nox-project 姉妹の奇妙な学園生活

結月マルルゥ大佐@D.I.N.S.I.S.N社

8.夢を見続ける鯨

姉が風邪を引いてから3日がたった。
血筋様様か、やっぱりもう風邪は大体治っているわけだ。
…………いや、大体の風邪は3日もあれば治るのかな?
まぁいっか。
だけど一応、念のため今日も授業は休んで姉はベッドで寝ているわけ。

「よし、そろそろ図書館に行こうかな」

昨日までは心配だったから部屋から出なかったんだよね。
別に私の適正魔道探しは急ぎじゃないから別に良かったし。

「それじゃ、行こうか……はぇ?」

図書館へ行く準備をしようとしたら姉に服の裾を捕まれていたことに気付いて動きを停める。

「んー?寝てる、よね?」

姉の頬を突っつく。
実習中に出来た葉っぱや尖った木などでできた細かい傷は既にない。
綺麗で張りがある頬が私の指を優しく押し返す。

「ん……んん……すぅ……すぅ……」
「うん、演技じゃなく本当に寝てるなぁ。どうしよ」

別に振り払うこともできる。
でもなぁ……なんか振り払いたくないんだよね。

「すぅすぅ……」
「まったくぅ、私を困らせないでよー」

あどけない寝顔を晒している姉の頬をぐりぐりと指で押す。
柔らかいな……。

私は悪戯心が湧いたため、姉の顔を触り続ける。
頬を突っついたり、軽く引っ張ってみたり。

「起きないなぁ。そういえば風邪薬に眠くなる成分が入ってたっけ……」

更に顔を触っているうちに姉の唇に触った。

「ああ……柔らかいな……」

触ってるうちに指をくわえた。
くわえちゃった、っていう方が正しいかな。
私は少し驚いたけど、姉の口の中の気持ちよさで落ち着いた。

「あ……ああ……暖かい」

口の中はまだ熱が少しあるからか暖かく、唾液でしっとりとしている。
舌が動き、口の中で私の指を舐め出した。

「あ……あぅ……うぅ」

私は自分の鼓動が高くなることを自覚した。
気持ちいい……。
やめないとなのに、私は一向に指を未だに口から離そうとしない。
やめないといけないのに、やめたくない。
もっと舐めて欲しい。

……というか、今のキルメアなら先端を口先に持ってけばなんでも舐めるのでは

「う……うぅ……キルメアぁ……」

落ち着け私。流石にこれをやっては取り返しがつかないぞ?
そう、素数を考えるんだ。
素数を考えて落ち着けば、この状況を打破できる筈。

「…………!!………!!!……しまった、素数ってなんなのか判らない……」

素数ってなんだろ。なにひとつ判ないや。
い、いや、これは冷静じゃないからってだけで、いつもなら判るよ?
……うん御免、嘘。本当にわからないんだよねー。

「はぁ……はぁ……キルメアぁ……」

ああ、キルメア……お姉ちゃん……私は変態になっちゃったかもしれない。
ごめんなさい。
気持ちいい。もし、これが指じゃなくもっと敏感な所なら……。

やめないと。こんなことを続けちゃ……なんか知らないけど駄目だよね……。
そう私は考えているけれど、身体がそれを許さない。
更に快楽を獲ようと指先で姉の舌を撫でる。

「キルメアぁ……私のキルメアぁ……あぁぁっ」

理性大崩壊!!
ああ、これはダメだ。
これはダメだ!!!!

