異世界転生した俺は最強の魔導騎士になる

ひとつめ帽子

閑話 その1

 私は今、試練に立ち向かおうとしている。
里に入り、あの場所へと向かう。
道中、リリアに挨拶をされたが、俺はまともに返事が出来なかったように思う。
なんだか心配そうな顔をさせてしまった。
後で謝っておくとしよう。

 私は目を閉じ、再度険しい顔付きになる。
それはさながら戦場へと赴く兵士のようだろう。
いや……それはあながち間違ってもいない。
私はこれから、小さな戦場へと向かうのだから。
そして辿り着いたその場所は、ミーシャの家だった。
私はその玄関の前に立ち、一呼吸おいてノックする。



 ガチャっと扉が開く。
出てきたのはミーシャだ。
いつものように後ろ髪を束ねておらず、下ろしている。
服装もいつもの狩人としての身軽な格好ではなく、皮の靴と白いハイニーソックスを履き、下は緑のミニスカート、そして上は淡い緑と白のチュニックを着ていた。
可愛らしいこの服装にこの美貌なら、男はイチコロだろう。
だが、私はそれどころではない。

「き、来たのね、ジノ。
てっきり、来ないかと思ったわ。
シンがいつものような軽い冗談で食事したい、とか言ったのかな、って」

「あぁ、すまない。
アイツが少し先走った節もあるのだ。
しかし、食事の招待には、感謝する」

 私の声は震えていなかっただろうか?
ミーシャは照れ臭そうに笑っているので、大丈夫だろう。

「相変わらずの堅物な物言いね。
と、とにかく、中に入りなさいよ」

 そう言って中に入る事を促される。
ミーシャもどこかぎこちなさを感じる言動だったが、それを気にしている余裕もない。
ここに入れば、いよいよ始まる。
私は覚悟を決める事にする。




 ミーシャから、そこ座ってて、とテーブルの椅子を指差されたので、そこに座る。
彼女は台所であろう奥の部屋に消えていった。
深呼吸して心を落ち着かせる。
ここまで緊張したのはいつ振りだろうか?
恐らく、ザハルドに現王妃との逢い引きがバレて呼び出された時以来だろう。
あの時も僅かに手が震えていたものだ。
私は手の平をギュッと握り締める。

「お待たせお待たせ!」

 そう言ってミーシャが戻ってきて、大きなお皿に銀のクロシュを乗せて俺の前に持ってくる。
で、デカイ……。
コイツは遠慮というモノを覚えるべきだな。
当のミーシャは怖いくらいご機嫌である。

「ジャジャンッ!
今回のお肉料理はカオスアリゲーターのオーブン焼きよっ!」

 そう言ってクロシュが持ち上げられ、ついに本日の刺客が顔を出す。

 それは……黒かった。
なんだかよく分からんが、黒くてデカイ塊だった。
これがオーブン焼きだと?
もはや焼け焦げた岩石ではないか。
しかし、同時に私は安堵した。
今コイツはカオスアリゲーターと言った。
確か、あの魔物には毒はない。
つまり、肉自体は無害だ。
それはとても大事な事である。

 ミーシャはルンルンでナイフとフォークをお皿の横に添える。

「さぁ、召し上がれ!」

 ミーシャがドヤ顔でそう言い放つ。

「あぁ、頂くとしよう」

 私はナイフとフォークを手に持つ。
そして、その黒い物体をナイフで切ろうと試みる。
が、硬い。
硬すぎるっ!
切れないではないかっ!

「おい、ミーシャ。
まさかカオスアリゲーターの皮ごと焼いたのか?」

「そんな訳無いでしょ。
硬い皮ははいでおいたわ」

 当たり前でしょ、とばかりに言うミーシャ。
では何故ここまで硬い?

