僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件
不死鳥の再生力
赤城宅の玄関前。
「じゃあ、また明日学校でね、夕月!」
バイオリン教室は赤城宅から比較的近い。僕の家までの帰り道でもあるため、優希姫を家まで送り届けるのは毎度のことだ。
「ああ、あー、優希姫………」
「ん? どうかした?」
手を振って家に入ろうとする彼女を、僕は何となく呼び止めてしまった。
何となく、本当に何となくだが、一つだけ…………言いたいことがあった。
「ありがとな、優希姫……」
僕の言葉に、優希姫は目を丸くして驚いた表情になっている。
「…………どうしたのいきなり」
「いや、何となくそう思っただけだよ………」
特にこれという理由はなかった。
ただ、感謝すべきだと思った。それだけだ。
「本当に、感謝してるよ」
「…………………変わったね、夕月。会ったばかりの頃は、もっと遠いところを見てたのに。今はちゃんと目の前のことが見えてる」
「………………君のおかげ、かもな。良くも悪くも、確かに変わった自覚はあるよ」
「私が何かしたつもりはないけど、今まで見えてなかったものが見えるようになった。それだけで良いことだと思うよ」
「そうだな。でもやっぱり、感謝はしておくよ………」
「そっか。じゃあ、素直に受け取っておこうかな」
にこりと笑う彼女の顔は、始めて見たときと同じ。曇りのない笑顔。それだけで、変わって良かったのだと、僕は心からそう思えた。
優希姫と分かれ、僕は自宅への道をゆったりとした足取りで歩く。雪で歩道が埋まっていてかなり足場が悪い。
歩きづらいな。
だがそれを甘んじて受けている自分にも、あまり違和感を感じなくなってきた。
こうやって普通の生活を送っている僕を、前世の僕が見たらどう思うだろうか。
笑い飛ばして終わるだろうか。
逆に今の僕が前世の僕を見たとしたら、胸を張って言える―――羨ましいだろ、と。
「そういえば最近、飛んでないな……」
つまりもう一年近く、あの姿になっていないことになる。
僕にとってはあっちが本来の姿で、それこそ何億年といいう時を共にした身体になるはずだが、僅か十四年足らずで、最早この人の姿が当たり前になってしまった。
だから時々、分からなくなる。
自分がいったい、誰なのか。何なのか。自分の本当の姿が何だったのかが、分からなくなってしまう。
もしかしたら、前世の記憶も、あの不死鳥の姿も、自分が思い描いただけの妄想だったんじゃないのかと、錯覚してしまいそうになる。
そう、錯覚だ。
僕は不死鳥(ぼく)。それは変えようのない事実なんだと、この身体の奥に揺らめく黄金の炎が訴えている。
本当に僕はここにいていいのか、とそんな疑問がいつでも、どんなときでも胸の内に付きまとっていた。
なら、僕は何のために…………、
誰のために、この世界にいる?
どうして僕は、この世界に生まれ変わったんだ?
その疑問に答えてくれる者はいない。
まあ、いいだろう。分からなくてもいい。
まだこの世界に生まれて十四年しか経っていない。そんな短い時の中で、得られるような答えでもないだろう。
十四年。たった十四年だ。
あの永遠とも呼べる日々の中から見てみれば一瞬のような時間に過ぎない。
なら、優希姫と出会ってからの三年間など、それこそ一瞬にも満たないのかもしれないのに………、
どうして、
どうしてこんなにも、
あの日々の一つ一つが、長く、強く、僕の心に響き続ける。
あんな僅かな時間に、いったい僕は何を得たのだろう。
答えの出ない疑問にさ迷う僕の心を写すように、冷たい風にのって空から雪が降ってきた。
ただでさえ積もっていた雪をさらに覆っていく新雪。この調子だと明日には一面真っ白になりそうだ。
一月半ば、まだまだ雪どけは遠いな。
暗い空を遠い目で見つつ歩き続けていると、視界の隅に同じ中学の制服を着た女子生徒が歩いているのが写った。
ちょうど僕の十メートルほど前だ。
雪に足を取られながら、おぼつかない歩みで歩道を進んでいる。
なんていうか、今にも転びそうな感じだな。そんな危険予知を他人事のようにしているときだ。
彼女が交差点の近くに差し掛かったところで、それは起こった。
大通りの青信号を右折してきた大型トラック。国道とまではいかないが、田舎でも大きな道なら当然のように融雪装置はある。だが国道よりも車通りの減る道は積もった雪が凍結し、少ない車通りで押し潰され、凝縮された形でなかなか融けることのないアイスバーンとなるのだ。
轍をなぞって走る分にはまだ良いが、夜で更に車が減った中、降りだした雪で轍が埋まって見えなくなっていた。
新雪ならタイヤはそこまで滑らないはずだが、下にあるアイスバーンがマズかった。轍を外したトラックは凍りついた路面でタイヤをスリップさせ、少女の歩いていた歩道に突っ込んでいく。
お、おい、ちょっと………ヤバイんじゃないか?
