僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件

低系

不死鳥の帰り道

 放課後の教室。
 頬杖をついた優希姫が、僕の目の前に座っている。その目は何故かジト目だ。おかしい、僕が何かしただろうか?
 先の呼び出しについての説明をしただけなのだが。

「ふぅ~ん、あの夕月が人助け、ねぇ」

 件(くだん)の問題はそこらしい。

「それは全然いいんだけど。凄く嬉しいんだけど、ねぇ」

 そう、僕が人助けをしたことは喜んでくれたのだが、要はその内容だ。

「で? 何で夕月は歩道に突っ込んできたトラックに飛び込んで行ったのかなぁ?」

 誰この娘? 本当に優希姫か?
 そう思ってしまうほど、とてつもない威圧感がある。
 僕には恐怖という感覚もないんだが、今の彼女には一歩下がってしまいそうな気分だ。かつての伝説の不死鳥ともあろう自分が何とも情けない話だが、真面目にそう思うのだから仕方ない。
 よく分からんのだが、どうやら優希姫は怒っているらしい。
 さてはて、どこかに怒られるようなことがあっただろうか?

「はぁ、ハテナマーク浮かべた顔して、夕月は何で私が怒ってるか分かってないでしょ?」

「ああ、全く分からん………」

「…………」

 気のせいかな、僕には怒りマークが見えたよ。

「一歩間違えば死んでたんだよ?」

 そう言われて、ようやく彼女が怒ってる意味が分かった気がする。
 そうか、普通は、そうだよな。
 僕だから生きてたんだ。僕に不死身の再生能力があったから。だから死なずに済んだんだ。
 一歩間違えば、か。
 いや間違えてなんかいない。紛れもなく、あそこが僕の、羽川夕月の死に場所だった。
 偶然じゃない、運命でもない、僕が生き残ったのは不死鳥だから。自分の人ならざる能力に頼ったからだ。
 僕が普通の人間だったなら、普通に死んでいた。死んでいたんだ。
 そのことを優希姫は知らないが、たぶんそういうことを言っているんだろう。
 平凡な生活を送り、人間としての自分を当たり前に感じてきたといっても、本当に人間だったなら、もう僕はこの世にいないんだ。

 不死鳥で良かった。再生能力を持ってて良かった。

 まさかこの生活を守るためにそんなことを思う日がくるとは驚きだ。
 そして身に刻んでおこう。
 僕は不死鳥だけど、その力に甘えてはいけないのだと。この世界に生きる人間として、一つの命を大切にしなければならないのだと。

「悪い、優希姫。今度からは気を付ける」

「………………はぁ、その様子だと半分くらいしか私が怒った理由が分かってなさそうだけど、いいよ。前の夕月だったら、半分どころか気にも止めなかっただろうし」

「………………」

 なんか知らんが、納得はしてくれたみたいだな。



 下校するために生徒玄関を出たところで、昼間にお礼を言いに来た後輩・星河姫刹にバッタリ会った。

「あ、羽川先輩………」

「星河さんか……」

 先のこともあってか、些か雰囲気が堅いな。畏まった様子だ。
 知らない間ではないが、世間話をするほど仲が言い訳でもない。まあ、挨拶くらいはされるかと思ったが声を掛けてくるとは思わなかったな。

「さん付けはやめてください。私は後輩ですし」

「……………あー、と言ってもな」

「呼び捨てで姫刹で構いませんよ?」

「まあ、君がそれで良いならそうさせてもらうが」

「はい、お願いします」

 ふわり、と笑う顔。
 優希姫とはまた違うその微笑みからは、僅かだが幼さが見え隠れしている。

「羽川先輩、帰り道はお城側ですか?」

「いや、その真逆。あっちだよ」

 指で方向を示す。

「あ、じゃあ私と同じ方向ですね。ご一緒しても良いですか?」

「いいけど、僕の家は本当にすぐそこだぞ」

「なら途中までということで………」

「ああ、別に構わないよ」

 と、二人並んで帰り道を歩きだす。
 何だか思ってもみない展開だ。
 今日始めて会ったばかりなのに、ここまで積極的に僕に話しかけてきたのは優希姫以来じゃないだろうか。
 この髪と瞳のせいか、ある程度馴染みの出来たクラスメイトならともかく、いまだ関わりの薄い人間からは奇異の目を向けられることも多いからな。

