nox-project 姉妹の奇妙な学園生活

結月マルルゥ大佐@D.I.N.S.I.S.N社

6.胎動する能力と趣向

最後に向かう部屋は少し離れた場所にありました。
私たちの部屋から階段を降り、外に出て別館へ向かいます。
雨が降ってますが、本館から屋根が延びている為に濡れなくて済みそうです。

「なんでこんなに遠いのさー」
「私に聞かれましても……」
「っていうか別館なんてあったんだね。私はそれ、何かの小屋だと思ってたよ。納屋って言うのかな?」

歩きながらぺらぺらと寮監から渡された寮の地図を捲りながら答える。

「別館というか、確かにやはり小屋みたいですわね。見た感じ他に住んでる生徒は居ないみたいですし」
「やっぱり?でも、なんでそんなところに?」
「うぅん……やはり何か問題を犯していたのでは?誰かと同室だと揉めたりするとか」
「でも、さっきの部屋とかみたいに、ひとりの部屋にすれば良いんじゃないかな?」
「んー、確かに空き部屋が無いわけでもないみたいですからね……」

色々考えますが、やはりよく分かりませんわね。
そうこうしてるうちに外に出ました。
まだまだ雨が強く、屋根がありますが横殴りの雨で少し冷たいです。

「ちべたっ!?」
「は、早く行きましょう。風邪気味ですのに悪化してしまいますわ!!」
「わかった!!って、キルメア風邪気味だったの?」

走って目的地のドアの前についた。
ネームプレートには……あれ?
妹もドアノブを掴みながら違和感を指摘する。

「ネームプレートが傷だらけで見えないよ?」
「それに何か紅黒いものが着いてますわね。動物の血かしら……」

こびり着いていて見えませんわね。傷のせいもありますし。
気にはなります。気にはなりますとも。
しかし、場所はこの部屋に間違いはありませんし…………とある事情から部屋に入らざる負えない大ピンチに私が今、遭遇している為にその探求心は無視しなくてはなりません。

私は震えています。
ネームプレートの異変が怖いから?
部屋の中への好奇心から?
いいえ、はっきりと言います。
それは横殴りの雨が私の制服を濡らして体温を奪っているからです。

寒い!!
とにかく寒いですわ!!

「と、とりあえず早く入りませんこと?お姉ちゃん、震えてきましたわよ……」
「あ、ごめんごめん……」

妹がドアを開けて中に入りました。
中は意外と広く、居住しやすい様に改装したのかひとりで暮らすにはむしろ広過ぎるぐらいです。

「へっくしゅっ!!うぅ……」
「キルメア、大丈夫?部屋を調べる前に備え付けのシャワーを使って暖まったら?」

妹の目線の先にはシャワールームらしいドアがありました。
……意外と厚待遇ですわね眼帯の方。
私は一応、優秀な成績が在りましたからシャワールームが備え付けられた部屋に居ますが、大体の生徒は共同浴場を使う筈ですわよ?
何者だったのでしょう。
……その前に、御言葉に甘えて暖まりましょう。寒い。

「そうしますわ……」
「いってらっしゃい」

私はシャワーを浴びることにしました。

__________

姉が服を脱ぎ始めた。脱衣室なんてなく、ドアもカーテンも取り付けていないために姉のすらっとした下着姿が丸見えになってる。
私は後ろを向いて誤魔化すことにする。

「さーてと私はその間、部屋を調べることにしよっと!!」
つい、声が裏がっちゃったよ。

「ん?任しましたわよ?」
「うん、わかってる」

そう言うと姉はシャワールームへと入っていった。
シャワーの流れる音。細かい水の粒が叩き付けられる音が鳴り出した。

「はぁ……」

最近までは見ても「凹凸があまりないなぁ」って感想しか湧かなかったけど何でだろ。
何でか知らないけど、最近見るとドキドキするんだよね。
これは…………心臓病!?
……いや冗談だけど。理由は分かってるんだよ?
私はキルメアを意識してる。意識してしまってる。

