僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件

低系

不死鳥と友達


「おはよう、羽川くん!」

 翌日の朝。
 赤城優希姫はなんの嫌いもなく爽やかな笑顔で僕に挨拶を飛ばしてきた。
 おいおい、周りの連中、驚いてる以上にかなりビビってるんだけど。誰かが僕に声掛けることがそんなに怖いか。
 それはそれとして。
 本当に話しかけて来たよこいつ。
 思えば、まともな挨拶を受けるのは久しぶりのような気がする。
 というより今日、両親や妹には「おはよう」と言われただろうか? 僕はそれすらも覚えていない。

「む、羽川くん、おはようは?」

「は?」

「お・は・よ・う、は?」

 近い近い、何でそうも迫ってくる?

「お、おはよう……」

 おされた訳じゃないが、思わず返してしまった。
 よし、と言わんばかりに笑みを浮かべる赤城は「また後でね」っと自分の席に戻って行った。
 流石は人気者。すぐに人に囲まれてやがる。
 耳を澄ませば話し声は聞こえるだろうが、聞くまでもないな。
 連中の顔が語っている。
 心配と否定。
 そんなとこだろうな。


 朝のホームルームも終わり授業に入るが、今日は先日にやったテストの返却と解説。いつも以上に退屈な一日になりそうだな。
 案の定、全部が100点で返ってきた僕の答案。こうなってしまうと解説される意味もないため、本当に暇な一日になってしまった。

「羽川くん、テストどうだった?」

 すべての教科が返却された休み時間に、赤城がそう問い掛けてきた。
 相変わらず周りがやたらと不安そうな顔で注目してくる。

「ん……」

 僕は特に言葉を出さず、手元の答案だけを突き出した。

「うわっ! 羽川くん、全部100点!?」

「そう驚くことでもないだろ。小学生のテストだぞ」

「いや、不良のくせに頭良いんだなって思って」

「不良じゃねぇよ」

 昨日は良い人とか言ってたのに、今日は普通に不良扱いかよ。まあ冗談なんだろうが。………冗談だよな?

「私、国語と社会は100点だったけど、理科と算数がね………」

「意外だな」

「むぅ、それ嫌味?」

「いや、本音だよ。純粋にそう思っただけだ」

 優等生っぽい彼女のことだから、普通に全教科で満点を取ってると思ってた。
 ちなみに僕が満点なのは当たり前だ。小学6年が1年のテスト受けてるようなもんだからな。実際にはそれより遥かな差があるけども。
 赤城は相変わらず僕の答案を眺めている。

「字も綺麗。案外、真面目な優等生は羽川くんの方かもね」

「優秀なのと優等生は違うだろ。少なくとも、僕は真面目とは言えないしな」

「それは言えてる。授業も聞かずに本ばっか読んでるもんね」

 ……………バレてたのか。
 どうりで担任から当てられる回数が多いわけだ。普通に注意せず分からないであろう問題を解かせようとするあたり、教師ってのも性格が悪いな。全問正解してやったけど。

「羽川くん、今日も図書館に行くの?」

 赤城がそんなことを訊ねてきた。

「ああ、そのつもりだけど」

「じゃあ、私も一緒に行って良いかな?」

「は? 何しに?」

「羽川くんに勉強でも教えてもらおうと思ってね」

「図書館ってのは本を読むとこじゃないのか?」

「勉強も出来るよ。ほら、学習室とかあるでしょ?」

「あー、それ僕は知らないや。使ったことないし………」

「えー、夏休みになると課題する学生でいっぱいになるんだよ」

「…………んで? なんで僕が君に勉強を教えなきゃならないんだ?」

「テストで負けたのが悔しいから。いいじゃん、どうせ本読むならどこでも一緒だし、分からないところだけ質問するから羽川くんは本読んでてくれればいいし」

 テストで負けた相手に教えを請うのか、負けず嫌い過ぎだろ。ある意味プライドもクソもないな。
 けど、面白いな。勝負への執着、競争意識、これもまた人間の不思議か。昔から人間は争いの絶えない存在だったが、この世界の現代人にも紛れもなくその意識は受け継がれてきているようだ。

「読書の片手間でよければな」

 気付けば僕はそう返していた。
 すると赤城はにこりと笑って、

「ありがとう」

 と、そう言った。
 人から感謝の言葉を贈られたのは始めてだな。

 今までは何に感謝して、誰を敬うべきなのか、それが理解できていなかったが。今は少しだけ、分かるようになってきた気がする。




 放課後の図書館。生まれて始めての勉強会は、黙々と本を読む僕と黙々と宿題をする赤城が並んで座り、時折飛んでくる赤城の質問を僕が説明を入れて返すという繰り返しだった。
 学校や昨日の夜のように、大した会話はない。
 いつの間にか赤城が中学生用のテキストをやり始めたときには驚いたが、僕は一応大学までの学習は読書の合間に自主的にやっていたので分からない問題はなく、赤城の疑問にもすぐに解説入りで答えられた。
 何だか彼女が悔しそうにしていたが、気のせいだろう。



 その日の夜のことだ。
 いつも通りに部屋で本を読んでいると、部屋の外に気配がした。
 夕食の時間だ。
 ふと、昨晩の赤城優希姫の言葉が頭をよぎった。
 ちゃんと気にかけられてる、か。
 本来、食事を必要としない僕は、元より食への感謝が薄かった。
 手間をかけて作ってくれる夕食。そこに何も感じていなかったような気がする。
 もし、本当に両親に気にかけられているなら。
 僕は立ち去っていく足音が消える前に、部屋の扉を開けた。
 ビクッ、と歩いていた母さんが足を止めた。
 そして、僕は言う。

「ありがとう、母さん………」

 振り向いた母さんは、驚いた顔をしていたが、戸惑い混じりに「え、ええ、気にしないで」と言ったのを聞いて、僕は食事を手に部屋に戻った。

 柄にもないことを言ってしまったかな。

 まあ、いい。
 変わっていく世界、変わらない自分。
 もう飽きてきたところだ。
 そろそろ、自分で何かを変えてみたいと思っても、いい頃合いじゃないだろうか。

 また今日も、僕は深夜の散歩に出る。
 普段は連日で同じ場所には行かないのだが、何となく今日もまた、この城にまで来てしまった。

「こんばんは、羽川くん」

 予想に違わず、彼女がいる。

「こんばんは、赤城……」

 ちゃんと挨拶を返して、僕たちはまたくだらない言葉を交わしていく。


 日中の学校。放課後の図書館。夜の散歩。


 代わり映えしなかった僕の日常のところ構わずにやってくる赤城に苦笑いを浮かべつつ、受け入れている自分に驚いた。
 そうやって一年が過ぎた頃。

「ねぇ、夕月………私と友達になってよ」

 六年に上がって間もなく。優希姫から出たその言葉に、僕は抵抗もなく普通に頷きで返すのだった。


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