海辺の少女
百合の両親の言葉
百合の部屋に着いた時には、時刻は午後8時半を回っていた。ドアの前でもう一度周囲を見回し、誰もいない事を確認してから呼び鈴を鳴らした。
「慎吾君なの?」
百合の声が聞こえ、なんだかとても心が安らいだ。
「百合、僕だよ」
「今開けるからね」
百合はカギを開け、チェーンを外して僕を中へ入れてくれた。
「会いたかった。心配したんだからね」
「ごめん」
僕は玄関に立ったまま、百合にギュッと抱きしめられた。あのキツイ香水の匂いはしない。その代わり、味噌汁の匂いが漂ってきた。
「早く食べようよ。慎吾君の好きなハンバーグ作ったの」
「ありがとう。久しぶりにまともな食事にありつけるよ」
外に出るのが怖くて、この数日間はカップラーメンが主食だった僕にとって、百合の手料理は一番嬉しかった。僕の好みが良く分かっていて本当に旨い。百合は料理が上手だなって、あらためてそう思った。
「何があったのか聞いてもいいかな? 言いたくないのなら無理に言わなくてもいいけど」
「あっ、うん。そうだね。言うよ。君には隠し事はしたくないんだ」
子どもの頃から僕は隠し事が苦手だった。誰にでも言うわけでないけど、「この人だけは」という人がいつもいて、それが母だったり、友だちだったりした。
考えてみると、百合にはあんまり話さなかったかも知れない。百合の話を聞く事は多かったけど、自分の悩みを言う事はなかったように思う。
でも、今は百合に言いたい。聞いてほしい。僕が百合のために誘惑に負けなった事を褒めてほしい。
「実は、ある上司がいてね。その人は40近い女性の課長なんだけど。いつもはキャリアウーマンって感じで、仕事をバリバリにこなす男勝りな人で、けっこうみんなから恐れられてる人なんだけど。ある日僕が一人で残業してた時、その課長が入ってきたんだ。お疲れ様って、缶ビールをくれたんだけどね。課長は既に酔っ払っている感じだったんだ。それで、石川君は彼女いるのって聞かれて、はいって答えたら、キスはしたのって聞かれて、それもはいって答えたんだ。そしたら、私とキスしてみるって迫ってきて。僕が何も言えずに黙っていると、手を握ってきて、その手を自分の胸の前に持ってきて触らせようとしたんだ。課長は社内では専務の愛人っていう噂があって、それから男好きっていう噂もある人で、今の係長や主任も課長のお陰で出世したらしい。だから僕に、出世のために触れって言うんだよ。だけど、いくら出世のためとはいえ、百合を裏切る事は出来ないと思って逃げ出したんだ。そしたら次の日、朝から課長の仕事に帯同しろって言われて、車に乗ってついていったら課長の自宅マンションだった。そこで課長に下着姿で迫られたから、もう怖くなって部屋を飛び出してきたんだよ。それ以来課長に会うのが怖くて会社に行っていない。有給使って休んでる。電話が何度かあったけど、課長かも知れないと思ったから絶対出たくなかった。住所も調べればわかるだろうから、誰かが訪ねてきても絶対にドアを開けなかった。百合かも知れないと思ったんだけど。ごめんね」
百合は僕の話を黙って聞いていた。真面目な百合にとって、女性から男性が襲われるって事は想像出来ない事だったかも知れない。信じてもらえないかも知れないと思ったけど、僕はありのままを話さないではいられなかった。
「そっかあ。大変だったね」
しみじみと彼女は僕に同情してくれた。女性にモテた事がない僕が、どうして課長に好かれたのか疑問に思ったかも知れないが、そういう事もあるかもねと思ってくれたのだろう。
「もうさ、あの課長に会いたくないんだよね。というか、もう会社に行きたくないんだよ」
僕の心の中では、会社を辞めたいという思いが強くなっていた。河合課長に媚びを売ってまで会社に居ようとは思わない。僕には仕事より、百合との愛が大事なんだ。仕事と百合のどっちを取るかと聞かれたら、ぼくは絶対に百合を選ぶ。
「そんな会社なんか、もう辞めちゃいなよ。お金のために嫌々働くなんて良くないよ。貧乏でもさ、楽しく働ける会社がいいんじゃない? 私が慎吾君を養ってあげるからさ。ここで一緒に暮らそうよ、ね?」
「えっ? そ、それって、同棲って事?」
「うん。同棲もいいんじゃない? 私たち恋人でしょ? 愛し合っているんでしょ? 結婚するんでしょ? そしたらもう、一緒に暮らせばいいじゃない、ね?」
「で、でも、それはさすがに、君のご両親がびっくりするんじゃないかな?」
「だって、その課長さんが家の住所知ってるんだったら帰れないじゃない。しばらくはここに居た方がいいよ」
「でもさ、布団だって一つしかないし…」
「一緒に寝ればいいじゃない?」
「えっ? いいの?」
「同棲ってそういうもんでしょ?」
「でもさ、あの、その、君と結婚するまでは、キス以上の関係は我慢しようって決めてたんだけど…」
「じゃあ、もう、結婚すればいいんじゃない?」
「で、でもさ、君のご両親にいいかどうか聞いてみないといけないじゃん」
「いいって言うよ。だってさ、子どもの頃から、慎吾君と結婚すればって言われてたもん」
