小さな魔法の惑星で

流手

六. 拠点

 グィネブル王国の首都であるバンデインでは、先の戦いの報告がなされていた。バルビルナの一件である。

 結果的に防衛は果たされたものの、その被害が甚大であったことは認めなければならない。
 多くの新兵達は奇襲により負傷し、かつての不落の砦も今や暴風によって荒れ、早急な修復を要している。
 地力の差ともいうべきか、押されているのは誰の目からも明白だろう。

「報告御苦労であった。ゆっくりと休まれよ」

 伝令に対して労いの言葉を発すると、マークベルト王はしばし黙り混んだ。

「王、少し休まれたほうがよろしいのではないでしょうか?」

 即座に神官長であるルキノが顔色が優れない王を気遣って発言する。

「そうですな。各々一度考えを整理してからまた改めて対策を施すとしましょう。皆、それでよろしいな?」

 ルキナに同意する形で宰相クレフォンが場を取り仕切る。元より、そのつもりでいたのだろう。
 その言葉にマークベルト王は頷いた。顔色はやはり優れないようだ。

 王は元来より身体が弱い。そして、ここしばらくの度重なる心労により、日に日にその疲労の色が濃くなっている。

「シゲン様がいるとはいえ、バルビルナは早急に手を打つ必要がある。そのことをお忘れなきように」

 近衛隊長ディアーナの発言に皆が頷き、その場はそれで解散となる。近々また集まることにはなるだろう。

 ディアーナとクレフォンは目を合わせた。


 
 ナツノは作業を進める手を一旦休めると汗を拭う。なかなかの気温に身体中の水分がもっていかれるようだった。

 ──君にぴったりになるね!

 思えば、クレハはこの惑星を常夏の国と表現していたような気もする。

 そんなナツノを尻目に、黙々と作業を続ける人物がいる。先の戦の折に救出したフリットである。
 二人は先日のバルビルナの一件から行動を共にするようになっているのであった。

「ねぇ、少し気になっていたんだけど……どうして君もここに?」

 視線を感じることはないが、何だか妙に居心地が悪い。隠し事をしているせいだろうか。

「俺のことは気にしなくていいぜ」

 ユノを後にし、ナツノは魔法樹の場所に帰ってきていた。多少樹があるということで目立つかもしれなかったが人の行き交いは少なく、滞在にするには丁度いい。
 フリットの話によれば、この一帯はアマルタ原野というらしい。

「僕はしばらくここを拠点にしようと思っているけど……っと」

 やっとの思いで運んできたテントを下ろすと、ナツノは再び汗を拭う。まさか肉体労働をするとは思っていなかった。身体中が悲鳴をあげており、この調子では明日には筋肉痛がくるだろう。
 これから組み立てると思うと、それだけでじわりと額に汗が滲む。実のところ、シリウスの力を借りる予定だったのである。

 ナツノはフリットを横目に肩を竦めた。彼が見ている前では魔法は元より、シリウスに声を掛けることも憚られたからだ。

「本当に樹が立ってるとは驚いたぜ。それも、まだまだ大丈夫そうに見えるな」

 感心するような、どこか嬉しそうな声が聞こえ、ナツノはフリットを振り返る。

「そういえば、今日も雨は降らなかったね」
「本気で降ると思ってたのか?」

 驚いたように聞き返される。確かにそうはないのだろう。まだその辺りの感覚が掴めていなかった。

「まぁね。頑張ってなんとか育てないとね」

 二人は互いに頷いた。

「そういえば、フリットはマーキュリアスっていったかな、そこの出身だよね? それなのにこの地で樹が育つと嬉しいものなの?」

 ナツノの記憶では、フリットはマーキュリアス軍として戦いに参加していたはずだ。

「まぁな。出身は確かにマーキュリアスだよ」
「ふーん、そもそもどうして両国は争っているんだい?」

 フリットは額を押さえて首を振る。まるで、やれやれとでも言いたげな仕草だ。

「おいおい、そんなことも知らないのか? お前、何者なんだ? 怪しいにも程があるぞ」
「ん、言ったじゃないか? ここに来て日が浅いって」
「そりゃ、聞いたがよ……あーもう何でもいいがよ……」

 今度はお手上げだと言わんばかりに両手を空に上げている。意外と細かい動きが多い。

「いいか? 最初に仕掛けたのはグィネブルのほうだ。大体察してはいると思うが、青と緑の大地を手にしたいがためにマーキュリアスに侵攻を開始したって話だ」

 ナツノは黙って聞くことにした。

「ダンガルフとバルビルナには侵攻と防衛の為に築かれた砦があり、過去にも幾度となく戦場になっている。そして、それに対抗するためにマーキュリアス側もグランバリーとマクナードに砦を建てて応戦している。大人しくやられるわけにはいかないからな。先の戦いはマクナードからバルビルナへ奇襲を仕掛けた形になる」

