僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件

低系

不死鳥と姫

 十冊ほどの本を借りて家に帰る頃には午後六時を回っていた。辺りはもうかなり暗い。
 共働きの両親はまだ帰っていないようだ。
 家にいるのは小学三年生の妹のみ。
 ガチャン、と扉を閉める音で両親が帰って来たと思ったのか、パタパタと奥から妹が出てきた。

「おかえりなさい!」

 元気の良い声でそう言ったのは、羽川峰月はねかわほうづき
 僕と全く似ていない妹。
 黒髪黒眼。おさげにした髪を揺らして駆けてきた峰月は、帰って来たのが両親でなく僕だと分かると、あからさまにビクッと身体を強張らせた。恐がっているのが目に見えているな。

「お、お兄ちゃん、だったんだ………おかえりなさい」

「ああ……」

 それだけ言うと、僕は妹の横を通り過ぎていく。

「あ、あの、お兄ちゃん……」

「…………何だ?」

「えっと、その………」

 呼ばれて足を止めてみたが、峰月が何かを言う様子はない。

「何もないなら、僕は部屋に戻る………」

「あ………」

 家庭崩壊の一番の原因はコミュニケーション不足だと前に何かの本で読んだことがある。
 まあ、どうでもいいことだが。



 帰宅後、僕はすぐに自分の部屋で本を読み始めた。
 今日借りてきたばかりの本を時間も忘れて永遠と熟読していく。ちなみに最近のブームは北欧神話だ。
 分厚い本を一冊読み終わったところで時刻は午後七時半。我ながら集中して読むと早いものだ。
 そんなことを思っていると、扉の外に気配を感じた。
 足音から察するに母さんだろう。
 気配が完全に去ったのを待ってから、僕は部屋の扉を開けた。
 お盆に乗せられた夕食がラップをして扉の横に置かれている。いつも通りだ。元より食事を必要としない僕は、いつからか家族が一同に介する食事の場にも出なくなった。とはいえ、食事を摂らなければあからさまに不自然だし、食事の席に行かずともこうやって用意して持ってきてくれるのだから、一応は食べるようにしている。

 食事、か。

 正直、昔は考えたこともなかったな。
 食べずとも生きていけるんだ。食べようとも食べたいとも思う訳もない。
 綺麗に食べ終わった後の食器を、部屋の外に出しておく。しばらくすれば、母さんが取りに来るだろう。
 僕も食事事態は嫌いではない。美味な料理を食すのはなかなかに満たされるものはあるが、何かと習慣にしてなかったことというのは面倒さが勝る。何億年もしてなかったことを、たった十数年程度ではあまり慣れるものじゃなかった。僕はまだ手間を惜しんで美味しいものを食べる境地には至っていないようだ。

 午後十一時。もう夜も大分ふけてきた。

 最近では本を読むのがやたらと早くなってしまったせいか、もう借りてきた本の半分を読み終えていた。今度借りるときはもっと多目にしとこう。

 さて、少し早いけど、今日もまた夜の散歩に行きますかね。
 部屋の鍵をかけ、常備してあるスニーカーを手にとると、灯りを消してガラス戸からベランダに出た。
 辺りを見回す。
 本当にここら辺はこの時間になると静まりかえるな。人も全く歩いていないし。なんなら街灯もポツンポツンとしかなくて、住宅地全体を見てもほとんど明かりがない。
 まあだからといってこの時間にここから飛び立つと誰が見てるか分からないから、いったんは下に降りる訳だが。
 後ろ手にガラス戸を閉めてからスニーカーを履く。僕はベランダの手すりに手を掛け、一気に飛び越えた。
 飛ぶのとは真逆の落ちる浮遊感を感じながら、二階からそのままふわりと地面に降り立つ。
 よし。じゃ、行くかな。
 トコトコ、と夜の街を歩き出す。
 四月の半ばの夜風はまだ少し冷たい。といっても僕は暑い寒いの感覚は分かってもそれを苦に感じないからあまり関係ないのだが。