「キルメアとなら、そーゆーカンケイになっても良いかなって思ってるんだよね……」
『へぇー。あの子に惚れてるんだー』
「そうだよ。私はキルメアが好き。愛して……へ?」

私以外の声がする?
おかしい。
姉はシャワーを浴びてる筈。
というか天井から声が……?
私は天井の方を見てみた。

『やぁ』

そこには逆さになり天井に四つん這いに張り付いて、長い黒い髪を垂らしている女が居た。
白い服はボロボロで、あちこちに血が滲んでいる。
服から見えている両手脚は異様に青白く生気らしいものが感じ取れない。

重症患者?いやいや、これは違う。
これは____幽霊だ

「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

情けないことに私は尻餅をついてしまった。

「っ!!コルセア!!どうしましたの!!」

絶叫に反応したのが全裸のままシャワールームから姉が出てきた。

タオルを巻く暇すら無かったのかな。
なんだろう。それだけ私を大事にしてくれてるみたいで、なんか嬉しい。
でもね、お姉ちゃん。今の私にはキルメアの裸を軽く見れる様な精神状態じゃないんだ。
それに、《幽霊》に見られるのもなんかヤダ。

私は姉の姿を見て、ふたたび叫ぶ。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!前!!前を隠してよ、もぉぉ!!」
「前?ま、え……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

姉は顔を真っ赤にして気を失った。
よりによって、私のいる方に倒れて抱きつく形にっ!?

「わっ、な、なんでぇ!?お、オーイ、キルメアぁ?ちょっとぉ!?」
『喧しい娘たちだなぁ……そこの銀髪の娘、このままじゃこの子、風邪引いちゃうからバスタオルを出して?そこのタンスにあるから』
「わ、わかった」

私は姉を退けて、言われた通りタンスからタオルを出す。
すると天井から降りて《幽霊らしき人(?)》が姉の身体を優しく拭きだした。
少し嫌だけど、今はキルメアの健康の方が大事だよね。

『これはまだ起きないだろうね。銀髪の娘、そこのクローゼットにバスローブがあるから持ってきて?』
「待ってて」

私は急いでバスローブを持ってくる。それを《幽霊……なんだよね?》な彼女が姉に着せてからベッドへ姉を寝かして布団をかけた。

『これでよし。そっちも少しは落ち着いた?』
「は、はぁ……」
『なら良いけど。お茶と珈琲、どっちが良い?』
「お……お茶で」
『待ってなさいな。缶の紅茶だけど文句は言わないでね?』

そう言うと《幽霊……だと思う》彼女は冷蔵庫を開けて缶に入った紅茶をふたつ持ってきた。
彼女は私に片方を渡し、ソファーに腰掛けて自分も飲み出した。
幽霊って紅茶、飲めたんだ……
ちなみに私は向かいの床に座ってる。カーペットがあるから別に良いけど。

「って、貴女……幽霊だよね?」
『うん』
「うんって……」
『ハロウィンとかじゃないんだから、こんな格好で天井にいる生物なんていないでしょ?』

正論を言ってるけどさぁ。私、《幽霊》なんて見たことすらないんだよー?

「幽霊なんて初めて見た……いえ、見ましたよ」
『タメ口で良いよ。急に霊視が出来るようになったの?霊視の魔術とかは……使ってないみたいね』

「うーん、なんでだろ」
『急に発現することもあるけど……あ。なんだ、それの力じゃないの』

彼女は人差し指で私の指輪を示す。

「指輪……?」
『そう。それ一応、魔法道具よ?』
「はぇー、そうだったんた」
『"嘆きの指輪"。遥か昔、恋人を若くして病気で亡くした青年が居ました』

急に昔話を始めたぞ、この《幽霊(仮)》……

『恋人が亡くなるとき、青年は隣町に仕事に行っていて恋人の死に目に会えませんでした。彼は細工師で恋人が急に容態が急変するとは思わず、恋人の治療のお金を稼ごうとしていたのでしょう』
「ふむふむ?」
『そのことを悔いた青年は酷く哀しみます。どうして働きに出てしまったのか。どうして傍に居なかったのか。しかし彼も生きなくてはなりません。後追い自殺も考えましたが行動に至らず彼も毎日毎日、様々な指輪を作り続けます』
「そりゃ、仕方ないよね。そうかそうかー、これがその青年が作った指輪なんだね?」
『という青年の隣の家に住んでいた違う細工師が作ったのが此方の指輪となっています』
「関係ないじゃんっ!?まったく関係ないじゃん!?なんの時間なのさー!?短くはなかったよ!!?」
『お、良い反応だね』

