虚無の果てにあるのはやはり友情だろうか

白神 柾

また友達に

「リム…テレシア…」
「久しぶりだな。ノア」


 5年ぶりに会った旧友に戸惑うノア。そんなノアの様子にリムは気づいた様子もなかった。


「5年ぶりですね。ノアさん。元気にしてましたか?」
「あっああ。まあまあだよ。お前らは?」
「私たちもすこぶる快調です!ねっリムさん」
「まあ、元気にやってるよ。しばらく見なかったけどあまり変わらないなお前は」


  テレシアとリムは微笑みながら、ノアに話した。しかし、そんな二人にノアは苦笑いをするしかなかった。なぜ、苦笑いなのかノアにも分からなかった。


 「まあな。五年じゃそこまで変わらないよ。でもお前らは大分変わったな。大人っぽくなったっていうか。特にテレシア」


  ノアの視線が自然とその豊満な胸に行った。ノアの視線にテレシアは胸を押さえて、軽くて睨みつけた。
 

「何ですか、五年の間に変態にでもなったんですか」
「えっ。流石にそれは引くぞノア。いくら年頃の男子だからといって犯罪は良くないぞ」
「俺なにもしてないよね!ちょっと視線が吸い寄せられただけで!ていうかお前同い年だろ!気持ち分かるだろ!」


   ノアはテレシアとリムのあまりの言い分に必死に弁明したが、二人はジト目でノアを見続けた。弁明を諦めたノアはため息をつき、肩を落とした。


 「お前らそこらへんは全く変わってないな。誤解の暴走魔獣かよ。はぁ」
「はははっ。何だそれ。冗談だろ。久しぶりに会った旧友と馴染もうっていう冗談じゃん」
「ふふふ。私は割と本気でしたが」
「本気じゃねーか!怖いよ!真顔で笑うな!」


  リムは場違いに笑いながら、ノアの肩を叩いが、
テレシアは真顔で笑い続け、ノアに恐怖を覚えさせた。ノアは額に冷や汗を出した。


「まあいい。ところで二人は何でこんなところに?」


  ノアはずっと気になっていたことを聞いた。リムとテレシアは笑っていた顔を引き締めて、意味ありげに顔を見合わた。


「ああ、実はな。俺の父さんが集会所の前でもしかしたらノアかもしれない人を見たと言ってな。そのすぐあとに」
「私も同じ情報を母から手に入れまして、リムさんの家に突撃したんです。もしかしたら会えるかも!って」
「そう。テレシアが突撃してきてな。それはすごくいい顔でな。俺も行こうと思ってたから二人で集会所に向かおうとしたら…」
「墓場から男性の声が聞こえたんです。何を言ってるか距離があったので分からなかったのですが、もしかしたらって」


  二人の説明を聞いてノアは不安感を覚えた。もしかしたら秘密を聞かれたかもしれないと。あの静寂の中であれだけの声を出せば、そりゃそうなるかもしれないことに今気づいたノアは「あちゃー」と額に手を置いた。


「それで近づいたら多少は変わっていたけど、ノアの声だったから、ここで待ってたんだよ」
「……なるほどな。お前らの親はここの役員だもんな。我ながらアホなミスをしたもんだ」
  

ノアは自分のアホさ加減を再認識して、ため息をついた。そんなノアに二人は苦笑いしたが、すぐに真顔になり、ノアに向き直った。


「それで五年も表に顔を出さなかったお前がなぜここに?」


   リムが視線を鋭くしノアに質問をした。その問いにノアは目を泳がせた。そんなノアにリムとテレシアが詰め寄った。


「学校にも来ない。俺たちの家にもあれから一度も来ていない。それどころか、通りで見かけたこともない。それなのになぜ今頃こんな場所に?」
「っ!…それは悪かったよ…俺にだっていろいろあるんだ…だが、なぜ今ここにいるかは聞かなくてもわかるだろ?」
「まぁ確かにそれは愚問だったな。だが、五年も出て来なかったのにという理由は説明できていないぞ」


 リムの言ったことに苦虫を潰したような顔をするノア。確かに五年も出て来なかった理由は説明できていない。それをリムは僅かに怒ったような顔で聞いてきた。


「まぁまぁリムさん。そんなに怒ったら怖いですよ。落ち着いてください」


  テレシアが興奮気味のリムをなだめた。ノアはテレシアはこんな奴だったと今の状況を忘れて呑気に思い出していた。昔からリムとノアの仲を取り持っていた。


「ふんっ。まぁ詰め寄りすぎたか…で?あれから何があったんだ?」
「結局聞いてるじゃんか…別に…大したことはない…それに…聞こえてたんじゃないか?俺が言ってたこと」


 ノアの発言にリムとテレシアが困ったような顔をして、ため息をついた。


「そうですね…あんなに大きな声で言ったら、ここまで聞こえてきますよ…全てではないですが…」
「テレシアの言う通りだが、俺たちはお前の口から聞きたかったんだ。俺たちを頼って欲しかったんだ」