「もう少ししたら、桜も散るな……」

 近所の公園の桜は、もう大分寂しくなっていた。
 世界の景色は止めどなく変わっていく。同じように見えても、本当に同じ景色は二度とない。何億という時の中で変わり続ける世界を見るのは、僕にとって当たり前だったはずなのに。
 たかが数年、数ヶ月の変化が、今はどこか儚くて、心に微かな寂しさを与えてくる。
 歩いていると、空にいるときとは違った景色が見えてくる。これもまたその一つなんだろうな。
 せっかくだ。このまま城の方まで歩いてみるか。
 近頃は徒歩の散歩もなかなかに楽しい。いや、本来散歩は歩くものだが、前世では移動イコール飛行だったからな。最初は遅いし面倒だとも思っていたが、こうして地上をゆったりと移動するのも良いもんだ。
 見てくれはただの金髪小学生だから、夜にあんまり堂々と歩いてたら補導されそうだけど。
 車通りのない夜の道を渡り、そのまま徒歩で城まで着いた。
 今日のライトアップの色は紫か。
 遠目からでも見えていたが、近くで見ると桜の木もあってとても幻想的に輝いている。
 多少は人がいると思っていたが、平日のこの時間はさすがに誰もいないな。
 僕は城の塀に作られた登り坂を歩いていく。
 日本の古き遺産。
 僕が生きてきた時間に比べれば大した年月じゃないが、人間というあまりにも脆く儚い生き物が積み上げてきた歴史の一端と思えば、それもまた感慨深いものがあるな。
 じじくさいが、実際に年寄りみたいなもんなんだから、仕方ない。うん、仕方ない。
 坂を登りきったところで、僕は思わず足を止めてしまった。
 誰かいる。
 本丸のすぐ横。あの桜の木の下に、誰か。
 小さな人影だ。
 ………………子供か?
 視力を人間モードから不死鳥モードに切り替えると、その姿を容易に捉えることが出来る。
 月明かりとライトアップされた城の光に照らされて、散っていく桜の花びらの中に彼女はいた。

 あれは、赤城…………赤城優希姫?

