その弾丸の行先

須方三城

第21話 束の間の安穏、支配の序曲

 共生国家、クロウラ。そのタストタウンにあるコンビニ、ハートフルマート、略称ハトマ。


 そのレジの奥には、犬を模した帽子がトレードマークの女性がいた。


 にっこりと、素晴らしい笑顔で犬帽子の女性、ハイネは客にお礼を言い、その背中を送り出す。


「…つい最近まであんだけウジウジしてた癖に、急にどうしたんだい?」


 そんなハイネに問いかけるハトマの女店長、トトリ。その表情はどこか嬉しそうだ。


「夢、見たんです」
「夢?」


 笑顔でうなづくハイネ。


「戦争が終わる前の夜、ガツィアが夢に出てきたんです」


 その夢の中で、彼は、何を言うでもなく、ただ静かに笑った。


「戦争の事で不安になって、うつ向いてた私に向かって、ずっと笑いかけてくれてて……何か、『笑えよクソ犬帽子』って言われた気がして」


 いつまでもうつ向くな、くだらねぇ戦争なんぞもうすぐ終わる。


 夢の中で、彼は言葉を発しなかった。でも、そう言われた、気がした。


「もしかしたら、ガツィアは戦争を終わらせるために頑張ってたんじゃないかな、って。まぁ有り得ないと思いますけど、そんな気がして」


 ガツィアが、自分達が笑っていられる様に、戦争を止めてくれた。


 あの夢から覚めた朝、そんな現実味の無い妄想の様な事を、思ってしまった。


「例えただの妄想でも、思ったんです。どんな状況でも、後ろ向きな事ばっか考えててもしょうがないって」
「いやいや、……ハイネ、あんたエスパーの素質あったりするんじゃないか?」
「え?」
「……ま、いいけどさ。で、とりあえず前向きに物考えて、笑ってみる事にしたって事かい?」
「はい……それと、ガツィアがいつ帰ってきても良い様にしておこうかな、って」


 ガツィアにハイネの感性が通じるかは知らないが、ハイネは帰ってきた時、笑顔で出迎えてもらえたら嬉しい。


 だから、笑っている事にした。


 彼の事は、今でも心配だ。すぐにでも詳しい安否を確認したい。でも、少しだけ信じてみる事にした。


 彼は元気でやっている。だろうから、次に会った時はまず笑顔で出迎えよう。それから、じっくり話を聞かせてもらおう。


「……じゃあ、さっさと独身脱出しときなよ。私があの灰かぶりなら、久々に会った親しい奴が30、40代で独身とかだったら切なくなっちまうよ」
「よ、余計なお世話ですよ!」
「せめて彼氏いない歴=年齢は卒業しとかないと。私も安心できないよ」
「うるさ…あ、いらっしゃいませー」