「君は何とも思わないんだな。この髪と瞳のこと」

 普段はそんなの気にしたこともないのに、僕は何となく隣を歩く彼女に訊いてしまった。

「変わっているとは思いますけど、それが特にどうということはありません。外見なんて所詮は器に過ぎませんし、問題は心がどういう人かでしょう?」

「へぇ、なかなか達観したことを言うな、君は。中学生くらいの歳だと、どうしても外見や能力面みたいなうわべの部分に惹かれる奴が多いのに」

「確かに、容姿が良いことや、勉強、スポーツなどが出来ることは美点だとは思いますが、それが全てだとは思いません」

 なるほど、こういう娘もいるのか。
 今まで僕は周りが受ける印象っていうのは見た目が八割を占めていて、あとは日頃の生活態度、それも勉強、スポーツなどの取り組み方で決まると考えていた。
 見た目のマイナスに対し、如何に生活態度を優秀に見せ、真面目を装うか、ということをテーマに今までの中学校生活をやってきたつもりだ。
 実際、優希姫の協力もあってその部分は上手くいってたし、それに比例して教員や周りの生徒からのマイナスイメージも大きく払拭できた。
 元は優希姫の提案で始めた遊びみたいな実験だったが、結果的に上手く事が運んだ訳だ。
 だから自然と、そういうものだと思っていた。
 人間が見るのは内側ではなく外側。外観が如何によく見えているかで決まる、と。
 僕もそう納得してた。それに優希姫くらい長い付き合いになれば、自然と互いの内面も見えてくるようになる。
 だから特に疑問はなかった。そこまで待って、そこから続けていくのが友達なんだと分かったから。
 けどこの娘は、最初から外観をただの飾りとして、人の内側を見ようとしている。文字どおり、見ている景色が、見えている世界が、他の中学生とは違うのかもしれない。

 この歳で、もうすでに。

 何だか彼女は、始めて優希姫と話したときを思い出させるな。

「先輩は、危険もかえりみず私を助けて下さいました。その心だけで、十分に先輩がどんな人なのか分かりますから」

「どうだろう。自分のことはよく分からんが、君の買い被りでないことを祈るよ」

「はい!」

 勢いの良い返事が聞こえたところで僕の家が見えた。ちょうど別れ道で、彼女はそのまま真っ直ぐ行くようだ。

「じゃあ、僕の家はそこだから……」

「あ、そうでしたか………本当に近いんですね」

「ああ、じゃあな」

「はい、さようなら」

 そう言って分かれたと思ったところで、後ろにある気配が動いていないことを不思議に思い、僕はもう一度振り返った。

「どうかしたか?」

「あ、いえ、あの、先輩、時々で良いので、また一緒に下校してもらえませんか?」

 少し照れたような後輩の言葉に、断る理由は特になかった。

 それ以来、僕の日常の中に家族や優希姫以外にもう一人、あの星河姫刹がよく加わるようになった。
 クラスの女子からは「浮気だ」、「二股だ」、などと不本意なことをからかい混じりに言われたが、いったいどこを見ればそう思うのやら。
 通学路が学校を挟んで真逆の優希姫と違って、姫刹は帰り道が僕と同じ。先の約束が無くても下校のときは大半が彼女と一緒になるのだ。大体は生徒玄関を出る辺りで会うのだが、僕の家は元より学校から徒歩で五分程度。特に長話をする前に分かれてしまう。それでも彼女の方が早くにホームルームが終わったときは、先に帰らず玄関口で待っててくれる。なんか随分となつかれたらしい。年下ということもあり、妹みたいに思えば悪い気はしない。
 まあ一応、彼女からすれば僕は命の恩人になる訳だからな。慕ってくれるなら拒絶する必要はないさ。

 時々だが、学校帰りに優希姫と姫刹と僕の三人で図書館に行くこともあった。
 何故か僕を間に挟んで歩く二人にはどこか距離を感じたが、普通に好きな本や勉強の話をしてるから仲が悪いことはないんだろう。たぶん。
 登校は妹、学校では優希姫、下校は姫刹と、僕の隣は以前と違い必ず誰かがいるようになった気がする。





