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小さな魔法の惑星で

流手

十八. 大丈夫

 ──扱う者の代名詞ともいえる技術、必殺技。

 その多くは積み重ねられた経験と裏付けされた自信により、得意とされる技術が極限まで昇華された状態へと到達することで生まれる。
 一度繰り出されると対峙する者に未曾有の一撃を与える切り札となり、その存在だけで優位になり得る場合も多い。

「なぁ、お前らは“必殺技”ってもっているのか?」

 フリットが先頭を歩き、ナツノとエステルが少し後ろを付いて歩く。彼はこれから訓練をするのだという。

「必殺技? どうだろう。意識したことなかったかな」
「あたしはあるよ! この前発現した“アレ”がそうよ!」

 エステルが胸を張り、ナツノとフリットが顔を見合わせた。彼女のいう“アレ”とは、先日見せた謎の咆哮である。確かに威力は実証されたようなものであるが……

「おいおい、“アレ”を人に向かって放つのか? 危険すぎるだろう」
「っていうか、自由に使えるようになったんだ」

 今度は二人揃ってエステルに不安の表情をみせる。二人の反応を察し、彼女は頬を膨らませた。

「……何よ、剣を持って走り回ってる時点で充分危険じゃない。……自由にはまだ無理。あー! もうっ! 無理よ無理。知らない」

 フリットを追い抜き、今度はエステルが大股に先頭へと抜けていく。この様子では機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
 そんな様子に苦笑いを浮かべながら、二人は再び顔を見合わせた。

