太陽が無い世界

紫陽花色の夢

第二章 ~その少年、能力者につき~

「…あいつ、中々だな…」

僕は水上 雪。
【国家機密能力悪用犯討伐隊】の一員だ。
因みにさっき不良に絡まれていた。
いや、勿論あれは演技だ。
素で絡まれていたわけじゃ無い。
嘘ではなく、本当だ。

それで、先程僕に絡んでいた不良を相手にしていたあの赤髪…どこかで見たような…。
まぁ、今はそこまで重要じゃないだろう。

そういえば、先程あの赤髪は僕のことをガリ勉と言っていたが、正確に言うとガリ勉ではない。
勉強熱心なだけだ。

しかし、まさか借りていた本を図書館に返しに行く間に、不良に絡まれるだなんてとんだ想定外だった…。
まぁ能力者では無いみたいだったし、見逃してやったが。

そうそう、僕の能力の話だが、“気流を操る能力”だ。
僕が組織に見込まれたのは、きっと“あの事件”が根拠だろう。
今はまだ話す必要がないから、話さないがな。

ついでに、見回りもしていたのだが、今はこれといって大きな事件は確認できていないし、早いところ図書館へ行って本を返してくるか…。

「ん…?あれは…!」

図書館に向けて歩いていると、何だか急に気温が下がったような気がした。
違和感を感じて辺りを見回してみると、とあるビルとビルの間に、大きく氷の塊が出来ているのを発見した。
そしてその氷の中に薄らと浮かんでいるのは人影…?
その氷の傍らを歩く少年…といっても僕とそれ程歳は変わらないような、こんなに暑い夏の季節だというのに制服の上にセーターを着ている人物が居る。
おそらく、能力者だろう。

きっと人間を氷付けにでもしたのだろう…馬鹿馬鹿しい。
いいだろう、僕が制裁を加えてやる。

「おい、そこの君。能力者だね?」

僕は現場に近づき氷付けにされた人物を眺めている能力者であろう少年に声をかける。

「…!…なんだよ、お前…」

大袈裟に肩を震わせて驚いたようにこちらを振り向く少年は、しばし硬直した後、強がるようにこちらを睨みつける。

「国家機密能力悪用犯討伐隊隊員、水上 雪だ。それ、君がやったんだろう?違うか?」
「討伐隊…!?…あぁ、そうだよ。やったのは僕だ…だから、何?ここで始末する?」

僕の正体を明かせば少年は分かりやすく動揺を見せる。
その後、それを隠すかのようにこちらを挑発するような口調で言葉を放つが、様子を見ている限り断言は出来ないがこう言えるだろう。

「…君、殺人に慣れていないね?」
「っ…!なんで、そんなことが言えるんだよ?今ここで、こうしてお前の事だって殺すかもしれないんだよ?それに、もしお前に対する反応が全部演技だったら…?」
「演技なら演技だとわざわざ自分で種明かしする必要は無いだろう。それと、君が僕を殺すということは出来ない。それは…君が本心から僕を殺したがっているわけではないのと、僕が君に負けるという事が有り得ないからだ」

僕の言葉に少年はこれ以上何も言えない様子だった。
まだ聞きたいことはあるがこれ以上は時間の無駄遣いだ。

「さぁ、お喋りはここまでだ。観念してもらおう」

僕が少年に手を翳すと、少年は身構える。

「覚悟は良いかい?」
「覚悟をするのはお前の方だ…!」

先手必勝…と行きたい所だったのだが、僕が能力を使用するほんの一瞬の差で少年が能力を使用し、少年を中心に辺りが一気に凍り付く。
何とか後方に飛び退き、距離をとってかわすが、何故僕自身を狙ってこないのか不思議だ。
まさか…コイツ能力を使いこなすことすら出来ていないとでもいうのか…?

「…君、本当に意図して能力を使えているのか?」
「うるさい…!関係ないだろ!」

少年が右腕を振るうと、そこから氷のつぶてが複数放たれる。
流石にかわすということはハードルが高く、せめて頭だけは守るため、両腕で頭を覆うと、右腕に被弾してしまった。
すると驚くことに右腕が凍ってゆく…いや、右腕からどんどん体の方へ侵蝕してきている。

「…!」

これを見た少年は目を見開きどこか怯えたように固まってしまう。
 これはどうやら下手に戦闘に出るよりも言葉で攻めた方が良さそうだな。

「…どうした?攻撃しないと勝てないぞ?」
「それはお前の方だろ…!?なんで攻撃してこないんだよ!」

このままでは逃げ腰一直線だな。
さて、どうするか…。

「お生憎様僕の能力は戦闘向きじゃないんだ。それにこれも戦略の内だ。そうだな…まず君の図星を突いて見せよう。君…自分の力が怖いか?」
「別に、怖くなんか…!」

少年はそう言って俯くと口を噤んでしまった。

「だったら…この腕を見ても何も思わないだろう?」

少年の目の前にぐっと腕を持って行くと、あからさまに動揺して後ずさる。
ふと少年の顔を見ると、目に涙を溜めていた。
それを見たらおもわず僕まで動揺してしまった。

「…泣くくらいなら最初からこんな事しない方が良いんじゃないか?今なら、まだ間に合うぞ?」

流石に僕も無慈悲ではないし、少年と少し距離をとりなるべく腕が相手の視界に入らないようにしてみる。
そして出来るだけ刺激をしないように柔らかさを意識した声音で問いかける。

「泣いてなんか…」

服の袖で目元を拭いながら消え入りそうな声で言い返してきたが、それがあまりにも弱々しくてこれ以上戦う必要性が無いようにも思えてくる。
コイツが本当に殺人なんて出来るのだろうか…。
実質そこの巨大な塊を作り出したところを目撃したわけでは無いしな。
ほぼ確実だろうが。

そんな事を考えていたらいつの間にか少年が少しずつ離れていっていることに気が付く。
すなわち逃げようとしているのだろう。

「おい、待て…!」

そう言った瞬間少年は走り去ってしまった。
僕としたことが、能力悪用犯を野放しにしてしまうなんてな。
とりあえず、今は図書館に本を返すのが優先だ。
この凍った腕は……その内溶けるだろう。
そんなに気にならないし、気にしない。
さて、図書館へ向かうとするか…。

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