 星河姫刹と知り合ってから二ヶ月が経った。

 もう雪も溶けだし、そろそろ卒業式の予行練習に嫌気が差してきた在校生代表の僕は、さっさと代表挨拶の原稿を書き上げて先生にも早々にOKを貰ったまではいいが、その分何度も読む練習をさせられていた。
 来年の卒業生代表挨拶は優希姫に任せよう。
 そんなことを考えながら歩いていた、星河姫刹とのある帰り道のことだ。

「あ!」

「どうした?」

「猫ちゃんです!」

 通学路の途中にある公園で三毛猫を見付けた姫刹は、興味深々で中に入って行ってしまった。
 おいおい、そんなに勢いよく近付いたら驚いて逃げちまうぞ、と思っていたのだが、予想に反して猫は逃げず、それどころか姫刹に撫でられながら気持ち良さそうにしていた。
 人懐っこい猫なのか?
 と端で見ていたら、

「ねぇ、羽川先輩」

 姫刹がこちらを見て話しかけてきた。
 最近は堅苦しい様子もなく、割りと砕けた感じで姫刹と話すようになったが、流石に先輩付けはされている。

「実は私、猫と話せるんですよ?」

「…………は?」

 いきなり何を言い出すんだよこいつは。

「あ、信じてませんね? 今この子はですね、お腹が空いたと言ってます」

「そんな簡単なネゴシエーションを猫と話せるって言うか? 野良猫なら大概は腹減ってると思うぞ」

「あ、いえ、この子は野良猫じゃありませんよ?」

 言いながら姫刹は公園横の家の一つを指差した。

「あの田中さん宅の飼い猫です」

「………なんだ姫刹、地区が違うのにそんなこと知ってるのか?」

 姫刹は僕と通学路は同じだが、もっと離れた地区に住んでたはずだ。

「猫さんが教えてくれたんです。名前はレオで、雄猫ですね」

 誰かが飼ってることくらいは近付いて見えた首輪で分かったが、名前や雄か雌かなんて撫でただけで分かるか?

「彼女の言ってることは間違ってないよ少年」

 すると視線をこちらに向けた猫が、僕に語りかけてきた。
 最近は図書館にどら猫爺さんが来なくなって忘れてたが、僕も動物と話すことは出来る。
 けど、まさかな。
 とか思ってると、

「私の名前はレオ。そこの田中家で飼われている三毛猫だ」

 当の三毛猫から思わぬ自己紹介を受けた。

「ほら、レオ君が先輩にも自己紹介してますよ?」

 どうやら本当に姫刹にも聞こえているらしい。
 凄いな、人間で動物と話せるとは。
 前にテレビでもやってて何人かそういう人がいるのは知ってたが、まさかこんな身近にいるとはね。
 とはいえ、