 ハイネをからかいながら、トトリは溜息。決して負の感情から来る溜息では無い。


 そして、静かにつぶやく。


「……あんたはよくやってくれたよ、『死の弾丸バッドライナー』」


 トトリに取っても大切なモノを、彼は取り戻してくれた。














 ✽








 魔国、タルダルス。


 王を失ったこの国の総合的な指揮はアロンが執り、現場での管理はアロンの息がかかったハンクの側近が務める事になった。。


 そんなタルダルスに、つい先日進軍に出ていた者達が帰還した。


 その凱旋に、兵士も国民も、誰もが絶句する事になる。
 100機近くもいたEA達は半数以下にまで減り、兵士達は心身共にボロボロ。


 タルダルスに届いていた情報通り「好調な進軍」をしていたとは、到底思えない有様だったのだ。










「……騎士長」
「ロイチ、か」


 満月が覗き込む植物園。


 ハーブ系の植物達が並ぶプランターの前に、騎士長アム=アイアンローズはいた。


「……ボロボロだな、ロイチ」
「はい……」


 全身至る所に包帯を巻き、松葉杖を付くロイチの姿を見たアム。


 その表情は、動かなかった。


 虚ろな目だ。平坦な口は、言葉を放つために軽く動く程度。


「すみません、僕が、国内にいながら……!」


 進軍が帰還した理由、その理由は、公にはされていない。
 何故なら、そう簡単に公表できる事では無いからだ。


 王が、殺された。進軍の指揮を執っていた魔王、ハンクの暗殺。それを、許してしまった。


「……構わないさ」


 無表情なまま、アムは植物の一つに触れた。それは、アーティミシア・ワームウッド。平和の花言葉を示す植物。


「あのザマを見ただろう」
「…………」


 進軍の悲惨な状態。


 それは、突然現れた謎のGA集団と1人の欠尾種による被害だと、グレインはロイチに話してくれた。


 その敗戦以降、謎のGA集団も欠尾種も現れず、一方的な進軍は再開されたらしいが、あの欠尾種側から受けたたった一回の反撃は余りに影響が大きかった。


 今までひたすら攻めてばかりだった魔王軍に叩きつけられた、「殺し合いの戦争」という感覚。


 またいつあの怪異を纏った化物が戦場に舞い戻ってくるかわからない。そしたら今度は、自分が……兵士達は、そんな不安に駆られ続けた。


 精神的多大なストレスから兵士達はどんどん疲弊していった。


 どの道、完全撤退は時間の問題だっただろう、そうグレインは語っていた。


「どうせ、あのまま進んでいても、いつあのアシドという怪物が現れていたか……今残っている者達だけでも、帰還できて良かったのでは無いか?」


 語るアムの表情は、無。


 その理由を、ロイチは知っている。


 この人は、大切なモノを目の前で失い過ぎた。


 ミンチ状にされた最愛の弟を見て、何も思わぬ姉がいるものか。


 戦場で次々命絶たれる部下達を見て、何も感じぬ上司がいるものか。


 その仇もまともに討てず、逃げ帰ってきた戦士が笑っていられるものか。


「……私は、間違っていたよ。ロイチ」
「…………」
「命を背負うという事を、軽んじ過ぎた。命が尊いなんて、わかっていたつもりだったのに」


 自分も、奪った。きっと誰かから見れば、自分に取って弟や部下の様に大切なモノを。それを身を持って体感した。


「私は、愚かだな」


 初めて動いたアムの表情。それは、自嘲気味な薄ら笑い。


「私は、君の様に割り切る事も、君とは違った答えも出せそうに無い」


 それは、ある一つの答え。


「私はもう、ただ壊れていくだけだよ。ここ数日、毎日夢に見る。あの世で、自分達の手で殺めた者達が、ギャッリーゾや部下達を嬲る、最悪の夢だ」
「……そんな……」
「その夢の最後に、いつも必ず、『彼ら』は言うんだ。……『次はお前だ』と」
「そんなものは、ただの幻想です…!気を確かに持ってください!あなたはそんな……」
「君が思っている程、私は強くは無いよ」
「!」
「所詮私も、1人の人に過ぎない。弱いんだよ。どうしようもなく」


 虚ろな瞳に映る月に美しさは無い。


 植物に手は触れられても、その植物が示す言葉にはどうしても手が届きそうに無い。


「戦いは、辛いな。ロイチ」
「…………」


 彼女にかけられる言葉を、ロイチは見つけられない。


 ハンクの生死に関わらず、進軍は引き返さざる負えない状態だった。それを聞いて、少し安心してしまった自分がいる。


 ガツィアを憎まなくても良い。だって、彼の行動が無くても、進軍は止まっていたのだから。グレインから話を聞いた時、一瞬だが、そう喜んでしまった。


 そんなロイチが、何を言えようか。


「……ここに、墓を建てようと思う。ギャッリーゾや、散っていった者達への慰霊碑として」
「……手伝います。こんな体でも、出来る事はあるでしょう」
「ああ、助かる」
「それくらいしか、僕には出来ませんから」


 この人のために、ロイチに出来るのはそのくらいだ。


 魔法なんて使えないロイチに、故人を生き返らせる事など出来ない。今すぐ世界を平和にするなんて事も出来ない。


 本当の優しさや愛を知らないロイチに、彼女を抱きしめ慰めてやる事など、出来はしない。










 ✽








 エグニア本国。


 暗い室内を照らす、無数のモニター。
 モニターに映るのは、「成功に最も近い獣人」の2人。


「……やはり、長時間『特性』を使用し続けると、魔石と肉体の拒絶反応が起こりやすくなる様ね」


 白衣に身を包んだ中年女性が、紫煙と共に言葉を吐く。


 室内には彼女しかいない。独り言の類だ。


 彼女の名は、メアリ=シュターナー。


 エグニアが誇る、最高の科学者。『獣人計画ビーストフェイズ』の主任でもある。


「特性の使用による魔石のエネルギー放出量増加、それを肉体が受け続ける事で疲労が蓄積。疲労の許容量が越える事で、肉体が魔石エネルギーに耐えられず崩壊が始まり吐血、そんな所ね」


