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小さな魔法の惑星で

流手

四十二. 理想郷

 初めからおかしいとは感じていた。だってそうだろう。たった二人が、それも片手間に念じていただけで、仮にも世界の一つが狂う、もとい、変わるなんてことがあるだろうか。あり得るだろうか。

 トウカは身を屈め、足元に咲いていた一輪の花に手を添えてみる。可憐な花だ。
 それは自分の運命を知っているのか、はたまた受け入れているのか。明日には散るかも知れぬ輝きを以て凛と咲き誇っている。

 ──無理、よ。

 可能性としては、確かに変わることもあるかもしれない。ただし、それはほんの一部の規格外の魔力を有する者に限るだろう。

「世界の種……」

 あの時、水晶に映っていたのは本当にこの惑星だったのだろうか。そして、クレハの狙いはなんだったのだろう。そして──

 ……どうして、自分たちだったのだろう。

「おい! 誰だか知らんが、ここで何をしている? 不審な奴め!」

 ──特に気配は感じていなかったはずなのに。

 突然の罵声に、自分が思いの外考え事に没頭していたのだと気付かされる。

「別に。ここに飛ばされただけよ」

 ちらり相手を見ると、途端に苛立ちが押し寄せる。何故、この惑星では直ぐに武器を構えるのだろう。
 彼女の目の前にいる見知らぬ男は、恐怖の意味も知らずに凄んでいる。まるで道化だ。

「……飛ばされた? わけのわからんことを」

 撤回する。恐怖くらいは感じたのかもしれない。何やら慌てたように、どこかへせっせと合図を送っているようだ。きっと仲間を呼んでいるのだろう。

「これも、こんなものでさえ、私たちのせいだっていうの?」

 最後に一度だけ、名も知らぬ花へと問い掛ける。そして、彼女は腕を振るった。

 ◇

 ──キャルル。
 確か、彼女はそう名乗っていた。

 荒れた大地を渡って来た、森の賢者たる人物を探している。他にはそんなことも言っていた気がする。
 長年の退屈と、自分のことを探し出す人物がいたという物珍しさから、一度は会ってみることにした。こんなことは、この惑星に来てから初めてだったからだ。
 しかし、やはり二度目からは“人形”に任せると決めた。無論、彼女がつまらなかったというわけでは決してない。

 その後、何度も“人形”と彼女が話をしている様子を見掛けたが、特に会うことはしなかった。
 そう、話をしようという気にはならなかったのである。というより、話をしたいという欲が自分にはもう残っていなかったのかもしれない。何せ、人との接点を断っている身である。そもそも他人に用事などなかったのだ。

 “人形”によると、彼女には兄がいるらしい。名前は……忘れた。ただ、人より少し体が弱いと言っていた気がする。
 不思議と“人形”と彼女は気が合うようで、日々様々な話をしているようだった。というのも、その日聞いた話を“人形”は私にも教えてくれるのである。
 まるで自分のことのように報告をするそれは、感情を昂らせているかのように、決まって熱を帯びていた。

 ──彼女は何者なのか。

 そもそも、どこで私のことを聞いたのか、また、人が立ち入ることのないこの場所をどうやって見つけたのか。何故、存在するかもわからない私に会おうと思ったのか。
 今思えば、であるが、彼女に関心がなかったといえば嘘になるのかもしれない。そうでなければ、戯れにも会おうとは思わなかっただろう。

 結局、その後も私からは会うことをしなかったが、ある日、ついにその日が来た。“人形”が彼女を私の元へと連れて来たのである。

「願いを叶えてもらうわ」

 いつの日かの彼女は、はっきりと私にそう告げた。

「では、君が私の願いを叶えてくれるのか?」

 対し、私はといえば、ついそんなことを口にしたように思う。まるで、小馬鹿にしたような、からかったような、そんな返事をしたのである。

「ええ。この子を外に連れ出してあげる」

 私は驚いた。
 なんと彼女は迷うことなく“人形”の肩を叩いたのだ。また、肩を叩かれたそれは、何も言わずに私を見ていた。それもまた、彼女に期待をしていたのかもしれない。

