海辺の少女
百合の人間化計画
「慎吾君はどう思う?」
「どうって?」
「高瀬君ってカッコイイから女の子にモテそうじゃない? どうして私なのかな?」
「百合は彼のことを嫌いなのかい?」
「嫌いだなんて、そんなことないわ。どっちかと言うと好きなタイプかな」
高校時代、一つ上のバスケットボール部の先輩に憧れていた百合。背が高くて笑顔が眩しい先輩は、女子たちの憧れの的だった。高瀬君はどことなく、彼女が憧れていた先輩に似ている。
「彼はいい奴だと思うよ。僕は好きだな」
「私もいい人だと思ってる。優しいし、笑顔が素敵だし。でも、私でいいのかな?」
百合の気持ちもわかる気がする。彼女には田舎出身というコンプレックスがあるのだ。それは僕も同じなのだけれど。
彼女が横浜に来てから1年になり、随分こちらの暮らしにも慣れたと思う。
性格が慎まやかな百合は、高い服を買ったり流行に飛びついたりはしない。清潔感のある服を好み、高い買い物をするときは何度も何度も考えに考えを巡らせて買っている。時々彼女の買い物に付き合わされる僕は、何度もそういう光景を目にしてきた。
ところが驚いたことに、今日は赤いハイヒールを履いている。いつの間に購入したのだろう。昨日高瀬君と会ったというから、その時一緒に買ったのかも知れない。もしかしたら彼のプレゼントなのだろうか?さすがに浜っ子は違う。僕などには到底出来ない芸当だ。
もし僕がプレゼントするなら何だろう? 懐かしのコミックス全巻大人買いだろうか。百合が好きなのは大和和紀先生の「はいからさんが通る」だ。おとなしめの彼女は紅緒さんのような逞しい女性に憧れていた。
高瀬君は、漫画に出てくる少尉のように背が高くてカッコイイ。そう考えると僕は、紅緒を恋い慕いながら報われない蘭丸の役柄か? あんなに美形ではないけれど。
つい妄想に浸ってしまうのは僕の悪い癖だ。今は百合のために洒落た言葉を贈るべきだろう。僕たちの間で沈黙が続くのはいつものことだが、彼女は僕の言葉を待っているのだ。
百合にとって僕は、ボディーガードであり付き人なのだから。
「君はとても素敵なレディーだよ。彼と一緒にいてもおかしくなんかない。あんなに素敵な人から告白されるなんて、これからあるかどうかわからないよ。断るなんてもったいないじゃん」
「えー? そう? こんな私でも釣り合うかな?」
「心配することないよ。物事なんてやってみないとわからない。恋愛だって、付き合ってみないとわからないんじゃないかな。一歩踏み出してみたら? 僕も応援するよ」
「うん…。慎吾君がそう言うなら、信じてやってみようかな」
百合は飲みかけの缶ビールを一気に飲み干し、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。既に何個かあった缶とぶつかり合って甲高い音を立てたそれは、まるでボクシングの開始を告げるゴングのように僕の耳に届いた。
そして赤いハイヒールの底を力いっぱい地面に押し込んだ百合は、真っ赤な夕日で染められた空に向かって両手を思い切り突き上げた。
「わおーん!」
僕たちの他に誰もいない公園で、百合は少し遠慮がちに吠えた。漫画ならきっと、大きな吹き出しに太い字で力強く描かれるに違いないだろうが、さすがに現実世界では遠慮というものが必要だろう。まして彼女の性格からして、どんなに嬉しくても決して羽目を外すことはない。
彼女のこの行動は、長年彼女を見てきた僕にとっては少し驚く出来事だった。百合はどちらかというと目鼻立ちの整った方なのであるが、感情の表現が少ないため、知らない人からはとっつきにくく感じることだろう。
今はコンタクトにしているが、高校までは眼鏡をかけていたため、外見は優等生タイプに見える。頭は特段良いわけではないが、素直で真面目、純粋なところは今も変わらない。
かけっこで一番になり嬉しさを表現する時も、右手で小さくガッツポーズをするぐらいだった。そんな百合の生真面目さは、彼女の父親の遺伝子だと思う。工場で勤務しているおじさんは、無口で多くを語らない人だ。そんなに裕福ではなかったが、贅沢をせず好きなアルコールの量を減らしたりして彼女の学費を応援してきた。そんな父親の姿を見てきた彼女は「贅沢は敵」と思って生きてきたのだろう。だから喜怒哀楽を表現することも彼女にとっては一種の贅沢なのかも知れない。
だからこそ、僕は少し嬉しかった。機械人間のようだった百合が、少しずつ人間に戻りつつあるように思えたからだ。そんな彼女の人間化計画に協力したいと心から思った。いや、人間化計画だなんて、あまりに百合に失礼ではないか。「素敵なレディー化計画」にしよう。
「今日はありがとうね。慎吾君を信じて頑張ってみます。応援してください」
僕に向かって深々とお辞儀をした彼女の髪は、地面に着くかと思うぐらいに長かった。高校時代はよく髪を結んでいたけど、今はオシャレな流行の髪型だ。こういうところは女の子はこだわるのかなと自分なりに解釈した。
その後僕たちはそれぞれのアパートに帰り着いた。寝る前に僕は、本棚の奥に隠していたノートを引っ張りだし、テーブルの上に置いた。ノートの表紙にはマジックで大きく「百合の人間化計画」と書かれていた。
僕は白い紙を適当に切って、その表題の上に貼り付けた。そして新たに「百合の素敵なレディー化計画」と書き、今日の進捗状況を細かく書いて元に戻した。
布団に潜った僕は、あれやこれやと想像を巡らせた。これから百合と高瀬君はどうなっていくのだろう。次週の漫画が待ちきれないように、僕は続きが気になっていた。
「どうって?」