《幽霊(半額)》はニコニコとしている。
私は突っ込み過ぎて喉が渇いたので紅茶を少し飲んだ。

『まぁ、由縁はあまり無いけど、その指輪が霊視出来る効果があるのは確かだよ。他にも力があるけど……』
「他って?」
『それはキミが知っていけば良いよ。別に代償に何かあるとかは無いし、そこは安心して良いよ』
「うー、気になるけど……まぁいいか。それで貴女は誰なの?幽霊だよね?」
『うん。紛れもない純粋かつ国産の幽霊だよ?遺伝子組み換えではない』
「ふふっ、なにそれ」
『材料や産地の表示は大事だと思うよ?さぁさぁ、名を名乗ろう。私の名前は"ミランダ=ティファニー"。元3年の傀儡魔術を専攻していた悪霊よ?』
「あ、自分で悪霊とか言っちゃうんだ」
『偽らない主義だからね。キミは?』
「"コルセア=A=ノックス"。現在の2年で身体強化魔術を専攻してるんだー」
『ふむ、身体強化魔術を……。見た感じでは他の方が合ってる気がするけど』
「なにか分かるの?」
『幽霊になってしまうと、魔力の形とか色とかで色々と分かるんだよね』
「そうなんだ。でも、私ってどの魔術を使っても失敗しかしないんだぁ」
『ふむ……詳しく話して?』

私は詳しく話した。入学したとき、どの専攻が合うか調べる装置である"饒舌な岩"の審査で何も出なかったこと。
どの魔術、魔法を使おうとしても必ず失敗してしまうこと。
失敗して周囲に被害を出すのを恐れて、まだ不発で済む身体強化魔術を専攻したこと。

『ほう……成る程成る程。だったらこの学園で扱ってない魔道を調べてみたらどうだい?』
「この学園で扱ってない魔道……?そんなのあるの?」
『勿論あるよ?』

知らなかった。ここなら全ての魔道を網羅できるって思い込んでたよ。

『確かに此処は桁外れの種類の魔道を学べる場所だよ。でもね、様々な理由で無くなった科目も少なくないんだ。例えば受講する生徒が少ない科目や、色々リスクのある科目とかね?』
「成る程?」
『とりあえず此処にいるのは学ぶためじゃなくお姉さんの為だと思って通ったら如何かな?ひとりぼっちでいるのは寂しいでしょうし』
「んー……そうしようか」
『あとは、コルセアなりに色々調べて試してみたら良い。そのうち、相性が良い魔道も見付かるさ』
「わかった。ありがとうね。えーと、ミランダは一体、なんで此処に?成仏とかしないの?」
『成仏って……。うぅん、此処の部屋の生徒に怨みがあってね?って、それこそなんでコルセアたちも此処に?友人とかじゃ……無いよね?』

私は実習でのことを話した。

『そう。アイツは死んだのか。呆気ないものだね……。私はアイツに殺されたんだ。実習中に一騎討ちになってね。私を殺して眼球を保管しやがった』
「ああ、私も同じ目に遭いかけたよ」
『そこの本棚を退けてごらん?』

