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小さな魔法の惑星で

流手

二十六. 嘘

 ──静寂。

 実際そうであるのか、もしくは自分の中で音というものが消えてしまっただけなだろうのか。

 ──嘘つき。

 テントに戻ったナツノが目にしたものは、エステルが残したメッセージだった。

 このたった一言にはどれほどの意味が込められているのだろうか。震えるように書かれた文字は何度も書き直した形跡が刻まれている。

 ──何が嘘だったんだろう。

 そのままテントから飛び出すと悪戯に風の精を走らせた。
 まだ明るい夜空を舞い踊るが如く、そよ風が旋回しては乾いた音を静かに周囲へと響かせる。

 しばらくそれが続いた後、ナツノは一つの答えにたどり着いた。

 ──音は、ある。

 自分はきっと何かが欠けているのだろう。きっと大事な何かが。それが、心と体のバランスを崩しているのだ。
 ナツノは軽く下唇を噛んだ。

「シリウス、君は何かわかるかい?」
「そういったことは自分で考えるがよい。価値観とは個々によって異なるものなのだ」
「そっか。勉強になるよ」

 一度はその場で大の字を描くが、すぐに思い出したように起き上がると、ナツノは再び魔法樹の方へと歩くことを決める。
 何故そう思ったのかはわからないが、今は少しでもこの場所から離れていたかったのだ。

 ◇

 ナツノは歩きながらぼんやりと考えていた。

 これからどうしたらいいのだろうか。ただフリットを待っているだけではあまりにも拙い選択に思えるし、かといって適当に移動するのも最善であるとは思えなかったからだ。

 ──そうか、ユノへ行ってみるのはどうだろう。

 ふと、以前にも情報収集を兼ねて訪れた街が脳裏に浮かぶ。
 大勢の人々が行き交っているあの街であれば、ラザニーへの情報も得られるかもしれない。少なくとも一人たりとも知り得ないということはないだろう。

 そんな時、ふといつもの景色に違和感を覚えた。

 ──何が違う?

 その正体を確めようと魔法樹に駆け寄ると、すぐに原因がわかった。……誰かがいるのだ。

 その者は力尽きたように魔法樹へともたれ掛かり、天を仰ぐように肩で息をしては微かに震えている。
 何かを探していたのだろうか。周囲には手や足で大地を均したような形跡が多数あり、その衣服にしても薄汚れて乱れているようにも見えた。

 迷った者が目印としてこの樹を頼りにこの場所へ来たのか、あるいは魔力に引き寄せられた者が元を辿ってここに来たのか。

 まさか、新たな転移者ってことはないよなぁ、と首を振りながら、ナツノはその顔を覗き込む。

「え?」

 意外にも見知ったその顔に、思わず驚きの声が飛び出した。

「エルマ?」

 以前からは想像できないほど弱々しく、そしてどこか儚げな存在であるかのように魔法樹にその身を預け眠っていたのは、メアリードの探し人であるエルマその人であった。

 少しやつれたのだろうか。疲れきったその顔色はすこぶる悪く、表情は悪夢にうなされるかのように時折歪むように顔をしかめては震えている。
 目立った外傷はないように見えるが、体温が大きく下がっているようで、その体はとても冷たかった。  

 ──魔力を使いすぎたのか?

 メアリードの話ではトウカと戦闘になっていたはずだが、目立った傷がないことを考えると恐らく即座に転移には移ったのだろう。
 若干のタイムラグは気になるが、座標がズレて離れた場所へと転移していたのだとすれば辻褄は合うようにも思える。
 ナツノは改めてエルマを見た。

 実際に見たことはないのだが、自身の容量を超えるほどの魔力を使い果たすと、体が結晶化する事例があると聞いたことがある。

 ──もし、そういうことであるとすれば……

 彼女は魔法樹の近くにいるほうがいいかもれない。それに、ひょっとすれば、彼女自身もそれを考慮したのかもしれない。

 ナツノは近くにしゃがみこむともう一度エルマに触れ、その様子を確めると隣に腰を落とし込んだ。

 起きるまでは寝かせてあげよう。話を聞くのは起きてからでも遅くはないだろう。
 そして、ナツノも目を閉じる。

 ──嘘つき。

 そんな言葉がちらりと浮かび、胸を刺した。

 ◇

 迷路のように幾度となく現れる分岐点を考えることなく走り抜ける。
 いや、既に考えることなど出来るはずもなかった。

 知らぬ者が踏み込んだなら、まず間違いなく最深部に到達出来ずに引き返すことになるだろう。もとい、知らぬ間に外へ出されるのだから、そうであると気付くことすらないかもしれない。

 夢現の住まう地──アルタミラ大森林。この神秘の森はそう呼ばれ、外部からの侵入を静かに拒み続けていた。
 そして、エステルが今夢中に駆けているのはその神秘の森なのである。

 体力はほとんど使いきっており、疲れきった頭はもはや考えることを放棄してしまったようで、今では意識さえもほとんどなく、ただ周囲を漂うような淡い光を追うばかりである。
 そんな状態ではあるのだが……不思議なことに、その光はまるで彼女を最深部へと誘っているかのようにふわふわと舞い続けていた。