私は素早く服を脱ぎ捨てた。

「はぁはぁ、キルメア……キルメア……」

ガタッ。

私が服を脱ぎ捨てキルメアに馬乗りになった瞬間、ドアの方から音がして振り返るとそこには知った顔があった。

「あ、あー、えぇと……」

パイモン叔母さんだった。また勝手に侵入してきたのでしょう。

うん、凄く気まずい。
こういうことに理解があるパイモン叔母さんだけど、流石に現場を見られたら気まずいよ。
ってか、鍵は……ああ、パイモン叔母さんは無意識で鍵を開ける癖があるからなぁ……。

「こ、これはね?えぇと……違う。そう、違うんだ!!」
「う、うん。違うね、何かが違うね?なにが違うか分からないけど違うね?」

きっと私の目には渦巻くようなマークが出ているのかもしれない。
混乱してると思う。
いや、断言しよう。私は混乱してる。
多分、急にこんな光景を見てしまったパイモン叔母さんも少しは混乱してるかもしれない。

「ま、まぁとりあえず10分ほどどっかで時間を潰すから、それまでに色々やっといて?」
「うん、わかった……」

__________

10分後、再び部屋に訪れたパイモン叔母さんを部屋に招いた。

「あはは、いやぁまさかあんな状況に出会すとは……ね?」
「むー」
「んで、キルメアの調子は大丈夫そう?」
「うん、風邪自体はもう完治してる筈だよ。今日は念の為に休んでるだけ」
「なら良かった。お見舞いの品は……あー」

パイモン叔母さんの手には何も持っていない。

「お見舞いの品は?」
「ごめん、私の家だ」
「……忘れたって訳だね」
「うん。ゴメンね?」
「別に良いけど、おっちょこちょいだねぇ」
「人のことは言えないと思うけどね」

確かについ最近、勘違いで実の姉を恨んでしまった最大級のおっちょこちょいがここに居たね。うん。

「お見舞いの品は忘れちゃったけどお金なら少しあるし、出前でも頼む?それとも寮だから、そういうのは禁止なのかな?」
「うぅん、大丈夫だよ?毎日出前を頼んでる子がキルメアのクラスメイトに居るって聞くし」
「その子、健康面が不安だね……」
「最近、血糖値が大変なことになってるって健康診断のとき落ち込んでたみたいだよ」
「程々にしないとね。さて、それじゃ出前を頼もー。チラシとか何処?」

周りをみるパイモン叔母さん。私は自分の机の引き出しを開けて、散らかった物の中に手を突っ込んでガサゴソと探す。

「えーと、確かこの辺に……あったあった」

グシャグシャになった紙を幾らか出して机に置いた。

「少しは整理しなよー。幾らなんでも雑すぎるよ?変なところでは几帳面なのに、まったくもう」
「あはは。で、どれにしようか」
「えーと、どれどれ?ピザ、寿司、中華……って、この学園、色々なお店があるんだね。この世界線には無い筈だけど、寿司とか」
「うん、無いよ?」
「ならなんで出前があるの?」
「ほら、ここ見て?」

私が指さしたのは、チラシの端っこ。
そこには、『出前の代理依頼から御届けまで、なんでもお任せやで!!byマツリカ=T=ノックス』と書いてある。
私たちの叔母であり、パイモン叔母さんから見たら妹に当たる商人気質のノックスだ。
暇さえあれば金儲けの事と面白そうな事を考える色々と身軽な叔母さん。

つまり、異世界に住んでいる彼女がその世界で注文をして私たちの元へ転送する仕組みらしい。
私がキルメアと別居してたときにピザを食べられたのは、このお陰なんだよね。

「あの子、そんな仕事までしてたの……あんまり出前とか使わないから知らなかったよー。もしかしたら、チラシぐらいはアンドラスが何処かに纏めてるかもしれないけど」
「勿論、色々面倒事になるのは嫌みたいだから血族相手にしかやってないみたいだけどね?」
「成る程ね。んじゃ、何にするか決めちゃおうか」

結局、食事は大きなピザになりました。
早々にマツリカ叔母さんに連絡をして注文すると『わかったで!!大体2、30分で届けたるさかい、待っててなー』と。
楽しみだ。

「そういえばパイモン叔母さん、今日はアンドラス叔母さんは一緒じゃないの?」
「今日は別行動だよ。なんでもミラ王国の沖に打ち上げられたクジラの死体があったから、念のために死因を調べてとストラス兄ぃから連絡があってね。ほら、未知のウィルスとかがあったら不味いじゃん?」

