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小さな魔法の惑星で

流手

二十七. 時間

 甘い香りに包まれたこの街は、今日も人で溢れている。

 その特有の香りのせいだろうか。大半の旅人達はゆったりと落ち着いた街であるという認識を持ってこの街を訪れているようだ。

 確かに、違うということはないが、それは旅人達からみた街の一部分であり、実際は慌ただしく動き回っている者も少なからずいる。例えば、商人達がそうだろう。まだ暗いうちから動き回って一日の仕込みから準備を済ませ、日が昇ると大勢の旅人達を相手にせっせと商売に勤しんでいる。

 この街は良くも悪くも人が多いのだ。

 そんな側面があるにしても、やはり旅人達からは癒しの街となるのだろう。
 必要な物は何でも一通りは揃うであろうし、美味しい食事も取れる。疲れを飛ばすような温泉だって湧いている。
 多少の混雑など気にならないほどおおらかになるということなのかもしれない。

 改めて、変わった街だと思った。

 ほのかに漂う甘い香りは、目覚めの頭をもう一度夢の中へと優しく撫でるように誘ってくる。それでいて、賑やかなのだ。
 そう、心地よい街の喧騒が知らずのうちに気分を盛り上げてくれているのがわかる。

 ──今度は休暇で来たいな。

 諦めるように微睡みに別れを告げ、そのまま目を開けるとゆっくりと起き上がり、覚醒を促すような大きい伸びを一つする。それが終わると改めて立ち上がり、窓の外を眺めながら深く大きな深呼吸をする。既に外の世界は目まぐるしく動き回っているようだった。

 どこか甘ったるい空気も思いの外悪くない。そう思っている自分の意外な一面を自覚すると、彼は少し驚いた。
 その後、身支度を整えるとすぐに街へと繰り出すことにする。これからラウンデルという軍の偉い人に会う約束になっているのだ。

 ──時間までは……まだ少し余裕がありそうだよね。

 折角良い気分なのだ、少しくらいは街の様子を見てから行くのも悪くないだろう。

 そう決めると、ラウリィは人混みに埋もれるように颯爽と進んでいった。
 
 ◇

 街の外れにある小さな店には、隻眼の男──ラウンデルの姿があった。

 賑やかな街の少し外れた所にある、静かな場所。そういったところを彼は密かに気に入っている。

 今回は特別に貸し切りを依頼しており、一般人が立ち入ることはない。マスターはいるものの、当然ラウンデルの顔見知り……いや、“元”軍人というほうがいいかもしれない。
 この店に集まるのは皆、彼の関係者ばかりだった。

 今回集められているのは、ダンガルフ砦への侵攻を考えて選ばれた、マーキュリアス各地からの援軍である。といっても大層な人数でもない。ほんの数十人といったところだ。

 そもそも本来は、“魔法使い”らしき人物の捜索と接触の為であったのだが、急遽方針が変わっている。というのも、実は既に三人もの該当人物に接触することが出来ていたからだ。
 しかし、目的を達成した為に方針が変わったわけではない。つまり、決して良い結果が得られなかった為の変更なのである。

 いくつかの情報を得られたのは間違いのない事実ではあるが、不慮の事態が次々と起こり、その者らとの関係が悪化してしまったというのもまた事実である。
 そういう事情もあり、一旦この問題から離れることに変更を余儀なくされているのだ。

 しかし、これはこれでよかったとラウンデルは思っている。どのみちダンガルフ砦は落としておかねばならぬわけだし、“魔法使い”という得体の知れない者に対し、これ以上不用意に部下を接触させたいとは思わない。
 これは相対してわかったことであるが、敵対するには些か危険が伴うからだ。それこそオーディナルあたりに情報を提供すれば、直ぐ何かしらの有効な手を打ってくれるだろう。それからでも遅くはない。

「まぁ、任せておくほうが良さそうですな」
「はぁ、どの件でしょうか」

 独り言のつもりであったが、聞こえていたのか隣の部下から返事が返ってくる。

「ヴィルマ君、君は龍や鬼と正面から戦いたいのですかな?」
「はぁ、なるほど。それは任せておくほうが良さそうですね」
「賢明ですな」
「それはそうと今回は何人です? いるんでしょう? お気に入りが」

 名簿を見る限りでは既に名を上げているような者は見られないようだが、ラウンデル自らが各地を視察し使えそうな者達を選別していることを考えれば、それこそ何かしらの狙いはあると思われる。
 ヴィルマが知る名前はそこに見当たらなかった。

