《ハーレム》か《富と名声》か。あの日、超一流の英雄王志願者パーティーを抜けた俺の判断は間違っていなかったと信じたい。

しみずん

9 子猫

 あくる朝、俺は左の頬を何度も叩かれて、あるいは突かれているような変な違和感を感じていた。

 まあ、どうせいつものチキのイタズラだろうと思い、徐々に覚醒していく意識の中ゆっくりと目を開くとテーブルの向かい側ではアイラの紫髪の頭頂部が朝日を受けてキラキラと輝いており、その更に奥ではベッドで仲良く抱き合うようにして眠るチキとターニャの姿があった。

「…………」

 チキがベッドにいるって事は……チキじゃないのか。

 まだ焦点もまともに合わない視界の中で、チキの小さな足が動いてベッドが軋む。

「…………」

 じゃあ、誰だ。

 俺をこんなにも熱心に叩いて起こしてくれるのは、いったいどこの誰だ?

 意識が大体7割程度覚醒した所で、俺を起こそうとする人物の心当たりが突如浮上する。

 ーーーーシリウスッ⁈

 まさかの心当たりに一気に頭は覚醒して、眠気は吹き飛んだ。

 思い直してくれたのか、ずっと一緒に旅してきた仲間達の大切さを分かってくれたのか、俺達の友情はまだ終わりじゃなかったのか。

 いまだペシペシと熱心に叩かれる俺の左頬の方へ視線を投げた。

 そこには、

 結果から言うと、シリウスはいなかった。

 じゃあ、何がいたのか。


 ーーーーネコである。


 白黒の子猫。

 俺の視線の先には子猫がいて、文字通り目と鼻の先あたりで右前足を掲げて高速で俺の左頬を叩きつけている。

 ペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシ。

「…………」

 子猫はあくまで真剣な面持ちで一心不乱に俺の左頬を叩く。

 そこには俺では理解できない様な、子猫にしか理解出来ない様な強いこだわりや熱意のようなものを感じたので邪魔するのはどうにも憚られた。

 猫パンチはいまなお続く。

 ペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシペシ。

「…………」

 なんだ、この状況。

 俺はついに耐えきれず、声を漏らす。

「何……やってるの?」

 声を掛けられた子猫といえば、驚いたように小さな瞳を大きく開き真っ直ぐに俺を見つめて、

「ほっほっほっ!」

 と、鳴くのだった。

 そこは『にゃあ』だろう……? と思ったが、まさか子猫につっこむ訳にもいかないので止めておいた。

 しかし、鳴き方もそうなんだが何か変だぞこの子猫。

「ほっほっほっ! ほっほっほっ!」

 子猫は耳を後ろに倒して楽しそうに笑いながらこちらを見ている。

 分かった。違和感の正体。

 表情だ。

 この子猫、表情が豊かすぎる。

 普通に笑っている。

 俺が違和感の正体に気付いたあたりで、子猫はテーブルの上をトコトコ歩き俺に近付いて左頬の匂いを嗅ぎだした。

 子猫の鼻が頬に当たり冷たくて気持ちがいい。

 一通り嗅ぎ終えて、満足したのか子猫は俺の左頬に自らの鼻を突き刺した。

 いっそう頬が冷たく感じられ気持ちがいい。

「…………」

「…………」

 頬に子猫の鼻息を感じながら、時間だけが過ぎていく。

 ベッドでは寝相の悪いチキがターニャの布団を奪い取って、巻き寿司状態になっている。

 子猫はずっと俺の左頬に鼻を突き刺したままでいて、

「…………」

「ZZZ…………」

 えっ⁈ 寝たっ⁈

 子猫の自由すぎる行動に翻弄されて、俺は仕方なく子猫と共に二度寝する事にした。

 ゆっくりと目を閉じて、朝陽が差すまぶたの裏の赤を感じながら、俺はにやりとした。

 外からは小鳥のさえずりが聞こえていた。


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