アンドラス叔母さんは毒使いでありながら薬屋もしている。
更に趣味で様々な人体、生物の研究からウィルスや細菌の培養もしているため、たまにこんな仕事も任されるわけ。
憧れるなぁ。

「ほぇー、凄いなぁ。私もそういう風に調べる仕事とかしてみたいなぁ」
「だったら沢山勉強しないとね?」
「ぐぬぬ……ん?勉強…………あ」
「どうしたの?」
「キルメアの面倒見てて忘れてたけど、図書館に行こうとしてたんだった」
「おや、そうだったの?」
「でも別に良いや。私の得意な魔術を探す目的だったから急ぎって訳でもないし。これが宿題や課題なら不味かったけど」
「そっか。だったらご飯が済んだら私が少し教えてあげよっか?」
「いいの?」
「うん。まぁ、私は魔術師って訳じゃないから力になれるかなんて知らないけどね?」

楽しみがひとつ増えた。

――――――――――

コルセアたちが談笑して楽しんでいる時、潮の香る海風が吹くミラ王国の沖には防護服とマスクで全身を覆った女性が居た。
近くには力なく打ち上げられているクジラがある。
周辺には同じ顔をした防具服の兵士たちがおり、記録用の魔道具を使って撮影したりしていた。
そんな兵士たちの間を闊歩する女性とは、

「パイモンは今頃、あの姉妹のところで楽しくやってるところかしらねぇ?」

アンドラス=O=ノックスだ。

「さぁて、検死を開始しましょうかねぇ。でも私だって検死官って訳じゃないから完全じゃないんだけどねぇ。他に詳しい人がいないから任されてるけどぉ」

独り言を呟きながらクジラに近付き、まずは見た目から調べる。

「確かこの鯨は、近くの海に多く生息しているマガツヒゲクジラよねぇ?目立った外傷は…………無いわねぇ。打ち上げられた際に出来たと思う擦り傷や古い傷ならあるけどぉ……それは死因にならないしぃ」

やっぱり見た目だけじゃ解らない。

「……ん?クジラに人工的につけられた金具の痕があるわねぇ。まるで固定されてたみたいに。外傷って扱いになるほどじゃないけど気になるわぁ」

アンドラスが来るまでの間に誰かが触れたって報告もない。
そもそも、この金具の痕は死後につけられたものじゃなく、生前につけられたもののようにも見える。
……これはおかしい。もっと詳しく見ないと。

「やっぱり運んで頂戴?ここじゃ出来ることが限られちゃうからねぇ」

防護服に身を包んだこの国の防衛の要である兵士たちに命じて運んで貰う。
巨体であるから20人近くで同じく大きな荷車に乗せる。

「念のため、民間人から離れた場所に運びなさいねぇ?不死の私や死んでも肉体の変更だけで済む貴方たちなら何があっても問題ないでしょうけど民間人が感染して大変なことになったら困るもの。私の仕事が増えるぅ」

了解したらしく敬礼で示す兵士たち。
荷車にクジラの死体を乗せ終わり、防護服で包まれてるため解らないけれど恐らくはオーガらしき人物が荷車を引いて進む。

「話せない訳じゃないでしょうに、声を出さないのはなんでぇ……?」

それを警護する形で追従するのは兵士たちと、検査するために着いていくアンドラス。
歩きながらジェスチャーでアンドラスの質問を応える兵士たち。

「喋ると?息を沢山吸うから?感染しそうで怖い?貴方たち……馬鹿ねぇ。無駄な努力よそれ」

妙なことを気にしてたのねぇ。
暫く歩いて、森の中にある一軒の小屋に辿り着く。

「とりあえずの解剖と検体用のサンプリングをするだけだから充分な広さねぇ。あまり衛生的じゃないけど」

木屑や砂が部屋中あちこちにある。長らく使われてなかったみたい。
手頃な作業台があったため、頭と尾がはみ出てしまうけど、とりあえず乗せて貰う。
乗せたと同時に僅かでも腐敗を遅らせる為に冷却魔術を作業台にかける。
冷たい風が小屋に吹く。