 モニターの向こうで拒絶反応を抑える投薬を受ける獣人2人を見ながら、メアリは溜息。


「……これは、改善不可能ね。人体の構造上」
 あっさりと、そう結論を出す。


(肉体改造を続ければ、特性の使用時間の延長は出来る。その分個体の寿命が減るけど……まぁ、「消耗品の類」と考えれば、ね)


 向こう10年持つかどうか。モニターの向こうの2人はそんなレベルだろう。


 まぁ幸い、新たに成功に近い個体が3人程出来た所だ。その3人も同じ問題を抱える事になるだろうが。


「……そうねぇ。『完璧な獣人』を作るのなら、人体に適合する魔石を選ぶのではなく……『魔石に適合する生物』を一から作る方が早そうね」


 ふむ、と自分の言葉にうなづく。


「サイボーグでは無く、アンドロイドとしての獣人を作る。我ながら良い案ね」


 それなら人型である必要が無くなる。鳥や魚をベースに、空戦や海戦特化の「知能を持った異端生物兵器」だって作れる。


 問題は、「消耗品」が切れる前にそれを作れるかどうか。


「ま、やりましょう」


 うふっ、とメアリが楽しそうに笑う。


 自らが新時代を告げる何かをクリエイトするこの快感。


「たまんないわぁ…これだから、科学は辞められないのよねぇ」


 それが非道な人体実験や倫理に反する行為である事など、彼女に取っては些細な事だ。














 ✽








 クロウラの首都、ハッジタウン。


「まさか、あんたが帰ってくるなんてね」


 豪華な食卓。
 勢い良く飯をかっ食らう傭兵を見て、見た目幼女の金持おばさんクルノは呆れた様に笑った。


「元々出てくなんて言ってねぇだろぉが」


 灰髪の傭兵、ガツィア=バッドライナーは一息ついて、スープを一気に飲み干す。


 出て行った時とは違い、その右目は眼帯で隠されているわ体中に包帯巻いてるわでボロボロだが、相も変わらず元気そうだ。


「子犬も連れて忽然と姿を消したら、誰だって魔国に行ったんだなーと思うわよ」
「まぁ魔国にゃ行ったがよ」
「結局行ってたの……っていうか、亡命じゃないんなら何しに行ってたのよ?」
「テメェにゃ関係ねぇ。つぅか、クソ犬の事完全に忘れてたわ」


 子犬はタルダルスに乗り込む前、アピアに預けたままだ。まぁどうせ今頃アビスクロックで元気にやってるだろう。


 迎えに行くのもしんどいし、放っておこう。もしかしたらアピアがまたクロウラに戻って来て、そん時に連れて来るかも知れないし。


「……いや、無理か」
「何が?」
「……あのクソ犬、魔国に帰った奴に預けたんだが、そいつがこの国に戻ってくる可能性の話だ」
「まぁしばらくは無いでしょうね」


 魔国事変。


 あの魔王軍の進軍は、そう呼ばれている。


 魔国事変後、人間国家主義国はもちろん、共生国家の中でも魔人への風当たりが強くなりつつある。


 魔人という人種そのものが、警戒される様になっているのだ。特に魔人差別の風潮が残っていたこのクロウラでは、それが顕著。


 ガツィアもクロウラに戻ってからこの屋敷に着くまでの間だけで2回程チンピラ崩れの様な連中に襲撃された。まぁ一蹴してきたが。


「共生国家内でも、しばらくは大手を振って歩けないでしょうよ」


 全ての魔人が悪い訳では無い。


 しかし、実際に人間に牙を剥き、容赦無く殺戮を行う連中がいる。


 魔国事変は、人々に一部の魔人への恐怖と疑念を植え付けた。


 その疑念が、全ての魔人に向けられているのだ。


「まぁ、一時的な物だとは思うけどね」


 そう言って、クルノも食事を始める。


(……何もかも元通りって訳にゃ、行かねぇか)


 一時的とは言え、イガルドやシスターリーシェの様な共生を心から望む魔人も生き辛い世の中になっている。


 少し、気がかりだ。


 まぁ良い。目の前の危機は去った。


 魔国事変は様々な場所に傷跡を残す結果となったが、ガツィアに取っての最悪の事態は避けられたはずだ。




 


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