「お前は何かあるんじゃないのか? ……魔法を使うとか、出来るんだろ?」

 フリットがナツノの耳元で囁きかける。

「うーん、実はね、僕はあまり戦いの経験がないんだ。だから、技を意識をしたことってほとんどないんだよ」
「なるほど、そういうもんかね」

 やれやれ、とでも言わんばかりの顔をしながらフリットが天を仰いだ。

「それより、どうしてあなたは急に必殺技なんて言い出してるわけ?」

 先頭を歩いていたエステルが振り返る。どうやら、腹の虫は治まったらしい。

「そりゃ……力不足、だからだよ」

 フリットが二人を避けるように目を逸らし、エステルの表情が俄に曇る。そんな様子を目の当たりにし、ナツノは首を傾げて聞き返す。

「……力不足? そうかな? 僕はそうは思わなかったんだけど」

 ナツノの知る限り、フリットはバルビルナで味方の撤退を支援するなど十分立派に活躍していたはずである。本人的には満足……いや、納得とはいかないのだろうか。

「まだまだだ。これじゃあ駄目だ」

 力強く言い切ると、そこでようやく足を止めた。どうやらここが目的地であったようだ。見渡せば微かにキャンプも確認出るし、実にフリットらしい位置取りである。

「よし、ここらでいいだろう」

 フリットはそのままナツノに向き直ると、そのままの自然な動作で腰から二本の短剣を抜き放つ。

「ナツノ、少し疑問に思うかもしれないが……今、俺と勝負してくれないか?」

 今度は何食わぬ顔で、そのままそれらをナツノへ向ける。

「え? 訓練って戦うの?」
「何言ってるのよ! そんな危険な事しなくていいじゃない」

 ナツノは驚き、エステルがナツノを庇うように間に割ってはいる。しかし、彼の目はナツノを捉えて離さない。その瞳には強い意志が宿っているのが感じられた。

「おい、今は勘弁してくれ」
「嫌よ! 戦い慣れしてないって言ってたじゃない。危険よ!」

 フリットにしては珍しく、苛立ちのようなピリピリとした感情がその言葉の端々に滲み出ている。尚も動かないエステルにちらりとだけ視線を向け、静かに言い放った。

「……悪いけどな、今回ばかりは譲れないんだ」
「あたしも……あたしだって、そうよ!」

 エステルも負けじと間髪入れずに言い返す。視線こそぶつからないが、その場が緊張に包まる。いつしか二人の間には一触即発の空気が流れ始めていた。

「んー、僕は別に構わないよ。君のことだ、きっと大事なことなんだよね?」

 そんな空気を切り裂くように、ナツノがエステルの肩を優しく叩き、その隣へ並ぶように一歩踏み出す。驚いたのか、彼女の肩がビクッと跳ねた。

「ナツノがいいって言ってるんだ。どいてくれよ」
「えっ、ナツノ……?」
 
 エステルの表情には驚きに満ち、反射的に二人の姿を交互に見やる。しかし、視線は……交わらない。

「ごめん」

 ナツノが一言だけ謝る。それで観念したのかエステルは渋々後ろに下がり、不貞腐れたように座り込んだ。納得など程遠い顔をしている。

「……危険だと思ったら止めるんだから」

 そんな様子に苦笑いを浮かべると、ナツノはシリウスを呼び出し、強く握る。思えば、人前にも関わらず呼び出したのは初めてのことだった。

「その杖を使ってくれるんだな」
「相棒だからね」

 その答えに満足したのか、フリットが静かに目を閉じ口元を綻ばせるのをナツノは見た。そして、それが最後のスイッチとなり、瞬きと共に彼の姿が大きく揺れた。

 ◇

 ──魔法は未知なものだ。

 フリットは思考の中にいた。
 かつてのバルビルナで自分を救ってくれた暴風、それこそが魔法だとすれば、直撃がひとたまりもないと既にわかっている。実際吹き飛んだからだ。かといって自分は突撃する以外の術を持っていないので、元より接近戦で食らいつくより他に道はない。そんなことは改めて考えるまでもないはずだった。

 ──なんだ、最後の一押しが欲しかっただけかよ!

「よし!」

 最後の覚悟を決めると、フリットは勢いよく大地を蹴った。そして、試してやる、と小さく呟く。
 素早さで撹乱し、懐に潜り込む。そうすれば、風は来ないはずだ。自身を巻き込むことはしないだろう。

 素早さには自信があり、これを活かして幾度なく戦場を駆け抜けてきた。そして、あの“英雄”シゲンにさえ一撃を与えることが出来たという自負もある。

「通用しないわけがないよな!」

 フリットは雷のような速さで周囲を駆け、ナツノの視界から抜けるように跳ね回る。触れる小石は派手に散らしておく、撹乱にでもなれば儲けものだ。

 ──一度でも視界から外れることが出来れば!

 案の定、ナツノは姿を捉えることが出来ていないようで、絶えず首を動かしている様が窺える。必死に追いかけているのだろう。目ではなんとか追えているようだが、体が追いついていなければ速さの前では同じことだ。守れない。

「ナツノ! お前は……俺達の!」

 吠えるように叫ぶとナツノの後ろに回り込み短剣を突き付けるように肉薄した。刺すつもりはない、押し倒すだけだ。しかし……

「風の精よ!」

 突如、ナツノの声と共に風の壁が現れ、その抵抗によりフリットの速度は大幅に減速する。結果、あと僅かというところでナツノの杖が滑り込んだ。
 薄々は予想していたが、彼のいう魔法とは、風を自由に発生させることが出来るというものなのかもしれない。

「そうなるよな! ならば、もう一度だ!」

 自分に言い聞かせながら加速すると、今度はナツノを中心に円を描くように距離を詰める。そのまま様子を窺うと、杖に向かって何やら話しかけているように口を動かしている姿が見えた。

 ──インターバルがあるのか? 

