海辺の少女
特別な仕事
昨夜の事があって、会社に出勤する足取りが重かった。逃げるように飛び出してきたので、河合課長はどう思っただろうか?火照った体のまま一人取り残され、僕の事を恨んでいるに違いない。
どんな報復をされるだろう。部長に呼び出されて「君はクビだ」と言われるのだろうか?こんな事でクビになるなんて理不尽だ。
6階のフロアーに入ると、同期の島崎が声をかけてきた。
「おう、石川、元気ないな。彼女とケンカでもしたのか?」
「おはよう。お前は今日も元気そうでいいな」
「どうした? 何かあったのか? ケンカは早めに謝った方がいいぞ。長引くと大変だからな」
「ああ、そうだな。そうするよ」
島崎に本当の事は言えなかった。こいつは口が軽いから、何でもしゃべってすぐに会社中に広まってしまう。それが河合課長の耳にでも入ったらどんなひどい目に遭うか。
朝の朝礼が終わり仕事にとりかかろうと思っていたら、井沢主任に声をかけられた。
「石川君、課長の仕事に君が同行するように言付かったから、すぐに駐車場に行ってくれないか? もう課長が車に乗って待っているそうだから」
「えっ? 僕ですか? どうして僕が課長と一緒に?」
「うーん、詳しくは聞いていないけど。とにかく早く行ってくれ。待たせると怖いから」
「は、はい。わかりました。行ってきます」
僕は主任に言われた通り、1階の駐車場に向かった。すると、いつもの社用車ではなく、河合課長が通勤に使っている真っ赤なカローラが置いてあった。そして、僕が来たことに気づいた河合課長が運転席から降りてきた。
「おはよう、石川君。さあ、君は助手席にお乗りなさい。私が運転するわ」
「は、はい。よろしくお願いします」
紺のスーツに身を包んで、昨夜とは別人に見えたが、紫のアイシャドーが女豹の面影を残していた。僕は、行先も言わずに車を発進させた河合課長の横顔に向かって質問をした。
「あの…、今日はどちらに向かわれますか?」
「石川君、今日は仕事しなくていいわ。私に付き合ってくれればいいの。それが仕事」
「えっ? そ、それはどういう意味ですか?」
「言ったでしょ。私を満足させるのが君の仕事なの。昨夜の分を取り返してね」
それは穏やかな口調だったが、メガネの奥の大きな瞳が潤んでいるように僕には見えた。
課長、どうして僕に固執するんですか?社内には、僕よりもっといい男がいるじゃないですか。そう言いたかったが、言葉には出来なかった。
「あれから私、大変だったのよ。悔しくて悔しくて。ほら、泣き過ぎて目が腫れてない?」
「えっ? あっ、えっと、そうですね。昨夜はすいませんでした」
言うほどそんなに腫れているようには見えなかったが、とりあえず話を合わせておいた。
「だってそうでしょ? 一回り以上も若い男に、しかも自分の部下によ。恥かかされちゃったんだからさ。私のプライドが許さないでしょ?」
「そうですね。本当にすいませんでした」
「でもさ、そう簡単に落ちない男だからこそ、どうしても落としたくなっちゃうのよね」
やはりこれは、捕食者としての本能なのではないか。一度狙った獲物は逃がさない、仕留めるまで追い続ける執念のようなものが伝わってきた。
河合課長の場合は、女としての性の本能だけでなく、言う事を聞かない者を服従させた時に感じる征服感にこそ、より一層のエクスタシーを感じるのではないかと思われる。
それは、池沢さとしの漫画「サーキットの狼」で、主人公の風吹裕矢が愛車のロータス・ヨーロッパに、勝負に勝った分だけ星のマークを刻んでいったような感覚に似ている。河合課長にとって喰らった男の数は、自らの女の魅力を称える勲章に他ならないのだ。
どれほどの時間が経ったのだろうか、気が付くと、マンションの地下駐車場に入っていた。所定のスペースに車を停めると、河合課長は運転席のドアを開いて外に出た。そしてぐるっと助手席側に回り、ドアを開いて「さあ、降りてちょうだい」と言った。
僕の手をとって車から降ろし、手を繋いだまま二人でエレベーターに向かった。ひんやりとして静かな地下駐車場に、カツーンカツーンとヒールの音だけが響いていた。エレベーターに乗って5階まで昇り、河合課長に引っ張られたまま、とある部屋に着いた。鍵を開けて入ったその部屋は、河合課長の自宅だった。
「さあ、どうぞ中に入って。ここがあなたの今日の仕事場よ」
「あっ、はい。失礼します」
2LDKのマンションには、大きなテレビに大きなソファー、そして大きなベッドが置いてあった。
「ソファーにでも座って」
「は、はい、わかりました」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。かわいいわね。ここは誰でも入れる部屋じゃないのよ。私に選ばれた人しか入れないの。おわかりかしら?」
「は、はい。わかっています」
「なら、そのネクタイを外して楽にしてちょうだい。私も着替えるから」
そう言って河合課長は、奥の部屋へと消えていった。
「さて困った」正直そう思った。言われるがまま来てしまったが、おそらくこの後待っているのは、昨夜の続きである。普通こういう事は夜に行われる事だと思うのだが、昨夜の僕の仕打ちのせいで、夜まで待てない状態でいらっしゃるのだ。
そんな事なら昨夜のうちに、他の誰かいなかったのかと思うのだが、さすがの河合課長でも、そう簡単に獲物を捕らえる事は難しいのだろう。それはそうだ。もっといい獲物がいれば、僕なんかに執心するはずがない。
「お待たせいたしました」
そう言って僕の前に現れたのは、紫色が妖しげなシースルーのネグリジェを身にまとった河合課長の姿だった。
呆気に取られて声も出ない僕に、彼女は艶めかしい声で囁いた。