言われた通り、本棚を側面から押した。
底にキャスターがついてるようで、然程苦労もせずに移動できた。
本棚の後ろにはドアがあった。

「隠し部屋?」
『わざわざ、こんな小屋に住めるように手回しをした理由だな。他の部屋では保管するのに色々面倒なことになるから此処にしたんだろうよ。開けてみて?』

ドアを開けると中に3畳ほどの小部屋があった。
ディスプレイする為のショーケースの中にはホルマリン漬けにされた様々な眼球がある。

「ほぇー」
『えーっと……あったあった。これが私の眼球だな……たぶん』

一番右にあるホルマリン漬けを取る。特に文字は書かれてなくて、奪い取った日付だけが書かれていた。

「やっぱり身体の一部を回収したくて化けて出たの?」
『違うよ?別に死体をどうしようと、それ自体にケチをつける気はない。ただ、私を殺したアイツがどんな終わりを迎えるか気になっていただけだね。ま、多少は嫌がらせとかしたけど』

ああ。ネームプレートの血とかは、それの一環なのかな。

「なら最期は知ったんだし、もう成仏するの?」
『成仏するって言ってもやり方が分からないからなぁ……。死んだことなんて無いし、事前情報が無いんだもの。ぶっつけ本番で何かしろって言われてもどうしようもないじゃん?だから、迎えが来るまでのんびりしとくよ』

……そんな適当な《幽霊》でいいの!?
こう……ほら、やりたいことが叶ったら感動的なBGMが流れて涙ながらに見送るとかさー?
会ったばかりだけど、泣く演技をする自信はあったよっ?
流石に空気を読むために準備はしてたよ!?

「普通、怨みを晴らしたらこう、天から光が降り注いで消滅したりとかしないの!?」
『コルセアがどの理論のお迎えを期待してたのか知らないけど、そんなことは無かったよ?』

ああ、なんでだろう。
私の中の漠然とした幽霊像が、この《幽霊》と会ってから著しく壊れてる気がするんだよね……。
私は溜め息をついた。

『まぁまぁ、私も元は魔術師だ。何か力になることもあるだろう?此処に来れば何か相談に乗ったりとかしてやるからそう不満げにならないで?』
「わかった。とりあえず……あの眼球、私が持ってても良いかな?」
『別に良いけど……?』
「中々、綺麗で気に入っちゃった!!」
『…………アイツみたいにはなるなよ?』
「ならないならない。ただ、気に入っちゃっただけだもん。私は私に敵意を出した場合とキルメアに危害をくわえた場合、それを始末することの障害になりそうな人、あとはノックスの役目に合致してしまった人しか殺す気もないよ」
『意外と多いよね……そうか。なら良い…………役目?』

私は眼球のホルマリン漬けを全て回収した。
ホルマリンだよね?あんまり詳しくないから解らないけど、液体に入ってるからとりあえずホルマリン漬けって呼んじゃうよ?

このまま持って帰るのも割っちゃう可能性もあるし、なにか良い包みは……。
あ、これで良いか。
収納に使うつもりだったのか空っぽになってるそこまで大きくない折り畳み式の箱にホルマリン漬けを丁寧に仕舞うことにする。

ああ、何処に飾ろう!!
宝石みたいで綺麗なんだよなぁ。
この眼球が私の部屋に在ったら……いいなぁ。
毎日が一層、楽しくなりそうだよ。
毎日、じっと眺めてても飽きないかもしれないよ。
ああああ……美しい……。

『眼球を抱いてくるくる回りだしたよこの子……』

ちょうど、ピッタリとホルマリン漬けが全て収まった。
こういう風に、ピッタリと物が収まるとなんか気持ちいいんだよね。
例えるなら、お店で物を買って支払うときに細かいお金がちょうどあって、それで全額ちょうどで払えたときみたいな。
わからないかな?わからないかなぁ?

あ、役目って言った私の言葉が気になってるみたいだね。答えてあげよう。
別に隠してるつもりもないからね。
姉はなるべく、周りに知られないようにしてるみたいだけど別に隠すことでもないと思うんだぁ。

「うん、そうそう役目役目。ノックスの血族共通のやるべきこと。やらなくちゃならないこととも言えるかな?」
『ノックス……ノックス……何処かで聞いたことがあるな……』

《幽霊》は口許に手を添えて考えている。
この人、実はかなり優秀な生徒だったのかもね。
あまり此方の世界で深い知名度はない私たちノックスのことを僅かに書かれた書物か何かで見て記憶してたんだし。