「何か塗ったのか?」

「あー、香り付けに良いと思ってオレンジスライムの粘液を塗ったわ!
とってもフルーティな香りがするから良いかなって」

 それだっ!
この馬鹿者めっ!
オレンジスライムを加熱すると超硬質化する事を知らんのかっ!
これはもはやクリスタルゴーレムに匹敵する硬度になっている。
もはや食べ物ではない。
とは言え、数時間経てばその硬質化も消えるだろうが、それまで待つ訳にもいくまい。

 私はナイフに風のエンチャントを掛け、斬れ味を跳ね上げさせる。
それでも抵抗してくる表面だが、魔力を上げて切り裂いた。
そして黒い表面の内側からピンク色の肉が見えた。
……これは火が通っていないのでは?

「ミーシャ、火は通っているのか?」

「ほ、ホラっ!ステーキはレアが一番美味しいって言うでしょ!?
お肉の味を一番引き立たせるって聞いたことあるものっ!
何も問題はないわ」

 未だ崩れないその自信。
むしろこの料理には問題しかない。
もはや私には何もかも理解出来ない……。
そもそも、これは生肉である。
しかも、輪切りにしたそれの中心部には雑草のような草が詰め込まれていた。
思わず顔が引きつる。

「この草は何だ?」

「香り付けの香草よ。
香草はお肉の臭みを取るらしいわ」

 どうでもいい料理の知識を詰めてくる奴だ。
草まで詰め込みおって。
その香草とやらも本当に香草なのか疑問を抱く。
ただの雑草の間違いではないだろうな。

 ともかく、ナイフで肉の部分だけを一口サイズに切り裂く。
表面は硬すぎて食べられまい。
私の顎が壊れてしまう。

 一口サイズの肉をフォークで突き刺し、食べる準備が整う。
フォークで刺した時に何故か緑の液体が溢れ出した事にゾッとする。
当のミーシャは真剣な表情で俺を見つめている。

 私はミーシャには悟られないよう、遮断のスキルを行使しながら魔法を使う。
まずは透視して自分の臓器を確認。
胃から食道、口までしっかりとプロテクションをかける。
更にハイリジェネーションをかけ、万が一毒があった場合の自然治癒魔法を追加。
更に念には念を入れてリヴァイヴの蘇生魔法もかけておく。
意識を失ってもこれなら戻ってこられる。
そして極め付け……。

“身体金剛”っ!

 その身体の防御力を飛躍的に高める。
これで状態異常耐性は完璧だ。
生半可なダメージではこの防護は抜けはしない。

 準備完了。
いざ、勝負。

「頂くとしよう」

 私はフォークに刺さった肉を口に放り込む。
口を閉ざして、ミーシャを見る。
その表情は私の反応を固唾と見守っている。
一噛みしてみると、その肉から何かが流れ出す。
私の身体は途端に危険信号を鳴らす。

 これは猛毒だっ!
くそ、案の定であるっ!
予想を全く裏切らない奴だっ!

 しかし、慌てる必要はない。
全て予測済み。
口を閉ざしたまま、魔力の遮断をしっかりと確認する。
すまない、ミーシャ。
流石の私もまだ死にたくはないっ!

 “ライトニング・バースト”!

 口の中で雷撃が爆発する。
勿論極小の大きさだ。
これで肉を溶解させるっ!
身体金剛をかけている身体でこそ可能な荒技だ。
しかし……。

 グニュ……。

 っ!?
馬鹿なっ!?
何故消えんっ!
いくら威力を落としたとは言え雷属性の上位魔法だ。
溶解出来ない道理など……っ!?
視線を走らせると部屋の隅にまとめてある草が見えた。
しかし、これはただの雑草ではない。
新月草と海鳴りの草。
この二つを調合すると、魔法を無効化させる薬が出来る。

 こいつっ!?
よりにもよってそんなものをっ!!
この肉には魔法が通じないっ!
いや、それどこじゃないっ!
確か魔法の無力化と共に解除の力もある。
つまり、プロテクションも、ハイリジェネーションも壊されるっ!

