虚無の果てにあるのはやはり友情だろうか

白神 柾

姉は強し

剣が振れず、魔法が使えないことがわかったのは、五年前だ。それに気づいたのは部屋を出ずに引きこもってしまった。
 それ以来、毎日部屋で同じことを繰り返しているのだが、一度も成功したことはない。
  半分諦めてしまっていることもあるのだろう。それでも悔しいものは悔しい


「はぁ〜〜〜」


ノアは疲れたように息を吐き出した。疲れが口から出ていくような感覚に体を震わした。


「なんでかな…本当はわかってるような気がしないでもないけど…」


 これもいつものことだ。


 「せっかく着替えたのにびちゃびちゃだ」


ノアは着替えたばかりだった服を脱ぎ、新しい部屋着に着替えた。脱いだ服をカゴに入れつつ(カゴに入れて、外にだしとけば勝手に洗濯されてる。もちろんミアがやってる)、首を回して日付を確認した。


「今日でちょうど五年か…なら今日は行かなきゃ…」


  ノアは毎年この日にはこっそりと家を抜け出してある場所に行っている。


「みんなも行ってるから、もう少し後だな」


ノアは腕で目を覆い、仰向けにベッドに倒れた。


「慣れないな…やっぱり…」


 ノアはそのまま再び目を閉じて眠り始めてしまった。








ノアが目覚めたのは夜だった。


「しまった…流石に遅すぎた…」


すでに夕食前でいつもならドア前に夕食が置いてある。


「姉さん、どっかに行ってればいいな…」


  特にミアに見つかって都合が悪いことは無いのだが、あまり見つかりたくないのが引きこもりの性だ。


「行くか…」


  ノアは腿を叩きつつ、ベッドから立ち上がり、 部屋着から着替え始めたノア。
 部屋着以外を着るのは一年ぶりである。 着替え終えたノアは慎重にドアを開けた。  
 案の定、入り口の横にはまだ暖かい夕食が置いてあった。


「食べてからにしようかな…いや!今じゃないとバレる」


立ち去れ!悪魔よ!などと、ノアは小声で葛藤し始めた。そしてこんなことしてる場合ではないと気づき、足音を立てないように下に降りた。


「姉さんはどこに…」


首を回して周りを見ると、階段から左手の方から音が聞こえてきた。


「キッチンだったかな…」


記憶が曖昧だった。


「じゃあどうやっていこう…」


玄関に行くのにはリビングを通る必要があるのである。つまり、通ればバレるのだ。
ノアは額に汗をびっしりとかきながら考えた。


「よし…慎重に行くしかない…バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ…」


 ノアはバカだった。もっとマシな方法があるだろうにいくら考えてもそれしか思い浮かばなかったのだ。
そうこうしているうちにミアが移動し始めた。


「ッ!!」
(どっどうしよ〜…!バレる?!)


ノアは近づいてくる足音に絶望した。


(終わった…諦めて気づかれないうちに戻ろう…)


と思ったのだが、ミアは違うところに行ったのか、それ以上足音が近づいてくることはなかった。


(ふぅ…危ねぇ)
ノアはバレないようにリビングを覗き込んでみると、


(何やってんだ…?姉さん)