そう思ったときには、もう僕は動いていた。ああ、クソッ! 何でだろうな!
昔の僕なら、まず絶対に動かなかっただろうに。脳反射的な行動で、僕は目の前の少女を助けようとしている。
少女との距離は十メートル。
僕は人の身体能力の限界を超えたスピードで勢いよく駆け出す。積もった雪のせいで足場が悪い。だが、行けるはずだ。
―――間に合え……!!
ギネス記録を彼方に置き去りにした速度で少女の元まで移動した。
しかし、抱えて逃げる余裕はない。
僕は咄嗟に、少女をトラックの進路から外すように突き飛ばした。悪いとは思うが、雪の多い場所にしてやったんだから勘弁してくれよな。トラックに吹っ飛ばされるよりはマシだろ。
なんて、他人事のように言ってる場合ではない。
少女を突き飛ばしたのは良いものの、僕は逃げ切れなかった。
目の前に迫る大型トラック。轢かれるのは間違いない。
僕はやむ無く身構え、突き飛ばした少女に見られないよう反対側に動きながら、トラックの直撃を潔く受けた。
激しい衝撃と共に、トラックと僕の背後にあった家の激突する音が夜の街に響く。
あー、随分と派手な事故になったな。
僕はといえば、トラックと家にサンドイッチにされ致命傷を負った状態から一瞬で再生し、少々強引に挟まれた瓦礫の中から抜け出した。
…………危ねぇ、危ねぇ。
いくら再生能力があったとしても、身動きとれなくなったらヤバイからな。まあ、不死鳥モードになったら力業で全て吹き飛ばせるけども。流石にこの世界ではそういう訳にもいかないよな。
一応、幸いというか、トラックが派手に突っ込んだおかげで、僕の再生する姿は少女にもトラックのドライバーにも見られなかっただろう。瓦礫から抜け出した先も、少女を突き飛ばした方とは反対側だし。
まあ取りあえず、僕はさっさと退散させてもらおう。
おっと、身体は再生したが、服はボロボロだな。
家に入るときは父さんや母さんに見られないようにしないと、いろいろと面倒なことになりそうだ。近頃の両親ときたら、忘れていた愛情を存分に注ぐように、これでもかと僕に構ってくるからな。
「はぁ、本当に………随分と変わったもんだな………」
強くなり始めた雪に紛れながら、僕はその場からそそくさとトンズラした。
「じゃあ、また明日学校でね、夕月!」
バイオリン教室は赤城宅から比較的近い。僕の家までの帰り道でもあるため、優希姫を家まで送り届けるのは毎度のことだ。
「ああ、あー、優希姫………」
「ん? どうかした?」
手を振って家に入ろうとする彼女を、僕は何となく呼び止めてしまった。
何となく、本当に何となくだが、一つだけ…………言いたいことがあった。
「ありがとな、優希姫……」
僕の言葉に、優希姫は目を丸くして驚いた表情になっている。
「…………どうしたのいきなり」
「いや、何となくそう思っただけだよ………」
特にこれという理由はなかった。
ただ、感謝すべきだと思った。それだけだ。
「本当に、感謝してるよ」
「…………………変わったね、夕月。会ったばかりの頃は、もっと遠いところを見てたのに。今はちゃんと目の前のことが見えてる」
「………………君のおかげ、かもな。良くも悪くも、確かに変わった自覚はあるよ」
「私が何かしたつもりはないけど、今まで見えてなかったものが見えるようになった。それだけで良いことだと思うよ」
「そうだな。でもやっぱり、感謝はしておくよ………」
「そっか。じゃあ、素直に受け取っておこうかな」
にこりと笑う彼女の顔は、始めて見たときと同じ。曇りのない笑顔。それだけで、変わって良かったのだと、僕は心からそう思えた。
優希姫と分かれ、僕は自宅への道をゆったりとした足取りで歩く。雪で歩道が埋まっていてかなり足場が悪い。
歩きづらいな。
だがそれを甘んじて受けている自分にも、あまり違和感を感じなくなってきた。
こうやって普通の生活を送っている僕を、前世の僕が見たらどう思うだろうか。
笑い飛ばして終わるだろうか。
逆に今の僕が前世の僕を見たとしたら、胸を張って言える―――羨ましいだろ、と。
「そういえば最近、飛んでないな……」
つまりもう一年近く、あの姿になっていないことになる。
僕にとってはあっちが本来の姿で、それこそ何億年といいう時を共にした身体になるはずだが、僅か十四年足らずで、最早この人の姿が当たり前になってしまった。
だから時々、分からなくなる。
自分がいったい、誰なのか。何なのか。自分の本当の姿が何だったのかが、分からなくなってしまう。
もしかしたら、前世の記憶も、あの不死鳥の姿も、自分が思い描いただけの妄想だったんじゃないのかと、錯覚してしまいそうになる。
そう、錯覚だ。
僕は不死鳥(ぼく)。それは変えようのない事実なんだと、この身体の奥に揺らめく黄金の炎が訴えている。
本当に僕はここにいていいのか、とそんな疑問がいつでも、どんなときでも胸の内に付きまとっていた。
なら、僕は何のために…………、
誰のために、この世界にいる?