 テレシアとリムはかすかに笑いながら、ノアに聞こえていたことを告白した。ノアはやっぱり…と失敗したような顔をした。


「だとしても…聞こえてたんならわかるだろ…もう聞くな…俺も言うつもりはない…」
「そうは言っても、困ってるんだろ?!だったら俺たちを頼れよ!友達だろ?」
「そうです!困ってるのなら助け合わないと!ノアさん!」


 ノアのネガティブな発言にも励ますように言ってくれるリムとテレシア。ノアは嬉しくないと言ったら嘘になるが、それ以上に違う感情が心を燻った。


「友達…ね…五年も会わずに、俺の状況を今知ったくせに友達?それで頼れだと?ふざけるな…お前らなんかにわかるわけないだろ…簡単に頼れなんて…ふざけるな!」
「「なっ!」」


ノアの心を燻ったのは怒りだった。自分のことを今知ったくせに調子のいいことを言っているようにしか聞こえなかったのだ。実際、五年間も一人だったノアにいきなり頼れというのは無理だろう。それを言ってきたのが、かつての親友たちだったら尚更だ。


「聞いたよ。お前らすげぇらしいじゃん!詳しくは知らないけど、学校で1、2なんだろ?そんなすごい奴らに今頃頼れるわけないだろ!」
「なんだと!心配してるんだろうが!お前が大変なら少しでも、役に立ちたいと思っただけだろうが!」
「ああ、本当はすごい嬉しかったよ!でも…でもなお前らに俺の気持ちがわかるのか?俺の気持ちの少しでも理解してくれるのか?無理だろうが!優秀なお前らに最底辺まで落ちた俺の気持ちなんて!」


   自分の気持ちがわからない奴に自分を救えるはずがない、親友たちに自分の無様を晒したくない、この想いがノアの胸を支配した。 


「確かにわからない!全くわからない!でもわからなくてもできることはあるはずだ!」
「ない!お前らにできることなんてない!」


   全くわからないなりにしてあげられることがあるというリムに、できることなんてないと言うノア。テレシアは下を向いて黙っている。


「いつまでも友達ヅラして、いい人ぶんじゃねぇ!リム、お前は変わったなぁ。昔は自分のことばっかりで自分のことしか考えていなかったのに、今じゃ他人の心配する余裕ができたか?いい身分だな!」
「なっ!ノアてめぇ!いい加減にしやがれ!五年もお前のことを知れなかったのはお前が出て来なかったからだろうが!俺たちが訪ねても出てこない!ミアさんにすらお前は姿を見せなかったんだぞ!それを今になって出てきてやがって!」
「今日は大事な日なんだ!毎年、墓参りに来ている。今来ているのもお前たちに会わないためだ!」


  リムとノアのお互いの思いがぶつかる。どちらが合っているとも言うものはいないが、ノアとリムは止めることができなかった。


「俺は情けないんだ!お前らはそんなにすごくなったのに、俺一人こんなになってしまって!それなのにお前らに頼れるか!」
「妙なプライドは捨てろ!素直になれ、ノア!そうじゃなきゃ変わらないままだぞ!それでいいのか!」
「っ!それでもお前らには頼れねぇ!だからもう俺に構うな!」


  ノアとリムはにらみ合った。墓地に大きな声が響き続けていたが、それが途切れた。 


「……………」
「………………」


 しばらくにらみ合っていたが、ずっと黙っていたテレシアがノアの前に出て来たことによりやめさせられた。


「テレシア…?」
「?なん–––」


 テレシアはリムの呼びかけには応じなかった。しかし、ノアの言葉が頰の衝撃により途切れた。


「?!……何すんだ…テレシア」
「いい加減にしてください!いつまでそんなことを言ってるんですか!あなたが言っているのはただのワガママです!くだらない意地です!確かにあなたはカッコ悪いです!五年間も引きこもって自分の中だけでどうにかしようとして、結局できなくて!それでも人に頼ろうとしないんですか!カッコ悪いです!」
「テレシア…!何を言いだすかと思えば!そんなことはわかってる!百も承知だ!でも、どうしょうもないだろ!五年間も一人でやって来たんだ!今更誰かを頼ったら今までの俺はどうなる!」


 温厚だったテレシアはノアの態度に怒った。突然のテレシアの態度に一瞬驚いたが、ノアはテレシアの言い分が正しいと感じながらも認めるわけにはいかなかった。
「そんなことは知りません!一人でやって来た結果、できなかったんでしょう!だったらもうわかってるでしょう!」
「わかってる。わかってるさ…でも…それでも…俺は自分の手であいつを守れるくらいの剣士にならなければならないんだ!」
 「…もういないのに…私は負けるんですね…」
「なんだって?」
「なんでもありません!」
  