「どうかしら、私って綺麗?」
どんな報復をされるだろう。部長に呼び出されて「君はクビだ」と言われるのだろうか?こんな事でクビになるなんて理不尽だ。
6階のフロアーに入ると、同期の島崎が声をかけてきた。
「おう、石川、元気ないな。彼女とケンカでもしたのか?」
「おはよう。お前は今日も元気そうでいいな」
「どうした? 何かあったのか? ケンカは早めに謝った方がいいぞ。長引くと大変だからな」
「ああ、そうだな。そうするよ」
島崎に本当の事は言えなかった。こいつは口が軽いから、何でもしゃべってすぐに会社中に広まってしまう。それが河合課長の耳にでも入ったらどんなひどい目に遭うか。
朝の朝礼が終わり仕事にとりかかろうと思っていたら、井沢主任に声をかけられた。
「石川君、課長の仕事に君が同行するように言付かったから、すぐに駐車場に行ってくれないか? もう課長が車に乗って待っているそうだから」
「えっ? 僕ですか? どうして僕が課長と一緒に?」
「うーん、詳しくは聞いていないけど。とにかく早く行ってくれ。待たせると怖いから」
「は、はい。わかりました。行ってきます」
僕は主任に言われた通り、1階の駐車場に向かった。すると、いつもの社用車ではなく、河合課長が通勤に使っている真っ赤なカローラが置いてあった。そして、僕が来たことに気づいた河合課長が運転席から降りてきた。
「おはよう、石川君。さあ、君は助手席にお乗りなさい。私が運転するわ」
「は、はい。よろしくお願いします」
紺のスーツに身を包んで、昨夜とは別人に見えたが、紫のアイシャドーが女豹の面影を残していた。僕は、行先も言わずに車を発進させた河合課長の横顔に向かって質問をした。
「あの…、今日はどちらに向かわれますか?」
「石川君、今日は仕事しなくていいわ。私に付き合ってくれればいいの。それが仕事」
「えっ? そ、それはどういう意味ですか?」
「言ったでしょ。私を満足させるのが君の仕事なの。昨夜の分を取り返してね」
それは穏やかな口調だったが、メガネの奥の大きな瞳が潤んでいるように僕には見えた。
課長、どうして僕に固執するんですか?社内には、僕よりもっといい男がいるじゃないですか。そう言いたかったが、言葉には出来なかった。
「あれから私、大変だったのよ。悔しくて悔しくて。ほら、泣き過ぎて目が腫れてない?」
「えっ? あっ、えっと、そうですね。昨夜はすいませんでした」
言うほどそんなに腫れているようには見えなかったが、とりあえず話を合わせておいた。
「だってそうでしょ? 一回り以上も若い男に、しかも自分の部下によ。恥かかされちゃったんだからさ。私のプライドが許さないでしょ?」
「そうですね。本当にすいませんでした」
「でもさ、そう簡単に落ちない男だからこそ、どうしても落としたくなっちゃうのよね」
やはりこれは、捕食者としての本能なのではないか。一度狙った獲物は逃がさない、仕留めるまで追い続ける執念のようなものが伝わってきた。
河合課長の場合は、女としての性の本能だけでなく、言う事を聞かない者を服従させた時に感じる征服感にこそ、より一層のエクスタシーを感じるのではないかと思われる。
それは、池沢さとしの漫画「サーキットの狼」で、主人公の風吹裕矢が愛車のロータス・ヨーロッパに、勝負に勝った分だけ星のマークを刻んでいったような感覚に似ている。河合課長にとって喰らった男の数は、自らの女の魅力を称える勲章に他ならないのだ。
どれほどの時間が経ったのだろうか、気が付くと、マンションの地下駐車場に入っていた。所定のスペースに車を停めると、河合課長は運転席のドアを開いて外に出た。そしてぐるっと助手席側に回り、ドアを開いて「さあ、降りてちょうだい」と言った。
僕の手をとって車から降ろし、手を繋いだまま二人でエレベーターに向かった。ひんやりとして静かな地下駐車場に、カツーンカツーンとヒールの音だけが響いていた。エレベーターに乗って5階まで昇り、河合課長に引っ張られたまま、とある部屋に着いた。鍵を開けて入ったその部屋は、河合課長の自宅だった。
「さあ、どうぞ中に入って。ここがあなたの今日の仕事場よ」
「あっ、はい。失礼します」
2LDKのマンションには、大きなテレビに大きなソファー、そして大きなベッドが置いてあった。
「ソファーにでも座って」
「は、はい、わかりました」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。かわいいわね。ここは誰でも入れる部屋じゃないのよ。私に選ばれた人しか入れないの。おわかりかしら?」
「は、はい。わかっています」
「なら、そのネクタイを外して楽にしてちょうだい。私も着替えるから」
そう言って河合課長は、奥の部屋へと消えていった。
「さて困った」正直そう思った。言われるがまま来てしまったが、おそらくこの後待っているのは、昨夜の続きである。普通こういう事は夜に行われる事だと思うのだが、昨夜の僕の仕打ちのせいで、夜まで待てない状態でいらっしゃるのだ。
そんな事なら昨夜のうちに、他の誰かいなかったのかと思うのだが、さすがの河合課長でも、そう簡単に獲物を捕らえる事は難しいのだろう。それはそうだ。もっといい獲物がいれば、僕なんかに執心するはずがない。
「お待たせいたしました」
そう言って僕の前に現れたのは、紫色が妖しげなシースルーのネグリジェを身にまとった河合課長の姿だった。
呆気に取られて声も出ない僕に、彼女は艶めかしい声で囁いた。
「どうかしら、私って綺麗?」
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