どうして僕は、この世界に生まれ変わったんだ?
その疑問に答えてくれる者はいない。
まあ、いいだろう。分からなくてもいい。
まだこの世界に生まれて十四年しか経っていない。そんな短い時の中で、得られるような答えでもないだろう。
十四年。たった十四年だ。
あの永遠とも呼べる日々の中から見てみれば一瞬のような時間に過ぎない。
なら、優希姫と出会ってからの三年間など、それこそ一瞬にも満たないのかもしれないのに………、
どうして、
どうしてこんなにも、
あの日々の一つ一つが、長く、強く、僕の心に響き続ける。
あんな僅かな時間に、いったい僕は何を得たのだろう。
答えの出ない疑問にさ迷う僕の心を写すように、冷たい風にのって空から雪が降ってきた。
ただでさえ積もっていた雪をさらに覆っていく新雪。この調子だと明日には一面真っ白になりそうだ。
一月半ば、まだまだ雪どけは遠いな。
暗い空を遠い目で見つつ歩き続けていると、視界の隅に同じ中学の制服を着た女子生徒が歩いているのが写った。
ちょうど僕の十メートルほど前だ。
雪に足を取られながら、おぼつかない歩みで歩道を進んでいる。
なんていうか、今にも転びそうな感じだな。そんな危険予知を他人事のようにしているときだ。
彼女が交差点の近くに差し掛かったところで、それは起こった。
大通りの青信号を右折してきた大型トラック。国道とまではいかないが、田舎でも大きな道なら当然のように融雪装置はある。だが国道よりも車通りの減る道は積もった雪が凍結し、少ない車通りで押し潰され、凝縮された形でなかなか融けることのないアイスバーンとなるのだ。
轍をなぞって走る分にはまだ良いが、夜で更に車が減った中、降りだした雪で轍が埋まって見えなくなっていた。
新雪ならタイヤはそこまで滑らないはずだが、下にあるアイスバーンがマズかった。轍を外したトラックは凍りついた路面でタイヤをスリップさせ、少女の歩いていた歩道に突っ込んでいく。
お、おい、ちょっと………ヤバイんじゃないか?
そう思ったときには、もう僕は動いていた。ああ、クソッ! 何でだろうな!
昔の僕なら、まず絶対に動かなかっただろうに。脳反射的な行動で、僕は目の前の少女を助けようとしている。
少女との距離は十メートル。
僕は人の身体能力の限界を超えたスピードで勢いよく駆け出す。積もった雪のせいで足場が悪い。だが、行けるはずだ。
―――間に合え……!!
ギネス記録を彼方に置き去りにした速度で少女の元まで移動した。
しかし、抱えて逃げる余裕はない。
僕は咄嗟に、少女をトラックの進路から外すように突き飛ばした。悪いとは思うが、雪の多い場所にしてやったんだから勘弁してくれよな。トラックに吹っ飛ばされるよりはマシだろ。
なんて、他人事のように言ってる場合ではない。
少女を突き飛ばしたのは良いものの、僕は逃げ切れなかった。
目の前に迫る大型トラック。轢かれるのは間違いない。
僕はやむ無く身構え、突き飛ばした少女に見られないよう反対側に動きながら、トラックの直撃を潔く受けた。
激しい衝撃と共に、トラックと僕の背後にあった家の激突する音が夜の街に響く。
あー、随分と派手な事故になったな。
僕はといえば、トラックと家にサンドイッチにされ致命傷を負った状態から一瞬で再生し、少々強引に挟まれた瓦礫の中から抜け出した。
…………危ねぇ、危ねぇ。
いくら再生能力があったとしても、身動きとれなくなったらヤバイからな。まあ、不死鳥モードになったら力業で全て吹き飛ばせるけども。流石にこの世界ではそういう訳にもいかないよな。
一応、幸いというか、トラックが派手に突っ込んだおかげで、僕の再生する姿は少女にもトラックのドライバーにも見られなかっただろう。瓦礫から抜け出した先も、少女を突き飛ばした方とは反対側だし。
まあ取りあえず、僕はさっさと退散させてもらおう。
おっと、身体は再生したが、服はボロボロだな。
家に入るときは父さんや母さんに見られないようにしないと、いろいろと面倒なことになりそうだ。近頃の両親ときたら、忘れていた愛情を存分に注ぐように、これでもかと僕に構ってくるからな。
「はぁ、本当に………随分と変わったもんだな………」
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