 フリットは少し目を伏せながら話を続ける。

「マーキュリアスは侵攻に怯える日々から抜け出すために、グィネブルを滅ぼす道を選んでしまったんだろうな。それでも、関係のない民を見捨てることはしていない。食料や生活物資はユノの商人を経由して、充分にグィネブル側に届けられているはずだ」

 これで終わりだと言わんばかりにフリットが両手をあげる。

「話してくれてありがとう」
「いや、構わないぜ。わかることなら何でも教えてやる」
「助かるよ。そういえばフリット、“魔法”って知ってる?」
「魔法? 知ってるよ。実在するかどうかは知らないが」

 ……やはり魔法は使われていないようだ。

「フリット、そろそろテントを完成させてしまおうか。手伝ってくれるかい?」
「それもそうだな、任せな」

 それから二人はしばらく作業に集中することにした。

 ◇

 ナツノとフリットは買い出しのためユノの街を訪れていた。拠点に資材や物資を運び込むためである。
 一度に多くの荷物を運ぶための台車を使って運んでいるが、すでに何往復しているかわからない。当分はこんな生活だろう。

 二人は上層のベンチに腰を掛けながら休憩をとっていた。

「付き合わせて悪いね」

 ナツノはフリットに水の入った容器を投げる。

「気にするな、俺の場所でもあるんだ」

 容器を受け取りながら、フリットが笑う。──眩しい、ナツノはそう思った。
 太陽はすでに落ちたものの、地平線の彼方からは美しい夕焼けが見えていた。

 ユノの街は五層もの街構造になっており、最上層にある街からは外の景色が一望出来る。マーキュリアスにグィネブル、そのどちらも、である。
 ナツノは密かに気に入っていた。

 くたびれた二人が黄昏に想いを馳せていると、突如、後ろから肩を叩かれる。

「やあ、また会ったね! お兄さん」

 確か、以前にも聞いたことがあるような声であったが……。

「フリット、そろそろ行けるかい?」
「ん? 俺は構わないが……いいのか?」

 フリットは声の主をちらりと窺う。そして、ナツノを見る。

「おほほほ、声が小さくて聞こえていないのかしら?」

 今度は背筋の凍るような声が耳にはいる。キーンと耳の奥の方が疼いた気がした。

「やぁ、また会ったね」

 観念すると、ナツノはエステルに向き直った。

「知り合いか?」

 フリットが訊ねる。

「そうよ」
「ちょっとね」

 曖昧な空気が流れる。

「この前に少しお世話になったんだよ。ありがとう」

 ナツノはにっこりとエステルに笑いかけた。

「いいけど……そういえば、前のバルビルナへは間に合った?」
「……バルビルナ?」

 エステルの問いにフリットが不思議な顔をする。

「ああ、ありがとう。お陰様で近くまでいけたよ」
「ふーん、役に立ったんならいいけどさ」

 二人の会話を聞いていたフリットが不意に口を開く。先程から何か言いたげにしているのには気付いていた。

「お前、そもそもバルビルナで何をしてたんだ?」

 フリットの問いかけにエステルも食い付いてくる。

「それはあたしも気になってたんだけど」 

 二人に詰め寄られ、ナツノは頭を掻いた。

「何もしていないんだけど……って言っても納得しないよね?」
「しないな」
「しないわ」
「……そうだよね」

 ナツノは改めて二人を見比べた。

「バルビルナへは戦闘を止めに行ったんだよ」
「……」
「……」
「……まぁ、そうなるよね」

 煮え切らない表情の二人から目をそらすと、ナツノは空を見上げた。
 黄昏はいつの間にか星空に変わっていた。

「とりあえず、今日は帰ろうか」

 パンっと手を合わせる音が周囲に響いた。

 ◇

「それで、なんで君も付いてきてるのかな?」

 ナツノは後ろを振り返った。
 辺りはすっかり暗くなり、月の光を便りに歩く影が三つ揺れる。

「お兄さん達、旅人なんでしょ? 実はあたしも旅人なんだ!」
「そうなんだ。付いてくるのは構わないけど……女の子が生活するのは少し大変かもしれないよ。おすすめはしない」
「テントで生活してるんだって?」
「まぁな、今朝からの作業だから実質まだこれが初日みたいなものだが」
「そうなんだ! あたしのテントはある?」
「ないよ。フリットのテントを使うといいよ」
「おい! 勝手なことを言うなよ!」
「嫌よ! 獣と同じテントなんて!」

 いつの間に仲良くなったようだ。息も合っている。

「うーん、それなら僕のテントを使うかい?」
「いいの!?」
「僕は拠点の周りを調べてみるよ。どちらかが起きたら交代しようか」

 そして、ナツノは微笑んだ。

「自己紹介してなかったよね。僕はナツノだ。“少し”旅をしている」
「……一緒でもいいのにな」

 ──聞きたいことがあるの。

 俯き漏れた声は、夜の荒野に飲み込まれて静かに消えた。

 ──トウカ、無事でいるだろうか。

 見上げた満天の星は、何かを知っている気がする。
 
 二人の様子をフリットはただ静かに眺めていた。

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