「高瀬君ってカッコイイから女の子にモテそうじゃない? どうして私なのかな?」
「百合は彼のことを嫌いなのかい?」
「嫌いだなんて、そんなことないわ。どっちかと言うと好きなタイプかな」
高校時代、一つ上のバスケットボール部の先輩に憧れていた百合。背が高くて笑顔が眩しい先輩は、女子たちの憧れの的だった。高瀬君はどことなく、彼女が憧れていた先輩に似ている。
「彼はいい奴だと思うよ。僕は好きだな」
「私もいい人だと思ってる。優しいし、笑顔が素敵だし。でも、私でいいのかな?」
百合の気持ちもわかる気がする。彼女には田舎出身というコンプレックスがあるのだ。それは僕も同じなのだけれど。
彼女が横浜に来てから1年になり、随分こちらの暮らしにも慣れたと思う。
性格が慎まやかな百合は、高い服を買ったり流行に飛びついたりはしない。清潔感のある服を好み、高い買い物をするときは何度も何度も考えに考えを巡らせて買っている。時々彼女の買い物に付き合わされる僕は、何度もそういう光景を目にしてきた。
ところが驚いたことに、今日は赤いハイヒールを履いている。いつの間に購入したのだろう。昨日高瀬君と会ったというから、その時一緒に買ったのかも知れない。もしかしたら彼のプレゼントなのだろうか?さすがに浜っ子は違う。僕などには到底出来ない芸当だ。
もし僕がプレゼントするなら何だろう? 懐かしのコミックス全巻大人買いだろうか。百合が好きなのは大和和紀先生の「はいからさんが通る」だ。おとなしめの彼女は紅緒さんのような逞しい女性に憧れていた。
高瀬君は、漫画に出てくる少尉のように背が高くてカッコイイ。そう考えると僕は、紅緒を恋い慕いながら報われない蘭丸の役柄か? あんなに美形ではないけれど。
つい妄想に浸ってしまうのは僕の悪い癖だ。今は百合のために洒落た言葉を贈るべきだろう。僕たちの間で沈黙が続くのはいつものことだが、彼女は僕の言葉を待っているのだ。
百合にとって僕は、ボディーガードであり付き人なのだから。
「君はとても素敵なレディーだよ。彼と一緒にいてもおかしくなんかない。あんなに素敵な人から告白されるなんて、これからあるかどうかわからないよ。断るなんてもったいないじゃん」
「えー? そう? こんな私でも釣り合うかな?」
「心配することないよ。物事なんてやってみないとわからない。恋愛だって、付き合ってみないとわからないんじゃないかな。一歩踏み出してみたら? 僕も応援するよ」
「うん…。慎吾君がそう言うなら、信じてやってみようかな」
百合は飲みかけの缶ビールを一気に飲み干し、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。既に何個かあった缶とぶつかり合って甲高い音を立てたそれは、まるでボクシングの開始を告げるゴングのように僕の耳に届いた。
そして赤いハイヒールの底を力いっぱい地面に押し込んだ百合は、真っ赤な夕日で染められた空に向かって両手を思い切り突き上げた。
「わおーん!」
僕たちの他に誰もいない公園で、百合は少し遠慮がちに吠えた。漫画ならきっと、大きな吹き出しに太い字で力強く描かれるに違いないだろうが、さすがに現実世界では遠慮というものが必要だろう。まして彼女の性格からして、どんなに嬉しくても決して羽目を外すことはない。
彼女のこの行動は、長年彼女を見てきた僕にとっては少し驚く出来事だった。百合はどちらかというと目鼻立ちの整った方なのであるが、感情の表現が少ないため、知らない人からはとっつきにくく感じることだろう。
今はコンタクトにしているが、高校までは眼鏡をかけていたため、外見は優等生タイプに見える。頭は特段良いわけではないが、素直で真面目、純粋なところは今も変わらない。
かけっこで一番になり嬉しさを表現する時も、右手で小さくガッツポーズをするぐらいだった。そんな百合の生真面目さは、彼女の父親の遺伝子だと思う。工場で勤務しているおじさんは、無口で多くを語らない人だ。そんなに裕福ではなかったが、贅沢をせず好きなアルコールの量を減らしたりして彼女の学費を応援してきた。そんな父親の姿を見てきた彼女は「贅沢は敵」と思って生きてきたのだろう。だから喜怒哀楽を表現することも彼女にとっては一種の贅沢なのかも知れない。
だからこそ、僕は少し嬉しかった。機械人間のようだった百合が、少しずつ人間に戻りつつあるように思えたからだ。そんな彼女の人間化計画に協力したいと心から思った。いや、人間化計画だなんて、あまりに百合に失礼ではないか。「素敵なレディー化計画」にしよう。
「今日はありがとうね。慎吾君を信じて頑張ってみます。応援してください」
僕に向かって深々とお辞儀をした彼女の髪は、地面に着くかと思うぐらいに長かった。高校時代はよく髪を結んでいたけど、今はオシャレな流行の髪型だ。こういうところは女の子はこだわるのかなと自分なりに解釈した。
その後僕たちはそれぞれのアパートに帰り着いた。寝る前に僕は、本棚の奥に隠していたノートを引っ張りだし、テーブルの上に置いた。ノートの表紙にはマジックで大きく「百合の人間化計画」と書かれていた。
僕は白い紙を適当に切って、その表題の上に貼り付けた。そして新たに「百合の素敵なレディー化計画」と書き、今日の進捗状況を細かく書いて元に戻した。
布団に潜った僕は、あれやこれやと想像を巡らせた。これから百合と高瀬君はどうなっていくのだろう。次週の漫画が待ちきれないように、僕は続きが気になっていた。
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