 何故だかはわからないが、確かに私はその言葉を長い間……そう、本当に長い間待っていたのだと気が付いた。
 その瞬間に私は、そう自覚したのである。

 ……救われた気がした。否、肩の荷が下りた気分だった。

「良いだろう。一つだけ、そなたの願いを叶えよう」

 私が噛み締めるように頷くと、彼女はまるで私がそう答えるのがわかっていたかのように軽く微笑み、頷いた。そして、“人形”の肩に手を回し、優しく引き寄せる。

「ありがとう。でも、その前にこの子に名前を付けてあげたいの。構わないかい?」
「……いや、名前は決まっている」

 そうだ。その命が誕生した時から既に決めていた。否、その前から……ずっと前から決めている。

「へぇ? だったらどうしてそう呼ばないんだい?」

 彼女はまるで私の心理を探るかのように目を細める。

「その必要がなかった、からだ」

 ──そう、ただそれだけだ。

 そんな私を彼女は何も言わずに見つめていた。いや、何も言わずにいてくれたのかもしれない。

「これはミラージの書という」

 私は"彼女"に一つの魔道書を手渡すことにした。

「いや、改め、風花の書、としよう。餞別だ」

 いつしか彼女は背を向けている。

「ありがとう。お別れですか?」
「……ああ。さらばだ」

 私は“魔法”を発動させた。

「お前の名前は──」


 あの日からどれくらい経ったのだろう。ふと感じた懐かしい魔力に顔を上げる。

 ──一瞬だが間違いない、あの子のものだ。

 ◇

 二人は誘われるがまま、小洒落た店内へと足を踏み入れた。まず、金属に加工を施したと思われる細やかな装飾が目に入り、内装にも気を遣っているのが感じられる。この辺りに、ナツノは比較的質素なグィネブルとの文化の違いを感じてしまう。正面に見える何か動物を模したようなエムブレムは、この地を代表するような生物だったりするのだろうか。
 また、外観からは周囲と変わらないごく普通な飲食ができる建物に見えたが、どうやら他と違って個室ばかりが用意されているようだ。

「わぁ、意外と広いんだ」
「でしょー? あはは。っていっても俺も初めて来たんだけどねー、こういう雰囲気のところは」

 そんな二人の会話を聞き、ナツノは改めて周囲を見渡した。確かにこういった仕切りのある店はこの惑星ではあまり見掛けていない気がする。それに、どちらかといえばだが、この惑星では見知らぬ他の誰かとの一期一会を楽しむという趣を持つ人が多くいる印象を抱いていた。
 もっとも、これに関してはナツノ自身が旅人のようなものであり、情報収集をしていたのが商人達ばかりであったせいかと思われる。

「自由な場所でいいのかな?」

 店は繁盛していないわけではないのだろうが、そこそこの空きはあるようだ。開け放たれた部屋を見るに、そんな感想を抱いてしまう。
 ひょっとすると、何か他人に聞かせたくない話をする場合に利用されるような場所なのかもしれない。

「いやー、こっちに用意してあるんだ」

 そう言うと、フィアッカは淀みのない足取りで奥のほうへと進んでいく。その様子にエステルが首を傾げる。

「げ、元気に歩いてる……よね?」
「そう見えるね」

 そんな二人の様子に気付いたのか、フィアッカは一度足を止めると、わざとらしく壁にもたれ掛かり、二人に手を振った。
 怪我をしているのは事実であるが、どうにも胡散臭さが消えないのはどういうわけか。

「早く来なよー。それとね、勘違いしないで欲しいんだけど、長くは持たないんだからー」

 一応、無理をしているとの旨を言いたいのだろう。確かにその顔色は頗る悪い。
 足が止まるナツノを促すように、エステルが彼の背中を押す。ここまで来ておいて、今更躊躇うのもおかしな話だということだろう。

「行こうか」

 ナツノはエステルに頷くと、再びフィアッカを目指して歩き始めた。

 そのまま少し歩き、奥のほうまで進んでいくと、不意にフィアッカが立ち止まり扉を指す。ナツノからは案内をした彼でさえ、どこか緊張しているかのように見えた。
 他のそれとは違い、扉が閉まっていることを考えれば、他に誰かいるようだ。