 ──この感覚、懐かしいな。

 そう思うと、エステルはつい手を伸ばして淡い光に触れてみようとする。しかし、それは触れた途端にぱっと消えてしまうのだった。

 エステルは夢中になり手を伸ばした。彼女が触れる度に一つ、また一つと光が弾け、その都度新たなものがどこからともなく現れる。
 彼女は何度も何度も手を伸ばした。

 やがて、全ての光が消える頃には彼女の体は軽くなっており、不思議ともやもやした気持ちさえも雲散霧消したかのように、いつの間にか晴れている。

 ──助かった。この調子なら休むことなく村までだって行けるかもしれない。

 そのままの勢いに身を委ねると、エステルは大きく息を吸い込んで力一杯大地を蹴る。
 そして、走って、走って、走って、そして、また走った。

 しばらく経ち、日が完全に昇る頃、ようやくその足がピタリと止まる。崩れるように膝をつき、震える喉からなんとか言葉を絞り出す。

「──ハンザーっ!」

 ──あった……。

 結局、どれだけ遠回りをしたのかはわからなかった。それでも、確かに見つけたのだ。

 ◇

 ゆっくりと目を開けた。
 まず飛び込んできたのは青く広がる大空、そして、目眩く光る太陽だった。
 以前もこんなことがあったなぁ、ともう一度目を閉じる。いや、あの時は夜だったか。

 体の調子を探るようにそのまま軽く深呼吸をする。肩の違和感はもう無くなっていたが、思い出しただけでゾッとし、体が震えた。

 ──あの時一体何が起こっていたんだろうか。

 あれは人の体温にはとても似つかわしくないものだ。
 そのまま肩に左手を伸ばすと思い出すようにじっくりと触って確認する。

 ──また逃げてきてしまった。これで二度目だ。

 今度は右手で痛む胸を押さえつける。

 ──もう一度頑張るから。何度だって立ち上がってみせるから。ごめんね。

 心の中でそう謝ると、そっと目を開いた。

「やあ、お目覚めかい? おっと、まだ無理はしなくていいのだよ。体調は万全ってわけではないのだろう?」

 グラディールが気付いたようで、すぐにゼフィーに笑い掛ける。
 彼が引っ張ってきてくれたお陰でなんとか脱出することが出来たようなものだ。

 彼はゼフィーが寝ている間もずっと近くに居てくれていたのだろう。彼女には、彼のその表情がどこか少し疲れて見えた。

「うん、体はもう大丈夫みたい」

 軽く会釈すると上体のみを起こし、座った姿勢になると、ぐぐぐっと腕を天へと差し向け硬くなった体を伸ばした。

「それはよかった。少々無理をしたからね。……では、心のほうはどうだい?」

 予想外だった。嘘はつきたくないので、とりあえず“体”と付けたのだが、それすらも見透かされているようで思わずドキリとしてしまう。わかってしまうのだろうか。
 何も言わずに目を閉じると、痛む胸に再び手を当てる。

「心は……まだ戦っているの。……自分と」

 そう言い放つと、今度はしっかり目を開いた。

「だけど、私は……私は、何度でも諦めないから!」

 ──晴天に誓おう。必ず助け出すと。

「だから、大丈夫だよ」

 ──待っていて。

 ゼフィーはグラディールに力強く頷いた。
 もう肩の違和感は残っていない。元より、気持ちの問題だ、もう気にならない。

「わかる、わかるよ。その気持ち。それなら僕も、この僕も微力ながら力を貸すことに決めたよ」
「ありがとう。でもグラディールさん、あなたは寝返ったことになっているんじゃ……戻っても大丈夫?」

 そんなグラディールに感謝しつつも、ゼフィーは疑問に思ったことを口にする。後先を考えない人なのかもしれない。

「大丈夫だと思うよ。ま、寝返ったと思われている可能性もあるだろうがね。それに武器をね。得物を取りに戻りたいのだよ。実は今、何も持っていないのだよ」
「え?」
「僕の武器は少し大きいんでね。置いてきた、と言うよりは初めから持ってきていないのだよ」

 そう言えば、確かに武器のような物は持っていなかったような気もする。

「ミレディの様子も気になるしね。僕のせいで巻き添えを食らっていなければいいのだが。もっともそうだとしても、だ。心配は必要ないだろうけどね」

 ゼフィーはそう言って笑うグラディールが少し不安そうにも見え、つい目を細めてしまう。

「グラディールさん! 確かめにいきましょう!」

 思わずそう叫びながら立ち上がると、グラディールの腕を引っ張った。

「……そうだな。君は幸運だ。何故なら、このグラディールが一緒なのだから」

 グラディールは一瞬少し驚いた顔を見せるが、すぐに自信満々な表情に戻ると少し遅れて立ち上がった。

「ついでにやんちゃなフリット君も回収しておかねばな」
「うん!」

 その後、二人して少し笑った。不思議と今は不安はなかった。

 ──フリットは無事でいる。

 今はそう思うことに決めたのだ。例えそれが、自分に対する嘘だとしても。
 それでも、不思議とそんな気がし始めたのだから。

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