冒険者の日常

アカツキ

ある冒険者の日常だったもの

 懐かしい。
 そんな感情が僕の中を駆け巡る。それに、この場所は……彼女と最初に会った場所だ。そこは冒険者ギルド、常日頃から喧騒けんそうに満たされているそこは今日は誰もおらずとても静かだった。
「……リーナ」
 1人の少女がカウンターテーブルの前に座っている。
「ネロ、あなたはこの世界で何を求めるの?」
 満月が高く上がる空の下。彼女は僕にそう問いかける。
「僕は、僕は……」
 あるはずもない木の葉が巻き上がり風が彼女と僕の間を吹き抜ける。

 ガラスの窓から朝日が差し込む部屋で僕は1人泣いていた。
「僕は……」
 そんな独り言が水分を失った口から掠れ出る。
 3年程前に起きた事件。それは1人の少年には荷が重すぎた。彼はその事件によって変わってしまった。変えられてしまった。運命や宿命にも似たそれ……いや、それこそ運命のいたずらによって。
 もう、3年前の彼に戻ることは叶わないのだろう。それほどまでに彼の精神は傷ついてしまった。
「ネロ、起きた?」
 そう言って部屋の中に入ってくるのはこの宿屋の一人娘のサーニャだ。
「あぁ、起きたよ」
 彼女は僕の顔を見て、息を呑み辛そうな顔をする。
「……また、あの夢を見たの?」
「あぁ、でも大丈夫。もう慣れたよ」
 嘘だ、どれだけ時間がたとうともどれだけ同じ夢を見ようとも決してなれることなんてなかった。毎回毎回胸がえぐられるように痛み息が出来なくなる。
 しかし、これは僕の問題だ。彼女は何も関係ないことだし、彼女が気に病む必要もないのだ。
 僕がどうにかしないといけないのだから……
「……そう、朝ごはんできてるからね」
 そう言って彼女は部屋から出て行った。その背中を見送ってから、ベッドから降りて洗面台へ向かう。顔を洗うためだ。
 冷え切っている水は眠気を覚ますには十分すぎた、そして頬に残る涙の跡を流すためにも。 
 寝巻きから着替えてこの宿の食堂へと向かう。僕の部屋は二階にあって、食堂は一階にある。
 階段を降りながら、ふと踊り場の窓を見た。
 とてもいい天気だった。飛び込んでくる朝日はキラキラと輝き、そんな空を二匹の鳥が仲良く寄り添って飛んでいく。こんな日はピクニックでもしたら気持ちいいのかもしれないな。
 できるならば、そうしたかった。
「おはようございます」
「あら、ネロちゃん。おはよう」
 出迎えてくれたのはサーニャの母であり、僕の義母ははにあたるサリーさんだ。
「今日もダンジョンへ向かうの?」
「いえ、今日は草原の方です。何やら急ぎの用らしくて……」
 僕は冒険者だ。ギルドの依頼を受けて仕事をこなす冒険者だ。
 時としてダンジョンに赴き。
 時として草原を走りまわり。
 時としてクエストをこなし。
 時としてモンスターとたたかい。
 時として冒険者は命を落とす。
 それが冒険者、それが僕達。
 それが僕の、僕達の日常。
「あなたがどんな目にあったのかそれは知っているし、苦しいことだとわかる。それでもパーティーは作ったほうがいいと思うわ、危険が減るのでしょう」
「えぇ、それと同時に新たな危険も増えるわけですけどね……」
 僕もかつてはパーティーを組んでいた。3年前までは……
「……必ず帰ってきてね、サーニャが悲しむから絶対に」
「約束します。必ず帰ってきます」
 ささっと朝ごはんを食べて、装備を整えてギルドへと向かう。
「いってらっしゃい」
 サリーさんとサーニャに送られてギルドへ向かう。
 それがいつものこと。
 普段の日常で何も変わらない日々。
 僕はこの生活が気に入っている。でも、もし、もしもがあるなら。(僕は……)
 もう3年も叶うはずもない願いを抱き続けている。でももう、そんな日々は訪れない。多分こんなことを引きずっているから未だあんな夢を見るのだろう。
 でも、そうは言っても簡単に忘れられるはずもない。
「おい、ネロ。ダンジョンか?」
 声をかけられ、顔を上げる。
「あ、ヴィエルさん、おはようございます」
 彼は鍛冶屋かじやの老人だ。とは言ってもその体や様子からは老人なんて言葉を一切感じさせない。
 もしかしたら僕の方が年を取っているのかもしれないと思うほどだ。
「朝から浮かない顔をしていると1日がつまらなくなるぞ、笑え笑え」
 彼とはかれこれ7年近い付き合いになる。どうやら僕の考えはわかってしまうらしい。
「そうですね、笑わないと……」
「あぁ、そうだ、クエストが終わったら俺の店に来い」
「へ? わ、わかりました」
「必ず帰ってこい、俺はお前まで失いたくない」
 あぁ、わかっている。
 3年前のあの大惨事のように、何もかもを蹂躙じゅうりんし破壊し尽くしたそれは僕から大切なものを奪った。多くの命を奪っていった。
 

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