「……おっけー。たぶんここだ。着いたよー」

 見たところ特に他の部屋とも違いもないようで、単に工面した場所がここだったということなのだろうか。

「入らないの?」

 扉の前から動こうとしないフィアッカの顔をエステルが不思議そうに覗き込む。

「……ああ。うん、行こうか」

 ──扉の向こうには誰かがいる。

 幾人かの話し声を感じ、ナツノは小さく息を呑んだ。
 その直後にフィアッカの手が扉に触れ、隔離されていた空間が一つになる。

「ようこそ、歓迎するわ」

 その扉が開ききるよりも早くに、迎え入れるような声が聞こえてきた。

 ◇

 部屋に入るとまず、苦笑いを浮かべる女性が目に入った。その周囲には数名がおり、皆が似通った反応を見せている。
 おそらく、フィアッカに対して……だろう。

「まさか、本当に人を連れてくるとはね」
「連れて来るまで外に放り出したままにしておくつもりだったでしょー」

 やはり緊張しているのだろうか、軽口からはどこかぎこちなさのようなものが隠れて見えた。
 ということは、フィアッカもまた彼女らとは単なる仲間というわけではないのかもしれない。

「つもりも何も、まず、無理なら引き受けてはいけないわ」
「まぁー、無理だとは思っていなかったから受けたんだけどねー」

 既に部屋の中には三人おり、どうやらフィアッカの帰りを待っていたようだ。
 厳密にいえば、フィアッカを待っていたのではなく、彼が連れてくるであろう人物、つまりはナツノたちを待っていたらしい。妙な話である。

「リビエラ、相手をしては駄目よ」
「腰が引けているようだから、一度躾がいるかと思って」

 来たばかりのナツノたちを置き去りに、場の空気がみるみる間に悪化していく。
 要領を得ないナツノたちは扉の近くから動くことができなかった。巻き込まれるようなら、逃げの一択である。

「あぁっ怖っ! 早く帰りたいなー」

 気に障ったのだろう。意外にもフィアッカは意地を張るように、目に見えた挑発を口にする。
 独り言のようにしてはいるが、明らかに特定の人物に聞こえるようにそうしていた。

「帰ればどうだ? ただし、約束は違えることになるが」
「君と約束を交わした覚えはないね」
「我々に協力する、とそう聞いている」
「ははー、そんな都合のいいように変えられても困るな。正確には、“ミレディ”に従う、と言ったはずだよ、ねぇー?」

 フィアッカが視線を移動させて笑い、相手は悔しそうに別の一人を睨む。おそらく、互いのその視線の先にいる者がミレディだろう。

「……二人ともいい加減にしなさい」

 その口から、やや怒気を含んだ一声が放たれると、ようやくその場に一時の静寂が訪れる。
 ナツノは確信した。彼女が頭であると。

「リビエラ、そろそろ彼を仲間だと認めることは出来ないかしら?」

 ミレディがリビエラを窘める。
 それを見たフィアッカが、彼女からは見えないように、へらへらっとリビエラに笑い掛ける。抜け目がない男だった。

「っ!」

 その様子に気が付いたリビエラは、言葉にならぬ声を上げる。その顔には怒りの表現が滲み出るように浮かび上がっていた。
 誰の目にも直情的であることは明らかだろう。単に相性が悪そうだ。

「大丈夫だよー。気にしてないからー」

 間髪を入れずに、まるでフォローするかのような言葉をしれっと口にする。

「あなたもよ。私が気付かないとでも思っているのかしら?」

 今度はフィアッカが窘められる番だった。端から見れば、単なる子供の喧嘩である。

「あはは……」

 誤魔化すように笑うその様子を、リビエラがじろりと睨む。言いたいことはあったはずだが、何も言わないのはその辺りの要領がいいのだろう。
 無論、言ったところで次のお説教が始まるだけだ。

「いい? 二人とも。フリットを連れ出すまでは協力し合うことを約束して」
「えっ!」

 その単語に反応するように、今まで黙って全てを見守っていたエステルが、堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

「もしかして、フリットがいるの?」

 一呼吸を置き、その場の視線がエステルに集中する。

「……」
「……」
「……」
「……え? えぇーー! うそー!」

 驚きと戸惑いの入り交じったなんとも間抜けな悲鳴だけが、その場の空気を打ち破るかのように鳴り響いたのだった。

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