僕の幼なじみはノックしない
第1話 僕の母親はめんどくさい
僕には幼なじみがいる。
彼女は成績優秀でスポーツ万能、おまけに容姿端麗。先生からの信頼も厚くて、学校のアイドル的存在だ。
そんな完璧超人な彼女だけど、1つだけ何度も注意しても改善されないことがある。
それは──
「朝よ、西川君。早く起きないと学校に······」
バッチリ起きていた僕の姿を見るなり残念そうな顔をして、あからさまにため息をつく。
「はぁ、どうして起きているのかしら?」
さっきまで自分で言っていたこととはおもいっきり矛盾する言動をしているのに、まるで僕の方が悪いかのように非難の目を向けてくる。
「永遠に起きなければよかったのに......」
「それって永眠しろってこと!? そんなに僕が死んでほしいの!? それと、いつも言ってるけどちゃんとノックしようね!」
毎日のように繰り返される朝の定番とも言える光景だけど、彼女はいくら注意してもノックをしない。
「私、ノックという文化って良くないと思うのよ」
「突然どうしたの?」
僕の疑問は至極当然のものだけど、彼女は気にもしないで話を続ける。
「もしもさっきノックをしていたら、西川君はどうしたと思う?」
「どうするって、えっと······」
急に言われても困るな。
とりあえず返事はすると思う。
「正解は読んでいたエロ本を隠す、よ」
「読んでないからね!」
とんでもない冤罪だ。
僕はそんな簡単にばれるようなミスは犯さない。
ちゃんと、本棚の本の後ろにばれないように隠している。
「ちなみに、エロ本の隠し場所は本棚の本の後ろ」
「なんで!?」
思わず声を出してしまった。
ここはなんとか誤魔化さないと。
かまをかけているだけかもしれないしね。
「まぁ、つまり私は西川君の慌てた姿を見るのが趣味なのよ。ノックをしていたら貴重なあなたの間抜けな顔──いえ、いつもの間抜けな顔が見られないじゃない」
「最後の言い直す必要なかったよね! さすがに傷つくよ?」
「なら、治してあげましょうか?」
言うやいなや、顔をぐっと近づけてくる。
「近い近い!」
「さぁ、治療を始めるわよ」
布団を剥いで僕に馬乗りになり、パジャマに手をかける。
「結菜ちゃ~ん、そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ~」
呑気な口調で、息子である僕のことをそっちのけで幼なじみの鈴木さんを心配する。
ちなみに、僕の母親もノックをしない。
「あらあら、朝から元気ね~。おばさんは邪魔しちゃ悪いから買い物行ってくるわね。2時間は帰らないから、ごゆっくりどうぞ~」
馬乗りで股がっている僕たちを見て、何を勘違いしたのか、そそくさと扉を閉めて出ていってしまう。
「なら、お言葉に甘えて楽しみましょうか」
「ナニを? ナニをするの鈴木さん?」
幼なじみの妖艶な笑みを見た僕は全身に悪寒が走る。
必死に抵抗しても僕の体はピクリとも動かない。
なんでもできてしまう鈴木さんは柔道のスペシャリストでもある。
万事休すかと思われたけど、ふいに拘束が緩んだ。
そこを見逃さずに彼女から距離を取る。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。おばさまも言っていたように、もう時間がないわ。今日は特別に私がご飯を作ってあげるから早く着替えなさい」
鈴木さんにしては真面目な発言。
まるで小説の中のかわいい幼なじみのような言動。
さては、熱があるな?
そうとわかったら、まずは熱を測らなくちゃいけない。
体温計は僕の部屋にないから、とりあえず額と額をくっつける原始的な方法で確かめてみる。
「ちょっ! い、いきなり何をするのよ」
さっきよりも頬の赤い鈴木さんが慌てた様子で振りほどく。
僕の予想は当たっているようだ。
「鈴木さん、熱があるのならちゃんと休んだ方がいいよ。ご飯はいいから、早く家に帰らないと」
「いえ、熱なんてないわ。それより早く着替えなさい。いつまでみっともない姿をさらすつもり?」
おっとそうだった。
冬場の朝は寒い。
今更だけど今は冬であることを思い出す。
自然な動作で僕の部屋を出ていく鈴木さんの横顔をちらりと見るけれど、いつも通りの幼なじみの顔だった。
勘違いかな?
朝だからまだ目が覚めていないのかもしれない。
僕は即行で制服に着替えて洗面台へ向かい、顔を洗ってリビングについた。
その時間30秒。
毎日のようにギリギリまで寝ている僕は、朝の身支度に関しては極めている。
「相変わらず早いわね」
「鈴木さんこそ早すぎるよ......」
鈴木さんが部屋を出てから1分くらいしか経っていないのに、テーブルには白米とお味噌汁、それと焼き鮭が並んでいた。
どうしたらこんなに早く出来るんだろう?
「先に準備していたのよ」
「心の中を読まないでくれるかな!?」
「あなたの顔が分かりやすいのよ」
自然な笑顔。
一瞬だけどドキッとしてしまう。
普段は見せない彼女の笑顔はとても魅力的で······
大きくて綺麗な瞳に、絹のようなさらさらした黒髪。整った顔は人形のように美しくて、ぷるんとした柔らかそうな唇は男の理性を奪う。
無意識のうちに体を鈴木さんに近づけていた。
これ以上はいけないと頭で分かっていても体が勝手に動いてしまう。
華奢な鈴木さんの肩に手をかける。
「んっ······」
一瞬ビクッとなったけどそれ以上は拒まなかった。
そして唇を前に出してそっと目を閉じる。
鈴木さんをそういう目で見たことはないのに、今は彼女の全てが魅力的にみえる。
ゆっくりと口を近づけて、鼻と鼻が触れる距離。あと一押しでキスをするという瞬間。
ガタッ
何かの物音がした。
僕たちは瞬時に体を離す。
「あら、せっかくいいところだったのにごめんなさい。おばさんのことは忘れて続きをどうぞ」
リビングのドアに身を乗り出していた僕の母親は、にやにやしながらそっと扉を閉じた。
「「······」」
母親がいなくなったことで一気に静かになったリビングは、なんとも言えない微妙な雰囲気となる。
「えっと、ご飯食べよっか。冷めちゃうといけないし」
「ええ、早く食べてちょうだい。学校に遅刻してしまうわ」
鈴木さんはもう朝ご飯を食べているから、僕なんかに構ってないで出掛けてしまえば余裕で間に合うのに、いつもこうして僕を待ってくれている。
僕に対する扱いはひどいものだけど、たまにはいいところがある。
僕はなぜか熱くなってしまった体を誤魔化すように、一気に温かいお味噌汁を飲み干した。
ご飯を食べ終えて鈴木さんと一緒に家を出る。
「あら、もういっちゃうの? まだまだ昼は長いわよ?」
「そこは夜じゃないの?」
「へぇ~、響も大胆になったわね。いいわよ、今夜はママ友の家に泊まらせてもらうから、結菜ちゃんお留守番お願いね」
なぜか僕ではなくて、鈴木さんに留守番をお願いしてくる。
なにを考えているかなんて分かりきっている。
本当に、僕の母親はめんどくさい。
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