「伝説とかで聞いたんじゃないかな?」
『あー……そういえば図書館で見た覚えがある』

やっぱりね。噂話でって可能性もあったけど。

『でもアレって、悪いことはしてはいけないって子供を躾るためのお伽噺とかじゃないのかい?』
「私はその本をちゃんと見たことがないんだよね。そういう本が所蔵されてるっていうのを噂で聞いただけだし。そうだなぁ……どんな記載があったの?」
『世界を破壊するぐらいの悪事をしたとき、ノックスの名を持つ風変わりな悪魔が現れて世界の崩壊を止めるとか』
「うん。というか、それがノックスの役目だし?」

崩壊寸前まで何もしてなかったなら、ダメダメも良いところなんだけどね?
均衡の護り方は、各自に任せてるから悪いとは言わないけど。

『…………無力化は不可能ではないけれど、基本的には不老不死で倒すのに手間がかかるとか』
「うん。確かにそうだね。弱点も実はわりとあるんだけどね?」

頭を吹き飛ばされても少し時間を掛ければ治るよ。
精神的な方は分からないから、精神的なダメージで死にかねないけどね。それに、抵抗魔力を削りきって石化とかさせれば無力化できるし。
パパたち《第2世代》のノックスに比べて、治る速度も私たち《第3世代》は遅いし。

『異世界に渡る技術を持っていて、初代のノックスが産んだ無数の子供たちがあちこちに居るとか……』
「うん。私の祖母に当たる人は未だに健在で自由奔放に何処からか連れてきた恋人たちとの間に子供を産んでるよ?だから、初代、つまり《第1世代》は祖母ひとりだけ、《第2世代》が莫大な数いて、《第3世代》は少ないんだよね。別に後継ぎとか考える必要もあまり無いし、そもそも《第2世代以降のノックス》はあまり子を成しづらい傾向にもあるからね。体質的に」

まぁ、同性愛者が少ないわけでもない、という理由もあるけれど。
尾ひれがついただけの本じゃなく、ちゃんと事実を書いた本だったみたいだね。
少し気になるし、暇なときに探して読もうかな。

『マジで?』
「マジで」
『マジでかぁ……吃驚したよ。流石にそこまで詳しくは聞いてなかったからなぁ』
「幽霊が生者に吃驚して良いものなのかなー。っていうか聞いたんじゃなく読んだんでしょ……?
『ああ、そうそう間違えた』
「まぁ良いや。他に良いのも無いみたいだし、キルメアを起こして帰ろ。お腹空いてきたし」

私は姉を揺さぶった。もう目を覚ましても大丈夫な頃だろう。

「キルメアー、起きてー?」
「ん……んんー?此処は……何処ですの?」
「あの眼帯の人の住みかだったところだよー?」
「あー……そうでしたわね。バスローブ、コルセアが着せてくれたの?」
「んー?」

《幽霊》の方をチラッと見ると、人差し指を1本、口の前に近付けて"シー"って言った。
気づかれない限りはあまり存在を明かしたくないみたいだし、私がしたことにしよっかな。

「そだよ。色々大変だったよー」
「そ……それは……申し訳ありません。とりあえず着替えて参りますわね?」

そう言うと姉は顔を真っ赤にしながらベッドから出て、服を着始めた。
私は後ろを向く。

「あ、そうだ。もう大体、調べちゃったしもう帰ろう?それとも、キルメアも調べたい?」
「んー、いえ、別に良いですわ。本棚を軽く見てもあまり良いのがありませんし」
「そっか。なら帰ろ?」

着替え終わり、一応鏡を確認している姉。
そんなことをしなくても可愛いから大丈夫だと思うけど。

「これでよし。バスローブやタオルは……まぁ、寄せておけば清掃の方が片付けるでしょうから別に良いですわよね。それでは帰りましょうか」
「はーい」

私はホルマリン漬けの入った箱を持った。
少し重たい。
少し傾けるとガラスとガラスが軽く当たる音がした。

「あら、回収品ですの?」
「うん!」
「重たいなら使い魔に……いえ、私が運びますわよ?」
「大丈夫大丈夫。風邪気味なんだし、無理しないで?片手で持てる重さだし代わりにドアの開閉とか頼むよー」
「わかりましたわ」