見ると、ミアは立ち止まって上を見ていた。
 そのまま暫くじっと上を見つめていたかと思うと、ミアの姿が掻き消えた。次の瞬間、ノアの肩に柔らかい手の感触。


「っっっっ!!!」


突然かき消えたミアと肩に置かれた手の感触に冷や汗を吹き出した。
ぐっ!と力の入る肩に置かれた手。ノアは後ろを振り返ると案の定ミアがいた。


「やっやっやあーやっややややーぁ」


奇怪な声を発するノア。しかし、ミアは目を伏せて何も言わない。


「姉さん、どっどどうしたのですかなかな??!?」


相変わらず口調が可笑しいノア。そしてやはり何も言わないミア。


「えっとぉぉえーえーえー」






…………………………………………………






しばらく、このカオスな状況が続き、しびれを切らしたノアが、


「姉さん!なんだよ!なんか言ってくれよ!」


大声でそう言いつつ顔を覗き込むと、ミアは泣いていた。


「っっ?!?なっなんで…」
「だって…だってぇ……」


泣いているミアにノアはギョッとした。ミアは嗚咽を漏らした。


「ノアが出てきたからぁぁぁぁ」
「べっ別に姉さんのために出てきたんじゃないんだからね!」


ノアが出てきたことに号泣するミアにツンデレか!と言われそうなセリフを吐くノア。


「もう泣き止んでくれよ…」
「うはぁはっはっわぁぁぁぁ」


  ミアは一向に泣き止まない。そこでノアは天才的な考え(ノアからして)を思いついた。


(今のうちに行っちまおう!)


誰でも考えそうなことである。彼からしたら天才的な考えだった。


(そうと決まれば…隙を見て…よし!今だ!)


ミアが上を向いた瞬間、ノアは玄関に向かって駆け出した。


「もう少し!」


ノアの手がドアノブに触れた。
  しかし、次の瞬間、ノアの視界がリビング前の先ほどの位置を写していた。


「えっはっ?あれ?ぇっ」


前を見るとミアは未だ泣いている。


(とっとりあえずもう一回!)


ノアは再び玄関目掛けて駆け出した。しかし、今度は動かなかった。足だけが空回りして、宙を足踏みしている。


「ぶっえっ?」


動かないことを不審に思い、ミアを見てみると、顔が上に向きつつ、視線だけノアを貫いていた。


「………!!?!?」


見ているだけでは動けない理由にはならない。 
そんなことよりミアの視線が怖すぎる。


「どこに行くのかしら?出てきたと思ったら…」
「うえっとお〜なんでだったっけなぁ、忘れちゃったなぁあ」
 

ノアはミアの凍てつく視線を躱そうとしつつ、言葉を濁した。そして、どさくさに紛れて逃げようと試みた。


「フォッ!?ハァァァァァ!なっなぜ!?」


結果は同じ。もちろん動かない。気合いを入れてみても無理。右腕に違和感を感じていたが、逃げることに必死になって気にしていなかった。


「さっきから何してるの…動くわけないでしょ。腕掴んでるんだから。」
「………」


腕の違和感はこれであった。普通気づくものだが、ノアはアホなのかもしれない。


「……学校行かないから…」
「言わないで!!」


ミアの言葉の続きはおおよそ家族とは思えないほど酷い言葉だろう。


「イヤ、でもいきなり戻ったのはなんでだよ」
「もちろん連れ戻したのよ」
「どうやって…にっ人間がそんな芸当…はっはっはー」


現実逃避をし始めたノア。よほどショックだったのだろう。


「しかも泣いてたじゃないか!」
「泣きながらでもそんくらいできるわよ」
「あーー姉さんはすごいねぇーーぇぇぅぅわぁぁぁ」 


皮肉げに言ったかと思ったら、今度はノアが泣き始めた。いや、鳴き始めた。


「ちょっ!うるさい!鳴くな!喚くな!」
「…辛辣…」














それから20分後。それぞれ落ち着いたようで、リビングで向き合って座っている。


「で、なんで出てくる気になったの?」
「別に姉さんには関係ない」
「関係あるでしょ!五年間も引きこもりってた子が急に出てくるんだよ!?何が目的なの!吐きなさい!」