「猫と喋るより英単語の一つでも覚えろよ? もうすぐ期末テストなんだし」

「うぅ、そうでした。っていうか軽く流しましたね!? 私の数少ない特技なのに!?」

「あんま役に立たなそうな特技だな」

「………えぇ、そんな身も蓋もないないこと言わないでくださいよ~!」

 このときの僕は、そんな他愛もない会話が持っていた意味を、深く理解しようと思わなかった。




 満月の輝く三月の夜。
 僕と優希姫は久し振りに、二人で散歩に出ていた。

「桜、咲かないね………」

「まだ早いだろ。雪も残ってるしな……」

 三月上旬。
 この地域ならむしろまだ雪が降ってもおかしくない時期だ。

「そんなに桜が待ち遠しいか?」

 城のすぐ下の通りを並んで歩く僕たち。優希姫の視線は、まだ花のない木々に向けられている。

「相変わらず、桜が好きみたいだな………」

「うん。夕月も好きでしょ? 毎年よく見に来てたし」

「まあね。大概は君に引っ張られる形だったけど」

「だって夕月、夜以外は積極的に外に出ないし」

「人混みは好きじゃないからな。花見時期の昼間の城は、とても歩けたもんじゃない」

「桜は昼に元気な姿でいるのが一番輝いてるんだよ?」

「よく言うよ。夜に桜を見たいがために家を抜け出してたくせに………」

「夜も充分、綺麗だからね」

 そう言いながらいつもの笑顔を見せる優希姫。

「そういえば、夕月と始めて話したのも桜の季節だったね」

「ああ、城の本丸の前にある桜の木の所でな」

「そうそう、しかも夜に。あのときは何で小学生が真夜中に出歩いてるのかと思ったよ」

「お互い様だ」

「アハハ、そうだね」

 優希姫は笑ってはいるものの、今にして思えば結構ヤンチャなことをしていたのではないだろうか。
 小学生が真夜中に無断で出歩いてるなんて、下手したら警察沙汰だ。補導されても文句は言えない。

「でもそこからだよね、夕月とよく話すようになったの」

「そう、だな」

 あの日から、優希姫と話したあのときから、僕の全てが変わっていった。
 彼女と出会えて本当に良かったと、僕は心からそう思えるまでに。

「夕月と始めて会ってから、もうすぐ四年になるんだね」

 早いなぁ、と優希姫は感慨深げだが、僕にはむしろ長かったように感じる。
 たった四年。たったそれだけを、こんなにも長く感じたことはない。
 願わくばこんな日々が………、

「こんな日々が、ずっと続けば良いのにね」

 思っていたことがそのまま優希姫の口から出てきたので、僕は驚いて足を止めてしまった。
 数歩先で、優希姫も止まる。

「ずっと、いつまでも…………」

 どこか儚げに言葉を紡ぐ彼女の背中を、僕は見詰め続ける。
 いつまでも、か。
 昔のあの永遠とも呼べる日々は苦痛でしかなかったが、今は、そうだな。
 ああ、本当に、そう思うよ。

「でも、最近の夕月はあの後輩ちゃんとよく一緒にいるみたいだし、いつまでも、って訳にはいかないのかなぁ。ねぇ、二股の夕月君?」

 真剣味を帯びた話から一転して軽い口調になった優希姫は、いたずらっ子のような顔をこっちに振り向かせてきた。
 …………全く、人がせっかく真面目に返そうとしてたってのに。四年近くも一緒にいるが、まだまだこいつのことは掴めないな。
 それより、

「何をどう見れば二股だよ。姫刹とは帰り道が同じなだけ、学校で四六時中一緒にいる優希姫に気があると思われるなら納得するが、姫刹と二股なんてありえないだろ」

「え、あ、そ、そっか………」

 何だか凄く意外な顔が見れた気がする。
 照れて頬を染める優希姫なんて、出会って以来始めてかもしれない。

「何で今さら照れてんだよ。恋愛云々で僕と君がからかわれるなんて、小学生の頃からだろ」

「そ、そうだね………」

 何故に目を逸らす?
 本当に今さらな話だ。小学五年の春からずっと一緒にいたんだから、周りからの冷やかしなんてのは散々と言われてきた。思春期間近の小学生なんてのはそんなもんだからな。

「まあ、心配するなよ。君が離れていかない限り、僕は一緒にいるつもりだから」

 僕の言葉を聞いた優希姫は、一瞬ポカンとした顔になったかと思ったら、小さな笑みを溢した。

「ふふ、何それ、相変わらず分かりにくいね、夕月は…………」

 自覚はしてる。それに我ながら恥ずかしいことを言った気がするな。
 始めての感覚だ。照れくさいなんて。
 それでも、

「言いたいことは言ったつもりだ」

「うん。でも私が夕月に言いたいことを言うのは、もうちょっとだけ後にしようかな」

 優希姫の言葉は少し意外だった。
 先延ばしにすることがではなく、先延ばしにしながらも自分の言いたいことを言ってくれることに。
 正直、かわされるかと思ったんだがな。

「春になって、桜が咲いたら、ちゃんと言うよ」

 そう言って、優希姫はいまだ花を開くことのない桜の木に目をやった。つられて僕も同じように桜の木を見据える。

「夕月……」

「なんだ?」

 優希姫は言う。

「桜、今年も一緒に見に来ようね」

 僕は四年前、彼女から「私と友達になってよ」と言われたときと全く同じ、

「ああ………」

 という簡素な、それでもハッキリとした了承で答えた。

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