姉が先行してドアを開けた。雨は大分弱まってきてるし、これなら濡れなくて済みそう。

『それじゃあね?気が向いたら遊びに来なさいよ?』
「うん、わかった。またね」
「……?誰に言ってるんですの?」
「さぁねー?重いしさっさと行くよ?」
「あ、ちょっと、待ってくださる!?」

変に勘繰られる前に、姉を急かして私たちは自分の部屋に帰った。

__________

イマイチ、あの部屋で何があったのか思い出せませんが、妹の機嫌が良い。
そんなに回収したものが、妹の琴線に触れるものだったのでしょうか。
まぁ、なんにせよ嬉しそうなのは私も嬉しいですから良いのですが。

さっきから妹は回収したものを箱のまま机に置いて、棚のものを寄せたりしています。
飾るもの、なのでしょうか。
私の方は本を大体、本棚へ仕舞い終えたので妹の様子を見ながらベッドに座ってます。

「コルセア、どうかしましたの?」
「んー……棚の空きスペースが足りないなってね」
「少しでしたら、私のスペースに置いても構いませんわよ?」
「良いの?じゃあ、この置物をキルメアの方に置いて良いかな?」
「ええ。前々から聞きたかったのですが……この置物って、なんなんですの?」

梟?らしきものの胴体に猫の首が3つ着いた様な陶器の置物です。
挙げたらキリがないのですが、コルセアの棚はよく分からないもので埋まっています。

「んー?ニャンコノハズクだよ?」
「当たり前でしょ?みたいな顔で言わないでください。聞いたこともありませんわよ……。一体、こんなのを何処で買ったのですの?」
「色々?露店で売ってるときもあれば、骨董品店とかで売ってたり?」
「骨董品?」
「うん。《ニャンコノハズクの像》も骨董品だよ?」

骨董品じゃなく我楽庭だと言いたいですが……妹が大事にしてるなら、きっと意味があるものなのでしょう。
私も敢えて、初版乱丁本とかを集めたりしてますし。
自分にとっては価値がなくても好きな人が好きなものなら理解しなくては駄目ですからね。
ゴミじゃないのですわよ。
自分にとって理解できないからといって、不在時に棄てるようなどうしようもない方にだけはなりたくありませんもの。
それこそ正にゴミに思いますし。

「それじゃ、《ニャンコノハズクの像》と《パンツ仮面のフィギュア》をキルメアの棚に置くね?」
「ぱっ……ええ……ええ、よくってよ?」

妹が楽しそうに私の棚に物を移動しました。
……案外、見てると面白い見た目をしてますわね。
空いたスペースに置くために妹は楽しげに箱から何かを出しました。

「な……なんですの、それ」
「がんきゅー!!」
「言い方は可愛らしいですが、物が……ああ……」

理解しませんと。好きな人の好きなものなんですから。
妹は1個1個、丁寧に《眼球のホルマリン漬け》を並べています。
……ホルマリンで良いのですわよね?流石に薬品の知識はあまりありませんので確実性はありませんが。
……まだ並べてます。いったい、何個あるんですか……。
………………あ、目が合った。

「コルセア……」
「んー?」
「流石に……それは飾らないで……」
「えー、eyeに愛せよILOVE You!!だよ?」
「語呂は良くても……緩和しませんわ……」

私は青ざめてると思います。
鏡は位置的に見えてませんが、少し気持ち悪くなってきてますし青ざめてると思いますよ。
流石に理解したくても理解出来る領域を超えてました。

「んー……どうやら本当に苦手っぽいし、しょうがないなぁ。代わりに収納をひとつ頂戴?私の方の棚も使って良いからさー?」
「わかりましたわ。そこの収納、空ですので使ってくださいませ……」
「はーい」

妹の奇妙な趣味に青ざめながら、私はベッドに横になりました。

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