 ちなみに、彼らは基本的に少数での活動を好んでおり、信頼する仲間の数はそれほど多くはいない。その為、こういった機会に様々な人材に触れ合っておくのも一つの狙いであったりする。

「そうですな、まぁ、二人ほどは」
「はぁ、多いのか少ないのか。落とすつもりで考えています? はぁ、もちろんダンガルフの件です」

 話が戻るが、今回こうして人が集められたのはグランバリーの防衛力は維持したままで、ダンガルフへの侵攻を図る為である。つまり、言い換えれば、強襲部隊の選抜だといえる。

 グランバリーにある砦は商業拠点であるラザニーまで近い拠点となる為、万に一つも陥落させてはならない。
 対し、グィネブル側のダンガルフ砦が難攻不落である以上、ある程度の防衛力は維持したままでの侵攻を余儀なくされているのである。

「まずはグランバリーの状況を見てからですな」
「まさか落ちてたりしませんよね。言っておきますと、私は反対でしたよ」
「ヴィルマ君、君はもう少し我慢を覚えなくてはいけませんな」
「はぁ、考えておきます。報告が来ていないことを考えたら、案外何もなかったのかもしれませんね。それについてはどうお考えですか?」
「そうですな。あと少しというところですかな」

 軽く咳払いをするとラウンデルは呟いた。早速誰かが来たようだ。
 
 ◇

 ファニルが現地へ到着したのは予定よりも随分と早い時間であった。
 今日行われる会議のために昨晩からこのラザニーの街へ訪れていたのだが、予定を残したままで散策に出掛けるのも些か気が乗らなかった為、その日はさっさと就寝することにし、今朝はいの一番に駆けつけたというわけである。

 うろうろしていても仕方がないので、ひとまず指定の店へ入ってみることにする。今までの経験からすれば、今日も自分が一番乗りだろう。

 ──どんな猛者が現れるのか、特等席で見させてもらおうかしら。

 そんなことを考えながら扉を開け店内を見渡すと、意外なことに既に何人かの姿が見える。

 ──こいつらは……時間を知らずに来ているのか? 

 自分のことはさておき、ファニルの頭に早速疑問が浮かび上がる。それでも、ひとまず顔には出さないように簡単に挨拶をし、中への一歩を踏み出した。

「ファニル・エアルです。本日は……」
「はぁ、どうぞ。空いている席は自由に使ってもらって構いません」

 ところが、言い終えるより前に説明が割り込まれる。それこそまるで彼女には関心がないように、ちらりと一度見ただけだった。

 少しむっとするがそこは会釈で済ませ、改めて周囲に目を走らせる。
 ──五人。すでに五人もいるようだ。

 既に親しそうに振る舞っている様子から察するに普段から行動を共にしている者達であると考えられる。
 そして、少し離れた位置に座っている人物、そう、ラウンデルがいるとなると彼の部下である可能性が高い。

 ファニルは安心する。そうであるなら自分が一番と考えてもいいだろう。大丈夫、自分が一番だ。

 その場で少し考えた後、彼女は一番奥の端のほうへと進んでいく。折角早く来たのに、中途半端な位置に座るなどナンセンスだ。

 入り口のほうに集まっている先輩らしき者達、そしてやや真ん中に座っているラウンデル。

 入り口のほうに集まっているのは、参加者に声を掛ける為だとすれば理解出来る。
 しかし、ラウンデルの半端な位置はなんだろう。

 ──はっきり真ん中に座ればいいのに。

 ……そもそも何故こんな店なのだろうか。大事な作戦だと聞いていたのだが。こんな調子では期待外れもいいところである。

「ふむ。なかなか集まりませんな」

 そんなことを考えているうちに、ラウンデルが口を開いた。思わずじっと見てしまったのかもしれない。

「時間厳守は人としての基本です。確かにまだ時間はありますが、そんな調子で大丈夫なのか些か心配です。それとも皆さんはこの会議のことなど忘れてしまっているのではないでしょうか」

 少し困らせてやろうと思うと、ファニルはあえて辛辣に言葉を並べてみることにした。この程度で怒るようならそれこそ器も知れているというものだ。

「ふーむ」

 しかし、予想に反して誰も反応を示さない。怒るものもいなれば、当然諌めるものもいない。
 軽い返事が一つ返ってきただけで特に何が起こるということもなかった。

「では、そろそろ始めますかな」

 こうして、予定時刻より遥かに早い時間に作戦会議が始まりを告げた。

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