撃を受ける。
 驚くくらい呆気なく、あっという間にゼフィーの意識は遠退いていった。

「許してくださいね。ゼフィー」

 ──どうして……? 行かないで。

 薄れゆく意識の中、最後にそう言いたかった。
 微かに口が動いただけであり、言葉というには余りにも抜け落ちた、吐息のような願いの残滓を残してゼフィーは倒れる。

 もし聞こえていたら、彼女は少しくらいは考えてくれただろうか。
 ……いや、クラレッタは迷いなく出ていっただろう。それならいっそ、いってらっしゃい、と送り出すほうが良かったのだろうか。

「鬼退治、に参りましょうか」

 その言葉は誰に向けて放たれたのか。それは誰にもわからなかったが、少なくとも彼女が起きる頃にはすべて終わっているのかもしれない。
 倒れたゼフィーに集まる人波を避けるように、クラレッタは歩き始めた。

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