 背後から飛び込むようにフェイントを仕掛けると、案の定、風の壁が割り込むように発生する。その壁を避けるように側面に飛び込むと間髪を容れず、ナツノの前を横切った。

「慌てろよ! ……撃ってこい!」
「速いけど! ……まだ追える!」

 ナツノは風を纏うようにしてフリットの攻撃に備え、構えを取る。

「見せてみろ! 魔法の力を!」

 フリットは巧みにフェイントを織り混ぜながらナツノの周囲を縦横無尽に駆け、そして跳ねた。

「君らしくないな。焦っている様にも見えるよ!」

 ナツノから発生しているかのような風が段々と激しさを増していく。規模が大きくなっているのだろうか。

「……そうかもしれない。けどな! 俺には……俺は何もないんだよ!」

 フリットの叫びにエステルがハッとして口を手で覆う。

「あなた……もしかして、必殺技って!」
「そうだ! お前らが羨ましいんだよ。なるべくそういう感情は抑えていたんだが、溢れちまったものはもう戻らねぇ!」

 フリットの動きはいつしか降り注ぐ流星へと姿を変える。跳躍と着地、その動作の繰り返しのいずれかが、エステルの瞳の奥で光を放った。

「馬鹿!」
「魔法なんざ飛び越えてみせる!」

 エステルが叫び、フリットが吠え、ナツノが唾を飲む。……直後、流星が煌めいた。

「シリウス! ここが正念場だ!」

 ナツノは風の鎧を纏い周囲に風を集めると、シリウスを頼りに四方からの攻撃に備えて感覚を研ぎ澄ませる。そして、目を閉じ風の動きに集中した。
 受けきるには、接触の瞬間の層を厚くするより他はない。

「もうっ! 信じられない!」

 エステルは叫ぶと、暴風へと突き進む流星へと滑り込んだ。

 ──ォオォオオオオオォ……!

 音なのか、衝撃なのか、はたまた何かが合わさったのか。砂埃が収まるまでのしばらくの間、静寂と少しの風だけがその場に留まるように渦巻いていた。

 ◇

 ナツノは目の前の出来事に唖然とし、立ち尽くしていた。フリットはというと、大地に仰向けに寝かされており、当の本人も何が起きたかわからずに呆然としている。
 何よりも驚いたのは、未だ吹き荒れる風の中に凛と佇むエステルの姿だった。

「ねぇフリット、これから強くなろうよ」

 エステルは覗き込むようにフリットを見る。

「な……!」

 フリットは目を見開いた。そして、恐る恐る顔を上げるが、やはり途中で視線は下へと流れた。無意識に、溢れ落ちた何かを追い掛けたのだ。

「あなたなら大丈夫だから──」

 乾いた大地に染みるようなその跡が、一つ、二つと増えていくのを、フリットは動けずにただ見ていた。

「ごめん、あたしは先に戻ってる。二人とも、本当に無茶はしちゃ駄目なんだから」

 それだけ口早に伝えると、エステルはその場から駆け出した。
 そのままどんどん小さくなっていく背中を、二人は眺めることしか出来なかった。

「シリウス、何があったかわかる?」

 しばらくして、倒れたまま動かないフリットに目を向けたまま、ナツノはぽつりと問いかけた。

「魔法……のようなものを使ったのかもしれぬ。一瞬であるが、そのような気配は感じた。しかし、魔法であるかは……わからぬ」
「それもだけど、あれはエステルがフリットを止めたの?」
「見ていなかったのか? ならば、我に聞くより本人に直接聞けばよかろう」
「それはそうだけど……」

 少し迷うも、結局は歩み寄ることにする。何か言葉を掛けないわけにもいかないのは確かなのだ。

「大丈夫かい?」
「ああ……不思議な感じだ。体はなんともない」

 寝転んだままのフリットが曖昧に返事をする。その表情を見ることはナツノにはどうしても出来なかった。

「だったら良いんだけれど」

 そのまま更にフリットへ近付くと、その近くに腰を下ろす。そして、やはり顔は見ないで話し始める。

「僕達はエステルに負けた事になるのかな?」
「そうだな。全くわからねぇ」
「驚くことばかりだよ。……僕は魔法樹の所に行くけど、君はどうする?」
「……そうだな。少し、少しだけ……ほんの少しでいい、離れてみたい。気持ちを整理したいんだ。……構わねぇか?」
「ん、そうだね。構わないよ。僕は」
「すまない」

 ナツノは立ち上がるとゆっくりとその場を後にする。今は誰もが一人になりたいのだろう。

 しばらく歩いてから振り返ると、その場所には未だ天を見上げているフリットの姿が残っていた。

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