 よりにもよって同級生、しかも同じクラスのやつかよ。
 というか、こんな時間に、こんな場所で、小学生がいったい何してんだ。人のことは言えんが………。

「………え? 羽川くん?」

 おっと、気づかれたか。

「どうも、君は確か、赤城優希姫だよな……」

「あ、名前覚えててくれてたんだ」

「まあ、同じクラスだしな」

「ふーん、ちょっと驚いたかも。羽川くん、他の人のこととか無関心そうなのに」

「まあ、クラスのやつの名前くらいは知ってるよ」

 実のところ人間に興味を持ち始めたのは最近で、それまでのクラスメイトの名前はまるで覚えてないが。

「それで、羽川くんはこんなところで何してるの? しかもこんな時間に……」

「人のこと言えた義理か………」

「あ、それもそうだね」

 ふふっ、と屈託のない笑みをこぼす赤城。

「私はちょっと、桜を見に。夜だとライトアップされたこの城のおかげで、凄く綺麗に夜桜が見れるからね」

「ああ、僕も似たような理由だよ………」

「羽川くん、家がここの近所なの?」

「いや、僕らの小学校のすぐそばだから、ここから歩きだと少し遠いな」

「そっか、ここの地区だと小学校が変わっちゃうもんね」

「そういう君は?」

「私は割りと近いよ。お城のすぐ下。ちょうど小学校と小学校の間なんだよね」

「いくら近くても小学生がこんな時間に出歩いたら、親が心配するもんじゃないのか?」

「そっかな。じゃあ家が遠い羽川くんはもっと親に心配掛けちゃうね」

 この小娘………揚げ足取りやがって。
 まあそもそも僕が親の心を知った口を聞くこと事態間違いか。
 と考えてたところで、赤城が更に言葉を繋げる。

「なんてね。親には言ってないの。内緒で抜け出して来ちゃった。だから心配はかけてません。部屋で寝てると思われてるから……」

「知らぬが仏とはよく言ったものだな、昔の人間は得てして面白い言葉を思い付くと思っていたが。それでも知られたら大事になるだろ」

「大丈夫だって、部屋に鍵かけてるし。いないのなんてバレないよ」

「真面目で優等生っぽいやつだと思っていたが、案外ヤンチャなんだな」

「真面目な優等生だよ。だからどきどき、こうやって窮屈な世界から出たくなるんだよね」

 その歳でいったい何を言ってるのやら。

「………………君、本当に小学生か?」

「羽川くんが言うことじゃないでしょ?」

 これまた全くその通りで、まさに返す言葉もなかった。

「羽川くんは?」

「何が?」

「親にちゃんと言って出てきたの?」

「まさか、そもそもここ二、三年、父さんとも母さんともまともに口なんてきいてないよ」

 そう言った瞬間、彼女の表情が曇った気がした。

「仲、悪いの?」

 問われて考えてみるが、仲が悪いというよりは、

「いや、良いも悪いもなく疎遠だな。干渉してない、って感じだ」

「ご飯とかは?」

「いつも部屋の前に置かれてるよ」

 改めて思うが、本当にほっとかれてるよな。まあ自業自得だし、気にもしていないが。
 だが僕の返答に、赤城は今度は少しだけ柔らかい表情に変わった。

「何だ。良かった。ちゃんと気にかけられてるじゃん」

「どこがだよ?」

「本当に気にしてないなら、食事の用意も、何もしてくれないでしょ?」

「さあ、どうだろうな………」

 親の子に対する義務だけでやっているような気もするが。

「当たり前のことを当たり前だって思っちゃダメだよ?」

 だが赤城はどこか嗜める口振りで僕に言った。

「家にいて、ご飯を作ってくれて、学校に行ける。親の義務って言っちゃうのは簡単だけど、義務を守れるのはちゃんと羽川くんのことを大事にしてるからだと思うよ?」

 ふん、まさかこんな小娘に説教をされるとはな。
 しかし考えてもみなかったかもしれない。親がこんな不気味な存在である僕を大事にしてる、なんて。
 僕にしてみれば目の前のこの小娘も、両親も、似たような子供でしかないんだ。だから、だからだろう。目を開けてしっかりと見ていなかったのは両親じゃなくて、僕の方だったのも、よく知っていた。

「本当に小学生とは思えないな、君は………」

 彼女はよく出来た賢い娘だ。この歳で、もういろんな事が見えている。見えすぎている。その反動が、この夜の徘徊と言うわけか。
 先程と同じ僕の言葉に今度は苦笑いで誤魔化した赤城が、話を変えようと口を開いた。

「でも本当に意外だよ。羽川くんがこんなに喋ってくれるとは思わなかったなぁ。夕方この下で声かけたときは全く反応してくれなかったのに」 

「ああ、なんか呼ばれた気がしていたけど君だったのか」

「うん、放課後もここに桜を見に来てたからね」

「スルーしたのはすまない。でも意外と言うなら、君が僕に声をかけてきたことの方だろ。今まで全く接点もなかったよな」

「そうだね。今年に入るまでクラスも同じになったことないし、でも私は噂で聞いて知ってたよ、羽川くんのこと」

「まあ、僕は悪目立ちしてるらしいからな」

「アハハ、否定はしないかも! 金髪不良の怖い人とか、私の友達もよく言ってたよ」

「不良じゃないし、金髪は地毛だ」

「あ、やっぱりそうなんだ。もしかしてハーフとか?」

「さぁ、どうだろうな………」

 下手に答えられず曖昧な返しをする僕に、赤城はそれ以上は聞いてこなかった。
 その代わりに、

「でも良かった。思った通り、怖い人でも悪い人でもなさそう」

 なんてことを言ってきた。

「なんでそう思う?」

「話してれば分かるよ。ちょっと冷たいけど、怖い感じじゃないし」

「どうだろうな………」

 会話に間が出来たところで、赤城がポケットから携帯端末を出して時間を見る。

「あ、もうこんな時間! そろそろ帰るね」

「ああ………」

 そろそろ午前一時を回った頃だろうな。
 さすがに赤城もこれ以上出歩かない、という時間概念はあるらしい。

「じゃあ、また明日学校でね」

「学校では話さないだろ」

「そっかな。んー、なら私から話しかけに行くよ」

「やめとけ、君まで周りに煙たがれるぞ」

「いやー、それより羽川くんと話してる方が面白そうだし」

「………………まあ、読書の邪魔をしない程度なら、な」

 最近ではそこまで人嫌いという訳でもないし、むしろ人間と接するのも面白いかもしれないな。
 実際、今日に赤城と合って、こんなに人と長く話をしたのは始めてだ。両親とも、こんなに話したことはないだろう。

「またね、羽川くん」

 そう言いながら、赤城は坂を駆け気味に降りていった。

 なんていうか、変わった娘だな。小学生とは思えん。

 僕も、今日はもう帰るとするか。
 結局、一度も空に上がらなかったが、たまにはそういう日もあって良いだろう。
 またね、か……。
 最後に言った彼女のなんてことない言葉は、何故か僕の胸に響いた。

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