「はぁい、お疲れさまぁ。手早く済ますから貴方たちは外で待ってなさぁい」

兵士たちは敬礼をして、小屋の外へと出ていこうとしたが、アンドラスに呼び止められた、

「待ちなさい記録用の撮影もするんでしょ?えーと……ほらそこの貴女ぁ。貴女は残りなさぁい」
「わ、私でありますか!?」
「やっと声を出したわねぇ。貴女、名前は?……って、名前は皆同じねぇ。番号は?」
「はっ、はい、私の名前はG兵20060号です!!」
「なら20060号だけ記録用に残り、他のG兵は外で待機してなさぁい」

そう言うと、今度こそ他のG兵たちは小屋から出ていった。
20060号は怯えている。気弱な性格なのかもしれない。

「さてと…………って、貴女何してるのぉ?」
「ふぁい!?」
「はぁ……こういう任務は初めてかしらぁ?」
「はっ、はい!私に振り当てられた任務は殆んど事務作業でして、現場はあんまり」
「なぁんだ事務仕事が専門のG兵だったのねぇ?なら、なんで今回はこんな任務を任されたのぉ?」

話しながらアンドラスは鞄から道具を取り出している。

「それが、そのぉ……調べごとがしたく、お城の図書館を訪れたところ、同じく調べものをしていたG兵が梯子に乗って、本を取ってまして」
「ああ、ストラス御兄様はあんまり本を読まないくせに何故か図書館が充実しているからねぇ。誰の進言かしらぁ?」
「さぁ……?梯子に乗る必要がない程の図書館でしたらこんなことには……ぐぬぬ……」
「ぐぬぬじゃないわよぉ。つまり、貴女の不注意で梯子を倒しちゃったってことぉ?」
「はい……そのG兵は流石戦闘特化の方です。上手く着地しましたが、倒した梯子が勢い良く本棚を倒しまして……倒れた本棚が更に次の本棚を倒しまして……」

所謂、ドミノ倒しを想像して道具を用意する手を止め、呆れ顔でドジなG兵を見るアンドラス。

「図書館の修復代や死人は出ませんでしたが怪我人は居ましたので治療費、ならびに慰謝料で……少しでも給金が高い現場仕事を……です」
「あー……そういえば昨日辺りに打ち身や骨折で私の所にも流れてきた患者さんが少し居たわねぇ」
「ご、ご面倒をかけて申し訳ありません」

恐縮そうに頭を下げるG兵。

「別にいいけどぉ、あんまり危ない任務に出るのはやめなさぁいね?幾ら肉体が滅んでもオールリペアできる魔道具とクローン細胞で造られた人造兵士だからって、精神が磨耗しない訳じゃないからねぇ」
「はい……わかりました。御気遣いありがとうございます」
「別に気遣ってる訳じゃないわよぉ?新しいG兵を魂ごと新たに作るとなるとコストが高くなるのよねぇ。それは結局、税金になるから困るのは国民ってわけぇ」

とはいえ、アンドラスは買い物にかかる税金以外は一応は魔王の妹。
ゆえに立場上、免除されてるため気にする必要はないし国民の負担を気にするような性格ではない。
だから、もしかしたら単なる照れ隠しなのかもしれない。

「さぁ、無駄話はやめにしてさっさと検死を済ますわよぉ?この防護服、暑すぎるしぃ座礁した鯨って腐敗が早くなるからねぇ」
「はっ、わかりました!私は撮影に徹しますね?」
「よろしくぅ」