 途端に身体を蝕む猛毒。
状態異常耐性lv.MAXの俺の身体を容赦なく痛めつけて行く。
私はナイフとフォークをひん曲がる程握り締める。

 予想外だっ!
コイツは私の想像の上をいく。
まずいまずいまずいぞ、この状況はっ!
溶解出来ないのなら飲み込むしかない。
こんな肉を噛み締めれば余計に毒素が広がっていく。
私は一思いに飲み込む。
が、喉につっかえた。

「ウグッ!?」

「あっ!もー、よく噛まないから!
まったく、飲み物持ってくるから待ってて!」

 ミーシャはまた奥に消えた、ガラスのコップを持ってやってくる。
テーブルに置かれたその飲み物を見て私は目を見開く。
それは紫色の液体で、下の方には緑の何かが沈殿している不思議な飲み物。

 これはなんだっ!?
と、叫びたかったが声が出ない。
くそ、こんな訳の分からないものを飲むのか?
しかし、水をくれとも今は言えない。
ええい、悩んでいられるかっ!

 私はそのコップを握りしめて、口に流し込む。
その訳の分からない液体に押されて肉は流れ込む。

「……ップハァ!
ハァ……ハァ……こ、この飲み物は、なんだ?」

 未だに猛毒で蝕まれるこの身体。
何故か身体の感覚が無くなってきた。
もう何が何やらわからない。

「それはリッチコークスの果汁とウォーターポルムの果汁をあわせたものね!」

「両方味は悪くないが、強力な麻痺毒と神経毒があるヤツではないかっ!」

 思わず声を上げる私。
段々と身体の震えが大きくなる。

「それくらいわかってるわよ!
だから解毒草のポルムの草も溶かして混ぜてあるんじゃないっ!」

 ち、違う……。
ポルムの草を解毒剤として作用させるには魔素が含まれた水でなければいけないのだ。
ただの水で溶かせば強い毒性を持つ!
つまりさっき飲んだ物は毒×毒×毒という毒の三拍子の飲み物だったのだ!

 私はついに机に突っ伏した。

「ジ、ジノ!?
大丈夫!?」

 私の意識は消え落ちそうだった。
しかし、辛うじて口だけは開く。

「ミーシャよ……」

 私が掠れた声でそう呼ぶと近くに片膝をついて、ミーシャが駆け寄ってくる。

「一つ……言わせてほしい」

「うん、どうしたの?」

 息を吸い込み、私は口を開く。

「料理の味見は大事……だ、ぞ……」

 そう言い終えると、意識は遠のいていく。

「ジノ……?
ジノッ!?ねぇ、大丈夫!?」

 私を揺さぶるミーシャ。
しかし、私は目を開ける事は出来なかった。

シン、覚えておけよ。

 頭の中でそう呟き、意識は闇に堕ちていった。






 その後、私が倒れたせいで食事会は中断。
助けに来たリリアやルーカスはそのテーブルの料理を見て顔を青くしたそうだ。
ルーカスは無茶しやがって、と小声でジノに言っていた。
リリアの必死の治癒魔法により、なんとか意識を取り戻したジノ。
とは言え、ジノもまた自然治癒力が高い為、命には別状は無かった。
しかし当のミーシャは小さくなっていた。
そんなミーシャに私は近寄り、肩にてを置く。

「ミーシャ、失敗して人は前に進める事もある。
立ち止まれば、そこでお前の成長は止まってしまうぞ」

 ジノは優しくそう言うと、ミーシャは目を潤ませて見上げる。

「ジノ……」

「だから、次はシンに食べさせてやれ。
アイツも、お前の料理を食べたがっていたからな」

 そう言って私は優しく笑った。
ミーシャは涙を拭い、笑顔で頷く。

「わかったわっ!
今度はとっておきの料理でシンを唸らせるんだからっ!」

 そう言って立ち上がり、拳を握り締めるミーシャ。
その顔は殺る気、いや、やる気に満ちていた。
私は何も言わずにそこを立ち去った。




 次は貴様の番だからな、シン。
覚悟しておくがいい。


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