 テレシアは誰にも聞こえないくらいの声を発した。
その顔は悔しそうで、悲しそうだった。
   そんなテレシアの態度を訝しげに思いながら、ノアは続けた。


 「だから…俺はお前らに頼るわけには行かないんだ!もう関わるな!」
「まだ言いますか!今の私達をエリーが見たらどう思いますかね。あの子は仲の良い私達をいつも楽しげに眺めていました!それなのにあなたはねじ曲がった意地で私達拒絶している!エリーを悲しませるあなたにエリーを守る資格なんてあるはず無いでしょう!」
「ねじ曲がった意地だと…?ふざけたことを抜かすな!リーナを守るために一人でなんとかしようとすることの何が悪い!そのためならリーナもわかってくれる!」
 

  ノアの言葉にリムが何か言おうとしたが、テレシアに手で制された。テレシアは前に出て、ノアに近づいた。


「いいえ、あなたは間違っています。そんなことエリーは望んでいません」
「なぜそんなことがわかる!リーナはもういないんだぞ!」
「それでも!それでも…わかるんです。だって…エリーは言ってたじゃないですか…」








『私はみんなが好きなの』
『そりゃ俺もだけど、いきなりどうしたの?』
  エリーナと思われる幼女とノアと思われる幼児が話している。その前にリムとテレシア。
『あのね、私はいつまでも仲のいい私達でいたい』
『なんでいきなりそう言うんですか?エリー?』
テレシアが不思議そうに問うた。エリーナは微笑んだ。
『別に大したことないけど、いつかなくなっちゃう気がして心配になったの』
『ありえねぇよ。俺たちはずっと一緒だ!』


 リムが励ますように言った。その言葉にノアとテレシアは同調するように頷いた。


『ふふっ。そうだよね!私達、ずっとだよね!』


エリーナの笑顔に全員笑顔になった。








「っ!」
「思い出しましたか?……ならエリーナの望みはわかるでしょう」
「でも …でもそれじゃ俺のやって来たことは…」
「それに言ってたじゃないですか。『寂しい』って」
 

  テレシアが微笑みながらノアに近づき、ノアの本心をノアに言った。


「そこまで聞こえてたのか…かなわないな。…そうだよ。俺は寂しかった。さっき学校に行って来て、もっとそう思った。俺は一人。お前らは二人で行ってしまった。
また一緒にいたいって思うことすら傲慢に思えた。でもこうして真正面から話してくれて、嬉しかった。また友達になりたいって思っちまうだろ。でもできるわけない!俺は五年間もお前らをほっといていてしまった…もう昔のようにはなれない。」
「なれるに決まってるでしょう!!いいえ、これからはもっと仲良くなれます!」
「エリーナの望みがそうならなおさらだ!なら助け合う!エリーナのためを思うなら素直になれ!」
「そうですよ!頼ってください!」
「リーナはもういないんだぞ…なのになんでそこまで…」


ノアはうつむき、泣きそうになった。しかし、リムとテレシアは顔を見合わせて、笑った。
 

「「友達だからだ(ですよ)!!」」
「俺、お前らに散々酷いこと言ったぞ。それなのに…それだけの理由で…」
「いいえ、だからですよ!友達だからです!それ以上の理由なんてありませんよ」
  

 申し訳なさそうな表情のノアにテレシアとリムは笑いかけた。リムはノアに近づき、肩に手を置いた。


 「それにな、ノア。未だにエリーナとの約束を守ろうとしてるのはお前もだろ」
 「そっか…聞いてたんだもんな…そうだよ…俺はリーナとの約束を守る。今はこんなだけど絶対に…」
「なら、私達も協力します!私、また一緒にみんなでいたいってずっと思ってたんです」
「俺もだぞ、ノア。俺たち、ずっと友達だろ?」
「…ああ。ありがとう。…ごめん、ごめんな」


   テレシアもノアの前に行き、微笑み、ノアの手を取って言った。ノアはリムとテレシアに謝った。何を謝ったかなど言わずとも二人には伝わっていた。「酷いこと言ってごめん。友達じゃないなんて言ってごめん」そういう意味が込められていたのだ。ノアの顔は泣いていたものの、笑っていた。二人はそんなノアに顔を見合わせると笑い、こう言った。
 

「ええ!特別に許してあげます!」
「しょうがねぇやつだな。お前は!」
 

 テレシアとリムは笑いながら、ノアのことを許した。三人は場違いな雰囲気を醸し出しながら手を取り合った。
 そこには紛れも無い、かつてと同じノアとリムとテレシアがいた。
周りの光が消えた闇夜の中三人は再び笑い合った。




























『ふふっ。よかったね。ノア』


その声は誰の耳にも聞こえなかった。小さいわけではないが、違う空間に響いているような声。誰かわからない声。
……だが、心からノアを思った声だった。



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