「えっ? うそでしょ?」
「慎吾君なの?」
百合の声が聞こえ、なんだかとても心が安らいだ。
「百合、僕だよ」
「今開けるからね」
百合はカギを開け、チェーンを外して僕を中へ入れてくれた。
「会いたかった。心配したんだからね」
「ごめん」
僕は玄関に立ったまま、百合にギュッと抱きしめられた。あのキツイ香水の匂いはしない。その代わり、味噌汁の匂いが漂ってきた。
「早く食べようよ。慎吾君の好きなハンバーグ作ったの」
「ありがとう。久しぶりにまともな食事にありつけるよ」
外に出るのが怖くて、この数日間はカップラーメンが主食だった僕にとって、百合の手料理は一番嬉しかった。僕の好みが良く分かっていて本当に旨い。百合は料理が上手だなって、あらためてそう思った。
「何があったのか聞いてもいいかな? 言いたくないのなら無理に言わなくてもいいけど」
「あっ、うん。そうだね。言うよ。君には隠し事はしたくないんだ」
子どもの頃から僕は隠し事が苦手だった。誰にでも言うわけでないけど、「この人だけは」という人がいつもいて、それが母だったり、友だちだったりした。
考えてみると、百合にはあんまり話さなかったかも知れない。百合の話を聞く事は多かったけど、自分の悩みを言う事はなかったように思う。
でも、今は百合に言いたい。聞いてほしい。僕が百合のために誘惑に負けなった事を褒めてほしい。
「実は、ある上司がいてね。その人は40近い女性の課長なんだけど。いつもはキャリアウーマンって感じで、仕事をバリバリにこなす男勝りな人で、けっこうみんなから恐れられてる人なんだけど。ある日僕が一人で残業してた時、その課長が入ってきたんだ。お疲れ様って、缶ビールをくれたんだけどね。課長は既に酔っ払っている感じだったんだ。それで、石川君は彼女いるのって聞かれて、はいって答えたら、キスはしたのって聞かれて、それもはいって答えたんだ。そしたら、私とキスしてみるって迫ってきて。僕が何も言えずに黙っていると、手を握ってきて、その手を自分の胸の前に持ってきて触らせようとしたんだ。課長は社内では専務の愛人っていう噂があって、それから男好きっていう噂もある人で、今の係長や主任も課長のお陰で出世したらしい。だから僕に、出世のために触れって言うんだよ。だけど、いくら出世のためとはいえ、百合を裏切る事は出来ないと思って逃げ出したんだ。そしたら次の日、朝から課長の仕事に帯同しろって言われて、車に乗ってついていったら課長の自宅マンションだった。そこで課長に下着姿で迫られたから、もう怖くなって部屋を飛び出してきたんだよ。それ以来課長に会うのが怖くて会社に行っていない。有給使って休んでる。電話が何度かあったけど、課長かも知れないと思ったから絶対出たくなかった。住所も調べればわかるだろうから、誰かが訪ねてきても絶対にドアを開けなかった。百合かも知れないと思ったんだけど。ごめんね」
百合は僕の話を黙って聞いていた。真面目な百合にとって、女性から男性が襲われるって事は想像出来ない事だったかも知れない。信じてもらえないかも知れないと思ったけど、僕はありのままを話さないではいられなかった。
「そっかあ。大変だったね」
しみじみと彼女は僕に同情してくれた。女性にモテた事がない僕が、どうして課長に好かれたのか疑問に思ったかも知れないが、そういう事もあるかもねと思ってくれたのだろう。
「もうさ、あの課長に会いたくないんだよね。というか、もう会社に行きたくないんだよ」
僕の心の中では、会社を辞めたいという思いが強くなっていた。河合課長に媚びを売ってまで会社に居ようとは思わない。僕には仕事より、百合との愛が大事なんだ。仕事と百合のどっちを取るかと聞かれたら、ぼくは絶対に百合を選ぶ。
「そんな会社なんか、もう辞めちゃいなよ。お金のために嫌々働くなんて良くないよ。貧乏でもさ、楽しく働ける会社がいいんじゃない? 私が慎吾君を養ってあげるからさ。ここで一緒に暮らそうよ、ね?」
「えっ? そ、それって、同棲って事?」
「うん。同棲もいいんじゃない? 私たち恋人でしょ? 愛し合っているんでしょ? 結婚するんでしょ? そしたらもう、一緒に暮らせばいいじゃない、ね?」
「で、でも、それはさすがに、君のご両親がびっくりするんじゃないかな?」
「だって、その課長さんが家の住所知ってるんだったら帰れないじゃない。しばらくはここに居た方がいいよ」
「でもさ、布団だって一つしかないし…」
「一緒に寝ればいいじゃない?」
「えっ? いいの?」
「同棲ってそういうもんでしょ?」
「でもさ、あの、その、君と結婚するまでは、キス以上の関係は我慢しようって決めてたんだけど…」
「じゃあ、もう、結婚すればいいんじゃない?」
「で、でもさ、君のご両親にいいかどうか聞いてみないといけないじゃん」
「いいって言うよ。だってさ、子どもの頃から、慎吾君と結婚すればって言われてたもん」
「えっ? うそでしょ?」
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