そう言うとアンドラスは手早く解剖を開始した。

「メス……よりも大きな包丁が欲しいわねぇ」
「それでしたら、私たちG兵に常備されてます此方の剣で如何でしょうか?」
「いや貴女、それって切断面を分子レベルで分解する剣じゃなぁい。そんなもの使ったら解剖に障るわぁ」
「そうですか……」
「なぁにか無いかしらねぇ。切れ味は妥協するとして、とりあえず切らないとぉ。メスで地道に切るのは大変だしぃ」

小屋の周囲を見回す。埃が被った机に備え付けられた引き出しを開けると中に大きなサイズのナイフとワイヤー、魔力式ドリルが入っていた。

「これはこれは、調度良い道具があるじゃなぁい」
「ここはどうやら作業小屋だったみたいですね。他にも鎚や釘、鋸なんかもありました」
「鋸の方が大きいでしょうけど断面に問題が出るからねぇ。この道具で進めましょう?」

アンドラスが始めたのはまず、尾鰭付け根にかけたワイヤーを牽引しながらワイヤーに近い尾椎骨間にナイフを入れ、尾鰭を切り落とした。
切り落とした尾鰭の断面を確認するが、特に違和感らしいものはない。
後で詳しく調べるため、近くにある別の机に置くようにとG兵に命じ、更に続ける。
尾柄部背側、腹側の脂皮を切り落とした。
その度に断面を確認するが、やはり違和感らしいものはない。勿論、詳しく調べないと解らないが。

「充分、切れ味があるわねぇ。本当はもっと大きい方が良いけどねぇ?」

次にアンドラスがしたのは背側の剥皮する準備。
背部正中線に沿って、背鰭前部から頭部にかけて、脂皮に切れ目を入れた。
左の耳がある部分から右の耳がある部分にかけて、頭骨に沿って脂皮に切れ目を入れる。

「はいドリルに魔力を装填して私に渡してぇ?」
「はっ、はい!!」

ドリルをG兵から受け取ると左耳と右耳の間に当たる位置に穴を開け、ワイヤーを通す。

「ほぇー、手際が良いですねー」
「まだ準備だからねぇ。準備に時間を使いすぎると本解剖に障るものぉ。はぁ、さっさと本職の検死官を常備して欲しいものよぉ」

溜め息を付きながらも次の行程に移る。
腹側の剥皮準備をする。生殖孔の下部より頭方に向けて、畝の直前まで脂皮に切れ込みを入れる。
下顎骨腹側に沿って、胸鰭の関節まで切れ目を入れる。
畝の先端部に穴を開け、ワイヤーを通しておく。

「あの、まだかかるのですか?」
「さっきも言ったけど準備段階だからねぇ。急いでるとはいえ、こういうのは順序通りにやらないと後々困るものなのよぉ?」
「そうなんですか……」
「はぁい、次は体側の剥皮準備ねぇ?ワイヤーを牽引したりしないといけないけどぉ?」
「それならこれはどうですか?魔力式のリールがありますが」
「良いわねそれ。使いましょう?」

背皮と腹皮の境界として、尾方から頭方にかけて切れ目を入れる。
胸鰭基部の上腕骨頭と肩甲骨の間の関節を切断する。
「腹側の剥皮準備」で通したワイヤーを尾方に牽引し、畝と腹皮を剥離する。この時、右の下顎骨下面に沿ってナイフを入れ、さらに右体側の畝と脂皮の境界に沿ってナイフを入れつつ畝を剥離する。

「あ、剥離した皮もちゃんと保管してるわよねぇ?」
「はい、尻尾とかとは別の方の机に置いてあります。ちゃんと傷まないようにこの机と同様、腐敗防止用の冷却魔術をかけてますよ」
「写真は?」
「あっ、た、ただちに!!」

苦笑しながらも作業は続く。
「背側の剥皮準備」で通したワイヤーを尾方に張り、左の背皮を剥離する。
この時、肩甲骨は脂皮につけたまま剥離する。
背肉の切除するために脊椎骨の横突起背面及び棘突起側面に沿ってナイフを入れ、頭部は後頭骨に沿ってナイフを入れて左の背肉を落とす。この時、必要に応じて背肉にワイヤーをかけ、牽引しながらナイフを入れる。