 ミアはまるでノアが悪いことをするために出てきたと、決めつけているかのように言った。ノアは大してかっこよくない顔を盛大に歪めた。


「何よ、その顔は。とんでもない顔してるよ」
「実の弟になんたる言い草!」


辛辣だった。姉さんこんな人だったっけ?とあまり良くない頭を回転させるノア。


「いいから言いなさいよ!なんで!」


さっきまで泣いていたのに急に強気になったミアは、実は少し照れているのだ。今も少し頰を朱に染めながら言っている。
ノアはそれに気づいて、


「姉さん、照れてんの?久しぶりに会う弟に?」
「っっ!そっそんなわーけないでしよ!」


明らかに動揺するミアに、ツンデレか!と思ってしまったノア。


「そっっっかぁぁ。姉さん、嬉しいのかぁぁぁ。そういえばぁさっきぃ泣いてたもんねぇぇ」
「うきゃぁぁぁぁぁぁ。やめてやめてやめてぇ!
!」


とってもうざいノアに図星を突かれて、ミアは顔を真っ赤にしている。


「ほっほほほーほー。ブラコンなのかベラァッ!」
「うるさいわね。もういいでしょ!」


いい加減にしないノアに、ミアはそれだけは言っちゃダメー!という感じで、鉄拳を差し上げた。
「かひっふはっ」と息を吸いたいのに吸えないという感じで、ピクピクするノア。腕を掴んだだけで動けなくするほどの腕力で殴られたにしては軽傷だ。


「もぅ!本題に入るわよ!」
「はひ」


ノアは呂律が回らない状態で意識をギリギリで保ちつつ、椅子に座りなおした。
ちなみに、この世界では次のシーンで傷が治っているなんていう漫画的演出はない。故に、今も痛い。


「さて、吐いてもらおうか。何故出てきたのかを!」


ドン!と机を叩きつつ、ミアは叫んだ。ノアはなんの真似だ?と思いつつ、スルーした。


「えーと、ですね〜」
「えっちょっと…スルーなの…?」


 ミアはスルーされたことをものすごく悲しそうにしたが、それさえもノアはスルー。


「ほら、今日ってさあの日じゃん。だから…」
「…!……そうだったのね…」


またもスルーされたことに絶望していたら、予想外に、重かったことに驚きつつ納得するミア。


「なるほど…今日…あの日だものね…」
「ああ…せめて今日だけはってね…」
「でも…もう終わったわよ…なにもかも…」
「え…嘘…」
「お祭り…」
「ちっげーよ!お祭りじゃねーよ!そんなもんないだろ!この村には!」


  ミアはスルーされたことの仕返しとばかりにふざけまくった。そんなにミアにノアは割と本気でつっこんだ。最高のツッコミをありがとうとばかりのミアの顔にため息をついた。


「最高のツッコミをありがとう…」
「本当に言うな!」


  ミアはそれがわかっていたらからそのまま言葉に出した。それからしばらくこれが続いて……






「本題に戻らせていただきたいです」


 泣きそうな顔でプルプルしながら懇願するノアにスッキリした顔でミアはしてやったり!と小さく拳を掲げた。


「みんなはもう行ったんだろ?俺も毎年コッソリ行ってるから。」
「そう…なら行ってきなさい」
「切り替え早すぎじゃない?」
「そう…なら行って来なさい」
「あくまでもなかっことにね…はいはい…」
「行ってきなさい」
「はい…ありがとう…」
そう言い、ノアは立ち上がり、玄関に向かった。
「あっそういえば…ノアに聞かなきゃいけないことが…」
「…帰ってからでいいよね?」
「…ええ」


ノアはミアの雰囲気からめちゃくちゃ重い話であることを敏感に感じ取り、なんだかんだ言って誤魔化そうと決めた。


「じゃ行ってくるから…」
「いってらっしゃい」


ノアは玄関を開けて外に踏み出した。しかし、


「あっノア!道…わかるの?」


…台無しだった。久しぶりぶりに外に出る人に対しては正しいのかもしれないが、色々と。


「わかるわい!せっかくカッコよく決めてたのに!姉さんなんてキラーイダァァ!」


と叫びながら、ノアは飛び出していった。




数分後、道に迷っているノアの姿があった。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品