「はぁい、これで漸く解剖らしい作業をできるわぁ」
「やっとですか」
「あらぁ?何を青ざめてるのかしらぁ」
「だって、切断とか吊るしとか慣れてないんですものぉ……」
「まぁ、戦闘特化じゃない限りは切断面とかあんまり見ないでしょうねぇ。それに貴女、料理もしないでしょう?料理とかサバイバル、釣りとかしてれば魚に近い生物の解体は見るけれどぉ。まぁ鯨は魚じゃなく哺乳類だけどぉ」

クスクスとアンドラスは笑いながら腹肉と内臓の分離を始める。
左の肋骨先端部を切り開く。さらに肋骨と胸骨の隙間を通って脊椎骨(頸椎)方向に切り開くとともに腹腔から腹肉下面に向けても同様に切り開き、内臓を露出させる。
肋骨基部と脊椎骨横突起の関節を外す。
グロテスクな内臓が顕になり、G兵は目を反らしているがアンドラスは内臓を見て首を傾げている。

「足りないわねぇ」
「何がですか?」
「典型的に急所として扱われ殆んどの哺乳類、というより殆んどの生物に必ずある臓器ってなんだか解るぅ?」
「……心臓ですか?」
「はい正解。それが見当たらないのよねぇ」
「え、そんな筈はないでしょう。外傷がなかった以上、何者かが抜き取ったって訳じゃないでしょう?」
「ええ。手術をしたなら未だしも、心臓のみを外傷も無しに取り出すなんて真似は出来ないわねぇ」
「なら、いったいどうして……」
「調べるのは後よぉ。とりあえず撮影しなさぁい?」
「はっはい!!」

鯨の内臓、特に心臓がある筈の場所を中心に撮影を済ます。

「他にも異変がないか調べるためにも続けるわよぉ?」
「はい!」

肋骨前部にワイヤーを通して尾方に牽引し、気管や胸腔、腹腔内臓器とともに腹肉を引き剥がし、その流れのまま左下顎付け根にワイヤーをかけ、頭方に牽引する。
頭を分離するために頸椎と頭骨後頭窩の間を、ナイフで切り開き頭部を分離する。
切断したとはいえ重たい頭部を両手で机へと移動させるG兵。

「おっと」
「大丈夫ぅ?」
「あ、はい、なんとか」
「とりあえずの解体はあともう少しだから頑張りなさいねぇ?」

鯨体の反転。ワイヤーをかけて左右から張り、右体側が上になるよう鯨体を回転させる。
右体側の解剖。同様の手順で右体側の脂皮、背肉、肋骨及び腹肉を剥ぐ。
頭部の解剖。下顎を基部関節に沿って切り落とす。
上顎骨下面に沿って、ヒゲ板を切り落とす。
これでとりあえずの解体は済んだ。

「脳に異変はないわねぇ。最初は寄生虫とかを疑ってたけど結局何処にも居なかったわねぇ」
「寄生虫?」
「ええ。私の妹に身体に寄生する魔蟲を体内に飼ってる色々と危なっかしい妹がいるんだけど、その子が飼ってる蟲の中にはじわじわと内臓を食い散らかす蟲が居てねぇ?外傷がないなら体内で成長して心臓を食いつくしたのかなって思ったわけよぉ」
「はぇー、しかし今回はいなかった、と」
「ええ。とりあえずあとは顕微鏡や薬剤につけての検査だからぁ、はい、この検査用のフラスコやシャーレに細胞を1部ずつとってぇ?」

大量の道具を出す。

「ちゃんと何処の部位かも記してねぇ?写真の方は済んだから良いでしょ?」
「はい!それじゃさっさと済ましますね?」

G兵は慣れるのも早い。もう慣れたらしく、最初の頃のようなビクつきはない。
そんなG兵を見ながら感心しつつ、自分も細胞の採取を開始した。

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